第七話 邪魔をするな
第三章
第七話 邪魔をするな
キッドと怪人は、ほとんど同時に地面を蹴った。
先に拳を伸ばしたのは怪人だった。
キッドは半身になって突きをかわし、そのまま懐へ潜り込む。脇腹を狙って拳を打ち込むが、怪人は肘で受け止め、間髪を入れずに膝を跳ね上げてきた。
「っ!」
キッドは身体を引き、ぎりぎりで避ける。
わずかに距離が開いた。だが、それも一瞬だった。
次の瞬間には、二人とも再び前へ出ている。
さっきまでとは少し違う。
キッドはもう、目の前の相手を正体不明の怪人として見ていなかった。
本人がどれだけ否定しようと、サクラだと分かっている。
何年も同じ道場で組手をしてきた相手だ。
好む間合いも、踏み込む時の癖も、追い込まれるほど前へ出たがるところも知っている。
そして、それは向こうも同じだった。
キッドが踏み込めば、怪人は身体をわずかにずらして拳を外す。
それを読んだキッドが蹴りへ切り替えると、今度は腕を上げて受け止められた。
怪人はそのまま前へ出る。
キッドは、それを待っていた。
「そこ!」
突きを流し、身体を入れ替える。
背後へ回ろうとした瞬間、怪人の足が鋭く後方へ跳ね上がった。
「うおっ!」
キッドは慌てて顔を引く。
鼻先すれすれを蹴りが通過した。
怪人が振り返る。
「読んでいるのは、お前だけじゃない」
「……だよな」
キッドは思わず笑った。
「昔からそうだった」
「私はサクラじゃない」
「はいはい」
「その返事をやめろ!」
怒鳴ると同時に、怪人が踏み込んでくる。
「ほら、それ!」
「何がだ!」
「その怒り方!」
「うるさい!」
拳が飛ぶ。
キッドがかわし、すぐに蹴りを返す。
怪人は腕で受け、その勢いを殺しながら次の攻撃へ移る。
互いに、次の一手を知っている。
だからこそ、そのさらに先を読もうとする。
簡単には当たらない。
それでも、二人の動きにはどこか楽しげな勢いがあった。
◇
『互角……か?』
通信越しに南浦が呟いた。
「今のところは、そう見えるわね」
東は戦場から目を離さなかった。
『それにしても』
川出の声が入る。
『あの怪人、翼があるのに全然使わないですね』
「あくまで空手で勝負するつもりなんでしょう」
北山が答えた。
『怪人のこだわりに付き合う必要があるのか?』
南浦が返す。
「付き合えとは言ってません。ただ、今のところ向こうは約束を破ってない」
北山は双眼鏡越しに二人を見続ける。
怪人が攻めればキッドがかわし、キッドが間合いを詰めれば怪人が先回りする。
どちらも、相手の癖を知っているような戦い方だった。
そして北山は、またキッドの動きに目を止めた。
受け方。
踏み込み。
拳を出す直前の身体の使い方。
見れば見るほど、胸の奥に引っかかるものが増えていく。
『北山?』
東の声がした。
「はい」
『何か気になるの?』
「……まだ、何とも言えません」
そう答えたものの、北山の視線はキッドから離れなかった。
◇
怪人の拳がキッドの肩を捉えた。
「ぐっ!」
身体が傾く。
すぐに追撃の突きが飛んでくる。
キッドはそれを腕で外へ流し、空いた胴へ蹴りを返した。
「っ……!」
今度は怪人が後退する。
二人はほぼ同時に距離を取り、荒くなった呼吸を整えた。
「……やっぱさ」
キッドが笑う。
「何だ」
「お前と組手するのが、一番楽しいわ」
「…………」
怪人の口元が、ほんの僅かに緩んだ。
キッドは見逃さない。
「あ、笑った」
「笑ってない」
「いや、笑っただろ」
「笑ってない」
「絶対笑ったって」
「私はサクラじゃない」
「そこに戻るの?」
「違うものは違う」
「はいはい」
「だから、その返事をやめろ!」
怪人が踏み込む。
鋭い突きをキッドがかわし、その横腹へ拳を返す。
だが、怪人も読んでいた。
腕で拳を挟み込み、そのまま身体ごと押し返してくる。
「ほら、やっぱサクラじゃん!」
「違う!」
「そんな怒り方する奴、他に知らねえよ!」
「うるさい!」
気づけば、二人とも笑っていた。
姿は違う。
道着も着ていない。
道場でもない。
それでも、拳を交えれば昔と同じだった。
相手の一手を読み、その裏をかき、さらにその先を読もうとする。
何度も繰り返してきた組手の感覚だけは、何も変わっていなかった。
◇
キッドが突きを放つ。
怪人が外へ流し、そのまま前へ出る。
そこへキッドが膝を合わせた。
「っ!」
怪人は寸前で身体を捻る。
「危なっ」
「惜しかったな」
「今の当たってたら終わってたぞ」
「当たらなかった」
「言うなあ」
キッドは楽しそうに構え直した。
ふと、その視線が怪人の姿をなぞる。
蟻を思わせる頭部。
蜂のような腕。
蝶の翼。
見慣れた道着姿とは、あまりにも違う。
キッドの笑みが少しだけ消えた。
「……お前さ」
「何だ」
「なんでそんなことになってんだよ」
怪人の動きが、僅かに止まった。
「何があった?」
「…………」
「どこに行ってたんだよ」
返事はない。
「サクラ」
「違う」
「そこじゃねえよ」
怪人は構えを深くした。
「今は戦え」
「話す気なしかよ」
「勝負の途中だ」
キッドは数秒だけ相手を見つめた。
それ以上問い詰めても、今は答えない。
そう判断したのか、再び拳を上げる。
「分かったよ」
「…………」
「だったら、勝ってから聞く」
怪人も構え直した。
「勝てたらな」
「その言い方、あとで後悔すんなよ」
「お前こそ」
また、二人の口元に笑みが戻った。
◇
そこからの攻防は、さらに激しくなった。
キッドが一発入れれば、怪人もすぐに返す。
怪人が踏み込みを読めば、キッドはわざとその癖を利用して次の攻撃へつなげる。
長年の組手で、互いの癖は嫌というほど知っている。
だから一手先では足りない。
相手が読んでくることまで読んで、さらにその先へ行かなければならない。
「そこ!」
「分かってる!」
「なら避けろよ!」
「言われなくても!」
怪人の蹴りが迫る。
キッドは上体を逸らし、そのまま軸足を払おうとした。
怪人が跳ぶ。
着地した瞬間、迷わず前へ出る。
「だからそれ知ってるって!」
キッドが笑いながら受け止める。
「知っているなら止めろ!」
「今止めてるだろ!」
身体を押し合いながら、また二人が笑った。
◇
「……この二人」
北山が思わず声を漏らした。
『どうしたの?』
東が聞く。
「やっぱり、初めて戦ってるようには見えません」
『怪人とキッドが?』
「はい。相手の攻撃を知ってるだけじゃない。癖を読まれることまで分かった上で戦ってる」
北山は眉を寄せる。
「昔から何度も組手してきた相手みたいに」
東はすぐには答えなかった。
「今は観察を続けて」
『分かりました』
北山は再び双眼鏡を覗いた。
◇
何度目かの攻防が終わった。
二人とも、さすがに息が上がっている。
キッドは肩を回しながら笑った。
「まだいける?」
「誰に聞いている」
「サクラに」
「私はサクラじゃない!」
「元気じゃん」
「……お前、本当に腹が立つな」
「知ってる」
怪人の口元がまた緩んだ。
今度はキッドも何も言わない。
二人は構える。
勝負そのものを楽しんでいる。
それでも、そろそろ決めるつもりなのは同じだった。
「そろそろ決めるか」
キッドが言う。
「望むところだ」
二人の間に距離ができる。
互いに相手の足を見る。
肩を見る。
重心を見る。
先に動けば読まれる。
そして、そのことすら相手も分かっている。
それでも、勝つためには前へ出るしかない。
キッドが踏み込んだ。
怪人も同時に地面を蹴る。
その瞬間だった。
建物の影で、白い何かが動いた。
「……?」
キッドの視線が僅かに逸れる。
一体。
さらに一体。
その奥からも。
白蟻型の怪人たちが、次々と姿を現した。
「なんだよ……」
二人の間へ、そして周囲へ。
白蟻たちが広がっていく。
『増援!』
川出の声が通信に響いた。
『複数……まだ出てきます!』
『だから言っただろ!』
南浦が叫ぶ。
『やっぱり罠じゃねえか!』
東の表情が変わった。
「全員、準備して」
◇
キッドは白蟻たちへ向き直った。
「なんだよ、こいつら」
白蟻たちの視線は、明らかにキッドへ向いている。
じりじりと包囲が狭まっていく。
その時だった。
「……ふざけるな」
「え?」
聞こえた声に、キッドが怪人を見る。
怪人はキッドではなく、白蟻たちを睨んでいた。
さっきまで浮かんでいた笑みは、完全に消えている。
「誰が来いと言った」
白蟻は止まらない。
一体が地面を蹴り、キッドへ飛びかかった。
拳が届くより早く、怪人が横から割って入る。
「はっ!」
鋭い突きが、白蟻の胴へ叩き込まれた。
その身体が横へ吹き飛ぶ。
「おい……」
怪人はそのまま白蟻たちへ向き直った。
「私は、こんな勝負を望んでない!」
別の白蟻が襲いかかる。
怪人はその攻撃をかわし、鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
「一対一だと言ったはずだ!」
白蟻が倒れる。
それでも、次が来る。
「……なるほど」
キッドも飛び込んできた一体を殴り飛ばした。
怪人が振り返る。
「何だ」
「いや」
キッドは白蟻の群れへ向き直り、構えを取った。
「お前も知らなかったんだなって」
「…………」
「じゃあ、一旦休戦な」
「言われなくても分かっている」
「こいつら片づけたら続きだからな」
「当然だ」
「逃げんなよ、サクラ」
「私はサクラじゃない!」
「今それいる!?」
◇
『東さん!』
川出の声が飛んだ。
『あの怪人まで白蟻と戦ってます!』
「見えてるわ」
東は素早く戦況を確認する。
一対一の約束は、もう完全に崩れていた。
「全員、予定通り動いて。白蟻をキッドたちから引き離して」
『待ってました』
南浦の声が変わる。
『了解!』
◇
一発の銃声が響いた。
キッドへ飛びかかろうとしていた白蟻の身体が、大きく弾かれる。
「!?」
キッドが振り返った。
「なんだ?」
続けて、もう一発。
別の白蟻が倒れる。
高所には、一人の男が狙撃ライフルを構えていた。
「誰だ、あいつ……」
考える暇もなく、別方向から川出が走り込んでくる。
白蟻へ射撃。
距離を詰められると、そのまま銃身の刃で攻撃を受け流し、身体を捻って切り払った。
「そっち行ったぞ!」
「見えてます!」
さらに別方向から、一人の男が白蟻へ正面から踏み込む。
「せいっ!」
突きが命中した瞬間、小手の特殊機構が作動した。
白蟻の身体が大きく吹き飛ぶ。
キッドの動きが止まりかけた。
「え?」
顔。
構え。
あの空手。
見間違えるはずがない。
「北山さん……?」
◇
北山はキッドの声には気づかず、次の白蟻へ向かっていた。
踏み込む。
蹴りが命中すると同時にレガースの機構が作動し、白蟻が弾き飛ばされる。
その横を、別の影が勢いよく駆け抜けた。
「どけえええっ!」
ニシだった。
白蟻へ真正面から突っ込み、その身体を掴み上げる。
「おらっ!」
地面へ叩きつけた。
「次!」
『ニシ、前に出すぎないで!』
東の声が飛ぶ。
「分かってる!」
『分かってる人の動きじゃないわ!』
「うるせえ!」
東自身も現場へ入る。
レイピアを構え、襲いかかる白蟻の攻撃を紙一重で外すと、そのまま鋭く踏み込んだ。
刺突。
白蟻がよろめく。
「川出!」
「了解!」
側面へ回った川出の射撃が続く。
そこへニシが入り、崩れた白蟻を掴んで投げ飛ばした。
訓練の時とは違う。
まだ完璧とは言えないが、互いの位置と射線を意識し、空いた場所へ次の一人が入っている。
キッドは、突然現れた人間たちを見回した。
「東さんまで……?」
どういうことだ。
どうして北山がここにいる。
なぜ東まで武器を持って怪人と戦っている。
そもそも、彼らは何者なのか。
疑問が一気に押し寄せる。
「前!」
怪人の声が飛んだ。
「え?」
振り向いた時には、白蟻が目前まで迫っていた。
「うおっ!」
キッドは慌てて拳を返し、白蟻を殴り飛ばす。
「今よそ見するな!」
「分かってる!」
「なら戦え!」
「だからサクラみたいに言うなって――」
「私はサクラじゃない!」
「もういいよ!」
◇
高所では、南浦が次々と照準を移していた。
一体の白蟻を撃ち抜き、すぐに次の標的を探す。
その視界へ、キッドが入った。
照準の中央に、キッドの姿が収まる。
南浦の指が止まった。
『南浦』
東の声が飛ぶ。
「聞こえてる」
『今、どこを狙ってるの』
「…………」
『キッドは協力者だと伝えてあるでしょう』
南浦は照準を外さない。
「人間の俺たちからしたら、あいつも他のバケモンと何が違う」
『南浦』
「いつ裏切るかも分からねえ」
東の声が強くなった。
『今、あなたが狙う相手はキッドじゃないわ』
数秒の沈黙。
南浦が舌打ちする。
『白蟻をお願い』
「分かってるよ」
照準が横へ動いた。
白蟻を捉える。
引き金を引く。
銃声と同時に、その身体が弾かれた。
◇
「まだ来る!」
川出が叫んだ。
古びた建物の向こうから、さらに白蟻たちが姿を現す。
「何匹いやがる!」
ニシが拳を構え直した。
『数えてる暇があるなら動いて!』
「分かってるって!」
東の指示が飛ぶ。
キッドも、新たな白蟻の群れへ向き直った。
隣では、怪人が一度拳を握り直し、静かに腰を落とす。
「話はあとだな」
「当然だ」
「勝負も」
「終わっていない」
「だよな」
二人の前へ、さらに白蟻が押し寄せる。
その周囲では、東たちもそれぞれ武器を構えていた。
ついさっきまで一対一だった戦場は、もう完全に姿を変えている。
「来るぞ!」
キッドの声と同時に、白蟻の群れが一斉に襲いかかってきた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




