第一話 六人目
第三章
第一話 六人目
いつもの道場に。
いるはずの一人が、いなかった。
「――一本!」
「っ……!」
紀人の拳が、相手の顔の寸前で止まる。
「そこまで!」
二人はすぐに距離を取り、向かい合った。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
礼を終え、紀人は構えを解く。
「…………」
何気なく、道場の入口へ目を向けた。
誰も入ってこない。
「どうした、紀人」
「え?」
声をかけてきた北山に、紀人は首を振った。
「いや、別に」
「そうか?」
「はい」
答えながら、もう一度だけ入口を見る。
「…………」
今日も。
来ていない。
◇
「サクラ、今日も休みか」
道場生の一人が口にした。
「珍しいよな」
「何日目だ?」
「さあ。三日……いや、もっとじゃないか?」
「…………」
紀人が振り返る。
「そんな休んでたっけ?」
「お前、気づいてなかったのかよ」
「毎日数えてるわけじゃねえし」
「相変わらずだな」
「うるせえ」
いつものように軽口を返した。
けれど。
改めて考えてみれば、確かにおかしい。
サクラは稽古を休むことが少ない。
まして、何日も続けて姿を見せないなど、ほとんど記憶になかった。
「風邪でも引いたんじゃないの?」
紀人が言う。
すると。
北山の表情が、わずかに変わった。
「……紀人」
「はい?」
「お前、聞いてないのか?」
「何を?」
「サクラ」
一拍置いて。
「家にも帰ってないらしいぞ」
「…………」
紀人の顔から。
笑みが消えた。
「……え?」
◇
「何日前からですか?」
「詳しくは知らん」
北山は答えた。
「ただ、家族も連絡が取れないらしい」
「スマホは?」
「繋がらないそうだ」
「…………」
紀人は眉を寄せる。
「家出とか?」
北山が、紀人を見る。
「サクラが?」
「…………」
二人とも黙った。
先に口を開いたのは、紀人だった。
「……しないな」
「ああ」
そこだけは、即答できた。
サクラは気が強い。
負けず嫌いで。
腹が立てば、その場で言いたいことを言う。
喧嘩だってするだろう。
けれど。
何も言わずに姿を消すような人間ではない。
「喧嘩して家を飛び出すくらいならありそうだけど」
紀人が言う。
「その日のうちに帰るだろ」
「ですよね」
「それに」
北山は道場を見渡した。
「稽古を黙って何日も休むタイプでもない」
「…………」
紀人にも。
それはよく分かっていた。
◇
『もう一回!』
『また?』
『もう一回!』
『さっき終わっただろ』
『私、負けたんだけど』
『知ってるよ』
『じゃあ、もう一回!』
『意味分かんねえよ!』
いつだったか。
稽古が終わったあと。
サクラに何度も組手を申し込まれたことがあった。
『次は勝つから』
『次も俺が勝つ』
『言ったわね?』
『言った』
『じゃあやる!』
『だから帰らせろよ!』
負けたまま大人しく帰るような奴ではなかった。
そして。
別の日。
サクラが男子との組手に負けたときのことも、紀人は覚えていた。
『まあ、相手は男なんだから仕方ないって』
『女の子でそこまでやれれば十分すごいよ』
「…………」
サクラは、ほんの少し笑った。
『……そうだね』
そのときの紀人は。
特に何も言わなかった。
慰めることもしなかったし。
励ますこともしなかった。
ただ。
笑っているはずなのに。
妙に機嫌が悪そうだった。
そのことだけが、なぜか記憶に残っていた。
◇
稽古が終わった。
「ありがとうございました!」
道場を出る。
「…………」
紀人はスマートフォンを取り出した。
連絡先から、サクラの名前を選ぶ。
電話をかける。
呼び出し音。
一回。
二回。
三回。
「…………」
出ない。
通話を切る。
「何やってんだよ……」
もう一度かけようとした、そのとき。
「紀人」
「!」
聞き覚えのある声に、顔を上げる。
「東さん?」
道場から少し離れた場所に、東が立っていた。
「何してるんですか、こんなところで」
「少し話があるの」
「…………」
紀人はスマートフォンを下ろした。
「また怪人ですか?」
「まだ分からないわ」
「まだ?」
「少し付き合ってくれる?」
東の表情を見て。
紀人は、それ以上冗談を言わなかった。
◇
東が差し出した資料を、紀人は一枚ずつめくっていった。
一枚目。
知らない男。
二枚目。
知らない女。
三枚目。
やはり、知らない顔。
「これ……」
最後まで見る前に。
手が止まった。
「…………」
サクラ。
何度も見てきた顔だった。
道着姿ではない。
ごく普通の写真。
「なんで」
紀人が顔を上げる。
「東さんがサクラの写真持ってるんですか」
「彼女だけじゃないの」
「…………」
東は資料へ目を落とした。
「ここ数日で、似たような失踪が続いているのよ」
「似たような?」
「現在確認しているだけで」
東が六枚の資料を並べる。
「六人」
「…………」
紀人の視線が。
サクラから。
他の五人へ移っていく。
「誘拐ってことですか?」
「まだ分からないわ」
「六人もいなくなってるんですよね?」
「ええ」
「だったら――」
「だからこそ、慎重に見ているの」
「…………」
東は六枚の資料へ視線を落とした。
「妙なのよ」
◇
「目撃情報がほとんどないの」
「…………」
「明確に争った形跡もないわ」
「防犯カメラは?」
「使える映像が少ないのよ」
「じゃあ」
「今のところ、決定的なものは何もないわ」
「…………」
紀人はサクラの写真を見る。
「六人とも?」
「少なくとも、警察が把握している範囲ではね」
「そんなことあります?」
「だから調べているのよ」
東は静かに答えた。
「現時点では、六件すべてが同じ事件だと断定することもできないわ」
「…………」
「怪人が関係しているという証拠もない」
「でも」
紀人は、すぐに言った。
「普通じゃないんでしょう?」
「…………」
東は少しだけ黙った。
「普通の失踪事件だと決めつけるには、気になる点が多いわね」
「だったら、俺も探します」
「それは駄目よ」
「でも、サクラが――」
「だからよ」
東は少し声を落とした。
「さっきの理由で、貴方は冷静にはなれないと思うの」
「…………」
「知っている人がいなくなったんだもの。心配するのは分かるわ」
「でも」
紀人が食い下がる。
「今は警察に任せて」
「…………」
「まだ怪人事件だと決まったわけでもないでしょう?」
「……そうですけど」
「何か分かったら、ちゃんと連絡するから」
「…………」
「だから」
東は紀人の目を見る。
「今は勝手に動かないでね」
「…………」
紀人はしばらく黙っていた。
「……分かりました」
「本当に?」
「分かってますよ」
「その顔、少し心配なんだけど」
「分かってますって」
「…………」
「…………」
「紀人」
「だから分かってます!」
東は、小さくため息をついた。
◇
その頃。
東たちの拠点では。
机の上に、同じ六人の資料が並べられていた。
「…………」
北山が、一枚の写真で手を止める。
「この子……」
「知っているの?」
東が聞いた。
「はい」
北山はサクラの写真を見る。
「道場の子です」
「そうなの」
「昔から通ってます」
「…………」
北山の表情が曇る。
「何日も黙って休むような子じゃないですよ」
近くにいた川出が、資料を覗き込んだ。
「六人とも、消え方が綺麗すぎますね」
「綺麗?」
「痕跡が少なすぎるってことです」
川出が答える。
「人一人消えるなら、普通はもっと何か残るでしょう」
「…………」
南浦が腕を組んだ。
「怪人絡みと決まったのか?」
「まだよ」
東が答える。
「決まっていないから、調べているの」
「…………」
「ただ」
東は、六枚の写真を見る。
一枚。
また一枚。
「偶然で片づけるには」
最後に。
サクラ。
「少し多すぎるわね」
◇
その夜。
紀人は部屋で一人。
スマートフォンを見ていた。
「…………」
サクラへ、もう一度電話をかける。
呼び出し音。
出ない。
「…………」
通話を切る。
メッセージを開いた。
少し前のやり取りが残っている。
『明日、組手』
『勝手に決めんな』
『逃げるの?』
『やるよ』
『じゃあ決まり』
「…………」
紀人が小さく息を吐いた。
「勝手なんだよ……」
その言葉に答える声はない。
画面を下へ送る。
一番新しいメッセージ。
紀人から送ったものだった。
『今日、道場来ないの?』
未読。
「…………」
机の上には。
あのベルト。
そして、いくつかのメモリー。
そこには。
ひとつだけ。
不自然な空きがある。
「…………」
紀人は、一瞬だけそこへ目を向けた。
ワシのメモリー。
あの日。
自分が眠っている間に。
なくなったもの。
まだ、見つかっていない。
「…………」
消えたメモリー。
そして。
今度は、人まで消えた。
けれど。
二つに関係があるのかどうか。
今の紀人には何も分からない。
視線をスマートフォンへ戻す。
「どこ行ったんだよ」
返事はない。
「サクラ……」
◇
同じ頃。
東は、六人の写真を見つめていた。
「…………」
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
六人。
それぞれに生活があった。
家族がいた。
知人がいた。
昨日まで。
そこにいたはずの人間たち。
それが。
忽然と姿を消した。
連絡が途絶え。
決定的な痕跡も残っていない。
「六人も……」
東が小さく呟く。
「何の痕跡も残さず消えるなんてことが」
指先が。
サクラの写真で止まった。
「本当にあるのかしら……」
答える者は。
誰もいなかった。
ただ。
六人の写真だけが。
机の上に。
静かに並んでいた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




