第8話 一発
第8話 一発
サクラの足元で、また地面が鳴った。
ゴ……。
今度は聞き間違いではない。
靴底から直接伝わってくる、鈍く重い振動。車両の走行音とも、離れた場所で続いているコヨーテライダーとの戦闘とも違う。
もっと下だ。
「東さん、下!」
『え?』
「地面の下にいる!」
サクラが叫んだ直後、杉山を乗せた車の前方で細い亀裂が走った。
一本。
それが瞬く間に枝分かれし、黒い線となって道路を這う。
「車列止めて!」
東の声が無線へ飛ぶ。
ブレーキ音が重なった。
だが、間に合わない。
アスファルトが沈む。
杉山の車が大きく傾き、周囲の警護車両も急停止する。後続の一台が逃れようとハンドルを切った瞬間、その下でも舗装が割れた。
「下がれ!」
「道路が落ちるぞ!」
警察官たちの声。
直後、地面が抜けた。
轟音とともに道路が崩れ、杉山の車と警護車両の一部が、土砂ごと巨大な陥没の中へ落ちていく。
巻き上がった土埃が視界を塞いだ。
悲鳴と怒号。
無線にも声が殺到する。
『車両落下!』
『周囲を下げろ!』
『救助班、こっちへ!』
サクラは陥没へ駆け寄りかけて、足を止めた。
まだ終わっていない。
土埃の向こう。
崩れた道路のさらに奥から、何かを削る音が続いている。
ゴリ……ゴリ……。
近づいてくる。
「……いる」
サクラが身構えた。
土砂の一角が盛り上がった。
次の瞬間、巨大なドリルが地面を突き破る。
「怪人!」
警察官の叫び。
崩れた地面の中から、重い身体がゆっくりと姿を現した。
白と黒に分かれた獣の頭部。
ずんぐりとした頑丈そうな体格。
黄色と黒の装甲は、工事現場で使われる大型の掘削機械を思わせる。
そして両腕には、それぞれ巨大なドリル。
二体目。
ずっと探していた怪人が、地面の下から出てきた。
怪人は周囲の警察官には目も向けない。
その視線は、陥没へ落ちた車両へ向いていた。
歩き出す。
「させない!」
サクラの身体が、考えるより早く動いた。
怪人と陥没の間へ飛び込む。
右腕のドリルが唸りを上げて振り下ろされた。
サクラは横へ滑るように避ける。
ドリルが地面へ突き刺さり、残っていた舗装が大きく砕けた。
その腕の内側へ潜る。
右拳を突き出した。
毒針が装甲の隙間へ入る。
すぐ離れる。
怪人が振り向きざまに左腕を薙ぐ。
サクラは身体を反らしてかわした。
『サクラ! 二体目を杉山さんへ近づけないで!』
東の声が聞こえる。
返事をする余裕はなかった。
次のドリルが迫る。
サクラは一歩引き、回転する先端をぎりぎりで外す。そのまま横から踏み込み、もう一度毒針を打ち込んだ。
怪人の身体がわずかに揺れる。
だが止まらない。
「重いな……!」
まともに受ければ、こちらが押し潰される。
なら受けない。
サクラは距離を取った。
脚部アタッチメントは、もう撃てる。
一発だけ。
外せない。
◇
アナグマを思わせる怪人が両腕を前へ構えた。
回転する二本のドリルが、胴体の前を塞ぐ。
サクラの視線が一瞬だけ自分の右脚へ落ちる。
そして怪人を見る。
正面は無理だ。
あれを蹴れば、胴体へ届く前にドリルへ食われる。
サクラが右脚を少し引いた。
それだけで怪人の腕が動く。
ドリルが身体の中心へ寄った。
「……やっぱり」
見られている。
こちらの脚を警戒している。
サクラは小さく口元を歪めた。
「じゃあ、見てればいいよ」
一気に踏み込む。
腰を回す。
右脚を上げた。
怪人が反応する。
二本のドリルが同時に身体の前へ集まった。
だが、サクラは蹴らなかった。
途中で脚を戻し、その勢いのまま身体を横へ滑らせる。
「そっちじゃない!」
空いた脇腹へ右拳。
毒針が入る。
怪人が怒ったように腕を振る。
サクラはすでに離れていた。
追ってくる。
重量のある身体が地面を踏むたび、ひび割れた舗装が小さく鳴る。
ドリルが来る。
避ける。
肩口へ一発。
離れる。
振り向いたところへ入り直し、腕の付け根へもう一発。
怪人は力任せにサクラを捕らえようとするが、攻撃はわずかに届かない。
一方のサクラも、まだ蹴らない。
右脚を引く。
ドリルが防御へ動く。
そこで拳。
また右脚を見せる。
今度も怪人は胴を守る。
蹴らずに離れる。
同じことを何度か繰り返した。
怪人の意識が、次第にサクラの脚へ吸い寄せられていく。
サクラが少し踏み込むだけで、腕が動く。
その反応が、先ほどより早い。
サクラは息を整えた。
――そこ。
今度は深く踏み込む。
怪人が防御しようとする。
サクラはさらに一歩入った。
蹴りが来る前に潰そうとしたのか、怪人が両腕のドリルを前へ突き出す。
回転音が一気に近づいた。
サクラは逃げない。
ぎりぎりまで待つ。
「サクラ!」
近くのCASH隊員が叫ぶ。
ドリルが顔面へ届く、その直前。
サクラが身体を沈めた。
二本のドリルが頭上を通り過ぎる。
怪人の両腕が伸び切った。
胴体が開く。
「――そこ!」
右脚が跳ね上がった。
狙いは胴の中心。
怪人も間に合わない――はずだった。
だが、片方の腕が強引に戻ってくる。
伸び切った腕を無理やり引き寄せ、ドリルごと胴体の前へ差し込んだ。
サクラの蹴りが直撃する。
一瞬、音が消えたように感じた。
次いで、耳を打つような衝撃音。
怪人の巨体が横へ弾けた。
同時に、受けに入った片腕がドリルごと吹き飛ぶ。
回転したまま宙を舞い、道路へ激突した。
金属質の音を立てながら何度も転がり、やがてドリルの回転が止まる。
「……!」
サクラも着地と同時に数歩下がった。
自分が狙ったのは胴体だった。
そこへ入っていれば、終わっていた。
怪人は片腕を犠牲にして、一撃を逃れた。
土埃の向こうで巨体が揺れる。
片膝をついた。
それでも倒れない。
残った腕を地面へつき、ゆっくり立ち上がる。
「防いだか……」
サクラが吐き捨てる。
もう一度はない。
そのことだけは、自分が一番よく分かっていた。
◇
怪人が残ったドリルを振り上げた。
サクラは構え直す。
今度は仕留めようとはしなかった。
ドリルが来る。
横へ抜ける。
腕の付け根へ毒針。
離れる。
怪人が追う。
距離を保つ。
踏み込んできたところへ、また一発。
「もう蹴れないんだろ!」
近くで援護していたCASH隊員が声を飛ばす。
「うん!」
「なら無茶するな!」
「分かってる!」
片腕を失った怪人が、陥没した車両へ向きを変える。
サクラが即座に前へ回り込んだ。
「そっちは駄目!」
残ったドリルが振り下ろされる。
サクラは後ろへ跳ぶ。
先端が目の前で道路へ突き刺さった。
すぐ懐へ入る。
毒針。
離れる。
怪人が苛立ったように吠えた。
また進もうとする。
サクラが塞ぐ。
一発。
離れる。
もう一発。
決して派手ではない。
だが、同じことを繰り返すたびに怪人の動きが少しずつ重くなっていく。
踏み込みが鈍る。
ドリルを持ち上げるのが遅れる。
振り抜いた後、戻すまでの間が長くなる。
毒が回っている。
サクラの呼吸も荒くなっていたが、焦る必要はなくなっていた。
決める技はもうない。
なら、決め急がなければいい。
逃がさず、近づけず、削る。
時間を使う。
怪人にとって、その時間が重くなる。
◇
同じ頃、国会前のもう一方ではコヨーテライダーとの戦闘が続いていた。
先ほどの混乱から立て直した盾部隊が防衛線を組み直し、CASHがその内側を固めている。
救急車は絶えず出入りし、警察官たちは搬送路を確保しながら市民を遠ざけていた。
怪人だけを見ていればいい戦場ではない。
その中を、コヨーテライダーが駆ける。
道路の端。
車両の隙間。
防衛線の薄いところを探しながら、一瞬ごとに位置を変える。
そこへキッドが到着した。
目に入るものが多すぎた。
大きく崩れた道路。
何台もの救急車。
規制線の向こうで座り込んでいる人々。
警察官に囲まれて搬送される負傷者。
そして、そのすぐ近くで走り続けるコヨーテライダー。
別方向へ視線を向ければ、サクラが片腕になった見知らぬ怪人と戦っている。
「……何だよ、これ」
『キッド!』
東の声で、意識が戻った。
『コヨーテライダーをお願いします!』
「分かった!」
キッドが走り出した。
コヨーテライダーもこちらへ気づく。
身体を沈め、一気に加速。
真正面から突っ込んでくる。
キッドは追わない。
腰を落として待つ。
距離が縮まる。
あと数歩。
コヨーテライダーが直前で進路を変えようとした。
キッドも同時に踏み込む。
横蹴りが側面へ入った。
怪人の身体が流れる。
その先には北山。
拳が来る。
コヨーテライダーは身体を捻って避け、さらに外側へ抜けようとする。
だが、今度はニシがいる。
「抜かせるか!」
進路を塞がれ、また方向を変える。
そこへキッドが先回りした。
拳を振るう。
かわされる。
続けて蹴り。
こちらは当たった。
コヨーテライダーが数歩分距離を取る。
キッドは追わない。
その場で構える。
以前なら、速い背中を見れば追っていた。
今は違う。
「来いよ」
目的が杉山なら、逃げ続けることはできない。
またこちらへ入ってくる。
なら、その瞬間だけを狙えばいい。
コヨーテライダーが低く身体を沈めた。
加速。
川出の声が無線へ飛ぶ。
『右へ回る!』
盾部隊が寄る。
コヨーテライダーが角度を変える。
そこへニシ。
さらに向きを変える。
その先へキッド。
打撃が入る。
一度。
次はかわされる。
さらに一度。
決定打ではない。
それでも、杉山へ近づこうとするたびに戻される。
高速で走れても、その速度を自由には使わせてもらえない。
戦いそのものは、確実にキッドたちが押していた。
◇
サクラの前で、アナグマの怪人が一度大きくよろめいた。
毒が効いている。
「そろそろ……」
サクラが間合いを詰めようとした。
だが怪人は、サクラではなく地面を見た。
残ったドリルを下へ向ける。
「……逃げる気?」
ドリルが回り始めた。
「待て!」
サクラが飛び込む。
毒針を肩口へ打ち込む。
怪人の身体が揺れる。
それでも掘削をやめない。
ドリルが地面へ潜り、舗装を砕く。
一気に土砂が噴き上がった。
足元が崩れる。
サクラは踏み込もうとして、止まらざるを得なかった。
「くっ……!」
怪人の身体が少しずつ地面の中へ沈んでいく。
さらに毒針を入れようにも、距離が離れる。
もう一撃で引きずり出す手段もない。
「待てって!」
叫んでも怪人は止まらない。
土砂が跳ね上がる。
視界が塞がれる。
そして、土埃が薄れた時には怪人の姿はなかった。
残ったのは大きく掘り返された穴。
そして少し離れた道路に、吹き飛ばされた片腕とドリル。
サクラは穴の縁まで近づき、暗い地下を睨んだ。
音は遠ざかっている。
追える場所ではない。
「……逃げた」
息を吐く。
悔しさはある。
だが、飛び込むわけにもいかなかった。
◇
その頃。
コヨーテライダーも、突然動きを変えた。
キッドへ向かってこない。
杉山のいる方向へも戻らない。
身体を道路の先へ向ける。
「……?」
キッドが構えたまま眉を寄せた。
川出が先に気づく。
「退くぞ!」
次の瞬間、コヨーテライダーが弾けるように加速した。
「待て!」
キッドも走る。
すぐに違いが分かった。
戦っていた時の速度とは、意味が違う。
あの時は杉山へ近づくために進路を選び、こちらの防衛線を避け、時には攻撃するために戻ってきた。
今は何もない。
ただ遠ざかる。
それだけに全ての速度を使っている。
「速っ……!」
距離が一気に開く。
キッドも走る。
縮まらない。
コヨーテライダーが交差点を曲がる。
ビルの間へ入る。
キッドは反射的にメモリーへ手を伸ばしかけた。
オニヤンマなら上へ出られる。
だが顔を上げれば、左右には何棟ものビル。
上空へ出たところで、建物の陰へ入られれば見えない。
地上で次の角を曲がられたら、それだけで方向すら分からなくなる。
「上からじゃ……」
使えない。
なら地上。
脚力を使うならヒクイドリ。
だが純粋な走力で、この速度に追いつけるか。
考えるまでもなかった。
前方の背中は、すでに小さい。
それでもキッドは追った。
一つ目の角。
曲がる。
まだ遠くに見える。
「待て!」
さらに走る。
二つ目。
曲がった先には――もういない。
キッドは数歩進んで足を止めた。
左右へ視線を走らせる。
別の道。
路地。
ビルの間。
エンジンのような音さえ、もう遠い。
「……くそっ!」
拳を握る。
戦えば押せた。
なのに、逃げると決められた途端、届かない。
さらに追えば、今度は自分が国会前の警護区域から離れすぎる。
キッドはしばらく空になった道路を睨んでいたが、やがて振り返った。
◇
怪人がいなくなっても、国会前は静かにはならなかった。
サイレン。
無線。
救助を求める声。
崩れた道路の周囲では、警察官が規制線を広げている。
陥没へ落ちた車両の救助作業も続いていた。
市民団体がいた一帯では、救急隊員がまだ忙しく動き回っている。
戦いが終わったというより、戦う相手だけがいなくなったという方が近かった。
サクラは、道路に残された片腕のそばに立っていた。
巨大なドリルは、もう回っていない。
少し離れた場所には、怪人が地下へ逃げた穴。
そこへキッドが戻ってきた。
「逃げられた」
サクラも短く返す。
「こっちも」
キッドが地面に転がった腕を見る。
「……それ、お前が?」
「胴を狙ったんだけど、腕で防がれた」
「それで腕ごとかよ」
「でも仕留めてない」
サクラは自分の右脚へ一度だけ視線を落とし、それ以上は何も言わなかった。
東もやってくる。
顔には疲労がにじんでいた。
「二体とも撤退ですね」
川出も戻ってきた。
「コヨーテは、逃げると決めたら駄目だ。追いつけない」
キッドが頷く。
「戦ってる間なら押せる。でも、逃げるだけになったら全然違う」
サクラが地下へ続く穴を見る。
「こっちは地面の中。追いようがない」
東は何も答えず、しばらく二つの方向を見た。
一方は、コヨーテライダーが消えた市街地。
一方は、アナグマの怪人が潜っていった地下。
地上を高速で走る怪人。
地面の下へ逃げる怪人。
戦闘では押し返せた。
だが、撤退に入られるとそれぞれ別の理由で追えない。
しかも二体は今日、同じ場所へ現れた。
同じ人間を狙った。
それを偶然と呼ぶには、目の前に残ったものが多すぎた。
吹き飛ばされた片腕。
巨大な陥没。
そして、二体がそれぞれ逃げた跡。
遠くで、また救急車が走り出す。
東はその音へ一瞬だけ目を向けた。
怪人は去った。
だが現場では、救助も、検証も、まだ何一つ終わっていなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




