第14話「残る一つ」
第14話「残る一つ」
砕けたアスファルトの上に、砂埃がゆっくりと降り積もっていく。
コヨーテライダーとアナグマドリルは、すでに動かなくなっていた。何度も攻撃を受け、幾度となく窮地へ追い込まれながら、ようやく二体を戦闘不能にしたのだ。
だが、キッドには勝利を喜ぶ余裕などなかった。
荒い呼吸を整えながら、目の前に現れた男をにらみつける。
「……今度はお前かよ」
ヨミは何も答えなかった。
倒れた二体に一度だけ視線を向け、それからキッドとサクラを見比べる。
「二体がかりでも、お前たちを倒せなかったか」
その口調には、仲間が倒されたことへの怒りも、悔しさも感じられなかった。
「何しに来やがった?」
「さあな」
「ふざけんなよ。こっちは、やっと片づいたところなんだ!」
キッドは拳を握り、構え直した。
頭部にはゾウのビーストメモリー。脚部には、コヨーテライダーを倒す際に使用したヒクイドリのメモリーが装着されたままだ。
強烈な蹴りを放った右脚には、まだ重い感覚が残っている。
隣では、サクラも翼を広げて警戒していた。
彼女の右腕には蜂型のアタッチメントが装着されている。しかし、アナグマドリルに決定打を与えた脚部コンデンサーは、蓄積していたエネルギーを使い切っていた。
時間をかけて蓄えた力を、たった一度の蹴りで解放したのだ。今すぐ同じ威力を引き出すことはできない。
それでも、サクラは一歩も退かなかった。
遠くから銃声が響く。
CASHは依然としてシロアリ怪人の増援と交戦していた。偽救急車を守り、周囲への被害を食い止めるため、東たちはそちらの戦線を離れられない。
つまり、この場でヨミを相手にするのは、キッドとサクラの二人だけだった。
「……まだ戦うつもりか?」
キッドが問いかけると、ヨミは口元をわずかに緩めた。
そして、一本のビーストメモリーを取り出す。
「あっ、それ! 返せよ!」
キッドは反射的に声を上げた。
以前、自分が使っていたワシのビーストメモリーだ。
しかし、ヨミは取り合わなかった。
キッドの目の前で、そのメモリーを自分のビーストギアへ装着する。
直後、背中の装甲が大きく盛り上がった。
左右へ展開した装甲の隙間から翼が伸び、巨大な羽が広がっていく。羽ばたきによって巻き起こされた風が、路面の砂埃を吹き飛ばした。
その一方で、ヨミの両腕は人間の形を保ったままだ。
「……いつ見ても、その変化は反則だろ!」
キッドが舌打ちする。
鳥のビーストメモリーを腕に装着すれば、普通は腕そのものが翼へ変化する。ところがヨミは、人間の腕を残したまま、さらに飛行のための翼を備えているのだ。
殴ることも、つかむこともできる。
そのうえ、空まで飛べる。
以前にも見た変身だが、何度見ても理不尽に思えた。
「反則かどうかなど、どうでもいい」
ヨミは両腕を軽く動かしてみせる。
「使える力を使って、何が悪い?」
「そういう話じゃねえだろ!」
キッドが言い返した瞬間、ヨミの身体が浮き上がった。
翼が強く羽ばたき、瞬く間に二人の頭上へ移動する。
「キッド、上!」
サクラの叫びに、キッドは横へ飛んだ。
その直後、ヨミが急降下してくる。
拳が路面へ叩き込まれ、アスファルトが砕けた。
「うおっ!」
跳ね上がった破片を避けながら、キッドはすぐに振り向く。
だが、ヨミはすでに次の羽ばたきで身体を浮かせていた。
地面に足をつけた時間は、ほんの一瞬だった。
「逃がさない!」
上空からサクラが飛び込む。
右拳を繰り出すと、ヨミは腕で受け止め、もう片方の拳で反撃してきた。サクラは翼をひねって身体を逃がし、その拳をぎりぎりでかわす。
ヨミがサクラへ顔を向けた。
その隙に、キッドが地上から踏み込む。
「そこだ!」
頭部から伸びるゾウの鼻が、ヨミの脚へ向かった。
しかし、ヨミは翼を大きく打って高度を上げる。鼻は足首をかすめただけで、捕らえることはできなかった。
「甘い!」
ヨミは空中から拳を振り下ろした。
キッドは鼻を引き戻し、打ち込まれた腕を横へ押し流す。
鈍い衝撃が伝わり、両足が路面を滑った。
「ぐっ……!」
受け流しただけでは、攻撃の勢いを完全には殺せない。
ヨミが着地するより早く、次の拳が迫った。
ところが、その腕を横からサクラが弾く。
「キッド!」
「分かってる!」
キッドは体勢を立て直し、ヨミが飛び上がる前に一歩踏み込んだ。
だが、ヨミは無理に攻撃を続けず、翼を打って間合いの外へ抜ける。
追撃の拳が届く前に、その身体は再び頭上へ移動していた。
「くそっ、厄介な野郎だな……!」
キッドは歯を食いしばる。
ヨミは空中で自由に方向を変えながら、腕による攻撃も仕掛けてくる。こちらが攻めようとすれば高度を上げ、隙を見せれば急降下してくるのだ。
今のヒクイドリの脚では、空中から目まぐるしく攻撃位置を変える相手に対応しづらい。
威力ではなく、小回りが必要だった。
「サクラ! ちょっとだけ頼む!」
「分かった! その間は私が抑える!」
サクラはすぐにキッドの意図を察した。
翼を広げて上昇し、ヨミの正面へ回り込む。
ヨミがサクラを避けて右へ流れれば、サクラも高度を変えて追う。反対側へ向かえば、今度はその進路を塞ぐように飛んだ。
攻撃を仕掛けながらも、むやみに深追いはしない。
ヨミの注意を引きつけ、キッドへ向かわせないことを優先していた。
その間に、キッドは脚部スロットへ手を伸ばす。
ヒクイドリのメモリーを抜き、ロードランナーのメモリーへ交換した。
装着とともに脚部の形状が変化する。
軽く地面を蹴って感覚を確かめたところで、上空からサクラの声が響いた。
「キッド、今!」
「おう!」
ヨミが急降下してくる。
キッドは真正面へ飛び出すように見せかけ、直前で足を止めた。
ヨミが拳の軌道を修正した瞬間、今度は横へ滑るように移動する。
目標を失った拳が空を切った。
「もらった!」
キッドはヨミの脇腹へ拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
初めてまともに入った一撃だった。
ヨミの身体が横へ流れ、足が路面につく。
そこへサクラが急降下してきた。
ヨミは腕を上げて攻撃を防ぎ、翼を羽ばたかせて距離を取ろうとする。
だが、その進路へキッドが走り込んだ。
「こっちだ!」
ヨミが反対側へ飛ぼうとする。
すると、今度はサクラが立ちはだかった。
ロードランナーの脚による急停止と方向転換。それにサクラの飛行が組み合わさることで、ヨミの動きは少しずつ制限されていった。
二対一。
人数で勝っているからといって、簡単に倒せる相手ではない。
それでも、二人が連携すれば十分に渡り合える。
キッドはようやく、その手応えを感じ始めていた。
「サクラ! もう少し右へ!」
「分かった!」
サクラがヨミの左側から迫る。
ヨミは右へ逃れようとした。
そこへキッドが鼻を伸ばす。
だが、ヨミは寸前で身体をひねり、翼を強く打った。
鼻をかわした身体が、二人の間を抜けようとする。
そのときだった。
片方の翼が、ほんの一瞬だけ不自然に震えた。
羽ばたきの途中で動きが引っかかったように見え、ヨミの肩がわずかに下がる。
「……っ!」
ヨミはすぐに翼を打ち直した。
勢いを取り戻した身体が二人の間から抜け、上空へ舞い上がる。
「ちっ、逃がした!」
キッドは追いかけようとして、頭上を見上げた。
ヨミはすでに次の攻撃位置へ移動している。
先ほどの小さな異変に気を取られている暇はなかった。
*
それからも、三人の攻防は続いた。
ヨミは高度を利用した急降下と、着地の瞬間に繰り出す拳を巧みに組み合わせてくる。
キッドはロードランナーの脚で攻撃地点を外し、接近できたときには空手の技で反撃する。サクラは上空からヨミの進路を限定し、地上で戦うキッドが追い込まれないよう援護を続けた。
サクラの動きに余裕がなくなりつつあることは、キッドにも分かっていた。
何度も空中で方向を変えるたび、彼女の呼吸が荒くなっている。アナグマドリルとの戦闘から、ほとんど休む間もない。
しかも、脚部コンデンサーのエネルギーはすでに使い切っている。
ヨミを捕らえたとしても、アナグマドリルを倒したような決定打をもう一度放つことはできないのだ。
(だったら、俺が決めるしかねえ……!)
キッドはヨミの動きを見上げた。
飛行中のヨミは捕まえにくい。
だが、攻撃のために高度を下げる瞬間には、必ず隙が生まれる。
そこを狙えばいい。
「サクラ! 次に降りてきたところを狙う!」
「分かった!」
二人は互いの位置を確認した。
ヨミが上空で旋回する。
サクラが先に飛び上がり、その左側へ回り込んだ。
ヨミはサクラを避けるため、右へ身体を流す。
待ち構えていたキッドが走り込んだ。
「今度こそ!」
ゾウの鼻が伸び、ヨミの腕に巻きついた。
捕まえた。
キッドはそのまま腰を落とし、ロードランナーの脚で踏ん張った。
ヨミが翼を羽ばたかせる。
しかし、片腕を捕らえられたままでは、思うように高度を取れない。
キッドは鼻を引き、ヨミの身体を地上へ引きずり下ろした。
ヨミの足が路面につき、姿勢が大きく崩れる。
目の前に、無防備な胴体が現れた。
(今だ!)
キッドは軸足を踏み込んだ。
この距離なら蹴りが届く。
相手は片腕を捕らえられ、十分に身動きできない。
強烈な一撃を叩き込めば、戦闘不能にできるかもしれなかった。
だが――。
(……待て)
蹴りを放とうとした脚が止まった。
目の前にいるのは、怪人ではない。
ヨミは人間だ。
自分と同じように、ビーストギアによって姿を変えた人間なのだ。
以前なら、ここまで考えなかったかもしれない。
しかし、怪人の中には、元は普通の人間だった者もいる。
その可能性を知ってから、キッドの中で何かが変わっていた。
相手を止めなければならない。
それは分かっている。
だが、全力の一撃で相手の身体を壊してしまったら?
もし、二度と元に戻れなくなったら?
あるいは――。
(……殺しちまったら、どうすんだよ)
ほんの一瞬だった。
しかし、その一瞬で十分だった。
「甘い!」
ヨミの拳が飛んできた。
拘束されていない方の腕だ。
「ぐっ!」
とっさに顔をそらしたものの、拳が頬をかすめた。
頭が横へ振られ、鼻の拘束が緩む。
ヨミはその隙に腕を引き抜き、キッドの腹へ蹴りを叩き込んだ。
「がはっ!」
キッドが後方へ吹き飛ぶ。
背中を路面へ打ちつけ、そのまま転がった。
ヨミは追撃しようとしたが、そこへサクラが飛び込んだ。
「キッド!」
サクラが右拳を繰り出す。
ヨミはそれをかわそうとして、わずかに身体を引いた。
サクラは無理に追いかけず、翼を広げてヨミの進路を塞ぐ。
その間にキッドが立ち上がった。
「くそっ……!」
「キッド! 何をためらってるの!?」
「分かってる!」
「だったら、今の隙に攻撃できたでしょう!」
「だから……!」
キッドは言い返しかけて、口を閉じた。
サクラの言うことは正しい。
今のは、間違いなく攻撃の機会だった。
それを逃したばかりか、逆に自分が大きなダメージを受けてしまった。
相手を止めるために戦っている。
そのはずなのに、止めるための一撃をためらってしまう。
自分でも、どうすればいいのか分からなかった。
「……ずいぶんと面倒なことを考えているようだな」
ヨミが呆れたように言った。
「うるせえ!」
「力を持っていながら、それを使うことを恐れる。理解できんな」
ヨミは地面を蹴り、キッドへ迫った。
キッドはロードランナーの脚で横へかわし、拳を振るう。
ヨミはその拳を受け流し、間髪入れずに反撃してきた。
キッドは身体をひねってかわす。
だが、反撃できる距離に入ったところで、また拳が止まった。
ヨミが鼻で笑う。
「また止まったぞ」
「……っ!」
「そんなことで、俺を倒せると思っているのか?」
キッドは歯を食いしばった。
戦わなければ、やられる。
サクラだって危険にさらされる。
それでも、目の前の人間を傷つけることに、どうしても迷いが生じてしまう。
そんな自分への苛立ちが、ついに言葉になって飛び出した。
「俺もお前も人間だろ! 何で人間同士で、こんなことしなきゃいけねえんだ!」
ヨミの表情が変わった。
「……人間?」
その言葉を、馬鹿にするように繰り返す。
「こんな異形な姿になった俺たちの、どこが人間なんだ?」
ヨミが一気に踏み込み、キッドへ拳を振り下ろした。
キッドはゾウの鼻を使い、辛うじて攻撃を横へ受け流す。
拳が肩のすぐ脇を通り過ぎた。
「俺もお前も、怪人と変わんねえじゃねえか!」
「姿が変わったからって、人間じゃなくなるわけねえだろ!」
キッドが叫び返す。
ヨミは構わず拳を繰り出した。
一発目は鼻で受け流した。
二発目は身体をひねってかわす。
しかし、三発目を避けたところでヨミの翼が大きく羽ばたき、風圧に押されて体勢が崩れた。
「ぐっ!」
ヨミの拳が迫る。
その間に、サクラが飛び込んだ。
「させない!」
サクラはヨミの腕を弾き、キッドの前へ着地する。
二人は揃って距離を取った。
「キッド、大丈夫?」
「ああ……助かった」
キッドは荒い息を整えながら、ヨミを見つめた。
ヨミは、自分たちをすでに人間ではないと考えている。
身体が変わり、普通の人間にはない力を手に入れた時点で、怪人と変わらない存在になったというのだ。
だが、キッドにはそうは思えなかった。
姿が変わったからといって、その中にいる人間まで消えてしまうわけではない。
たとえ改造されていても。
たとえ、もう元の身体に戻れないとしても。
それで人間ではなくなるなんて、簡単に認められるはずがなかった。
ヨミはそんなキッドの様子を見て、薄く笑った。
「その考えが、お前の弱さだ」
「何だと……?」
「人間だの怪人だの、そんなことにこだわっているから、肝心なところで手が止まる」
キッドは拳を握りしめた。
「お前は何が望みなんだ! まさか世界征服でも狙ってんのか!」
「世界征服……?」
ヨミは意外そうに目を細めた。
そして、軽く笑う。
「なるほど。お前には、その程度のことしか思いつかないのか」
「何だと!」
キッドが踏み込む。
ヨミはその拳をかわし、翼を打って横へ移動した。
キッドもロードランナーの脚で追いかける。
「ビーストギアは今、二つある」
ヨミが言った。
「……それがどうした!」
「二つある以上、どちらか一方が好き勝手に力を振るおうとしても、もう片方の存在を無視することはできない」
ヨミは急に高度を下げた。
キッドは横へかわし、ゾウの鼻を伸ばす。
ヨミがそれを避けようとしたところへ、サクラが横から飛び込んだ。
二人の攻撃をかわしながら、ヨミはさらに続ける。
「だが、もし片方が消えたらどうなる?」
「……片方?」
「そうだ。二つあるものが、一つだけになったら」
ヨミが翼を広げ、キッドの頭上へ回り込んだ。
「残ったビーストギアを持つ者に、誰が対抗できる?」
キッドは答えられなかった。
ヨミが急降下する。
キッドは攻撃をかわし、反撃の拳を振るった。
ヨミは身をひねってかわし、笑う。
「対抗できる者がいなくなれば、その力を止められる者もいなくなる」
再び翼が大きく羽ばたいた。
「世界征服なんてものも、簡単にできると思わないか?」
キッドは一瞬、言葉を失った。
二つあるビーストギア。
そのうち片方が消え、一つだけが残る。
ヨミは、その先の世界について語っている。
だが、何かがおかしい。
世界征服が目的なのかと聞いたのに、ヨミはそれ自体を望んでいるようには聞こえない。
まるで、そんなものは大した問題ではないと言っているようだった。
「……お前、何が言いてえんだよ!」
キッドが叫ぶ。
「世界征服がしたいんじゃねえのか!?」
ヨミは答えなかった。
代わりに、再び拳を振るう。
キッドが受け流すと、ヨミは翼を広げて距離を取った。
「答えろよ!」
キッドが追いかける。
しかし、ヨミは笑ったまま、何も答えようとしない。
サクラが上空から迫り、ヨミの逃げ道を塞いだ。
「キッド、今!」
「おう!」
二人が同時に攻める。
ヨミはサクラの攻撃をかわし、キッドの拳を腕で受け止めた。
だが、その直後だった。
「……っ!」
片方の翼が、大きく震えた。
ヨミの身体が傾く。
本来なら横へ飛ぶはずだった身体が、思うように方向を変えられない。
ヨミは強引に翼を動かし、どうにか着地した。
「……?」
キッドは異変に気づいた。
「おい、お前……」
「黙れ!」
ヨミが再び襲いかかる。
拳の威力はまだ十分だった。
キッドは鼻で攻撃を受け流し、ロードランナーの脚で距離を取った。
しかし、ヨミの動きは先ほどまでとは少し違っていた。
翼を打つタイミングが乱れる。
急に身体が傾き、着地の際に足が滑る。
ヨミはそのたびに無理やり姿勢を立て直していた。
サクラも気づいたらしい。
「キッド、あいつの翼……!」
「ああ。何かおかしい」
ヨミは二人の声を聞き、苛立ったように拳を握った。
「余計なことを考えるな!」
翼を広げ、一気に飛び上がる。
そのまま急降下してキッドを狙った。
キッドは横へ飛んでかわす。
ヨミの拳が地面へ突き刺さった。
しかし、着地の瞬間、ヨミの身体が大きくよろめいた。
「ぐっ……!」
背中の翼が不自然に震える。
一度、二度。
羽ばたこうとするたびに、肩や背中が引きつるような動きを見せた。
ヨミは歯を食いしばり、もう一度飛ぼうとした。
だが、身体がわずかに浮き上がったところで、突然その動きが止まった。
「ぐあっ……!」
空中で身体が傾き、そのまま地面へ落ちる。
ヨミは片膝をつき、片手で身体を支えた。
「……おい!」
キッドは思わず一歩近づいた。
ヨミが顔を上げる。
「来るな!」
鋭い声だった。
キッドは足を止めた。
「お前、その身体……どうなってんだよ!」
「黙れ……!」
ヨミは立ち上がろうとする。
しかし、背中の翼がまた激しく震えた。
身体が強く引っ張られるように揺れ、ヨミは片膝をついたまま動けなくなる。
サクラは翼を広げたまま、警戒を解かなかった。
「キッド、気をつけて。まだ攻撃してくるかもしれない」
「分かってる。でも、あれ……」
キッドはヨミを見つめた。
さっきまで、二人を相手に互角に戦っていた男だ。
それなのに今は、自分の身体さえ思うように動かせなくなっている。
怪我をしたというだけではなさそうだった。
何かが、身体の内側で食い違っている。
そんなふうに見えた。
ヨミは荒い息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。
キッドとサクラが身構える。
しかし、ヨミは二人へ向かってこなかった。
代わりに、翼を大きく広げる。
「……今日は、ここまでだ」
「待て!」
キッドが叫んだ。
「まだ話は終わってねえだろ!」
ヨミは苦々しげに顔をゆがめる。
「俺がお前に、すべて答えると思うか?」
「だったら――」
キッドの言葉が終わる前に、ヨミは地面を蹴った。
翼が大きく羽ばたく。
その動きは先ほどまでのように滑らかではなかったが、身体は確かに地面を離れた。
ヨミは低い高度のまま、前方へ飛んでいく。
時折、翼が不規則に揺れる。
それでも速度を落とさず、次第に距離を広げていった。
「おい、待てって!」
キッドは反射的に走り出しかけた。
しかし、すぐに足を止める。
(……追うなら!)
今のロードランナーの脚では、空を飛ぶ相手へ追いつけない。
だが、手段がないわけではない。
キッドは携行していたビーストメモリーの中から、一本を取り出した。
鬼闇魔。
トンボの能力を持つメモリーだ。
これを胴体のスロットへ装着すれば、自分も飛行できる。
急旋回も、ホバリングもできる。飛行能力では、決してワシに劣るものではない。
今なら、まだ追いつけるかもしれない。
キッドは鬼闇魔のメモリーを握り、胴体のスロットへ手を伸ばした。
しかし、その動きが止まった。
(……待てよ)
追いついて、どうする?
ヨミを捕まえるのか。
それとも、もう一度戦うのか。
あんな状態のヨミを追い詰めて、さらに攻撃するつもりなのか。
キッドは空を見上げた。
ヨミはすでにかなり先まで飛んでいる。
翼が不安定に揺れ、ときどき身体が大きく傾いていた。
明らかに無理をしている。
(……あの身体で、まだ戦わせんのか?)
考えれば考えるほど、手が動かなくなる。
追いついて止めればいい。
それは分かっている。
だが、止めるためにどこまで攻撃していいのか、答えが出なかった。
数秒。
ほんの数秒だった。
しかし、キッドがようやく我に返ったとき、ヨミはもう遠くの建物の向こうへ飛び去ろうとしていた。
「……あっ!」
キッドは慌ててメモリーを装着しようとした。
だが、手を止めた。
もう遅い。
今から飛び立っても、追いつける距離ではなかった。
「……くそっ!」
キッドは鬼闇魔のメモリーを握りしめた。
ヨミの姿が、建物の向こうへ消える。
追いかけることは、もうできなかった。
「……キッド?」
サクラが近づいてきた。
翼を使っての連戦で、彼女も肩で息をしている。
その視線が、キッドの手にあるメモリーへ向かった。
「……それ、鬼闇魔でしょう?」
「ああ」
「だったら、胴体に入れれば追えたんじゃないの?」
キッドは答えなかった。
サクラはヨミが消えた方向を見てから、もう一度キッドを見た。
「……また迷ったの?」
「…………」
「さっきもそうだった。攻撃できるところで止まって……今度は追いかけることまで」
「分かってるよ」
キッドは低い声で答えた。
「分かってる。だけど……」
その先の言葉が続かなかった。
サクラも、それ以上は何も言わなかった。
戦うことをためらうキッドの気持ちが、まったく分からないわけではない。
だが、その迷いで敵を逃がしてしまったのも事実だった。
キッドは鬼闇魔のメモリーを見下ろす。
使えなかったのではない。
使わなかった。
正確には、使おうとして、ためらった。
それだけのことだった。
「……何やってんだろうな、俺」
小さくつぶやく。
遠くから、まだ戦闘の音が聞こえていた。
CASHとシロアリ怪人たちの戦いは続いている。
目の前では、コヨーテライダーとアナグマドリルが倒れたままだ。
あの二体には、確かに勝った。
けれど、ヨミとの戦いでは、何も終わった気がしなかった。
『ビーストギアは今、二つある』
ヨミの言葉が、耳に残っている。
『もし片方が消えたらどうなる?』
キッドは、自分の腰に巻かれたビーストギアへ視線を落とした。
二つあるから、互いに対抗できる。
一つだけになれば、その相手がいなくなる。
ヨミは、そう言っていた。
それが本当なら、あいつは何を考えているのだろう。
世界征服をしたいのか。
それとも、それ以上に欲しいものがあるのか。
いくら考えても、答えは出なかった。
「……世界征服、かよ」
キッドがつぶやく。
サクラは何も答えない。
キッドはもう一度、ヨミが消えた空を見上げた。
その手には、結局一度も装着されなかった鬼闇魔のメモリーが握られたままだった。
――つづく
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




