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ビーストギア  作者: 時根脱才 
モズキャッチャー編

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第9話「兄へ」

『ビーストギア』


第二章


第9話「兄へ」


 数日後。


 東は、病院の静かな廊下を一人で歩いていた。


 足音だけが、妙に大きく響く。


「…………」


 手には、一枚の書類。


 そこに記された名前へ、何度も目を落としてしまう。


 そして、その下にある欄。


 緊急連絡先。


 続柄――兄。


 文字そのものは、ただそれだけだった。


 なのに。


 今日ばかりは、その二文字がひどく重い。


「…………」


 やがて東は、一つの扉の前で足を止めた。


 深く息を吸う。


 警察官である以上、こういう仕事があることは知っていた。


 覚悟もしていたつもりだった。


 事件があれば。


 人が死ぬこともある。


 その死を、家族へ知らせなければならない時もある。


 頭では分かっていた。


 けれど。


 知っている人間の死を。


 その家族へ、自分の口で伝える。


 それが、こんなにも重いものだとは思わなかった。


「…………」


 東は拳を握り。


 ゆっくりと手を開く。


 そして。


 扉をノックした。


「どうぞ」


 中から。


 低い男の声が返ってきた。


     ◇


 部屋に入った東が、まず思ったこと。


 ――大きい。


 椅子に座っているだけでも分かる。


 分厚い肩。


 鍛え上げられた腕。


 服の上からでも、その身体が長い年月をかけて作り上げられたものだと分かる。


 ただ。


 その体格とは対照的に。


 男の表情は静かだった。


「警察の方ですか」


「はい」


 東は頭を下げた。


「東と申します」


「妹のことで」


「…………」


 その一言で。


 準備していた言葉が、一瞬だけ喉につかえた。


 男は急かさない。


 ただ。


 黙って待っている。


「……はい」


 東は答えた。


「妹さんのことで、お話があります」


「…………」


 男は静かに頷いた。


「聞きます」


     ◇


 すべてを話すことはできない。


 怪人。


 特殊銃。


 KID。


 今はまだ。


 どれも、公にできる情報ではない。


 だから東は。


 話せる範囲だけを。


 できる限り嘘にならないように伝えた。


 妹が、特殊な事件の捜査に参加していたこと。


 そこで、極めて危険な相手と遭遇したこと。


 そして。


 仲間を守るために、最後まで現場に残ったこと。


「…………」


 男は。


 一度も口を挟まずに聞いていた。


「妹さんは」


 東は続ける。


「逃げることもできました」


「…………」


「でも……」


 脳裏に。


 あの時の光景が蘇る。


『このままじゃ撃てないでしょ!』


 仲間の前へ。


 自分から飛び込んでいった。


 勝てないことを知らなかったわけではない。


 むしろ。


 分かっていた。


 自分の打撃が通じないことも。


 相手が、自分より遥かに強いことも。


 それでも。


 前へ出た。


「仲間を逃がすために」


 東の指先が、わずかに震える。


「自分から前に出ました」


「…………」


「私が」


 声が少し小さくなる。


「止めました」


 男が、東へ目を向ける。


「近づくなって」


「…………」


「もう戦うなって」


「…………」


「でも」


 東は唇を噛んだ。


「間に合いませんでした」


 沈黙が落ちる。


 時計の音さえ、やけに大きく感じる。


 やがて。


 男が静かに口を開いた。


「妹は」


「はい」


「怖がってましたか」


「…………」


 東は少し考えた。


 ここで。


 強かった。


 勇敢だった。


 怖くなかった。


 そんな言葉で飾るのは簡単だ。


 でも。


 嘘はつきたくなかった。


「怖かったと思います」


 男の視線が、わずかに落ちる。


「でも」


 東は続けた。


「逃げませんでした」


「…………」


「最後まで」


 一拍。


「警察官でした」


 男は。


 何も言わなかった。


 ただ。


 静かに目を閉じた。


     ◇


「強かったんですよ」


 東が言った。


「妹さん」


「…………」


「本当に」


 自然と。


 声に力が入る。


「私より、ずっと」


「知ってます」


 男が答えた。


「……え?」


「あいつ」


 初めて。


 男の口元に。


 ほんの少しだけ。


 昔を懐かしむような色が浮かんだ。


「小さい頃から負けず嫌いで」


「…………」


「俺がトレーニングしてると、すぐ横で真似するんですよ」


「そうだったんですか」


「止めてもやる」


 男は、小さく息を吐く。


「危ないからやめろって言っても」


「…………」


「聞かない」


 東は何も言わず。


 その話を聞いた。


「……昔から」


 男が続ける。


「そういう奴でした」


「…………」


 その言葉に。


 教会での姿が重なる。


 確かに。


 そうだった。


「だから」


 男は言う。


「逃げなかったって聞いても」


 一度。


 目を伏せる。


「……あいつらしいなって」


「…………」


 東の胸が。


 じわりと痛んだ。


     ◇


「一つ」


 男が言った。


「聞いてもいいですか」


「はい」


「相手は」


 一拍。


「強かったんですか」


 東の表情が変わる。


「…………」


 どこまで答えていい。


 一瞬。


 迷った。


 しかし。


 ここで誤魔化すことだけは。


 どうしてもしたくなかった。


「はい」


 東は答えた。


「とても」


「…………」


「私たちでは」


 拳を握る。


「どうしようもないくらい」


「…………」


「妹さんが弱かったんじゃありません」


 東は。


 はっきりと言った。


「絶対に」


 男の目を見る。


「相手が」


 一拍。


「人間の力で、どうにかできるようなものじゃなかった」


「…………」


 男の目が。


 わずかに細くなる。


「人間の力では?」


「…………!」


 しまった。


 言い過ぎた。


「それは」


「…………」


 男は東を見る。


「どういう意味です?」


「…………」


 答えることはできない。


 東は静かに頭を下げた。


「申し訳ありません」


「…………」


「今は、それ以上お話しできません」


 男は何も言わない。


「でも」


 東は顔を上げた。


「一つだけ」


「?」


「妹さんは」


 強く。


 言葉を選ぶ。


「弱かったから負けたんじゃありません」


「…………」


「それだけは」


 一拍。


「絶対に違います」


 男は長い間。


 東を見ていた。


 やがて。


「……分かりました」


 それ以上。


 追及はしなかった。


     ◇


 話が終わり。


 東は立ち上がった。


「今日は」


 深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


「こちらこそ」


 男も立った。


「妹の最後を」


「…………」


「教えてくれて」


 東は扉へ向かう。


 取っ手へ手をかける。


 その時。


「東さん」


「はい?」


 振り返る。


 男が、まっすぐ東を見ていた。


「妹を殺した奴は」


「…………」


「捕まったんですか」


 東は言葉に詰まった。


 捕まってはいない。


 逮捕も。


 取り調べも。


 裁判もない。


 けれど。


 もう。


 あいつが誰かを傷つけることはない。


「……事件としては」


 慎重に言葉を選ぶ。


「終わっています」


「…………」


「もう」


 一拍。


「妹さんを襲った相手が、誰かを傷つけることはありません」


「そうですか」


「はい」


「…………」


 男は少しだけ目を伏せた。


「なら」


「?」


「よかったです」


「…………」


「少なくとも」


 男は静かに言った。


「同じような目に遭う奴は、もういないんですね」


「…………」


 東は。


 すぐには答えられなかった。


 モズキャッチャーは。


 もういない。


 だが。


 怪人そのものが消えたわけではない。


 あれで。


 すべてが終わったわけではない。


「…………」


「東さん?」


「……はい」


 東は答えた。


 そして。


 今度は、はっきりと言う。


「そうなるようにします」


「…………」


「私たちが」


 男の目が。


 ほんのわずかに細くなった。


「そうですか」


「はい」


 東は。


 今度こそ部屋を出た。


     ◇


 扉が閉まる。


「…………」


 男は一人になった。


 しばらく。


 その場から動かなかった。


 机の上には。


 一枚の写真が置かれている。


 妹と。


 自分。


 二人で並んで写っている写真。


 男は。


 ゆっくりと、それを手に取った。


「……馬鹿」


 小さく呟く。


「昔から」


 写真の中で。


 妹は笑っている。


「無茶すんなって」


 写真の端を握る指に。


 少しずつ力が入る。


「何回言ったと思ってんだよ……」


「…………」


 声は震えていなかった。


 泣いてもいなかった。


 ただ。


 写真を握る手だけが。


 ゆっくりと。


 強くなっていった。


     ◇


 その日の夜。


 男は一人。


 トレーニングルームにいた。


 リング。


 サンドバッグ。


 鉄の匂い。


 汗の匂い。


 昔から。


 何度も。


 何度も。


 時間を過ごしてきた場所。


「…………」


 拳へテープを巻く。


 一周。


 もう一周。


 きつく。


 拳を固めるように。


 そして。


 サンドバッグの前へ立った。


「…………」


 構える。


 打つ。


 ――ドンッ。


 重い音。


 もう一度。


 ――ドンッ。


 さらに。


 ――ドンッ!


 サンドバッグが大きく揺れる。


「…………」


 妹は弱くなかった。


 それは。


 誰よりも知っている。


 小さい頃から。


 ずっと近くで見てきた。


 負けず嫌いで。


 何度転んでも立ち上がって。


 自分の後ろを追いかけてきた。


 その妹が。


 どうすることもできなかった相手。


『人間の力で、どうにかできるようなものじゃなかった』


 東の言葉が。


 耳から離れない。


「人間の力じゃ……」


 拳が止まる。


「何と戦ったんだよ」


 返事はない。


「お前……」


 サンドバッグを見る。


「何を見たんだ」


 当然。


 答えなど返ってこない。


「…………」


 それでも。


 男は考える。


 妹は。


 最後に。


 何を相手に戦ったのか。


 警察が。


 自分へすら話せないものとは。


 何なのか。


 そして。


 なぜ。


『人間の力ではどうにもならない』


 そんな言葉が。


 警察官の口から出たのか。


「…………」


 男は。


 再び拳を構えた。


 ――ドンッ!


 サンドバッグが。


 大きく跳ねる。


 男の名は。


 西。


 妹が最後に見たものを。


 彼はまだ知らない。


 その答えを求めた先で。


 自分自身もまた。


 人ならざるものとの戦いへ。


 足を踏み入れることになるとも。


 この時はまだ。


 知る由もなかった。


――つづく


――――――――――


※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。


物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。


本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。


※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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