間話「狙うべきもの」
『ビーストギア』
間話「狙うべきもの」
夜。
南浦は一人、机に向かっていた。
「…………」
机の上には、何枚もの紙。
地図。
写真。
手書きのメモ。
警察に提出した証言の控え。
そして、妻の写真。
「…………」
南浦は一本のペンを持ち、地図へ印をつける。
妻がさらわれた場所。
怪人を見た場所。
その周辺。
目撃情報が出そうな場所。
自分なりに、何度も、何度も線を引いてきた。
「…………」
だが、何も見つからない。
「くそ……」
ペンを置く。
椅子へ深く座り、目を閉じる。
思い出す。
◇
あの日。
目の前にいた。
あれは、人間ではなかった。
異様な姿。
異様な力。
そして。
妻を、自分の目の前から連れ去った。
「待て!」
追った。
叫んだ。
手を伸ばした。
でも、届かなかった。
◇
「…………」
南浦が目を開ける。
机の上。
妻の写真。
「待ってろ」
低く呟く。
「必ず見つける」
その目に迷いはない。
怪人がいるかどうか。
そんなことを疑ったことはない。
自分は見た。
この目で、妻がさらわれるところを。
だから、南浦が今考えているのは、ただ一つ。
――どうやって殺すか。
「…………」
南浦は立ち上がる。
部屋の隅。
ライフルケース。
ゆっくりと開く。
「…………」
手に取る。
構える。
標的はいない。
それでも、身体は自然に射撃姿勢へ入る。
「距離が取れれば……」
独り言。
「頭」
「心臓」
「目」
「関節」
「…………」
狙う場所はある。
人間なら。
動物なら。
生物なら。
だが。
「あいつに……」
南浦は銃口を下げる。
「普通の弾が通るのか……?」
分からない。
怪人を撃ったことはない。
撃てる距離まで近づいたこともない。
どれほど硬いのか。
どこが急所なのか。
そもそも、弾丸というものがあいつらに通用するのか。
「…………」
腕はある。
狙える。
当てられる。
でも、相手を見つけられなければ意味がない。
見つけても、倒せなければ意味がない。
「撃てるだけじゃ……」
ライフルを見る。
「何の意味もねえ」
南浦が、ゆっくりとケースへ戻す。
その時。
――ピンポーン。
「…………」
南浦の動きが止まった。
こんな時間に。
「誰だ」
玄関へ向かう。
◇
扉を開ける。
「…………」
そこに立っていたのは、見覚えのある女性だった。
「あんた……」
「久しぶり」
東。
「警察が何の用だ」
「少し話がある」
「…………」
「入っていい?」
南浦は少し迷った。
だが、扉を開ける。
「入れ」
「ありがとう」
◇
部屋へ入った東は、すぐに気づいた。
「…………」
机。
資料。
地図。
写真。
「ずっと調べてたの?」
「警察が調べてくれないからな」
「…………」
東は何も言い返さない。
南浦が椅子へ座る。
「あんたは違ったけど」
「え?」
「あんただけだった」
「何が?」
「俺の話を」
南浦が東を見る。
「最初から笑わなかったのは」
「…………」
「他は全員」
鼻で笑う。
「見間違いだ」
「錯乱してたんじゃないか」
「人間を怪物に見間違えたんじゃないか」
「そんな話ばっかりだった」
「…………」
「でも」
南浦は東を見る。
「あんたは聞いた」
「…………」
「信じてるとは言わなかった」
「でも、笑わなかった」
東が少しだけ目を伏せる。
「……そうね」
「それで?」
南浦が聞く。
「今日は何だ」
「今さら、やっぱり気のせいでしたって言いに来たのか?」
「違う」
東が南浦を見る。
「あなたが見たもの」
「…………」
「あれは」
一拍。
「実在する」
「…………」
南浦は、すぐには反応しなかった。
ただ、東を見ている。
「……今さらかよ」
「そう言われても仕方ない」
「…………」
「でも」
東が続ける。
「今は違う」
「何が」
「私たちも」
一拍。
「あれを追う」
南浦の目が変わった。
◇
「どういうことだ」
「警察の中に」
東が言う。
「特殊な事件を専門に扱う部隊を作る」
「特殊な事件?」
「怪人」
「…………」
「それと、通常の捜査では扱えない事件」
「…………」
「正式には」
東が続ける。
「怪人・特殊事件専門殲滅隊」
「長いな」
「私もそう思う」
「略すと?」
「怪特隊」
「…………」
「微妙な顔しないで」
「いや、普通だなと思って」
「普通でいいのよ!」
「…………」
南浦は少しだけ口元を緩めた。
だが、すぐに表情を戻す。
「警察が、怪人を認めたってことか」
「全部じゃない」
「……?」
「知ってるのは、ごく一部」
「相変わらずだな」
「組織ってそういうものなの」
「便利な言葉だ」
「私に言わないで」
「で」
南浦が机の資料を指す。
「それと俺に何の関係がある」
東は少しだけ姿勢を正した。
「スカウトに来た」
「…………」
「…………」
「誰を?」
「あなたを」
「…………」
南浦が本気で聞き返す。
「俺を?」
「そう」
「警察官じゃないぞ」
「知ってる」
「だったら何で」
「あなたの腕」
「…………」
「ライフル」
南浦の目が細くなる。
「調べたのか」
「必要だったから」
「気分のいい話じゃないな」
「ごめん」
「謝るくらいなら最初からするな」
「それは無理」
「…………」
東が続ける。
「普通の警察官だけじゃ、どうにもならない相手だって分かった」
「…………」
「だから、警察官だけで固める気はない」
「外からも、必要な人間を集める」
「…………」
「その中に、あなたも入ってる」
南浦は、しばらく東を見る。
「俺が何のためにあれを探してるか、分かって言ってるのか?」
「分かってる」
即答だった。
「復讐でしょ」
「…………」
「奥さんをさらった怪人を見つけて」
一拍。
「殺したい」
「…………」
南浦の表情が、少しだけ変わる。
「だったら、警察が俺を入れるのか?」
「本来なら」
東は少し考えて。
「たぶん、入れないと思う」
「じゃあ何で」
「あなたの腕が必要だから」
「…………」
南浦が、わずかに笑う。
「随分正直だな」
「綺麗事言っても仕方ないから」
「…………」
東が言う。
「私たちは、あなたを利用する」
一拍。
「あなたも、私たちを利用すればいい」
「…………」
南浦は、しばらく何も言わなかった。
「利害の一致ってやつか」
「そう」
「警察官が言う言葉じゃねえな」
「怪人相手にしてる時点で、普通のやり方だけじゃ無理なのよ」
「…………」
南浦の視線が、机の地図へ落ちる。
◇
「あなた一人じゃ」
東が続ける。
「怪人を探すにも限界がある」
「…………」
「現に」
机の資料を見る。
「ここまで調べても、見つかってない」
「…………」
南浦は否定しない。
「それに、普通の銃が効くかも分からない」
「…………」
「でも」
東が言う。
「私たちには、怪人に対抗する武器を研究してる人間がいる」
南浦が顔を上げる。
「武器?」
「詳しくは、入ってから」
「…………」
「そういうところは警察なんだな」
「当たり前でしょ」
「…………」
「それから」
東は続ける。
「私たちも怪人を探す」
「…………」
「今までみたいに、存在しないものとして扱わない」
「…………」
「見つけるために、動く」
南浦の目が、少しだけ鋭くなる。
「妻をさらった奴も?」
「…………」
東の返事が、一瞬だけ遅れた。
ほんの一瞬。
南浦には分からない程度に。
東の脳裏に、あの怪人の姿が浮かんだ。
モズキャッチャー。
KIDの蹴りを受け、地上へ叩き落とされ、崩れていったあの姿。
「…………」
もし、あの怪人が。
南浦の妻をさらった、まさにその個体だったのなら。
この男が今も追い続けている相手は。
もう、この世にはいない。
東は、その可能性を知っている。
だが、確証はない。
そして今、それを口にすることはできなかった。
「……見つかる保証はできない」
東は答えた。
「…………」
「でも、手掛かりがあれば追う」
「…………」
「あなたの奥さんの事件も」
一拍。
「もう、存在しなかったことにはしない」
南浦は、じっと東を見る。
「…………」
「そうか」
それだけ言った。
◇
長い沈黙。
やがて、南浦が口を開く。
「一つ、条件がある」
「何?」
「妻をさらった奴が見つかったら」
「…………」
南浦の目が鋭くなる。
「俺に撃たせろ」
「…………」
東は、すぐには答えなかった。
また脳裏に、モズキャッチャーが浮かぶ。
だが、それを表には出さない。
「それは」
一拍。
「約束できない」
「…………」
南浦の顔が険しくなる。
「だったら」
「でも」
東が遮る。
「そいつを見つけるためなら協力する」
「…………」
「逮捕できるなら逮捕する」
「倒さないと止められないなら」
一拍。
「倒す」
「…………」
「でも、復讐のためにあなたに殺させるとは約束できない」
「…………」
南浦が東を見る。
「警察官だな」
「一応」
「一応かよ」
「……一応は余計だった」
「…………」
南浦は少しだけ笑った。
だが、その笑みはすぐに消える。
◇
「今まで」
南浦が机の資料を見る。
「誰も、あいつらを探そうとしなかった」
「…………」
「存在しないって言われた」
「…………」
「何度話しても、まともに聞かれなかった」
手が資料の上へ置かれる。
「それでも、俺は見た」
「…………」
「妻が、連れていかれるところを」
「…………」
「だから」
一拍。
「諦める気なんか、最初からなかった」
「…………」
東は黙って聞いている。
「でも」
南浦が顔を上げる。
「あんたたちは、探すんだな」
「探す」
東は迷わず答えた。
「本当に?」
「本当に」
「…………」
南浦は、ゆっくりと立ち上がる。
「なら」
一拍。
「入る」
東の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「決まりね」
「ああ」
「ただし」
「何だ」
「命令は聞いて」
「内容による」
「入隊前から問題児!?」
「民間人を入れたのはそっちだろ」
「それ言われると弱い……」
「…………」
少しだけ、部屋の空気が軽くなる。
◇
東が玄関へ向かう。
「じゃあ、詳しいことは改めて連絡する」
「分かった」
扉へ手をかけたところで。
「東」
「何?」
「一つ聞く」
「?」
「普通のライフルじゃ」
南浦が真っ直ぐ東を見る。
「怪人は殺せるのか?」
「…………」
東が少し考える。
「相手による」
「…………」
「弱い個体なら、効く可能性はある」
「強い奴は?」
「難しい」
「…………」
「でも」
東が続ける。
「普通じゃない銃なら」
一拍。
「少なくとも、効く」
「…………」
南浦の目が変わる。
「それ」
「何?」
「早く見せろ」
「入ってから」
「今見せろ」
「ダメ」
「何で」
「機密だから!」
「さっき俺を入れるって言っただろ」
「まだ正式に入ってない!」
「細かいな」
「そこ大事なの!」
「…………」
南浦がため息をつく。
「分かった。正式に入ればいいんだな」
「そういうこと」
「…………」
「早く手続きしろ」
「急にやる気出しすぎ!」
「武器が見たい」
「目的そこ!?」
「半分」
「残り半分は?」
「怪人を探す」
「……そっちを先に言いなさいよ」
「どっちでも同じだろ」
「全然違う!」
◇
やがて、東が帰った。
扉が閉まる。
「…………」
静かな部屋。
南浦は、しばらくその場に立っていた。
そして、机へ戻る。
地図。
資料。
警察へ提出した、何度も、何度もまともに扱われなかった証言。
「…………」
その横に、東から渡された最低限の資料を置く。
怪人・特殊事件専門殲滅隊。
怪特隊。
「…………」
南浦は、その文字を見つめる。
それから、妻の写真へ目を向けた。
「…………」
写真の中。
妻は、何も知らず笑っている。
南浦は、ゆっくりとその写真を手に取った。
「待ってろ」
一言。
「必ず」
そして。
ライフルケースを閉じる。
――ガチャン。
その音が。
静かな部屋に。
長く響いた。
――つづく
――――――――――
※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




