間話「人間のままで」
『ビーストギア』
間話「人間のままで」
――怪人・特殊事件専門殲滅隊。
通称、怪特隊。
その一員となった西は、そこで初めて真実を知らされた。
「…………怪人」
手渡された資料。
そこに記された二文字を、西は長いあいだ見つめていた。
「これが……」
やがて顔を上げる。
「あいつが戦った相手か」
「……そう」
東が答えた。
妹が戦い。
そして、命を落とした相手。
人ではないもの。
人間の常識も、身体能力の限界も、そのままでは通用しない存在。
――怪人。
「…………」
西の脳裏に、以前、東から聞いた言葉が蘇る。
『人間の力で、どうにかできるようなものじゃなかった』
あの時は。
その言葉の意味を、正確には理解できなかった。
強い犯罪者だったのか。
特殊な武器でも持っていたのか。
そんな程度にしか考えようがなかった。
だが。
今なら分かる。
「……そういうことか」
それだけ言って。
西は資料へ視線を戻した。
妹が弱かったわけではない。
東が何度も念を押した理由も。
ようやく。
理解できた。
◇
それからしばらくして。
西は怪特隊に与えられた一室を訪れていた。
機械。
工具。
見たことのない部品。
用途すら想像できない装置。
整理されているのか、散らかっているのか。
初めて見る者には判断のつかない空間だった。
その中心で。
「んー……」
白目博士が、作業台に向かって何かを弄っている。
「博士」
「ん?」
白目が顔を上げた。
「ああ、西君。どうしたの?」
「聞きたいことがある」
「何?」
「怪人と戦うための装備」
西は作業台へ視線を向ける。
「作ってるんだよな」
「うん」
白目も手元を見る。
「銃の方はかなり形になってるよ。実戦データも取れたしね」
別の場所を指す。
「それとは別に、近接戦闘用のギアもいくつか試してる」
「…………」
「完成すれば」
白目は少し考えてから続けた。
「普通の人間でも、今よりはずっと怪人に対抗しやすくなる」
西は開発途中の装備を黙って見ていた。
「君なら」
白目が西の身体へ目をやる。
「近接用との相性はいいと思うよ」
「元プロレスラーなんだろ?」
「ああ」
「だったら身体能力を補助するタイプのギアを――」
「違う」
「ん?」
「俺が欲しいのは、それじゃない」
白目の手が止まる。
「それじゃない?」
「ああ」
「じゃあ、何が欲しいの?」
西は白目を見た。
「俺を変えてほしい」
「…………」
白目が瞬きをする。
「どういう意味?」
「ギアを強くしたいんじゃない」
西は自分の拳を見る。
「俺自身を――」
一拍。
「怪人と殴り合える身体にしたい」
「…………」
しばらく。
白目は何も言わなかった。
それから。
「いやいや」
「?」
「君、怪人について説明は聞いたよね?」
「聞いた」
「普通の人間じゃまともに相手にならないってことも?」
「聞いた」
「だから」
白目は作業台に並ぶ装備を示す。
「こういうものを作ってるんだけど」
「俺はギアの話をしてない」
「…………」
「俺の身体を」
西は繰り返した。
「怪人と戦えるようにしてくれ」
今度こそ。
白目は完全に手を止めた。
◇
「理由を聞いていい?」
「ああ」
西は少しだけ視線を落とした。
「妹は」
「…………」
「弱くなかった」
「……うん」
「いや」
西は首を振る。
「そういう意味じゃない」
「?」
「あいつの技術は」
拳が、ゆっくりと握られる。
「怪人に負けてなかった」
「…………」
「俺は、あいつが戦ってるところを何度も見てきた」
幼い頃から。
自分の真似をして。
何度止めても練習を続けた妹。
「俺が教えたこともある」
「逆に」
西の口元が、ほんの少しだけ緩む。
「あいつの動きを見て、俺が感心したことだってある」
「…………」
「間合い」
「打撃」
「判断」
「身体の使い方」
一つずつ。
確かめるように言葉を並べる。
「あいつは上手かった」
「…………」
「技術だけだったら――」
一拍。
「あいつは絶対に勝ってた」
「…………」
白目は口を挟まない。
「それでも負けた」
「…………」
「死んだ」
西が白目を見る。
「何でだと思う?」
「…………」
白目は答えなかった。
西自身が。
その答えを持っていることを分かっていた。
「身体だ」
「…………」
「人間だったからだ」
低い声。
「技が足りなかったんじゃない」
「腕が悪かったんでもない」
「…………」
「怪人と人間じゃ」
一拍。
「最初から身体の性能が違いすぎた」
力。
速さ。
耐久力。
たとえ技術で勝っていても。
その差だけで。
すべてが覆される。
「だったら」
西は言った。
「その差をなくせばいい」
「…………」
「人間の身体じゃ足りないなら」
一拍。
「怪人と殴り合える身体にすればいい」
「…………」
白目が静かに尋ねる。
「それで、妹さんの仇を取りたい?」
「違う」
西は即答した。
「…………」
「あいつを殺した怪人は」
少しだけ間を置く。
「もういないんだろ」
「……うん」
「だったら、殴る相手はいない」
「…………」
「俺がやりたいのは」
一拍。
「証明だ」
「証明?」
「ああ」
西の拳に力が入る。
「あいつの技は間違ってなかった」
「…………」
「あいつは」
「怪人に負けるような技術じゃなかった」
「…………」
「足りなかったのは技じゃない」
西は自分の胸を指した。
「身体だ」
「…………」
「だったら俺が」
「怪人と同じ土俵に立てる身体を手に入れる」
同じ間合い。
同じ距離。
同じ場所で。
拳を交わす。
「その身体で」
「俺が知ってる技術を使って」
「怪人を倒す」
「…………」
「そうすれば――」
一拍。
「あいつが間違ってなかったって、証明できる」
静かな部屋に。
西の声だけが残った。
「…………」
白目はしばらく西を見ていた。
そして。
「それ」
「?」
「妹さんのためだけじゃないよね」
「…………」
「君自身が」
白目が言う。
「納得したいんじゃない?」
「…………」
西は少しだけ考えた。
「……そうかもな」
否定しなかった。
「でも」
白目から視線を逸らさない。
「俺は知ってる」
「…………」
「あいつの技は通じてた」
一拍。
「足りなかったのは、技じゃない」
「身体だ」
「…………」
白目は小さく息を吐いた。
◇
「もう一つある」
「?」
西が続ける。
「次に」
「同じような奴が出てきた時」
「…………」
「また誰かが、あいつみたいに前へ出るかもしれない」
誰かを守るために。
自分より強い相手へ向かっていく。
「戦える人間が」
「前に出て」
「誰かを守ろうとして」
「それでも」
一拍。
「身体の差だけで、何もできずに死ぬ」
「…………」
西の拳が固くなる。
「もう、それを見たくない」
「…………」
「だから次は」
一拍。
「俺が前に出る」
「武器を持って?」
「違う」
「ギアをつけて?」
「違う」
西は自分の胸を叩いた。
「この身体で」
「…………」
「俺自身が、怪人を止める」
「…………」
「装備が壊れたら終わり」
「武器を落としたら終わり」
首を振る。
「そんなのは嫌なんだ」
「…………」
「最後に残るのは」
拳を握る。
「自分の身体だ」
「…………」
「だったら」
一拍。
「これを、一番強い武器にしたい」
白目の表情から。
それまで残っていた軽さが消えた。
◇
「理屈だけなら」
白目が言った。
「方法がないとは言わない」
西の目が動く。
「できるのか?」
「最後まで聞いて」
「…………」
「人間の筋力を多少上げる」
「骨を丈夫にする」
「反応速度を高める」
白目は一つずつ数えるように指を動かす。
「そういう話なら、まだ分かる」
「…………」
「でも」
真っすぐ西を見る。
「君が言ってるのは」
一拍。
「怪人と、生身で殴り合える身体だ」
「…………」
「そこまで行くと」
「話が違う」
白目の声が少し低くなる。
「本当にそれをやるなら」
一拍。
「人間の限界を超えなきゃいけない」
「…………」
「場合によっては」
白目は慎重に言葉を選んだ。
「君が、人間じゃなくなるってことかもしれないよ」
「…………」
西は。
驚かなかった。
「それで?」
「…………」
「え?」
「それで?」
「いやいや」
白目が珍しく困った顔になる。
「そこ、もうちょっと驚くところじゃない?」
「何で」
「人間じゃなくなるかもしれないって言ったんだけど!?」
「聞こえてる」
「じゃあ何でそんな普通なの!?」
「戦えるようになるんだろ」
「可能性の話!」
白目が少し声を上げる。
「成功する保証なんてない」
「…………」
「元に戻せないかもしれない」
「…………」
「身体が壊れる可能性もある」
「…………」
「最悪――」
一拍。
「死ぬ」
「そうか」
「そうかじゃない!」
「…………」
西は少しだけ考えた。
「リングに上がってた時と同じだ」
「全然違うよ!?」
「俺にとっては同じだ」
「どこが!?」
「やると決めて」
西は静かに答える。
「覚悟して上がる」
「…………」
「あとは」
一拍。
「やるだけだ」
「…………」
白目が額を押さえた。
「元プロレスラーって、みんなこうなの?」
「知らん」
「君だけだと信じたいよ……」
◇
「本当に」
白目は改めて確認する。
「人間じゃなくなってもいい?」
「ああ」
「即答?」
「ああ」
「もう少し悩もうよ」
「必要ない」
「何で」
西は少し黙った。
そして。
「人間のままで守れないなら」
「…………」
「人間のままでいることに、こだわる理由はない」
「…………」
白目は何も言えず。
西を見つめる。
「それで」
一拍。
「誰かを守れるなら」
「安いもんだ」
「…………」
長い沈黙が落ちる。
やがて。
白目が深く息を吐いた。
「……分かった」
「できるのか」
「違う」
「?」
「調べてみる」
「…………」
「できるなんて、一言も言ってないからね」
「じゃあ」
西は即座に返した。
「早く調べろ」
「君さあ!」
「?」
「患者側なのに、なんでそんな偉そうなの!?」
「患者なのか?」
「まだ違う!」
「じゃあいいだろ」
「よくない!」
「…………」
西が。
ほんのわずかに笑う。
「頼む」
「…………」
白目も。
少しだけ口元を緩めた。
「……分かったよ」
「調べてみる」
「ああ」
「ただし」
「?」
「私が無理だと判断したら」
一拍。
「諦めて」
「…………」
「約束して」
「…………」
「考えておく」
「そこは約束してよ!」
◇
西が去ったあと。
作業室には白目だけが残った。
「…………」
閉じた扉を見る。
「人間を……」
小さく呟く。
「怪人と戦える身体に、か」
椅子へ腰を下ろす。
机の上には。
怪人について集めた資料。
人間の身体データ。
開発途中の装備。
「…………」
そして。
白目の視線が。
ふと。
別の場所へ向かった。
他の資料とは分けて置かれている。
何かの研究記録。
「…………」
白目はそれを見つめる。
手を伸ばしかけ。
途中で止めた。
「……無茶言うなあ」
小さく笑う。
しかし。
その目だけは。
もう笑っていなかった。
「人間の限界を……」
一拍。
「超える、か」
「…………」
もう一度。
その資料へ目を向ける。
そして。
白目は考え始めた。
◇
怪特隊。
トレーニングスペース。
誰もいない室内に。
重い打撃音だけが響いていた。
――ドン。
西の拳が。
サンドバッグへ突き刺さる。
――ドン。
もう一発。
――ドン。
「…………」
西は自分の拳を見る。
鍛えた。
何年も。
何万回も。
殴った。
耐えた。
身体を作った。
リングの上では。
この身体が武器だった。
だが。
怪人を相手にするには。
足りない。
今の拳では。
届かない。
今の身体では。
勝てない。
技術があっても。
力が。
速さが。
耐久力が。
人間という身体そのものが。
怪人には届かない。
「…………」
妹を思い出す。
自分が教えた技。
何度も繰り返した練習。
転んでも。
倒れても。
また立ち上がった。
そして。
いつしか。
自分でさえ驚くほど上手くなった妹。
「お前は……」
一拍。
「弱くなかった」
誰もいない部屋。
答える者はいない。
「技術じゃ」
一拍。
「絶対に負けてなかった」
拳を握る。
「だから」
構える。
「俺が証明する」
一歩。
踏み込む。
――ドン!
サンドバッグが大きく揺れた。
「…………」
白目の言葉が蘇る。
『君が、人間じゃなくなるってことかもしれないよ』
「人間じゃなくなる、か」
「…………」
揺れ続けるサンドバッグを。
西は静かに見つめる。
怖くない。
そう言えば嘘になるのかもしれない。
だが。
それ以上に。
もう一度。
何もできないまま。
誰かが死ぬ方が。
西には耐えられなかった。
再び。
拳を構える。
「それで守れるなら」
踏み込む。
「安いもんだ」
――ドン!
重い音が。
誰もいない部屋に。
長く響いた。
――つづく
――――――――――
※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




