第四話 綺麗すぎる歩き方
第三章
第四話 綺麗すぎる歩き方
川出はネクタイの結び目に指をかけ、少しだけ緩めた。
「……暑っ」
真夏の日差しが、スーツ越しにも容赦なく照りつけてくる。
その下には、昨日シラメ博士から支給された軽量プロテクターを着込んでいた。
薄型で、上からスーツを着れば外見ではほとんど分からない。専用ホルスターに収めたガンブレードも、衣服の下に隠して携行できる。
街中での偵察や尾行には申し分ない。
ただし、軽いことと涼しいことは別問題だった。
「軽量って言っても、暑いもんは暑いな……」
背中にはすでに汗が滲んでいる。
川出は腕時計を確認し、交差点の向こうへ視線を向けた。
◇
少し前。
CASHの拠点では、二つの防犯映像がモニターに並べられていた。
「同じ人物なの?」
東が尋ねる。
「そこまでは言えません」
川出は首を振った。
映像に映る二人は服装が違う。画質も十分ではなく、顔までは判別できない。
「でも、見てください」
川出が最初の映像を再生する。
一人の人物が歩道を歩いていた。
歩幅はほぼ一定。
腕の振りも一定。
身体の軸はほとんど揺れず、重心だけが必要な位置へ滑らかに移っていく。
続いて、もう一つの映像。
「……やっぱり似てるんですよ」
「歩き方が?」
「はい」
川出は画面を指した。
「普通、人間ってここまで綺麗には動けないと思うんです」
「綺麗すぎる、だったわね」
「そうです」
疲れていれば姿勢は少し崩れる。
急いでいれば歩幅も変わる。
本人が意識していなくても、左右の腕の振り、足の運び、体重の乗せ方には、何かしらの癖が現れる。
完全に左右対称な人間などいない。
「でも、この人たちには、それがほとんどない」
東はしばらく映像を見つめた。
「同じ人物だから似ている、という可能性は?」
「もちろんあります。でも、同じ人かどうか以前に……同じように不自然なんです」
「…………」
「俺、実際に見てみたいです」
東が川出へ目を向ける。
「現場で?」
「映像だけじゃ分からないこともありますから」
少し考えたあと、東は頷いた。
「分かったわ。ただし、確認と追跡だけよ」
「はい」
「絶対に接触しないこと。怪しいと思っても、自分から仕掛けない。危険を感じたら、すぐに離れて」
「分かってます」
東が、じっと川出を見る。
「本当に?」
「最近みんな、その聞き方しますね」
「信用を積み上げれば聞かれなくなるわ」
「分かりましたって」
◇
そして現在。
川出は、映像に映っていた一帯を歩いていた。
会社員。
学生。
買い物帰りの人。
配送員。
誰を見ても、ごく普通の人間にしか見えない。
防犯映像なら、何度でも巻き戻せる。
停止もできる。
拡大もできる。
だが現実では、人は一瞬で視界を横切っていく。
「……そう簡単には見つからないか」
そう思ったときだった。
交差点の向こうに、一人の人物が見えた。
服装は普通。
体格にも目立った特徴はない。
川出も一度は、そのまま視線を外しかけた。
だが――。
「…………」
歩き方が目に留まった。
右足。
左足。
腕は必要な範囲だけ振られ、身体の軸はほとんどぶれない。
ちょうど信号が点滅を始めた。
周囲の人々が歩幅を広げ、小走りになる。
その人物も速度を上げた。
それなのに。
動きがまるで乱れない。
慌てるでもなく、必要な分だけ歩幅を広げ、そのまま横断歩道を渡り切った。
川出の目が細くなる。
「……あの歩き方だ」
◇
川出は尾行を始めた。
すぐには距離を詰めない。
同じ速度で真後ろを歩き続ければ、尾行に気づかれる可能性が高い。
一度コンビニへ入り、雑誌を見るふりをしながらガラス越しに対象を確認する。
店を出たあとは反対側の歩道へ移り、ときには信号を一つ遅らせた。
人混みを挟み、対象の真正面には出ない。
『川出』
イヤホンから東の声が聞こえた。
「はい」
『見つけたの?』
「たぶん」
『たぶん?』
「映像と同じ動きをしてます」
『距離は?』
「十分取ってますよ」
『気づかれてない?』
「今のところは」
『無理しないでね』
「分かってます」
少し間が空く。
『本当に?』
「東さん!」
◇
追跡を続けるうちに、川出は別の違和感にも気づいた。
対象は、ほとんど周囲を見ていない。
店の看板に目を向けない。
すれ違う通行人の顔も見ない。
信号を確認するために、わざわざ顔を上げる様子すらない。
それなのに。
誰にもぶつからない。
赤信号では止まり、曲がるべき場所では迷いなく曲がる。
自転車が横切れば、必要な分だけ身体をずらす。
子供が突然進路へ飛び出してきても、最小限の動きだけでかわしてみせた。
「……なんだ、あれ」
まるで。
目で確かめるより先に、周囲の状況を把握しているようだった。
「気持ち悪いな……」
思わず本音が漏れる。
◇
やがて対象は、人通りの少ない一角へ入っていった。
古い倉庫や、使われなくなった建物が残る場所だった。
『川出?』
「対象、人の少ない方へ入りました」
『追うの?』
「まだ距離は取ります」
『無茶はしないで』
「はい」
少し時間を空けてから、川出も路地へ入った。
対象はまだ見える。
そして、その先には。
「……二人?」
もう一人。
別の人物が待っていた。
川出は物陰へ身を寄せる。
二人は短く言葉を交わし、何かを手渡した。
小型のケースにも見える。
封筒のようにも見える。
この距離では、中身までは確認できない。
だが、川出が注目したのはそこではなかった。
二人目も同じだった。
ただ立っているだけなのに、姿勢に無駄がない。
足の置き方。
重心。
腕の位置。
人間なら自然に生まれるはずの僅かな崩れが、ほとんど見当たらない。
「一人じゃない……」
◇
そのとき。
路地の向こうから、一人の通行人が入ってきた。
途端に、二人の様子が変わった。
一人がスマートフォンを取り出し、少し猫背になる。
もう一人は壁にもたれ、何気なく辺りを見回した。
どこにでもいる人間。
そう見える。
通行人が二人の横を通り過ぎ、その姿が見えなくなる。
直後。
スマートフォンが下ろされた。
猫背が消える。
壁から身体を離し、軸が再び真っ直ぐになる。
「…………」
川出の表情が変わった。
「演じてる……?」
人が見ているときだけ、人間らしい仕草をする。
そうとしか思えなかった。
◇
もう少しだけ近づきたい。
川出は慎重に距離を縮めた。
『川出』
「はい」
『近づいてない?』
「大丈夫です」
『その“大丈夫”は最近信用できないの』
「今回は本当に――」
言いかけた、その瞬間。
対象の一人が、ほんの僅かに首を動かした。
振り返ったわけではない。
数センチ。
ただそれだけ。
川出は足を止めた。
向こうも止まる。
数秒。
何も起こらない。
やがて、対象は再び歩き始めた。
「……気づかれた?」
◇
次の瞬間。
対象の速度が上がった。
走ったわけではない。
歩幅が広がっただけ。
なのに速い。
「ちょっ……」
川出も追う。
対象は人混みに紛れ、そのまま別の路地へ入った。
階段を上がり、角を曲がる。
川出も得意の機動力で追跡する。
スーツの下に着込んだ軽量プロテクターが身体にまとわりつき、汗で不快感は増している。
それでも、重装備より遥かに動きやすい。
「速っ……!」
だが。
距離が縮まらない。
『川出!』
「今、追ってます!」
『追うのはいいけど、接触しないで!』
「分かってます!」
『本当に――』
「それ今いいです!」
対象が角を曲がる。
川出も数秒遅れて飛び込んだ。
「…………」
誰もいない。
「は?」
一本道だった。
左右には建物が並んでいる。
隠れられそうな場所も、そう多くはない。
上。
下。
脇道。
川出は素早く周囲を確認する。
それでも。
どこにもいない。
『川出?』
「…………」
『川出、どうしたの?』
「撒かれました」
『見失ったの?』
「はい」
川出は呼吸を整えながら、もう一度周囲を見回した。
「走ってもなかったのに……」
◇
CASHの拠点。
「同じような動きをする人間が、少なくとも二人いました」
戻った川出が報告する。
「人間?」
東が聞いた。
「見た目は」
川出は少し迷ってから答えた。
「でも、俺には人間に見えませんでした」
南浦が腕を組む。
「証拠は?」
「ないです」
「なら、ただの勘だろ」
「そうかもしれません」
川出は反論しなかった。
「映像と、俺が実際に見た動き。それだけです」
「…………」
「でも」
川出は東を見た。
「あれは、人間の動きじゃない」
今度の声には、確信に近いものがあった。
東はしばらく黙っている。
「決めつけはしないわ」
「はい」
「でも、無視もしない」
川出が頷いた。
「追跡した経路と、二人が接触していた場所。全部洗い直しましょう」
「了解」
◇
その夜。
紀人は道場の入口へ目を向けた。
今日も、サクラはいない。
「まだ連絡ないみたいですね」
「ああ」
北山が答える。
「……そうですか」
紀人はそれ以上何も言わず、道場の中央へ戻っていった。
「お願いします」
「お願いします」
互いに礼をして、稽古が始まる。
北山は、紀人の背中をしばらく見ていた。
昼間。
CASHが。
サクラたちの失踪に関係しているかもしれない何者かを、掴みかけたことを知っている。
だが。
それを紀人に話すことはできない。
「…………」
北山も構えた。
◇
同じ頃。
川出を撒いた人物は、人通りのない場所を歩いていた。
誰かに見られている間は、ごく普通の人間と変わらなかった。
歩幅には僅かな揺らぎがあり。
腕も自然に振られ。
表情にも、小さな変化がある。
人間なら誰にでもあるような。
何気ない動き。
だが。
周囲から人の気配が消えた瞬間。
それらも消えた。
腕の振りが止まり。
歩幅が一定になり。
顔から表情が抜け落ちる。
人間らしく見せる必要が、もうないかのように。
残ったのは。
目的地へ向かうためだけの、無駄のない動き。
その人物は、そのまま暗がりへと進んでいった。
やがて。
夜の闇に溶け込むように。
音もなく、姿を消した。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




