第8話「秘密」
『ビーストギア』
第二章
第8話「秘密」
「……説明して」
「…………」
紀人は固まった。
東は動かない。
逃げ道は――ない。
「えっと……」
「…………」
「何のことですか?」
「…………」
東が、ゆっくりと視線を動かす。
つい先ほどまでKIDが立っていた場所。
そして、紀人。
もう一度。
KIDが立っていた場所。
紀人。
「…………」
「……ですよね」
紀人は観念した。
「見ましたよね」
「見た」
「……全部?」
「全部」
「…………」
終わった。
紀人は両手で頭を抱えた。
「最悪だ……」
「何が最悪なのよ」
「だって……」
顔を上げる。
「俺、普通の高校生なんですけど」
「普通の高校生は怪人と空中戦しないわよ」
「それは……まあ」
「それより」
東が紀人との距離を詰める。
「怪我は?」
「え?」
「怪我。してるでしょ」
紀人は一瞬、きょとんとした。
「……大丈夫です」
「その“大丈夫”、信用できないんだけど」
「え?」
「ついさっき、同じようなことを言った人間がいたから」
「…………」
紀人は苦笑した。
「まあ……痛いですけど」
「どこが?」
「全部」
「全部!?」
「何回も地面に叩き落とされたんで」
「…………」
東が眉間を押さえる。
「それで大丈夫って言ったの?」
「生きてるんで」
「そういう問題じゃないでしょ」
「でも、勝ちましたし」
「…………」
東は何かを言いかけて。
やめた。
そして改めて、紀人を見つめる。
「……あの時も?」
「え?」
「最初に会った時」
「…………」
「私を逃がすために、怪人の前に残った時も」
紀人の表情が変わった。
「……はい」
「あのあと、あれになったの?」
「あれって」
「KID」
「ああ……」
紀人は小さく頷く。
「なりました」
「…………」
東が静かに息を吐いた。
「なるほどね……」
「何がです?」
「あなた、生身でも普通じゃなかったから」
「普通ですよ」
「怪人相手にあれだけ動ける高校生の、どこが普通なのよ」
「空手やってるんで」
「空手で説明できる範囲を超えてるの」
「…………」
紀人はそっと目を逸らした。
「まあ、その話は……」
「その話もあとでする」
「まだあるんですか?」
「山ほどあるわよ」
「…………」
嫌な予感しかしなかった。
◇
「一緒に来て」
「どこに?」
「警察」
「嫌です」
「即答!?」
「だって絶対面倒くさいじゃないですか」
「もう十分面倒くさいのよ!」
「俺は巻き込まれただけです」
「怪人倒しておいて、その言い分は無理があるでしょ!」
「好きで倒してるわけじゃないです!」
「だったらなおさら、話を聞かせて!」
「…………」
紀人が黙る。
東の表情から、ふっと軽さが消えた。
「今日」
「…………」
「人が死んでる」
その一言で。
紀人から言葉が消えた。
「あなたが持ってる力も」
東は続ける。
「私たちが持ってる情報も」
「…………」
「もう、別々にしておいていい段階じゃないと思う」
紀人はしばらく黙っていた。
やがて。
「……分かりました」
小さく答えた。
◇
通された部屋にいたのは。
必要最低限の人間だけだった。
東。
その直属の上司。
白目博士。
そして。
紀人。
「…………」
紀人は、どうにも落ち着かなかった。
「本当に警察来ちゃったよ……」
「来ちゃったじゃない」
隣から東が小声で返す。
「連れてきたの東さんじゃないですか」
「あなたが来るって言ったの」
「断れない雰囲気だったじゃないですか」
「断ったら連れてきてたけど」
「ほら!」
「静かに」
上司の低い声が飛ぶ。
「はい」
「すみません」
二人同時に黙った。
「それで」
上司が紀人を見る。
「君が、ネット上でKIDと呼ばれている人物で間違いないんだな」
「……たぶん」
「たぶん?」
「俺が名乗ったわけじゃないんで」
「そこ?」
東が呆れる。
「でも、動画に映ってるのが俺なら……そうです」
「…………」
上司は紀人をじっと見た。
どう見ても。
高校生だ。
「東」
「はい」
「本当に?」
「私の目の前で変身が解除されました」
「…………」
上司が額を押さえる。
「高校生か……」
「だから言ったじゃないですか」
紀人が口を挟む。
「俺、普通の高校生なんです」
「普通ではない」
「今日二回目だ……」
「まず」
上司が言った。
「我々にも分かるように説明してくれ」
「説明って言われても……」
「君が使っているものについてだ」
「…………」
紀人は少し迷った。
それから。
ビーストギアを取り出す。
「これです」
次の瞬間。
白目博士の目が変わった。
「見せて」
「え?」
「見せて見せて!」
「ちょ、近い!」
一気に距離を詰めてくる。
「これが変身装置?」
「まあ……そうです」
「どうやって動いてるの?」
「知りません」
「エネルギー源は?」
「知りません」
「制御系は?」
「知りません」
「誰が作ったの?」
「……それは、たぶん」
紀人が少しだけ言葉を止める。
「ジン兄さんです」
「…………」
白目博士の手が止まった。
「……ジン?」
「はい」
紀人が頷く。
「俺の兄貴分みたいな人で」
「…………」
「十年前から、ずっと行方不明だったんです」
東と上司が顔を見合わせた。
「行方不明?」
「はい」
「それで?」
東が促す。
「このベルトが」
紀人はビーストギアへ目を落とした。
「そのジン兄さんから、今になって送られてきたんです」
「…………」
部屋の空気が。
ほんの少しだけ変わった。
紀人は白目博士を見る。
「博士」
「なに?」
「ジン兄さんのこと、知ってるんですか?」
白目博士は一拍置いて。
「ああ」
平然と答えた。
「この世界じゃ超有名人だよ」
「……え?」
「研究者の間じゃ、知らない方が珍しいくらい」
「そんなに?」
「うん」
白目博士はビーストギアへ視線を落とす。
「天才って言葉で片づけるのも、ちょっと雑なくらいにはね」
「…………」
紀人は戸惑った。
初めて聞く話だった。
「俺、そんなこと全然……」
「本人が言わなかったんじゃない?」
「たぶん……」
白目博士はビーストギアを軽く持ち上げる。
「でも」
「?」
「あの天才なら」
スロット部分へ視線を走らせ。
「こんなものを作ってても、やりかねないかもしれない」
「…………」
上司が口を開いた。
「本人に確認はできないのか?」
白目博士の表情が。
ほんのわずかに止まる。
「それは……」
「?」
「確か彼は、十年前」
一拍。
「実験中の事故で――」
「事故で?」
紀人が聞き返す。
「…………」
白目博士は一瞬だけ黙った。
そして。
「……いや」
ビーストギアへ視線を戻す。
「今はいい」
「何ですか、それ」
「僕も全部知ってるわけじゃないから」
「…………」
紀人は明らかに納得していない。
だが。
「その話はあと」
東が横から割って入った。
「またあとですか」
「今日はあとが多いの」
「…………」
白目博士は改めてビーストギアを観察する。
表。
裏。
接続部。
スロット。
「へえ……」
「博士?」
「いや……」
目を細める。
「分からない」
「博士にも?」
「うん」
「ジン兄さんが作ったかもしれないのに?」
「だからって、見ただけで全部分かるわけじゃないよ」
白目博士は、好奇心を隠しもしないまま。
しかし慎重に言葉を選んだ。
「少なくとも、僕が知ってる技術だけで説明するのは難しいね」
「…………」
上司が腕を組む。
白目博士はビーストギアを軽く持ち上げた。
「一体、どうやってこんなの作ったんだろう」
「俺が聞きたいですよ」
紀人はそう答えるしかなかった。
◇
紀人は。
さらに、自分が知っている範囲で説明を続けた。
怪人に襲われたこと。
ビーストギアを使うことで変身できること。
メモリーによって、さまざまな能力を引き出せること。
そして。
「時々、変な奴が来るんですよ」
「変な奴?」
東が聞く。
「謎の戦士っていうか……」
「今日いた人物?」
「見てたんですか?」
「遠くから少しだけ」
「あいつです」
「知り合い?」
「だったら苦労してないです」
「名前は?」
「知りません」
「所属は?」
「知りません」
「目的は?」
「知りません」
「どこにいるの?」
「知りません」
「…………」
「…………」
東が、ゆっくりと息を吸った。
「本当に何も知らないじゃない!」
「だから俺も困ってるんですよ!」
「なのに、渡されたものを使ってるの!?」
「使わないと死ぬ状況で渡してくるんですよ!」
「それは……」
「今日だってそうです!」
「…………」
「しかも聞いても『こっちにも都合がある』しか言わないし!」
「都合?」
「こっちにも都合があるって!」
思い出したら腹が立ってきた。
「都合、都合って一体なんだよって話ですよ!」
白目博士は黙って聞いている。
「…………」
東が聞いた。
「その人物が、メモリーを?」
「はい」
「今日使ったものも?」
「そうです」
「…………」
上司が白目博士を見る。
「博士」
「うん?」
「これと同じものを作れるか?」
「無理」
「即答か」
「だって、仕組みが分からないもん」
白目博士はビーストギアをもう一度見る。
「似た役割のものなら研究できるかもしれない。でも、これと同じものとなると話は別だね」
「…………」
上司が考え込んだ。
◇
「一つ確認したい」
やがて。
上司が立ち上がった。
「何です?」
「本当に君にしか使えないのか?」
「分かりません」
「他人が試したことは?」
「ないです」
「なら」
上司が手を差し出す。
「貸してくれ」
「え?」
「私が試す」
「ええ?」
紀人は思わず東を見る。
「大丈夫なんですか?」
「私に聞かないでよ」
「いや、なんかあったら」
「君は使ってるんだろう?」
上司が言う。
「そうですけど……」
「なら試す」
「…………」
紀人は渋々、ビーストギアを渡した。
上司が腰へ装着する。
「それで?」
「メモリーを」
「これか」
「はい」
メモリーを受け取る。
スロットへ装填。
「…………」
何も起きない。
「…………」
全員が見守る。
「……これだけか?」
「俺の時は反応します」
「もう一度」
「いや、もう一度って」
上司が再び試す。
「…………」
やはり。
何も起こらない。
白目博士が近づいた。
「ちょっといい?」
「何だ」
「そのまま」
ビーストギアを見る。
「…………」
しばらくして。
「やっぱり」
「何が分かった?」
「推測だけどね」
白目博士が紀人を見る。
「これ、誰でも使えるものじゃないんじゃないかな」
「え?」
「装着者を認識してるのか。何か適合条件があるのか。それとも、まったく別の理由なのか」
ビーストギアを指す。
「少なくとも今は、彼にしか反応してない」
「…………」
上司がビーストギアを外し、紀人へ返す。
「君専用ということか」
「そんなこと言われても……」
紀人は受け取ったベルトを見る。
「俺も初めて知りました」
「自分が使っているものなのに?」
「だから、知らないんですって!」
東が頭を抱えた。
◇
「こちらのことも話しておこう」
上司が言った。
「え?」
「君だけに情報を出させるわけにもいかん」
紀人が少し姿勢を正す。
「我々も、怪人について調べている」
「やっぱり」
「ただし」
東が続ける。
「私たちも、分かってないことだらけ」
「…………」
「怪人の存在を訴える人は以前からいた。でも、決定的な証拠がなかった」
「じゃあ」
「今回で変わった」
東の表情が曇る。
「複数の警察官が怪人を目撃した」
「…………」
「そして」
一瞬。
言葉が止まる。
「犠牲者も出た」
「…………」
紀人が黙った。
脳裏に浮かんだのは。
先ほど、運ばれていった女性。
「……あの人」
「え?」
「さっき、運ばれてた……」
「…………」
東の目が伏せられる。
「死んだわ」
「…………」
紀人は何も言えなかった。
「強かったのよ」
東が静かに言う。
「本当に」
「…………」
「私なんかより、ずっと」
それでも。
死んだ。
紀人は自分の手元へ視線を落とした。
ビーストギア。
もし。
これがなかったら。
自分も――。
「…………」
無意識に。
拳を握っていた。
◇
「今回ではっきりした」
上司が言った。
「通常の装備では、怪人への対処は困難だ」
白目博士が続ける。
「僕が作った銃なら、弱い個体には有効だと思う」
「でも」
東が言う。
「今日のような怪人には足りない」
「うん」
白目博士が頷く。
「近接戦闘用の装備も、まだ実戦投入できる段階じゃない」
「…………」
上司が紀人を見る。
「そして現時点で」
紀人も顔を上げる。
「今日の怪人を倒せたのは、君だけだ」
「…………」
「だからこそ」
上司が続ける。
「怪人事件を専門に扱うチームが必要になる」
「専門チーム……?」
「捜査だけではない」
東が説明する。
「戦闘。追跡。情報収集。装備開発。後方支援」
「…………」
「怪人事件だけを扱う専門組織」
紀人は少し考える。
「警察の中に?」
「その方向で動く」
上司が答えた。
「今回、怪人を実際に目撃した人間を中心に、人材を選ぶことになるだろう」
「スカウトするってことですか?」
「必要ならな」
「…………」
そして。
上司は紀人をまっすぐ見た。
「君にも協力してもらいたい」
「…………」
「…………」
「俺、高校生なんですけど」
「分かっている」
「学校ありますよ」
「分かっている」
「宿題もあります」
「それは自分でやれ」
「そこは助けてくれないんですか」
「警察は宿題をする組織ではない」
「ですよね」
東が吹き出しかけ。
咳払いでごまかした。
「正式に警察へ所属させるという意味ではない」
上司が続ける。
「君は未成年だ。それに、警察官でもない」
「はい」
「だが」
声が少し重くなる。
「怪人が再び現れた時、我々だけで対処できない可能性がある」
「…………」
「その時に、協力を頼みたい」
紀人は黙った。
少し考えてから。
「俺」
口を開く。
「普通に高校生活送りたいんです」
「…………」
「怪人が出るたびに学校休んで、毎回戦いに行くとか」
困ったように笑う。
「そういう生活したいわけじゃないんで」
「当然だ」
上司が答えた。
「君の日常を奪うつもりはない」
「だったら」
紀人が少し身を乗り出す。
「これ」
ビーストギアを指した。
「本当に極秘でお願いします」
「極秘?」
「はい」
「それは当然――」
「いや、普通の極秘じゃなくて」
「?」
「極極極秘くらいでお願いします」
「…………」
「…………」
「…………」
しばし。
沈黙。
東が口を開いた。
「何、その極極極秘って」
「絶対バレたくないんですよ!」
「分かったから」
「学校でKIDだってバレたら終わりですよ!」
「何が終わるの」
「俺の平和な高校生活です!」
「怪人と戦ってる時点で、かなり遠ざかってると思うけど」
「だから守りたいんですよ!」
「分かった、分かった」
東が手で制する。
「当面」
上司が言った。
「君の正体を知るのは、この場にいる人間だけとする」
紀人が止まる。
「……本当に?」
「ああ」
「他の警察官にも?」
「必要がない限り話さない」
「…………」
大きく息を吐く。
「よかった……」
だが。
すぐに別の問題へ気づいた。
「あれ?」
「何?」
「専門チーム作るんですよね」
「ああ」
「俺も協力するんですよね」
「必要な場合はな」
「…………」
「何だ」
「一緒に戦ったら、普通にバレません?」
「…………」
「…………」
上司が東を見る。
東も上司を見る。
そして。
東が紀人へ向き直った。
「そこは」
「はい」
「私がごまかせば、何とかなるんじゃない?」
「…………」
紀人は真顔になった。
「何とかなるんですか、それ」
「何とかするの」
「ものすごく不安なんですけど」
「じゃあ自分で考える?」
「お願いします」
「即答ね」
「俺、高校生なんで」
「それ便利に使ってない?」
「事実です」
「…………」
東はため息をついた。
けれど。
その表情には。
ほんの少しだけ。
笑みが戻っていた。
◇
「では」
上司が話を締める。
「怪人専門チームの設立については、こちらで進める」
「はい」
「博士は装備の改良を」
「了解」
「東」
「はい」
「君は引き続き、怪人事件の情報を整理してくれ」
「分かりました」
「そして」
上司が紀人を見る。
「君については」
「…………」
「正式な所属ではない」
「はい」
「必要な時に協力を要請する」
「……分かりました」
「ただし」
「?」
「無茶はするな」
「…………」
紀人が東を見る。
「何」
「今日、何回目かなって」
「何が?」
「無茶するなって言われるの」
「だったら無茶しなければいいでしょ」
「怪人に言ってくださいよ」
「…………」
「俺だって好きで無茶してるわけじゃないです」
東が呆れたように息を吐く。
紀人は手元のビーストギアを見る。
「でも」
「?」
「目の前で誰かが襲われてたら」
少しだけ。
声が変わった。
「たぶん、俺」
ビーストギアを握る。
「見なかったことにはできないんで」
「…………」
東は何も言わなかった。
上司も。
白目博士も。
ただ。
紀人を見ている。
紀人は顔を上げた。
「だから協力はします」
「…………」
「でも」
念を押すように。
「俺は警察官でもないし」
一拍。
「ヒーローでもないです」
そして。
「普通の高校生なんで」
東が小さく息を吐く。
「……はいはい」
「信じてないですよね」
「だって」
東は紀人を見る。
「普通の高校生は、怪人倒して警察の極秘会議に参加しないもの」
「…………」
紀人はしばらく黙り。
「……確かに」
小さく呟いた。
――つづく
――――――――――
※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




