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ビーストギア  作者: 時根脱才 
モズキャッチャー編

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20/25

間話「人間のままで」

『ビーストギア』


間話「人間のままで」


 ――怪人・特殊事件専門殲滅隊。


 通称、怪特隊。


 その一員となった西は、そこで初めて真実を知らされた。


「…………怪人」


 手渡された資料。


 そこに記された二文字を、西は長いあいだ見つめていた。


「これが……」


 やがて顔を上げる。


「あいつが戦った相手か」


「……そう」


 東が答えた。


 妹が戦い。


 そして、命を落とした相手。


 人ではないもの。


 人間の常識も、身体能力の限界も、そのままでは通用しない存在。


 ――怪人。


「…………」


 西の脳裏に、以前、東から聞いた言葉が蘇る。


『人間の力で、どうにかできるようなものじゃなかった』


 あの時は。


 その言葉の意味を、正確には理解できなかった。


 強い犯罪者だったのか。


 特殊な武器でも持っていたのか。


 そんな程度にしか考えようがなかった。


 だが。


 今なら分かる。


「……そういうことか」


 それだけ言って。


 西は資料へ視線を戻した。


 妹が弱かったわけではない。


 東が何度も念を押した理由も。


 ようやく。


 理解できた。


     ◇


 それからしばらくして。


 西は怪特隊に与えられた一室を訪れていた。


 機械。


 工具。


 見たことのない部品。


 用途すら想像できない装置。


 整理されているのか、散らかっているのか。


 初めて見る者には判断のつかない空間だった。


 その中心で。


「んー……」


 白目博士が、作業台に向かって何かを弄っている。


「博士」


「ん?」


 白目が顔を上げた。


「ああ、西君。どうしたの?」


「聞きたいことがある」


「何?」


「怪人と戦うための装備」


 西は作業台へ視線を向ける。


「作ってるんだよな」


「うん」


 白目も手元を見る。


「銃の方はかなり形になってるよ。実戦データも取れたしね」


 別の場所を指す。


「それとは別に、近接戦闘用のギアもいくつか試してる」


「…………」


「完成すれば」


 白目は少し考えてから続けた。


「普通の人間でも、今よりはずっと怪人に対抗しやすくなる」


 西は開発途中の装備を黙って見ていた。


「君なら」


 白目が西の身体へ目をやる。


「近接用との相性はいいと思うよ」


「元プロレスラーなんだろ?」


「ああ」


「だったら身体能力を補助するタイプのギアを――」


「違う」


「ん?」


「俺が欲しいのは、それじゃない」


 白目の手が止まる。


「それじゃない?」


「ああ」


「じゃあ、何が欲しいの?」


 西は白目を見た。


「俺を変えてほしい」


「…………」


 白目が瞬きをする。


「どういう意味?」


「ギアを強くしたいんじゃない」


 西は自分の拳を見る。


「俺自身を――」


 一拍。


「怪人と殴り合える身体にしたい」


「…………」


 しばらく。


 白目は何も言わなかった。


 それから。


「いやいや」


「?」


「君、怪人について説明は聞いたよね?」


「聞いた」


「普通の人間じゃまともに相手にならないってことも?」


「聞いた」


「だから」


 白目は作業台に並ぶ装備を示す。


「こういうものを作ってるんだけど」


「俺はギアの話をしてない」


「…………」


「俺の身体を」


 西は繰り返した。


「怪人と戦えるようにしてくれ」


 今度こそ。


 白目は完全に手を止めた。


     ◇


「理由を聞いていい?」


「ああ」


 西は少しだけ視線を落とした。


「妹は」


「…………」


「弱くなかった」


「……うん」


「いや」


 西は首を振る。


「そういう意味じゃない」


「?」


「あいつの技術は」


 拳が、ゆっくりと握られる。


「怪人に負けてなかった」


「…………」


「俺は、あいつが戦ってるところを何度も見てきた」


 幼い頃から。


 自分の真似をして。


 何度止めても練習を続けた妹。


「俺が教えたこともある」


「逆に」


 西の口元が、ほんの少しだけ緩む。


「あいつの動きを見て、俺が感心したことだってある」


「…………」


「間合い」


「打撃」


「判断」


「身体の使い方」


 一つずつ。


 確かめるように言葉を並べる。


「あいつは上手かった」


「…………」


「技術だけだったら――」


 一拍。


「あいつは絶対に勝ってた」


「…………」


 白目は口を挟まない。


「それでも負けた」


「…………」


「死んだ」


 西が白目を見る。


「何でだと思う?」


「…………」


 白目は答えなかった。


 西自身が。


 その答えを持っていることを分かっていた。


「身体だ」


「…………」


「人間だったからだ」


 低い声。


「技が足りなかったんじゃない」


「腕が悪かったんでもない」


「…………」


「怪人と人間じゃ」


 一拍。


「最初から身体の性能が違いすぎた」


 力。


 速さ。


 耐久力。


 たとえ技術で勝っていても。


 その差だけで。


 すべてが覆される。


「だったら」


 西は言った。


「その差をなくせばいい」


「…………」


「人間の身体じゃ足りないなら」


 一拍。


「怪人と殴り合える身体にすればいい」


「…………」


 白目が静かに尋ねる。


「それで、妹さんの仇を取りたい?」


「違う」


 西は即答した。


「…………」


「あいつを殺した怪人は」


 少しだけ間を置く。


「もういないんだろ」


「……うん」


「だったら、殴る相手はいない」


「…………」


「俺がやりたいのは」


 一拍。


「証明だ」


「証明?」


「ああ」


 西の拳に力が入る。


「あいつの技は間違ってなかった」


「…………」


「あいつは」


「怪人に負けるような技術じゃなかった」


「…………」


「足りなかったのは技じゃない」


 西は自分の胸を指した。


「身体だ」


「…………」


「だったら俺が」


「怪人と同じ土俵に立てる身体を手に入れる」


 同じ間合い。


 同じ距離。


 同じ場所で。


 拳を交わす。


「その身体で」


「俺が知ってる技術を使って」


「怪人を倒す」


「…………」


「そうすれば――」


 一拍。


「あいつが間違ってなかったって、証明できる」


 静かな部屋に。


 西の声だけが残った。


「…………」


 白目はしばらく西を見ていた。


 そして。


「それ」


「?」


「妹さんのためだけじゃないよね」


「…………」


「君自身が」


 白目が言う。


「納得したいんじゃない?」


「…………」


 西は少しだけ考えた。


「……そうかもな」


 否定しなかった。


「でも」


 白目から視線を逸らさない。


「俺は知ってる」


「…………」


「あいつの技は通じてた」


 一拍。


「足りなかったのは、技じゃない」


「身体だ」


「…………」


 白目は小さく息を吐いた。


     ◇


「もう一つある」


「?」


 西が続ける。


「次に」


「同じような奴が出てきた時」


「…………」


「また誰かが、あいつみたいに前へ出るかもしれない」


 誰かを守るために。


 自分より強い相手へ向かっていく。


「戦える人間が」


「前に出て」


「誰かを守ろうとして」


「それでも」


 一拍。


「身体の差だけで、何もできずに死ぬ」


「…………」


 西の拳が固くなる。


「もう、それを見たくない」


「…………」


「だから次は」


 一拍。


「俺が前に出る」


「武器を持って?」


「違う」


「ギアをつけて?」


「違う」


 西は自分の胸を叩いた。


「この身体で」


「…………」


「俺自身が、怪人を止める」


「…………」


「装備が壊れたら終わり」


「武器を落としたら終わり」


 首を振る。


「そんなのは嫌なんだ」


「…………」


「最後に残るのは」


 拳を握る。


「自分の身体だ」


「…………」


「だったら」


 一拍。


「これを、一番強い武器にしたい」


 白目の表情から。


 それまで残っていた軽さが消えた。


     ◇


「理屈だけなら」


 白目が言った。


「方法がないとは言わない」


 西の目が動く。


「できるのか?」


「最後まで聞いて」


「…………」


「人間の筋力を多少上げる」


「骨を丈夫にする」


「反応速度を高める」


 白目は一つずつ数えるように指を動かす。


「そういう話なら、まだ分かる」


「…………」


「でも」


 真っすぐ西を見る。


「君が言ってるのは」


 一拍。


「怪人と、生身で殴り合える身体だ」


「…………」


「そこまで行くと」


「話が違う」


 白目の声が少し低くなる。


「本当にそれをやるなら」


 一拍。


「人間の限界を超えなきゃいけない」


「…………」


「場合によっては」


 白目は慎重に言葉を選んだ。


「君が、人間じゃなくなるってことかもしれないよ」


「…………」


 西は。


 驚かなかった。


「それで?」


「…………」


「え?」


「それで?」


「いやいや」


 白目が珍しく困った顔になる。


「そこ、もうちょっと驚くところじゃない?」


「何で」


「人間じゃなくなるかもしれないって言ったんだけど!?」


「聞こえてる」


「じゃあ何でそんな普通なの!?」


「戦えるようになるんだろ」


「可能性の話!」


 白目が少し声を上げる。


「成功する保証なんてない」


「…………」


「元に戻せないかもしれない」


「…………」


「身体が壊れる可能性もある」


「…………」


「最悪――」


 一拍。


「死ぬ」


「そうか」


「そうかじゃない!」


「…………」


 西は少しだけ考えた。


「リングに上がってた時と同じだ」


「全然違うよ!?」


「俺にとっては同じだ」


「どこが!?」


「やると決めて」


 西は静かに答える。


「覚悟して上がる」


「…………」


「あとは」


 一拍。


「やるだけだ」


「…………」


 白目が額を押さえた。


「元プロレスラーって、みんなこうなの?」


「知らん」


「君だけだと信じたいよ……」


     ◇


「本当に」


 白目は改めて確認する。


「人間じゃなくなってもいい?」


「ああ」


「即答?」


「ああ」


「もう少し悩もうよ」


「必要ない」


「何で」


 西は少し黙った。


 そして。


「人間のままで守れないなら」


「…………」


「人間のままでいることに、こだわる理由はない」


「…………」


 白目は何も言えず。


 西を見つめる。


「それで」


 一拍。


「誰かを守れるなら」


「安いもんだ」


「…………」


 長い沈黙が落ちる。


 やがて。


 白目が深く息を吐いた。


「……分かった」


「できるのか」


「違う」


「?」


「調べてみる」


「…………」


「できるなんて、一言も言ってないからね」


「じゃあ」


 西は即座に返した。


「早く調べろ」


「君さあ!」


「?」


「患者側なのに、なんでそんな偉そうなの!?」


「患者なのか?」


「まだ違う!」


「じゃあいいだろ」


「よくない!」


「…………」


 西が。


 ほんのわずかに笑う。


「頼む」


「…………」


 白目も。


 少しだけ口元を緩めた。


「……分かったよ」


「調べてみる」


「ああ」


「ただし」


「?」


「私が無理だと判断したら」


 一拍。


「諦めて」


「…………」


「約束して」


「…………」


「考えておく」


「そこは約束してよ!」


     ◇


 西が去ったあと。


 作業室には白目だけが残った。


「…………」


 閉じた扉を見る。


「人間を……」


 小さく呟く。


「怪人と戦える身体に、か」


 椅子へ腰を下ろす。


 机の上には。


 怪人について集めた資料。


 人間の身体データ。


 開発途中の装備。


「…………」


 そして。


 白目の視線が。


 ふと。


 別の場所へ向かった。


 他の資料とは分けて置かれている。


 何かの研究記録。


「…………」


 白目はそれを見つめる。


 手を伸ばしかけ。


 途中で止めた。


「……無茶言うなあ」


 小さく笑う。


 しかし。


 その目だけは。


 もう笑っていなかった。


「人間の限界を……」


 一拍。


「超える、か」


「…………」


 もう一度。


 その資料へ目を向ける。


 そして。


 白目は考え始めた。


     ◇


 怪特隊。


 トレーニングスペース。


 誰もいない室内に。


 重い打撃音だけが響いていた。


 ――ドン。


 西の拳が。


 サンドバッグへ突き刺さる。


 ――ドン。


 もう一発。


 ――ドン。


「…………」


 西は自分の拳を見る。


 鍛えた。


 何年も。


 何万回も。


 殴った。


 耐えた。


 身体を作った。


 リングの上では。


 この身体が武器だった。


 だが。


 怪人を相手にするには。


 足りない。


 今の拳では。


 届かない。


 今の身体では。


 勝てない。


 技術があっても。


 力が。


 速さが。


 耐久力が。


 人間という身体そのものが。


 怪人には届かない。


「…………」


 妹を思い出す。


 自分が教えた技。


 何度も繰り返した練習。


 転んでも。


 倒れても。


 また立ち上がった。


 そして。


 いつしか。


 自分でさえ驚くほど上手くなった妹。


「お前は……」


 一拍。


「弱くなかった」


 誰もいない部屋。


 答える者はいない。


「技術じゃ」


 一拍。


「絶対に負けてなかった」


 拳を握る。


「だから」


 構える。


「俺が証明する」


 一歩。


 踏み込む。


 ――ドン!


 サンドバッグが大きく揺れた。


「…………」


 白目の言葉が蘇る。


『君が、人間じゃなくなるってことかもしれないよ』


「人間じゃなくなる、か」


「…………」


 揺れ続けるサンドバッグを。


 西は静かに見つめる。


 怖くない。


 そう言えば嘘になるのかもしれない。


 だが。


 それ以上に。


 もう一度。


 何もできないまま。


 誰かが死ぬ方が。


 西には耐えられなかった。


 再び。


 拳を構える。


「それで守れるなら」


 踏み込む。


「安いもんだ」


 ――ドン!


 重い音が。


 誰もいない部屋に。


 長く響いた。


――つづく


――――――――――


※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。


物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。


本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。


※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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