第9話 漏れている
第9話 漏れている
怪人が姿を消したあとも、国会周辺から緊張が消えることはなかった。
大きく陥没した道路は封鎖され、警察と消防、関係機関の車両が絶え間なく出入りしている。落下した車両の引き上げ、負傷者の搬送、崩れた路面と地下の調査。少し離れた場所には報道陣も残り、規制線の向こうへ何台ものカメラが向けられていた。
サクラの蹴りによって吹き飛ばされたアナグマドリルの片腕も回収され、分析へ回された。
だが、本体は逃げた。
コヨーテライダーも同じだった。
二体を仕留めることはできなかった。
ならば次に現れた時、どう倒すか。
当然、その話になるものだと紀人は思っていた。
だが、東が最初に口にしたのは違うことだった。
「次の作戦を考える前に、今日のことを整理します」
CASHの会議室。
壁の大型モニターには、国会周辺の地図が映し出されている。
コヨーテライダーが現れた地点。
警察が敷いた規制線と車両による防衛線。
杉山を乗せた車列の移動経路。
そして、道路が崩れた地点。
別の画面には、警察の記録映像と報道各社が撮影した映像が、時間順に並べられていた。
「川出さん。最初からお願いします」
「分かりました」
川出が端末を操作し、映像を最初へ戻す。
国会周辺へ姿を現したコヨーテライダーが、猛スピードで警備区域へ迫ってくる。
車両が道を塞ぐ。
警察官が盾を構える。
CASHが前へ出る。
一度押し返されたコヨーテライダーは、そのまま正面突破を繰り返さなかった。距離を取り、別方向へ回り込み、警備の薄い場所を探して再び接近する。
また阻まれる。
離れる。
角度を変える。
そして、また杉山のいる方へ向かう。
東が映像を止めた。
「どう見えます?」
川出は少しの間、画面を見つめた。
「杉山さんを追っているように見えます」
「やはり、そう見えますか」
「はい。逃げ道を探している動きではありません。どこから入れば杉山さんのところまで届くのか、それを探し続けています」
画面の中のコヨーテライダーは、確かに無差別に周囲へ突っ込んでいるわけではない。
速さを生かして位置を変え、何度阻まれても杉山へ近づこうとしていた。
「地上では、こいつが追う役ってことか」
北山が呟いた。
東はまだ答えず、映像を先へ進めた。
杉山を乗せた車両が動き始める。
路面に亀裂が走った。
次の瞬間、道路が崩れ、車両が大きく沈み込む。
そして地下から現れた、アナグマドリル。
映像で改めて見ると、紀人は妙な寒気を覚えた。
戦っている最中には、考える余裕などなかった。
だが、こうして離れた場所から見ると分かる。
アナグマドリルは、コヨーテライダーとはまるで違う。
追ってきていない。
騒ぎの中へ地上から突っ込んできたわけでもない。
杉山の移動経路、その地下から姿を現した。
「こちらは、最初から待っていた可能性が高いですね」
川出が言った。
東が陥没地点を見る。
「杉山さんの車がここへ来てから、あれだけの掘削を始めたとは考えにくいです」
「では、車が来る前から地下にいたと」
「そう見るのが自然です」
コヨーテライダーは、標的を追ってくる。
アナグマドリルは、標的が来る場所で待っている。
同じ杉山を狙っていながら、二体の動き方はまるで違っていた。
「……あ」
沈黙を破ったのはシラメだった。
「どうした?」
紀人が見ると、シラメはモニターに映った二体を交互に見ていた。
「これ、怪人のモチーフそのままなのかも」
「どういうこと?」
サクラが尋ねる。
「コヨーテとアメリカアナグマってさ、一緒に狩りをすることがあるんだよ」
「この二種類が?」
「うん」
シラメが椅子の背から身体を起こす。
「コヨーテは地上を走って獲物を追うのが得意。逃げた獲物が穴へ入ったら、今度はアナグマが掘る。逆に、アナグマに追われて穴から飛び出した獲物を、コヨーテが捕まえることもある」
川出がモニターへ視線を戻した。
「得意な場所が違うから、互いに逃げ道を補い合えるわけですね」
「そういうこと」
シラメが頷く。
「片方から逃げても、もう片方が待ってる」
その言葉で、紀人の中でも二体の動きが一つにつながった。
「……二体で狩ってるのか」
東がこちらを見る。
「そう考えた理由は?」
「コヨーテライダーだけなら、とにかく追ってくる。でも、逃げる方向まで全部塞げるわけじゃない」
紀人は地図を見る。
「アナグマドリルだけなら、地下から出てくる場所を避ければ逃げられるかもしれない。でも二体なら――」
「片方から逃げた先を、もう片方が潰せる」
サクラが続けた。
「なるほどな」
ニシが低く唸る。
「二体揃って一つの狩りってわけか」
「可能性は高いと思います」
東はそう答えた。
偶然、二体の怪人が同じ標的を選んだのではない。
互いの得意なことを使っている。
片方が追い、片方が待つ。
逃げる場所を減らし、最後にはどちらかの得意な場所へ追い込む。
そこまで整理したところで、川出が端末を操作した。
「それなら、以前の事件も見直した方がよさそうです」
別の資料が画面に出る。
二人目の標的が死亡した事件。
移動中の車。
突然起きた道路陥没。
転落。
そして、事故だけでは説明できない致命傷。
「前の陥没……」
サクラが小さく言う。
川出は今回の現場写真を隣へ並べた。
「前回は、何が道路を崩したのか分かっていませんでした。でも今回は、実際に地中を掘る怪人が確認されています」
「アナグマドリル」
紀人が呟く。
「前の時も、あいつがいた?」
「その可能性はかなり高くなりました」
東が答える。
「ただし、前回は姿が確認されていません。現時点で確定はできません」
「ええ。その点は分かっています」
川出も静かに頷いた。
ただ、そのまま資料を閉じようとはしなかった。
二つの事件。
二つの道路。
移動中の標的。
陥没。
川出は、それぞれの地図を何度か切り替えた。
やがて、その手が止まる。
「……少し待ってください」
東が顔を上げた。
「何か?」
川出は今回の陥没地点を指した。
「アナグマドリルは、杉山さんの車がここへ来る前から地下にいた。そう考えているんですよね」
「はい」
「だとすると――」
川出が全員を見る。
「どうして、杉山さんがここを通ると分かったんでしょう」
今までとは違う沈黙が落ちた。
紀人は地図へ目を戻す。
杉山が国会へ向かうこと。
それ自体は秘密ではない。
だが、国会へ向かう道は一つではない。
どの車に乗るのか。
何時に出るのか。
どの経路を使うのか。
警護の都合で、直前に変更されることだってある。
なのに。
アナグマドリルは、杉山を乗せた車が通る場所の地下にいた。
「偶然……じゃないよね」
サクラが言った。
シラメも、いつもの軽い調子を消していた。
「偶然あそこを掘ってたところへ、偶然杉山さんの車が来ました、は……さすがに厳しいかな」
「場所が正確すぎる」
北山が低く言う。
紀人の胸の奥に、戦っていた時とは違う嫌な感覚が広がった。
「……予定を知ってた?」
誰もすぐには否定しなかった。
榊原がゆっくり口を開く。
「その可能性は考える必要がありますね」
「警察から漏れてるってこと?」
サクラの問いに、東はすぐ首を振った。
「そこまでは言えません」
「でも――」
「今回の移動予定を知ることができたのは、警察だけではありません」
榊原が続ける。
「国会側、警護に関係した部署、車両の手配に関わった人間。他にも確認すべき経路はあります」
川出も静かに付け加えた。
「それに、誰かが情報を渡したとは限りません。外部から継続して監視されていた可能性もあります」
「そういうことです」
東が頷く。
「今の段階で、警察内部に協力者がいると決めつけるのは危険です」
サクラもそれ以上は言わなかった。
分からないことを、先に答えにしてしまうわけにはいかない。
ただ。
分かったこともある。
怪人たちは、その場で偶然標的を見つけて襲っているわけではない。
少なくとも今回。
アナグマドリルは、杉山がそこへ来る前から動いていた。
獲物が通る場所を先に知り、地下で待っていた。
「今回の警護計画について、情報の流れを全部洗い直しましょう」
榊原が言った。
「誰が、いつ、どこまで知ることができたのか。外部へ出る経路がなかったかも含めて確認します」
「お願いします」
東が答えた。
紀人はモニターから目を離せなかった。
二体いるだけでも厄介だった。
速さで追う怪人。
地下へ消える怪人。
その二体が互いの弱点を補い合う。
しかも、こちらがどこへ行くのかまで先に知っている可能性がある。
戦えば強い。
それだけの話ではない。
こちらが動くより前に、向こうが待っている。
その事実の方が、紀人にはずっと不気味だった。
◇
事件は、その日のうちに全国ニュースの中心になった。
国会周辺へ現れた二体の怪人。
大規模な道路陥没。
警察の特殊部隊と怪人の戦闘。
そして、市民団体の参加者から出た複数の死者と重傷者。
各局が何度も現場映像を流した。
やがて、別の話題も大きく扱われ始める。
被害を受けた市民団体が、警察の対応について声明を出したのだ。
『怪人が出現している極めて危険な状況の中で、警察は参加者を十分に保護しませんでした』
カメラの前で、団体の代表者が読み上げる。
『また、一部の参加者に対し、警察官による過剰な身体的制止が行われたことも確認しています。警察には当日の対応について説明を求めます』
その声明とともに、現場の映像が流された。
盾を前へ出し、市民を押し返す警察官。
腕を掴み、強引に後ろへ引き戻す姿。
それでも前へ出ようとする者を、複数の警察官が地面へ押さえ込む場面。
映像だけを見れば、決して穏やかな光景ではない。
だが、カメラはその直前も記録していた。
『警戒線を越えないでください!』
『戻ってください!』
『怪人へ近づかないで!』
何度も響く警告。
それでも前へ出ようとする人々。
腕を掴まれても振りほどき、盾の隙間を抜けようとする者。
そして、警察の制止を抜けた何人かがコヨーテライダーへ走っていく。
スマートフォンを掲げ、怪人へ何かを呼びかける。
その先で何が起きたのかを、映像を見ている誰もが知っていた。
世間の反応は早かった。
『警察ずっと止めてるじゃないか』
『自分から警戒線を越えてるのに「守らなかった」は無理がある』
『あの状況で身体を掴まずに止めろっていう方が無理だろ』
『怪人の前まで行かせたら、それこそ警察が責められる』
そうした意見が大半を占めた。
ただ、すべての声が同じ方向を向いているわけではない。
『接近を止める必要があったのは分かる。でも、制止方法が全部適切だったかは検証していいと思う』
『地面に押さえつけている場面は確認が必要では』
『危険な状況だったことと、警察の行為が無条件に正当化されることは別』
そんな声もあった。
怪人へ近づかせてはいけなかった。
警察が何度も警告していた。
それでも市民が突破しようとした。
その事実と、警察が取った一つ一つの行動が適切だったかどうかは、同じ問題ではない。
テレビの中では、その二つが入り混じりながら議論され続けていた。
◇
「……何、それ」
サクラの声が低くなった。
休憩室のテレビでは、市民団体の代表者が再び映されている。
『十分に保護されなかった』
その言葉を聞いた瞬間、サクラの表情が明らかに変わった。
「あれで、守ってなかったって言うの?」
紀人も隣でテレビを見ていた。
「警察の人、何回止めてたと思ってるの」
サクラが言うたびに、紀人の頭にもあの時の光景が戻ってくる。
悲鳴。
無線の声。
救護を求める叫び。
逃げる人。
逆に、怪人へ近づこうとする人。
その全部が、同じ場所で一度に起きていた。
東たちはコヨーテライダーを押さえながら、市民を後ろへ下げようとしていた。
普通の警察官も、怪人へ銃を向けながら、別の警察官が負傷者を運び出すための道を作っていた。
そしてサクラも。
目の前で人が襲われた時、飛び出そうとした。
助けに行きたかった。
けれど、東に止められた。
『こっちは私たちで抑える! そっちは二体目を優先して! 持ち場を離れないで!』
あの時は、言われても納得できなかった。
人が倒れているのに。
自分なら助けに行けるのに。
それでも動かなかった。
その直後、地下からアナグマドリルが出てきた。
もし自分まであの場を離れていたら。
杉山を乗せた車へ向かったあの怪人を、誰が止めていたのか。
「あれ以上どうしろっていうの」
サクラが吐き出すように言った。
紀人も画面を見たまま答える。
「近づくなって、映像にも全部残ってる」
「うん」
「それでも行ったんだろ」
「そうだよ」
サクラの語気が強くなる。
「それで怪人に襲われて、『警察が守ってくれなかった』って……」
そこまで言って、口を閉じた。
怒りに任せたまま続きを言うのを、自分で止めたようだった。
少ししてから、サクラが息を吐く。
「……でもさ」
「ん?」
「怪人と話したいって思ったことまで、全部間違ってるとは思わない」
紀人がサクラを見る。
「話せる怪人がいることは、私たちも知ってるし」
「ああ」
「人間を助ける怪人だっている」
アガト。
ユキ。
二人の頭に浮かんだものは、おそらく同じだった。
怪人だから敵。
怪人だから倒す。
そんな単純な線引きでは済まないことを、紀人もサクラも知っている。
「だから、怪人と話そうとする考え自体が駄目だって言いたいんじゃない」
サクラはテレビへ視線を戻した。
「でも、あの時のコヨーテライダーは人を襲ってた」
「うん」
「目の前で人を襲ってる怪人に、警察が近づくなって言ってる。それでも行くのは違うでしょ」
紀人も頷く。
「話ができる怪人がいることと、今目の前にいる怪人が安全かどうかは別だ」
「そう。それ」
サクラがすぐに返す。
「そこを一緒にしちゃ駄目なんだよ」
ニュースは、今度は警察の制止方法についての検証へ話題を移していた。
危険を防ぐために実力行使が必要だったことは理解できる。
だが、個々の行為が適切だったかについては、映像を確認しながら検証する必要がある。
そんな内容だった。
サクラはしばらく黙って聞いた。
「……こっちは分かる」
紀人が横を見る。
「止め方のこと?」
「うん。全部が全部、絶対正しかったなんて、私には分からないし。後から確認すればいいと思う」
サクラは少し間を置いた。
「でも」
テレビの中では、また団体側の声明が映されている。
「守らなかったっていうのは、違う」
その声は、さっきより小さかった。
それでも怒りは消えていなかった。
現場にいたからこそ分かる。
警察は、止めようとしていた。
守ろうとしていた。
その結果が完璧だったかどうかとは別に、その事実までなかったことにされるのは違う。
サクラはそれ以上何も言わなかった。
◇
夜になり、会議室から人の姿が減っても、大型モニターの地図は消されていなかった。
東と榊原が、昼間と同じ二つの事件を見比べている。
二人目の標的が乗った車が落ちた場所。
そして今日、杉山を乗せた車両が落ちた場所。
榊原が腕を組んだ。
「警護を厚くするだけでは、足りませんね」
「ええ」
「こちらがいくら人数を増やしても、相手が移動先を先に知っているなら、また待ち伏せされる」
東は何も言わず、今回の移動経路を見つめていた。
コヨーテライダーは追う。
アナグマドリルは先で待つ。
片方が獲物を走らせ、もう片方がその進路を塞ぐ。
野生のコヨーテとアナグマが行う狩りに似ている。
ただし、人間を相手に同じことをするなら。
必要になるものがある。
獲物が、どこへ向かうのか。
それを前もって知るための情報。
「今回の警護計画に触れた人間については、こちらで洗います」
榊原が言った。
「情報がどこまで共有され、どこから外へ出る可能性があったのかも確認します」
「お願いします」
「ただし、最初から内部漏洩ありきでは調べません」
「分かっています」
「疑う相手を先に決めれば、見落としますからね」
東がようやく榊原を見る。
「監視されていた可能性も含めて、全部ですね」
「ええ」
榊原は資料をまとめ、席を立った。
「では、明日から動きます」
「お願いします」
榊原が扉へ向かう。
その背中へ、東が声をかけた。
「榊原さん」
足が止まる。
「はい?」
東はまだ、モニターに映る赤い線を見ていた。
杉山が通るはずだった道。
その途中にある陥没地点。
そこに潜んでいたアナグマドリル。
「……相手は」
わずかに間を置く。
「私たちの予定を知っています」
誰が教えたのか。
どこから漏れたのか。
あるいは、漏れてすらいないのか。
まだ何も分からない。
ただ。
これまでと同じように予定を立て。
これまでと同じように動けば。
次もまた、こちらが到着するより先に。
怪人が待っている。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




