第五話 果たし状
第三章
第五話 果たし状
警視庁に届いた封書は、拍子抜けするほど簡素なものだった。
差出人の名前はない。
装飾もなければ、奇妙な印もない。
ただ、宛名だけが異様だった。
「……キッドへ、か」
東は、机の上に置かれた封書を見下ろした。
中に入っていたのは、一枚の紙。
書かれている内容も短い。
指定された日時。
指定された場所。
そして――。
『キッドと、一対一で勝負がしたい』
ほとんど、それだけだった。
「罠だろ」
最初に口を開いたのは南浦だった。
CASHの拠点には、東、北山、ニシ、南浦、川出、そしてシラメ博士が集まっている。
「一対一なんて、わざわざ書いてあるところが余計に怪しい」
「僕も安全だとは思わないよ」
シラメ博士が答えた。
「ただ、少し変ではあるね」
「何がだ?」
「キッドを殺したいだけなら、こんなものを警視庁に送る必要はないでしょ?」
シラメ博士は、机の上の果たし状を指した。
「待ち伏せしたいだけなら、もっと別の方法がある。それでも相手は日時と場所を指定して、キッド本人に来てほしいと言っている」
「何か目的がある?」
北山が尋ねる。
「そう考える方が自然だと思う。でも、それが何なのかまでは分からないよ」
川出は腕を組み、果たし状へ目を落とした。
「俺が追った連中と関係ありますかね」
「可能性はあるわ」
東が答える。
「六人の失踪が続いて、その周辺では人間とは思えない動きをする人物が確認された。その直後に、今度はキッド宛ての果たし状。偶然と考えるには、少し出来すぎているわね」
「ですよね」
北山はしばらく封書を見つめたあと、別の疑問を口にした。
「それに、どうして警視庁へ送ったんでしょう」
その言葉に、全員が黙った。
相手はキッドへ直接連絡したわけではない。
わざわざ警視庁へ送ってきた。
つまり少なくとも、キッドと警察側に何らかのつながりがあると考えている。
「どこまで知られてるんだろうな」
ニシが呟く。
東も、その点については表情を曇らせた。
「それを含めて、慎重に動く必要があるわね」
◇
その日の夕方。
パンさんの店の扉が開いた。
「いらっしゃ――」
紀人は顔を上げ、途中で言葉を止めた。
「東さん?」
「こんにちは」
いつもの落ち着いた声で、東が入ってくる。
「どうしたんですか、こんなところまで」
「少し、貴方に見せたいものがあるの」
東は店内へ軽く視線を巡らせた。
パンさんは少し離れた場所で仕事をしている。
東が紀人へ目配せした。
「少しだけ、いい?」
「……はい」
二人は、パンさんから会話の内容が聞こえにくい位置へ移った。
そこで、東が封書を取り出す。
「今日、警視庁に届いたわ」
「俺に?」
「正確には、これを見て」
紀人は封筒の表を見た。
『キッドへ』
「なんだ、これ……」
「中を見て」
紀人が紙を取り出す。
指定日時。
指定場所。
そして、一対一での勝負。
短い文章を最後まで読み終えると、紀人はすぐに顔を上げた。
「行きます」
「まだ何も説明してないわ」
「でも、キッドを呼んでるんですよね」
「だからこそ危険なの」
東は声を抑えながら続けた。
「一対一と書いてあるからって、本当に相手が一人とは限らないわ。場所そのものに仕掛けがあるかもしれないし、キッドを誘い出すこと自体が目的かもしれない」
「分かってます」
「分かっているなら、まず行かないことを考えて」
紀人は、もう一度果たし状へ目を落とした。
「警察も動いてるんですよね」
「ええ」
「サクラたちのことも調べてる」
「もちろんよ」
「だったら、これも関係あるかもしれない」
東は黙って紀人を見る。
「六人もいなくなってる。そんな時に急に、キッドを呼び出す奴が出てきたんです」
「…………」
「罠かもしれないのは分かってます。でも、行かなかったら何も分からない」
「紀人」
「相手がサクラのことを知ってるかもしれない」
そこまで言われると、東もすぐには返せなかった。
少しの沈黙のあと、小さく息を吐く。
「……貴方、本当にこういう時は頑固ね」
「こういう時だけですか?」
「普段もだったわね」
「どっちですか」
東の口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。
けれど、それもすぐ消えた。
「分かったわ」
「え?」
「行っていい」
紀人が目を瞬かせる。
「本当ですか?」
「ただし、約束して」
東は指を一本立てた。
「無茶をしないこと」
二本目。
「相手がおかしな動きをしたら、一対一という条件にこだわらないこと」
三本目。
「危険だと思ったら退くこと。それと、何かあったらすぐ連絡して」
「分かりました」
東がじっと見る。
「本当に?」
「またそれですか」
「最近、信用できない人が多いのよ」
「俺もその中?」
「どうかしら」
「そこは否定してくださいよ」
東は小さく笑った。
紀人は指定された日時と場所だけをスマートフォンへ控える。
果たし状の原本は、東が封筒へ戻した。
「これは警察で預かるわ」
「はい」
東は封筒を鞄へしまい、もう一度紀人を見る。
「本当に気をつけて」
今度の声には、冗談っぽさがなかった。
紀人も真面目に頷いた。
「はい」
◇
東が帰ったあと、パンさんが紀人を見る。
「何かあった?」
「……ちょっと」
「危ないこと?」
「たぶん」
「たぶん、か」
パンさんは困ったように笑った。
「呼び出されてるんです」
「誰に?」
「……分かりません」
「それで行くの?」
「行かないと分からないことがあるんで」
パンさんは、しばらく紀人を見ていた。
「止めても行く?」
紀人は少し黙ってから頷く。
「行きます」
「そっか」
パンさんは、それ以上無理に聞かなかった。
「じゃあ、気をつけて」
「はい」
「帰ってきたら、ちゃんと飯食べること」
「そこですか?」
「大事だよ」
紀人は少しだけ笑った。
◇
東はそのまま、CASHの拠点へ戻った。
主要メンバーが集まると、持ち帰った果たし状を机の上へ置く。
「指定日、全員配置につくわ」
南浦が眉をひそめた。
「一人で行かせるんじゃなかったのか?」
「本人には、一人で行っていいと伝えたわ」
「……本人?」
南浦の視線が東へ止まる。
「東さん」
「何?」
「キッドの正体を知ってるのか?」
一瞬、部屋の空気が変わった。
北山も川出も、東を見る。
シラメ博士だけは何も言わない。
東は少しだけ間を置いた。
「協力者と連絡を取る手段くらいはあるわ」
「それだけか?」
「そこは今、気にしなくていいの」
南浦は納得していない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「そうかよ」
「とにかく」
東は話を戻す。
「本人には一人で行っていいと伝えた。でも、本当に一人で行かせるとは言ってないわ」
「なるほど」
川出が少し笑った。
「東さんも結構やりますね」
「相手が罠を張る可能性を考えているのに、こちらが何も準備しない理由はないでしょう?」
「そりゃそうですね」
「ただし」
東の声が強くなる。
「勘違いしないで」
全員が東を見る。
「キッドと相手が本当に一対一で戦っている間は、絶対に介入しないこと」
「…………」
「向こうが約束を守っているなら、こちらも守るわ」
南浦が聞いた。
「動く条件は?」
「別の怪人が現れた場合。民間人に危険が及んだ場合。明らかな罠だと判断できた場合」
「キッドが負けそうになったら?」
「それだけでは動かない」
「…………」
「一対一を受けると決めたのはキッド自身よ」
北山が小さく頷いた。
◇
話が一段落したあと、南浦が再び口を開く。
「東さん」
「何?」
「そこまでキッドを信用するのか」
「キッドは協力者よ」
「資料にはそう書いてある」
南浦は少しだけ顔をしかめた。
「でも、人間の俺たちから見たら、怪人と何が違う?」
川出が南浦を見る。
東は、すぐには答えなかった。
「少なくとも、今までキッドは人を助けているわ」
「今までは、な」
南浦の声は低かった。
その手は、無意識に拳を作っている。
東は、その理由を知っている。
だから、無理に納得させようとはしなかった。
「今は、その話をする時じゃないわ」
「…………」
「分かった」
◇
北山は机の上の果たし状へ目を向けた。
「本当に、勝負そのものが目的って可能性もあるんじゃないですか」
南浦が鼻を鳴らす。
「怪人に武道精神があるって?」
「そこまでは言ってません」
北山は落ち着いて返した。
「でも、わざわざ一対一を指定している。相手が本当にそういう勝負を望んでいる可能性まで、最初から捨てる必要もないでしょう」
「…………」
「罠だと決めつけるのも、先入観ですから」
東は少し考えるように目を細めた。
「そうね。可能性は全部残しておきましょう」
◇
数日後。
果たし合い当日。
指定場所から少し離れた、人目のない場所に紀人は一人で立っていた。
スマートフォンに控えた日時と場所を確認する。
間違いない。
周囲に人がいないことを確かめると、腰へベルトを巻いた。
呼ばれているのは内田紀人ではない。
キッドだ。
紀人は一度だけ呼吸を整える。
「配信開始」
指を鳴らした。
人間だった身体が、戦うための姿へ変わっていく。
キッドとなった紀人は、そのまま指定された場所へ向かった。
◇
その頃。
紀人の知らないところでは、すでにCASHも配置についていた。
南浦は、高所から指定場所を確認できる位置へ。
川出は周囲の道路や建物を移動しながら、増援や不審者の有無を警戒。
北山とニシは、緊急時に短時間で現場へ入れる場所で待機している。
東は全体を把握できる位置から指揮を執っていた。
シラメ博士は現場には出ず、後方から通信を担当している。
『全員、聞こえる?』
通信に東の声が入った。
『問題ない』
南浦が答える。
『こっちも大丈夫です』
川出。
『いつでも動けます』
北山。
『俺もだ』
ニシ。
『いい? キッドと相手だけなら動かないで』
短い返事が続く。
『向こうが約束を破るまで、こちらも破らないわ』
◇
キッドは、指定された場所へ足を踏み入れた。
人の気配はない。
広い敷地に、古びた建物が残っている。
使われなくなって久しいのか、風が吹くたび、どこかで金属が小さく鳴った。
キッドは周囲を見回す。
「来たぞ」
返事はない。
「そっちが呼んだんだろ」
静寂だけが返ってくる。
しばらくして。
建物の影から、何かが歩いてきた。
「…………」
キッドが構える。
現れたのは、人間ではなかった。
蟻を思わせる頭部。
蜂のような腕。
背中から広がる蝶の翼。
その異形の中で、口元だけに人間の面影が残っている。
初めて見る怪人だった。
怪人は迷う様子もなく、キッドの前まで進んでくる。
「キッド」
「お前が俺を呼んだのか?」
「そうだ」
「何の用だ」
怪人は答える代わりに、静かに構えた。
「私と戦え」
「…………」
キッドは相手の構えを見る。
足の位置。
重心。
拳の高さ。
ほんの一瞬だけ、何かが引っかかった。
どこかで見たことがあるような。
身体の奥に、小さな違和感だけが残る。
けれど、まだそれが何なのかは分からない。
「……いいよ」
キッドも構えた。
「一対一なんだろ」
「そうだ」
離れた場所では、CASHの面々が息を潜めている。
誰も動かない。
キッドと異形の怪人。
二人だけが向かい合う。
風が、二人の間を通り抜けた。
次の瞬間。
怪人が地面を蹴った。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




