第12話「博士のうっかり」
第12話「博士のうっかり」
「――作戦開始!」
東の指示が無線に響いた瞬間、待機していたCASHの隊員たちが一斉に動き始めた。
偽装搬送中の救急車へ向かって、二体の怪人が迫っている。
地上を疾走するのは、コヨーテとバイクの機械部分が融合した怪人、コヨーテライダー。脚部から甲高い駆動音を響かせ、道路を猛烈な速度で駆け抜けていた。
そして地下では、アナグマドリルが巨大なドリルを回転させながら掘り進んでいる。移動に合わせてアスファルトが不気味に盛り上がり、ときおり亀裂が走っていた。
「二体とも食いついたわね。予定どおり分断するわ」
東はモニターに映る二体の動きを確認しながら、無線で指示を飛ばした。
「キッド、サクラ。二体の相手はお願い。南浦、川出は射線が確保できたときだけ援護して。北山さんとニシさんは、引き続き周辺警戒をお願い」
『了解』
北山から短い返事が届き、続いてニシが応じた。
『いつものシロアリどもが出てくるかもしれねえからな。こっちは任せろ』
「ええ。何かあったらすぐに知らせて」
これまでの怪人事件では、主力となる怪人の周囲にシロアリ怪人が現れることが何度もあった。今回も増援が来ないとは限らない。
東自身もレイピアを携え、北山とニシはそれぞれの装備を確認しながら待機を続ける。南浦はライフルの照準を調整し、川出も射撃に適した位置へ移動した。
一般隊員たちは救急車の警護と周辺の封鎖に当たっている。
その間に、紀人は建物の陰でベルトへ手を添えた。
「配信開始!」
パチン、と指を鳴らす。
瞬間、紀人の身体を変化が包み込み、黒を基調とした装甲が形成されていく。
異形のヒーロー、キッド。
「いいねよろしく!」
いつもの掛け声とともに小型の飛行撮影機が飛来する。その姿を確認するや否や、キッドは地面を蹴って飛び出した。
救急車へ向かって一直線に走るコヨーテライダー。その進路へ斜めから割り込み、キッドは勢いを乗せた拳を突き出す。
「お前の相手は俺だ!」
ところが、拳が届く寸前にコヨーテライダーが急加速した。
「なっ!?」
相手の姿が視界の端へ流れたかと思うと、次の瞬間には横腹へ猛烈な衝撃が走った。
「ぐあっ!」
吹き飛ばされたキッドは路面を転がり、片膝をついてどうにか身体を起こす。
「くそっ、相変わらず速えな!」
コヨーテライダーは少し先で向きを変えると、再び一直線に突っ込んできた。
今度は軌道が読めた。
キッドは相手の接近に合わせて横へ跳び、突進をかわす。しかし、着地して振り向いたときには、すでにコヨーテライダーが方向を変えていた。
「うおっ!?」
慌てて身を捻ったが、肩の装甲を弾かれた。続けて反撃しようとした拳も空を切り、またしても相手に背後へ回り込まれる。
「ちょこまかと……!」
キッドは大きく跳躍し、一度距離を取った。
ノミのメモリーによる脚力なら、瞬間的に高く跳び上がることはできる。だが、空中で方向を変えるのは難しく、着地の瞬間を狙われればかえって危険だった。
コヨーテライダーはそのことを理解しているのか、キッドの着地点へ回り込もうとする。
『キッド、伏せろ』
南浦の低い声が通信に響いた。
キッドが反射的に頭を下げると、乾いた銃声が響く。
弾丸がコヨーテライダーの肩部装甲を叩き、突進の軌道がわずかに乱れた。その隙を逃さず、キッドは着地点を変えて相手から距離を取る。
「助かった!」
『礼は後にしろ。また来るぞ』
「分かってるよ!」
南浦は再び照準を合わせたものの、すぐには引き金を引けなかった。
コヨーテライダーの動きが速すぎるうえ、キッドとの距離も近い。先ほどは一瞬だけ射線が開いたが、同じ機会が続くとは限らない。
「……厄介な野郎だ」
南浦が小さく呟く。
その視線の先では、キッドが再び拳を構えていた。
相手の攻撃は単純な突進が中心だ。だからこそ、動きを読むこと自体は難しくない。
問題は、その速度だった。
来ると分かっていても避けきれない。
避けても、次の攻撃がすぐに迫ってくる。
これまで数多くの怪人と戦ってきたキッドだったが、ここまで速度に振り回される相手はそう多くなかった。
「だったら、まずは足を止めさせねえと……!」
攻め込む方法を考えながら、キッドは再び迫ってくるコヨーテライダーに向かって身構えた。
◇
一方、サクラもアナグマドリルを相手に苦戦していた。
救急車から引き離すことには成功したものの、敵は地上と地下を行き来しながら、執拗に攻撃を繰り返している。
ガガガガガッ!
激しい掘削音とともに、アスファルトが砕け散った。
巨大なドリルが地面を突き破り、アナグマドリルが姿を現す。
「こっちだ!」
サクラは翼を広げて相手の正面へ降り立った。
怪人が両腕のドリルを構えた、そのとき。
「……えっ!?」
サクラの視線が、アナグマドリルの腕で止まった。
左右に備えられた巨大なドリル。
その両方が、何事もなかったように回転している。
「ちょっと待って! その腕……!」
以前の戦いで、サクラは右脚から強烈な蹴りを放っていた。
アナグマドリルは片腕でそれを受け止めようとしたが、衝撃に耐えきれず、腕をドリルごと吹き飛ばされていたはずだった。
ところが、今は両腕が揃っている。
しかも、継ぎ目や破損の跡らしきものさえ見当たらない。まるで最初から無傷だったかのようだ。
「腕、戻ってる!? 治るの早すぎない!?」
サクラが思わず声を上げた瞬間、アナグマドリルが踏み込んできた。
「っ!」
巨大なドリルが振り下ろされる。
サクラは慌てて横へ跳び、間一髪で攻撃をかわした。直後、ドリルが路面を削り、砕けたアスファルトが飛び散る。
「危なっ!」
着地と同時に踏み込み、サクラは相手の側面へ蹴りを放った。
しかし、アナグマドリルは身体を沈め、そのまま地面へ潜ってしまう。
蹴りは空を切った。
「また潜った!」
足元から振動が伝わる。
サクラが反射的に飛び退くと、先ほどまで立っていた場所のアスファルトが盛り上がり、次の瞬間には大きく陥没した。
「もう! 出てきたと思ったら、すぐ潜って!」
アナグマドリルは、地上へ姿を現した瞬間だけ攻撃を仕掛け、反撃される前に地下へ逃げ込んでしまう。
地上でまともに戦えれば、サクラにも勝機はある。
だが、相手はその機会を与えようとしなかった。
再び足元が揺れた。
サクラは翼を使って大きく飛び退き、地面から突き出したドリルをかわす。
「これじゃあ、きりがない……!」
そう呟いたとき、腰のサイドポーチが小さく揺れた。
「あ……そうだ!」
サクラは片手を伸ばし、ポーチの中から卵ほどの大きさの装置を取り出した。
シラメ博士から預かっていた、アナグマドリル対策の秘密兵器だ。
全部で三個。
出撃前、博士は確かこう言っていた。
『アナグマが穴へ潜ったら、スイッチを押して投げ込んでみて!』
具体的に何が起こるのかは聞いていない。
だが、博士がわざわざ用意したものだ。少なくとも地下へ逃げ込む相手に効果があるのだろう。
「博士、信じてるからね!」
サクラは装置のスイッチを押すと、アナグマドリルが潜った穴へ放り込んだ。
コトン、と小さな音が響く。
しばらく待つ。
しかし、何も起こらない。
「……あれ?」
サクラは首を傾げた。
装置が地面の奥へ転がっていっただけのようにも思える。
「本当にこれでいいのかな……」
そう言いながら穴を覗き込もうとした、その直後だった。
地下から、くぐもった悲鳴が響いた。
「グッ……グアアアッ!」
「えっ!?」
足元の地面が大きく震えた。
アスファルトに亀裂が走り、土砂が噴き上がる。
ドガァン!
激しい音とともに、アナグマドリルが地上へ飛び出してきた。
両腕のドリルを振り回しているものの、足元がおぼつかない。鼻先を押さえるような仕草をしながら、苦しそうに身体をよじっている。
「グアッ! グッ、ゲホッ!」
サクラは驚いて目を見開いた。
「やった! 効いた!」
先ほどまで何度も地下へ逃げ込んでいた相手が、今は地上でふらついている。
これなら戦える。
サクラは拳を握り、反撃しようと構え直した。
しかし、その瞬間。
『……あっ』
通信の向こうから、シラメ博士の小さな声が聞こえた。
「博士?」
『サクラ! 口と鼻を塞いで! それから目も守って!』
「えっ?」
聞き返した直後、鼻の奥に強烈な刺激が走った。
「っ!? な、何これ!」
鼻をつく刺激臭に顔をしかめた途端、今度は目が痛み始めた。
「あっ……ちょっと……!」
涙が一気にあふれ、視界がぼやける。
慌てて後退しようとしたが、目を開けようとしても痛くて開けられない。
「げほっ! けほっ!」
咳まで止まらなくなり、サクラは両手で顔を覆った。
『ご、ごめん! 超音波だけじゃなくて、強力な刺激成分も入れてあるんだ! アナグマを地下から追い出すために!』
「そ、それは……分かったから……!」
何とか返事をしようとするものの、咳が邪魔をする。
「げほっ! 博士っ!」
『装置の効果は十分あるはずなんだけど……』
「ある! すっごくある!」
『でしょ!?』
「私にも効いてるの!」
『……うん』
「どうして先に教えてくれなかったの!」
『……忘れてた』
「忘れないでよぉっ!」
サクラの悲鳴が通信に響いた。
そのすぐ近くでは、アナグマドリルも鼻先を押さえ、涙を流しながら悶絶している。
地中から追い出す作戦そのものは大成功だった。
ただし、装置の刺激は地表にも漏れ、穴の周囲に残ってしまっていた。
しかも、そこにいたサクラまでまともに浴びてしまったのである。
「ううっ……目が……!」
サクラは涙を拭いながら後退しようとした。
しかし、足元がよく見えず、砕けたアスファルトにつまずいてしまう。
「きゃっ!」
どうにか転倒は免れたものの、まともに戦える状態ではない。
そして、その無防備な姿を見逃さなかった者がいた。
◇
キッドの拳をかわしたコヨーテライダーが、突然進路を変えた。
「……おい、そっちは!」
相手が向かう先を見て、キッドは思わず声を上げた。
少し離れた場所で、サクラが目元を押さえながらふらふらと歩いている。
その周囲には砕けた路面と大きな穴。
すぐ近くでは、アナグマドリルまで苦しそうに身体を揺らしていた。
「何やってんだ、あいつら!?」
事情は分からない。
しかし、サクラが危険な状態にあることだけは一目で分かった。
コヨーテライダーが勢いよく加速する。
狙いはサクラだ。
「サクラ! 逃げろ!」
キッドの声に反応し、サクラが顔を上げた。
「キッド!? どこ!?」
「こっちだ! いや、違う! そっちへ行くな!」
サクラは声のする方へ歩き出しかけたが、そこはコヨーテライダーの進路だった。
「くそっ!」
キッドは全力で地面を蹴った。
相手の方が速い。
だが、サクラへ向かう進路に斜めから割り込めば、何とか間に合うかもしれない。
『南浦! 援護できる!?』
東の声を受け、南浦が照準を合わせた。
しかし、コヨーテライダーとキッドの距離が急速に縮まっていく。
『……駄目だ。キッドが近すぎる!』
無理に撃てば、キッドやサクラを巻き込みかねない。
南浦は引き金から指を離した。
その間にもキッドは走り続け、ようやくサクラの前へ飛び込んだ。
「サクラ、伏せろ!」
「えっ!?」
サクラが身を縮めた瞬間、キッドは両腕を構えてコヨーテライダーの突進を受け止めようとした。
ところが。
「……グッ!?」
突進してきたコヨーテライダーの顔が、突然苦しげに歪んだ。
穴の周囲に残っていた刺激が、勢いよく呼吸していた鼻と口へ入り込んだのだ。
「グォッ! ゲホッ!」
コヨーテライダーは反射的に速度を落とそうとした。
しかし、すでに加速した身体は簡単には止まらない。
「お、おい!?」
異変に気づいたキッドも回避しようとしたが、間に合わなかった。
ドゴッ!
二人が激突し、そのままサクラの近くへ転がり込む。
「あいたた……何だよ、急に……」
キッドが身体を起こした、その瞬間。
「ぐっ!?」
鼻の奥に焼けつくような刺激が走った。
思わず息を吸ったのがまずかった。喉までつんと痛み、激しく咳き込む。
「げほっ! げほっ! 何だこれ!?」
バイザーで覆われた目は無事だったが、鼻と口から入り込む刺激までは防ぎきれない。
『キッド! そこは駄目! まだ刺激が残ってる!』
シラメ博士の声が響く。
「だから……っ、げほっ! それを早く言えって!」
キッドは咳き込みながら立ち上がろうとした。
だが、その足元で何かが動いた。
「うおっ!?」
慌てて身を引く。
そこにいたのはコヨーテライダーだった。
鼻先を押さえ、涙を流しながら何度も首を振っている。どうやら目まで刺激を受けたらしく、まともに周囲が見えていない。
ようやく立ち上がったかと思うと、ふらついた拍子に近くのアナグマドリルへ肩からぶつかった。
「グアッ!?」
突然押されたアナグマドリルが、反射的に両腕を振り上げる。
回転するドリルが、コヨーテライダーの顔のすぐ横を通過した。
「グォッ!?」
コヨーテライダーが慌てて頭を引っ込める。
その反動でアナグマドリルが大きくよろめき、今度はキッドの方へ倒れ込んできた。
「うわっ! こっち来んな!」
キッドはサクラの腕を掴み、引き寄せながら横へ転がった。
ガガガッ!
巨大なドリルが路面を削り、アスファルトの破片が周囲へ散らばる。
「けほっ! キッド、何が……!」
「俺にも分かんねえよ! とにかく動くな!」
キッドはバイザー越しに周囲を確認しながら、サクラを背後へかばった。
アナグマドリルはどうにか立ち上がり、地面へ潜ろうとドリルを突き立てた。
ところが、穴から漏れ出す刺激を再び浴びてしまう。
「グアアアッ!」
悲鳴を上げて飛び退いた先には、まだ目を開けられずにいるコヨーテライダーがいた。
ドンッ!
「グォッ!」
「グアッ!」
二体の怪人がまたしても衝突し、今度は互いに絡み合うようによろめいた。
「お前ら、何やってんだよ!」
キッドが叫ぶ。
すると、コヨーテライダーが手探りで伸ばした腕が、アナグマドリルの頭を叩いた。
「グアッ!?」
驚いたアナグマドリルが振り返り、今度はコヨーテライダーの肩を押し返す。
「グォッ!」
押されたコヨーテライダーは勢い余って数歩よろめき、サクラの方へ倒れ込みそうになった。
「またこっちかよ!」
キッドは慌ててサクラを引き寄せたが、その拍子に自分の足が彼女の足へ乗ってしまった。
「痛っ!」
「あ、悪い!」
「キッド! 足!」
「だから悪いって!」
「踏んでる! まだ踏んでる!」
「うわっ、すまん!」
慌てて足を引いたところで、再び強烈な刺激が鼻をついた。
「げほっ! げほっ!」
キッドが咳き込む。
サクラも目を押さえたまま涙を流し、アナグマドリルは地面へ潜れずに悶絶している。
コヨーテライダーに至っては、目を開けられないままあちこちへぶつかり、ついにはアナグマドリルと押し合いを始めてしまった。
「もう! 何なの、これぇ!」
サクラの悲鳴が響く。
誰が誰を攻撃しているのか、何をしようとしているのか。
もはや戦闘というより、四人まとめて大混乱だった。
◇
『……何だ、あれは』
狙撃位置から状況を見ていた南浦が、思わず呟いた。
照準の先では二体の怪人が互いにぶつかり合い、キッドとサクラまでその近くで右往左往している。
『南浦、撃てるか?』
川出からの通信に、南浦は短く答えた。
『無理だ。あんなところへ撃てるか』
『ですよね……』
川出も銃口を下げる。
誰も彼もが入り乱れていて、まともな射線など確保できるはずがなかった。
東もモニターを見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
「……博士?」
『な、何かな?』
「何を作ったの?」
『だから、アナグマを地下から追い出すための装置だよ! 超音波と刺激性成分で――』
「効果は十分に分かったわ」
『でしょ!?』
「味方まで巻き込まれてるけど」
『……うん』
東は額に手を当てた。
「南浦、川出。射撃は一旦中止。二人が安全な位置まで離れるのを待って」
『了解』
『言われなくても撃てねえよ』
北山とニシも、離れた場所から騒ぎを確認していた。
『東、あっちへ行かなくていいのか?』
北山の問いに、東は少し考えてから答えた。
「キッドはまだ動けているわ。サクラも自力で立っているみたい。それより、こちらの警戒を続けて。シロアリが現れたら、すぐに対応できるようにお願い」
『分かった』
『しかし、何なんだ、あの騒ぎは……』
ニシの呆れたような声が通信に混じった。
東が再びモニターへ視線を戻すと、キッドがようやく立ち上がったところだった。
◇
「……ったく、どいつもこいつも!」
キッドは大きく息を吐き、何度か咳き込みながら周囲を見渡した。
鼻と喉の刺激はまだ残っている。
しかし、目は無事だった。
バイザー越しに周囲の様子がはっきり見える。コヨーテライダーもアナグマドリルも、まだ目や鼻を押さえてふらついていた。
「……そうか。俺だけ目は平気なのか」
キッドは小さく呟いた。
サクラへ視線を向ける。
彼女は涙で目を開けられないまま、どうにか立ち上がろうとしていた。
「サクラ!」
キッドはすぐに駆け寄り、その腕を掴んだ。
「こっちだ! 離れるぞ!」
「ちょっ……待って、まだ目が……!」
「俺が見てる! いいから来い!」
キッドはサクラを支えながら、刺激の残る穴から遠ざかる。
途中でアナグマドリルがふらつきながら腕を振り回したが、キッドにはその動きが見えていた。
「危ねえ!」
サクラを抱えるようにして横へかわし、ドリルが空振りした隙に一気に距離を取る。
「キッド、待っ……!」
「あとちょっとだ!」
砕けた路面を避けながら走り、ようやく刺激の薄い場所へたどり着いた。
キッドはサクラを支えて足を止め、何度か深呼吸を繰り返す。
「はあ……はあ……。何だったんだ、あれ……」
鼻の奥にはまだ痛みが残っているものの、呼吸は少しずつ楽になってきた。
サクラも何度も瞬きをしながら、涙を拭っている。
「……少し、見えてきた」
「大丈夫か?」
「何とか……」
「ったく、すげえ装置だったな」
「……本当にね」
サクラは深く息を吐いた。
腰のポーチには、まだ同じ装置が二個残っている。
その重みを感じた瞬間、何とも複雑な表情になった。
「博士には、あとで絶対に話があるから……」
『えっ? 何の話?』
通信の向こうから、シラメ博士の不思議そうな声が返ってきた。
「今はいい!」
サクラは即座に答えた。
その勢いで再び咳き込む。
キッドは思わず笑いそうになったが、どうにか堪えた。
「いや……それにしても、ひどい顔だったぞ」
「……キッド?」
「あ?」
「今、それ言う?」
サクラが涙の残る目で睨んできた。
「……悪かった」
キッドは素直に謝り、視線を逸らした。
そのときだった。
ギュイィィン!
聞き覚えのある駆動音が響いた。
振り返ると、コヨーテライダーが再び脚部を鳴らしていた。
まだ目元を気にしている様子だったが、どうやら少しずつ回復してきたらしい。
アナグマドリルも同様に、両腕のドリルを回転させ始めている。
「……まだやる気かよ」
キッドは拳を握り直した。
コヨーテライダーの速度に対応できないことは、先ほどの戦闘ではっきりしている。
このまま同じ戦い方を続けても、いずれ押し切られるだろう。
かといって、相手を追いかけて速度で勝負するのも難しい。
「……足、か」
自分の脚へ視線を落としたとき、ふと昨日の出来事が頭をよぎった。
下宿先へ届いた、差出人不明の小包。
中には見覚えのないビーストメモリーと、短い紙切れが入っていた。
紙に書かれていたのは、たった一言。
――足へ。
あの筆跡には見覚えがある。
ジンの字だった。
何の生物のメモリーなのか、どんな能力があるのかは分からない。
それでも、わざわざ足へ装着するよう指定してきたのだ。
「……そういや、あれがあったな」
キッドは手元からメモリーを取り出した。
「サクラ、ちょっと頼む」
「何するの?」
「試してみたいことがある」
サクラはメモリーを見ると、すぐに事情を察したらしい。
「分かった! 少しの間なら、私が戦線を保つ!」
「頼んだ!」
サクラが前へ出る。
その間にキッドは四番スロットへ手を伸ばし、装着していたノミのメモリーを引き抜いた。
脚部の形状が変化する。
そこへ、昨日届いたばかりの新しいメモリーを差し込んだ。
カチッ。
次の瞬間。
「うおっ!?」
キッドの脚部が大きく変化した。
装甲の形状が変わり、鳥類を思わせる細く引き締まった脚が現れる。
足先は地面をしっかり捉える形状となり、先ほどまでとは重心の位置まで違って感じられた。
試しに一歩踏み出す。
「おっと!?」
身体が思った以上に前へ出た。
慌てて足を止めると、今度は驚くほど素早く身体が静止する。
「……何だ、これ?」
もう一歩。
右へ踏み込み、すぐ左へ。
身体が軽い。
しかも、足を動かした瞬間の反応がこれまでとはまるで違っていた。
『……えっ!? その脚、ロードランナー!?』
通信越しに、シラメ博士が声を上げた。
「ロードランナー?」
『うん! オオミチバシリだよ! でも、そんなメモリー、ボクは知らないけど……!』
「昨日届いたばっかなんだよ! 俺だって今初めて使った!」
『ええっ!? 誰から!?』
「知らねえよ! それどころじゃねえだろ!」
キッドが顔を上げると、コヨーテライダーが再び加速を始めていた。
サクラもそれに気づき、身構える。
「来る!」
「分かってる!」
キッドは彼女の前へ飛び出した。
コヨーテライダーが一直線に突っ込んでくる。
先ほどまでなら、横へ大きく跳んで避けるしかなかった。
だが、今は違う。
キッドは相手を十分に引きつけ、拳が届きそうになった瞬間、右足で地面を鋭く蹴った。
「っ!」
身体が真横へ滑るように移動する。
コヨーテライダーの突進が、目の前を通り過ぎていった。
「おおっ!」
避けられた。
しかも、先ほどまでのように大きく跳ぶ必要がない。
キッドはすぐに反撃しようとした。
しかし、勢いよく踏み込んだ途端、思った以上に身体が前へ進んでしまう。
「うわっと!」
慌てて足を止めたものの、前につんのめりそうになった。
「何だよ、この脚!」
自分の身体なのに、動きが速すぎて感覚が追いつかない。
コヨーテライダーが振り向く。
再び加速。
キッドは今度こそ落ち着いて構えを取り直した。
「……待てよ」
足の置き方を少し変える。
両足を開き、膝を軽く曲げた。
無理に大きく動こうとするから、身体が流れるのだ。
空手の足運びと同じように、踏み込む方向と重心を意識する。
相手が来る。
キッドは右へ動く素振りを見せた。
コヨーテライダーも、その動きに合わせて進路を修正する。
その瞬間。
キッドは左足を軸に身体を捻り、鋭く反対方向へ踏み込んだ。
「こっちだ!」
キッドの身体が一瞬で左へ移動する。
コヨーテライダーも方向を変えようとしたが、加速した身体はすぐには曲がらない。
目の前を駆け抜けていく。
今度のキッドは追いかけなかった。
その場で素早く足を止め、相手が振り向いたときには、すでに次の構えを取っていた。
「……なるほどな!」
キッドの口元に笑みが浮かぶ。
今度は自分から仕掛けた。
右へ二歩。
左へ一歩。
相手の反応を見ながら、細かく方向を変える。
コヨーテライダーはキッドを追おうとするが、動く方向を変えるたびに、ほんのわずかな遅れが生じていた。
その遅れが、今までとは違う余裕を生み出している。
「そういうことか!」
コヨーテライダーが再び突っ込んできた。
キッドは横へ大きく避けると見せかけ、半歩だけ身体をずらす。
相手がそれに合わせて進路を変えようとした瞬間、今度は逆方向へ踏み込んだ。
コヨーテライダーの肩が目の前を通り過ぎる。
わずかに体勢が崩れた。
「もらった!」
キッドは軸足を回転させ、腰の動きを乗せた拳を相手の側面へ叩き込んだ。
ガンッ!
装甲に拳が命中し、コヨーテライダーが大きくよろめいた。
「よし!」
今度は確かな手応えがあった。
だが、コヨーテライダーも簡単には倒れない。
すぐに体勢を立て直すと、今度は不用意に突っ込まず、距離を取ってキッドの動きを観察し始めた。
キッドが右へ動けば、相手もわずかに身体を傾ける。
先ほどのフェイントを警戒しているらしい。
「……へえ。そう来るか」
キッドは口元を緩めた。
相手も考えて戦っている。
一度通用した手が、何度でも通用するとは限らない。
試しに距離を詰めようとすると、コヨーテライダーはあっという間に後方へ離れてしまった。
「……やっぱ速えな!」
直線で追いかけても、簡単には追いつけない。
だが、それで構わなかった。
今までのように、相手の速度へ必死についていく必要はない。
コヨーテライダーが直線的な加速を得意とするなら、その勢いを利用すればいい。
「さあ、もう一回だ!」
キッドは拳を構え、相手を見据えた。
今度のコヨーテライダーは、すぐには突っ込んでこなかった。
互いに相手の動きを読み、次の一手を探る。
ようやく、同じ土俵で戦えるようになったのだ。
◇
サクラも、ようやく普段どおりに身体を動かせるようになっていた。
目元にはまだ涙の跡が残っているものの、視界はほとんど戻っている。
腰のポーチには、例の卵型装置が二個残っていた。
「……次は離れて使わないとね」
サクラはそう呟いてから、アナグマドリルへ向き直った。
相手は地面に開いた穴を一度覗き込んだが、すぐに顔を引っ込めた。
「グッ……!」
どうやら、地下にはまだ刺激が残っているらしい。
アナグマドリルは穴から離れると、両腕のドリルを勢いよく回転させた。
「そう。今度は地上でやる気ね!」
サクラも翼を広げる。
アナグマドリルが突っ込んできた。
サクラは横へ跳び、振り下ろされたドリルをかわす。そのまま相手の腕を蹴って軌道を逸らし、空いた懐へ飛び込んだ。
「はあっ!」
拳が装甲を叩く。
アナグマドリルは一歩後退したものの、すぐにもう片方のドリルを振り回してきた。
「くっ!」
サクラは翼を使って距離を取り、着地と同時に構え直す。
相手のドリルは依然として強力だ。
前の戦いでは片腕を吹き飛ばしたはずなのに、その腕が完全に復活していることも気にかかる。
だが、今は理由を考えている暇などない。
サクラは相手の足運びを見ながら、再び攻撃の間合いを探った。
地下から一方的に攻撃されるよりは、ずっと戦いやすい。
少なくとも、相手の姿が見えている。
「よし……!」
サクラが踏み込もうとした、そのとき。
少し離れた場所から、キッドの声が聞こえた。
「サクラ! 大丈夫か!」
「大丈夫! そっちは?」
「何とかなりそうだ!」
キッドはコヨーテライダーの突進をかわしながら、彼女の方へ近づいてきた。
サクラもアナグマドリルの攻撃を避け、キッドの近くまで移動する。
二人が並ぶと、向こうでもコヨーテライダーとアナグマドリルが合流した。
コヨーテライダーが脚部を鳴らし、アナグマドリルが両腕のドリルを回転させる。
先ほどまで涙と咳に苦しんでいた二体とは思えないほど、殺気立っていた。
「……まだまだ元気だな、あいつら」
「こっちも同じでしょ」
「まあな」
キッドは軽く笑ってから、サクラを横目で見た。
「今度は変なもん投げるなよ?」
「……分かってる!」
サクラが少しむっとした顔で答える。
「博士にはあとでちゃんと言うから!」
「そうしてくれ。俺までひどい目に遭ったんだからな」
二人は互いの顔を見て、一瞬だけ笑った。
だが、その表情はすぐに引き締まった。
コヨーテライダーが一歩前へ出ると、アナグマドリルもそれに合わせて動いた。
キッドは新しい脚の感覚を確かめるように足の位置を調整し、サクラも翼を広げて身構える。
その様子を、少し離れた位置からCASHの隊員たちが見守っていた。
「……二人とも持ち直したわね」
東が小さく呟く。
『ああ。だが、まだ終わっちゃいねえ』
南浦の声に、東は頷いた。
「ええ。援護は続けて。ただし、二人の動きが激しくなっているから、射線には十分注意して」
『了解』
東は続けて、北山とニシへ通信を入れる。
「そちらも引き続き警戒をお願い。何が出てくるか分からないわ」
『分かってる』
『こっちは任せとけ』
戦場では、四人が互いの動きをうかがっていた。
コヨーテライダーがわずかに身体を沈める。
アナグマドリルも、両腕のドリルを構え直した。
キッドはサクラへ視線を向ける。
「……行くぞ」
「うん!」
二人が同時に踏み出した。
コヨーテライダーが加速し、アナグマドリルのドリルが激しく回転する。
キッドは鋭く方向を変え、サクラは翼を広げて空中へ跳び上がった。
そして、四つの影が再び交差する。
今度は、一方的に追い詰められるだけではない。
それぞれが自分の力を生かし、互いの隙を補いながら戦う。
二人のヒーローと、二体の怪人。
本当の二対二の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
――つづく
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




