第九話 止めてほしかった
第三章 第九話 止めてほしかった
キッドが地面を蹴った。
同時に、怪人の翼が大きく開く。
二人の距離が一気に縮まった。
キッドがカンガルーの力を乗せた拳を突き出す。怪人は翼を傾け、空中で身体をわずかに横へずらした。拳が胸元をかすめ、そのまま上空へ抜けていく。
「速っ……!」
キッドが振り返った時には、怪人はすでに頭上から急降下していた。
拳が迫る。
その一撃とともに、毒針がキッドを狙う。
「っ!」
キッドはノミの力で横へ跳んだ。
怪人の拳が、ついさっきまでキッドのいた場所を叩く。
「危なっ! お前、殺す気か!」
「そもそも真剣勝負だろう」
「……あ」
キッドは一瞬だけ黙った。
「そりゃそうか」
「今さら何を言っている」
「じゃあ、こっちも遠慮しないからな!」
「最初からそうしろ!」
怪人が翼を広げ、再び上空へ舞い上がる。
キッドもすぐさま拳を構え直した。
次の瞬間、怪人が再び急降下する。
キッドは逃げなかった。むしろ真正面から踏み込み、相手の間合いを潰しにいく。
「!」
怪人がわずかに目を見開いた。
キッドは毒針の軌道から身体を外し、そのまま腹へ拳を放つ。
だが、怪人も読んでいた。
翼を強く羽ばたかせ、一瞬早く身体を上へ逃がす。
拳は空を切った。
「惜しい」
「余裕だな!」
「お前こそ」
怪人が笑う。
キッドもつられて笑った。
「さっきより楽しくなってきた」
「馬鹿か、お前は」
「お前も笑ってんじゃん」
「笑ってない」
「またそれ?」
「私はサクラじゃない」
「それもまだ続けんの!?」
そう言いながら、二人は再びぶつかった。
◇
少し離れた場所では、東たちが再開された一騎打ちを見守っていた。
「……また始めたぞ」
南浦が低く言う。
「ええ」
「今度は止めないのか?」
「今はね」
東は二人から目を離さなかった。
「白蟻は倒した。あの二人がもう一度勝負すると決めたなら、今は介入する理由がないわ」
「毒針まで使ってるぞ」
「分かってる」
「どっちか死んでも?」
東は少しだけ眉を寄せた。
「そうならないように見てるの」
南浦は納得した様子ではなかったが、それ以上は言わなかった。
その横で、北山は黙ったままキッドの動きを追っている。
さっきまでとは戦い方が違う。
それでも、根っこの部分は変わっていない。
踏み込み。
受ける時の身体の流し方。
相手の攻撃を誘う時の癖。
「…………」
やはり、どこかで見たことがある。
そんな感覚だけが、戦いを見るほど強くなっていった。
◇
怪人が急降下する。
キッドが横へ跳ぶ。
毒針が頬すれすれを通過した。
「うわっ!」
着地と同時に反転する。
ノミの力で一気に距離を詰め、拳を引いた。
「今度はこっち!」
カンガルーの力を乗せた突き。
怪人は翼を捻り、紙一重で回避する。
拳が巻き起こした風で、大きな翼が揺れた。
「今の当たってたら終わってたぞ」
「当たってない」
「それ俺の台詞じゃなかった?」
「知らない」
「絶対覚えてるだろ!」
二人は再び距離を取った。
呼吸が少し荒くなっている。
それでも、どちらも構えを崩さない。
「まだいける?」
キッドが笑う。
「誰に聞いている」
「サクラに」
「私はサクラじゃない!」
「はいはい」
「その返事をやめろ!」
怪人が上空へ飛び、キッドも地面を蹴る。
互いに譲らない攻防が続いた。
だが、何度も拳を交えてきた二人だからこそ、言葉にしなくても分かることがある。
そろそろ決まる。
◇
怪人が地面へ降り立った。
キッドも少し距離を取る。
荒かった呼吸が、徐々に整っていく。
「……次で決めるか」
「望むところだ」
怪人が翼を広げる。
キッドは拳を引いた。
視線が交わる。
それだけで十分だった。
次で終わらせる。
キッドが地面を蹴った。
怪人も翼を大きく羽ばたかせ、正面から突っ込んでくる。
距離が縮まる。
キッドの拳が届く。
怪人の拳と毒針も届く。
その瞬間だった。
怪人の攻撃が止まった。
「え?」
翼の動きまで変わる。
キッドの拳を避けるはずだった身体が、逆にその軌道へ入ってきた。
「――っ!」
キッドの目が見開かれる。
咄嗟に拳を止めた。
カンガルーの力を乗せた突きが、怪人の胸元のほんの僅か手前で静止する。
拳が生んだ風圧だけが、怪人の身体を揺らした。
触れてはいない。
二人の動きが止まった。
◇
「……なぜ」
怪人が呟いた。
キッドは拳を下ろさない。
「なぜじゃねえよ」
「…………」
「お前、今わざと受けに来ただろ」
怪人は答えなかった。
「ふざけんなよ」
「…………」
「俺に勝ちたかったんじゃねえのかよ。だったら最後まで戦えよ!」
怪人の視線が下がる。
「何で止まった!」
「……違う」
「何が!」
「私は……」
言葉が途切れた。
やがて怪人は、絞り出すように言った。
「怖いんだ」
キッドの表情が変わる。
「……え?」
◇
怪人は自分の手を見た。
もう、人間だった頃とは違う。
「気づいたら、この身体になっていた」
キッドは黙って聞いている。
「どうしてこうなったのかも分からない。この先、私はどうなる?」
「…………」
「もっと怪人になっていくのか。いつか、私が私じゃなくなるのか」
「サクラ……」
「違う」
いつもの否定だった。
けれど、今度の声には力がない。
「もし、このまま取り返しのつかないものになるなら」
怪人が顔を上げた。
「お前に止めてほしかった」
「…………」
「だから呼んだ」
ようやく、キッドにも分かった。
なぜ果たし状まで送って、自分を呼び出したのか。
「最後に戦うなら、お前がよかった」
怪人の口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。
「昔から、一番嫌な相手だったからな」
「褒めてないだろ、それ」
「褒めてない」
「そこは褒めろよ」
一瞬だけ、昔のような空気が戻った。
だが、キッドの顔はすぐに真剣なものへ変わる。
「でも」
「?」
「嫌だ」
「…………」
「何が」
「その話」
キッドは、はっきりと言った。
「嫌だ」
◇
「私は――」
「勝手に決めんな」
キッドが遮った。
「怪人になったら終わりって、誰が決めたんだよ」
「でも」
「まだ何も分かってないんだろ」
「…………」
「だったら、やれることやってから考えればいい」
「簡単に言うな」
「簡単じゃねえよ」
キッドは少し考えた。
そして、ふと思い出す。
「……一人、心当たりがある」
「?」
「こういうのに詳しい奴」
「信用できるのか」
「…………」
キッドが微妙な顔をした。
「そこは何とも」
「おい」
「でも、腕はあると思う」
「思う?」
「たぶん」
「本当に大丈夫なのか?」
「俺だって一応こうなって生きてんだから、何か分かるかもしれないだろ」
キッドは自分の身体を示した。
「完全に人間に戻れるかは分からない。でも、ひょっとしたら戻せるかもしれない」
「…………」
「戻せなくても、俺みたいな形にはできるかもしれない」
何の保証もない。
それでも。
何もしないまま諦めるよりはいい。
キッドは手を差し出した。
「だから、一緒に来いよ」
◇
怪人は、その手を見つめた。
「…………」
「サクラ」
「私はサクラじゃない」
「それ、今はどうでもいいから」
「どうでもよくない」
「じゃあ後で聞く」
「聞くな」
「いいから」
キッドは手を伸ばしたまま笑った。
「来いよ」
怪人はしばらく動かなかった。
やがて、ほんの少しだけ手を上げる。
「……本当に」
「ん?」
「どうにもならなかったら」
「その時考えればいい」
「…………」
「今決めることじゃないだろ」
怪人は小さく息を吐いた。
そして、キッドへ手を伸ばす。
あと少し。
互いの指が触れようとした。
◇
その瞬間。
横から何かが飛び込んだ。
「――え?」
轟音が響く。
怪人の身体が宙を舞った。
「サクラ!」
地面へ叩きつけられ、そのまま何度も転がっていく。
キッドが振り返る。
いつ現れたのか。
まるで分からなかった。
そこに、黒い影が立っていた。
人の形をしている。
だが、普通の人間ではない。
黒い影は、倒れた怪人を見下ろして笑った。
「敵にわざわざ予告して、そのうえ自分から殺されに行く」
倒れた怪人は動かない。
黒い影が鼻で笑う。
「完全な失敗作だな」
「……お前」
キッドの声が低くなった。
黒い影が振り返る。
「何だ?」
「今、何て言った」
「聞こえなかったか?」
黒い影は、倒れた怪人を顎で示した。
「こんなものを助けるつもりだったのか?」
「…………」
「人間でもない。怪人にもなりきれない」
薄く笑う。
「そんなものを生きながらえさせて、どうする?」
キッドの拳が強く握られた。
「……取り消せ」
「何を?」
「今言ったことだよ」
黒い影は一瞬だけ黙った。
そして、笑う。
「事実だろ」
キッドの表情が変わった。
「ふざけんな……!」
怒りを隠すこともなく、キッドは黒い影へ向き直った。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




