第六話 見覚えのある拳
第三章
第六話 見覚えのある拳
怪人が地面を蹴った。
速い。
正面から飛んできた突きを、キッドは半歩ずれて受け流す。だが、相手は止まらない。流された腕を素早く引き戻し、逆の拳を続けざまに打ち込んできた。
「っ!」
今度は腕で受ける。
重い。
蜂を思わせる異形の腕から放たれる一撃は、人間の拳とは明らかに威力が違っていた。
キッドは衝撃を逃がすように後退し、すぐさま構え直す。
怪人も深追いはしなかった。
互いに間合いを測りながら、次の一手を探る。
最初にキッドが感じたのは、その尋常ではない力への驚きだった。
だが、二度、三度と拳を交えるうちに、別の違和感がそれを上回り始めた。
怪人が再び踏み込む。
前蹴り。
キッドが身体をずらしてかわすと、引き戻された足がそのまま回し蹴りへつながった。
腕を上げて受け止める。
怪人は着地と同時に前へ出て、今度は鋭い突きを打ち込んできた。
蹴りから突きへ。受けられれば間髪を入れず次の攻撃へ。
一つ一つの動作が、ただ速いだけではない。
すべてが一連の流れとしてつながっている。
「……お前」
キッドは距離を取りながら尋ねた。
「空手やってたのか?」
怪人は答えなかった。
構えを崩すことなく、再びキッドとの間合いを詰めてくる。
◇
その戦いを、離れた場所から見守っている者たちがいた。
『……俺には、ただ殴り合ってるようにしか見えねえけどな』
通信越しに南浦の声が響く。
「違います」
北山は双眼鏡から目を離さなかった。
『何がだ?』
「あれは空手です」
怪人の構えを注意深く見る。
足の位置。
踏み込む瞬間の重心。
攻撃を受けてから次の動作へ移るまでの身体の運び。
「少なくとも、あの怪人は素人じゃない。身体能力だけに任せて戦ってるわけでもないですよ」
『怪人が空手ねえ……』
南浦は、まだ納得しきれていないようだった。
北山は答えず、そのまま戦いを追い続ける。
そして、怪人からキッドへと視線を移した。
「…………」
何かが引っかかった。
けれど、それが何なのかまでは分からない。
『北山?』
東の声が通信に入る。
「いえ。何でもありません」
そう答えながらも、北山の目は先ほどより注意深くキッドの動きを追っていた。
◇
怪人の拳を、キッドが外へ流す。
そこから反撃へ転じるが、怪人はその拳を受けるなり、一気に懐へ飛び込んできた。
「!」
キッドは考えるより先に身体を引いた。
拳が胸元をわずかにかすめる。
そこから続く蹴りにも、身体が勝手に反応した。
「……?」
キッド自身が戸惑う。
初めて戦う相手だ。
そのはずなのに。
次に何が来るのか、妙に分かる。
怪人が右足を引いた。
その直前。
肩が、ほんの僅かに動く。
「…………!」
キッドは反射的に腕を上げた。
直後、回し蹴りが叩き込まれる。
腕越しに強い衝撃が伝わり、キッドの身体が揺れた。
怪人は着地するなり、迷うことなく前へ出てくる。
「……なんで」
キッドの目が変わった。
◇
『お前さ、蹴る前に肩動いてる』
『……嘘』
『ほんと』
『見んな!』
『無理だろ! 組手してんだから!』
『じゃあ次は分からなくする!』
『そうして』
『腹立つ!』
◇
怪人が踏み込んでくる。
その攻撃を受けながら、キッドの脳裏にはもう一つの記憶が蘇っていた。
『お前、受けたあとすぐ前出るよな』
『悪い?』
『分かりやすい』
『じゃあ止めてみれば?』
『止めるよ』
『言ったわね?』
『言った』
◇
「……まさか」
キッドが呟いた。
怪人は何も答えない。
なら。
確かめればいい。
キッドは自分から距離を詰めた。
一歩踏み込み、拳を見せる。
しかし打たない。
直前で間を外した。
怪人は反応し、受けの姿勢を取る。
そして、その直後。
前へ出た。
「…………」
同じだ。
キッドはもう一度試す。
今度は攻撃を重ねながら、少しずつ怪人を後方へ追い込んでいく。
普通なら守りを固めたくなる場面だった。
だが、この相手は違う。
追い込まれた瞬間、守るのではなく、むしろ思い切って前へ飛び込んできた。
その攻撃を受けながら、キッドの中で疑念が確信へ変わる。
「……やっぱり」
◇
怪人の突きをかわし、キッドが反撃する。
怪人はその拳を外へ流した。
まるで、キッドがそこへ打ってくることを最初から知っていたように。
「お前」
キッドは攻撃を続けながら言った。
「俺の動きも知ってるだろ」
「…………」
「初めて戦う相手の動きじゃねえよ」
返事はない。
キッドが踏み込む。
その瞬間を狙い、怪人が攻撃を合わせてきた。
キッドは寸前で身体をかわす。
「やっぱそうだ」
「…………」
「俺がいつ入るか、分かってる」
怪人は答えない。
けれど、その沈黙さえもキッドの確信を強めていった。
◇
再び二人がぶつかる。
怪人は突きから蹴りへ滑らかにつなぎ、キッドもそれを受けて即座に返す。キッドが間合いを詰めれば怪人は攻撃を外し、怪人が攻めればキッドが紙一重でかわして反撃する。
どちらか一方が押し切ることはない。
一進一退の攻防だった。
怪人が強い理由は、異形の身体だけではない。
長い時間をかけて身につけた技術が、その身体能力に重なっている。
そして。
その技術を、キッドは知っている。
何度も見てきた。
何度も受けた。
何度も拳を交えてきた。
キッドは一度だけ距離を取った。
怪人も構えたまま動かない。
もう、確かめる必要はなかった。
「サクラ……なのか?」
怪人の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
だが、すぐに返事が来る。
「違う」
「…………」
「私はサクラなんかじゃない」
「嘘つけ」
キッドは即座に言い返した。
「違う」
「その動き、何回見てきたと思ってんだよ」
怪人の拳が、わずかに強く握られた。
「蹴る前に肩が動く。攻撃を受けたら、すぐ前へ出る。追い込まれたら守るんじゃなくて、逆に思い切って飛び込んでくる」
「違う」
「全部同じだろ」
「違う!」
初めて、怪人の声が荒れた。
「私はサクラなんかじゃない!」
「じゃあ、なんでそんなにムキになって否定すんだよ!」
「…………!」
「それに、お前は俺の動きまで知ってる」
キッドはもう迷っていなかった。
「道場で何回組手したと思ってんだよ。俺がお前の癖を知ってるように、お前も俺の癖を知ってる」
「私は――」
「サクラだろ」
「違う!」
「いや、サクラだ」
怪人は強く拳を握ったまま、何も答えなかった。
◇
離れた場所で戦いを見ていた北山の表情も、少しずつ変わっていた。
気になるのは怪人の空手だけではない。
キッドの受け方。
踏み込み。
相手との間合いの取り方。
そして何より、攻撃を仕掛ける直前の身体の使い方。
「…………」
『北山さん?』
川出の声が通信に入った。
「何です?」
『さっきから妙に静かですけど、どうかしました?』
「いや……」
北山はキッドから目を離さない。
「まだ、何でもない」
そう答えたものの、胸の奥に生まれた小さな違和感は消えてくれなかった。
◇
「なんでそんな姿になってんだよ」
キッドは怪人を見据えた。
「何があった?」
返事はない。
「どこに行ってたんだよ」
「…………」
「サクラ」
「違う」
「まだ言うのかよ!」
「私はサクラじゃない!」
「じゃあ説明しろよ!」
キッドの声も強くなる。
「なんでサクラと同じ戦い方してんだ! なんで俺の動きまで知ってんだよ!」
怪人は答えなかった。
けれど、キッドはもう疑っていない。
頭部は蟻。
腕は蜂。
背中には蝶の翼。
どれだけ姿が変わっていても、目の前にいるのはサクラだ。
少なくとも紀人には、もうそうとしか考えられなかった。
「サクラ」
「…………」
「何があったんだよ」
今度は、少しだけ声を落とした。
怪人は答えない。
代わりに、ゆっくりと構え直す。
「私は、お前と戦うために来た」
「…………」
「それだけだ」
「答えになってねえよ」
「戦え、キッド」
◇
キッドの拳が、わずかに下がった。
さっきまでは正体の分からない怪人だった。
けれど今は違う。
サクラだと分かってしまった。
その一瞬の迷いを、怪人は見逃さなかった。
「……何だ」
「?」
「手加減する気か」
「…………」
「私が女だから?」
キッドの表情が変わった。
「違う」
「…………」
「お前がサクラだから止まっただけだ」
「私はサクラじゃ――」
「女だからとか、関係ねえよ」
怪人が黙る。
「昔からそうだろ」
キッドは拳を上げ、もう一度構えた。
「お前がやるって言うなら、ちゃんとやる」
「…………」
「ただし」
キッドは怪人から目を逸らさない。
「終わったら全部話してもらうからな」
怪人も、ゆっくりと構え直した。
「勝てたらな」
「言ったな?」
「言った」
「あとでなしって言うなよ」
「お前こそ」
ほんの一瞬。
異形の怪人を前にしていることを忘れそうになるほど、そのやり取りは昔と変わらなかった。
けれど今、向かい合っているのは道着姿の高校生同士ではない。
キッドと、人間の姿を失った怪人。
「それでいい」
怪人が静かに言った。
キッドも構えを深くする。
「じゃあ、続きだ」
二人は、ほとんど同時に地面を蹴った。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




