第7話 動くな
第7話 動くな
国会弁論の日が来た。
朝から杉山の顔色は悪かった。
「本当に、私が出なければならないのか」
車へ向かう直前になっても、また同じことを口にする。
「延期できないのか。別の人間に説明させることだって――」
「今日のために警護体制を組み直しています」
榊原慎吾は、何度目になるか分からない説明を繰り返した。
「先日の襲撃時より人員も装備も増やしています。移動経路と国会周辺にも対策を入れました」
「それでも怪人は来るかもしれないんだろう」
「はい」
榊原は、安心させるためだけの嘘はつかなかった。
「来ることを前提にしています」
杉山の喉が小さく動いた。
狙われている可能性が高いと知りながら、自分から家の外へ出る。
自宅に閉じこもっていた時とは違う。
道路を移動しなければならない。国会周辺には警察だけではなく、職員、報道陣、一般市民もいる。
そして警察には、まだ答えの出ていない問題があった。
敵は一体ではない。
高速で移動するコヨーテライダーとは別に、二体目の怪人がいる。
そこまでは分かった。
しかし、その姿も能力も分からない。
二体が連携しているのか、それぞれが別々に杉山たちを狙っているのかさえ不明だった。
だから警察は、持てる戦力すべてをコヨーテライダー一体へ向けることができない。
見えている敵だけに集中できない。
それが今回の警護を難しくしていた。
◇
国会周辺の警護部隊の一部には、今の警察ではほとんど見かけなくなった銃が配られていた。
CASHが発足する以前、一般警察官でも怪人へ対抗できるようシラメ博士が設計した旧型対怪人特殊銃だった。
東の提案を受け、榊原から真壁へ正式な申請が上げられた。
保管庫に残っていたものをシラメが一丁ずつ確認し、整備し直し、使用可能と判断したものだけが今回の警護へ回されている。
ただし、それを手にしたからといって一般警察がCASHと同じ戦力になったわけではない。
「これでコヨーテライダーを倒そうなんて考えないでね」
シラメは配備前、集められた警察官たちへ念を押した。
「シロアリタイプくらいなら通用する。でも昔、モズキャッチャーへ普通の警察官が何人も撃ち込んだ時だって、止めきれなかったでしょ。あれと同じ。強い怪人にとっては、決定打にはならないから」
東も、その横で補足した。
「撃破を狙う必要はありません。数秒止める。進路を変えさせる。速度を落とす。それでCASHが入れる時間を作れれば十分です」
目的は、一般警察を怪人との正面戦闘へ送り込むことではない。
何もできない状態から、ほんの少しでも選択肢を増やすことだった。
警護配置そのものにも、先日の襲撃から得た教訓が反映されている。
コヨーテライダーを追いかけない。
あの速度に人間側が付き合えば、警備網の方が崩される。
だから今回は、警察車両と移動式バリケードを使って長い直線を潰し、杉山の車列へ一直線に飛び込める経路を減らしている。
完全に閉鎖するのではない。
あえて通れる道を残し、怪人が選べる進路を絞る。
その先には盾を持った警察官を複数列。
さらに後方へ旧型特殊銃。
そして、その内側へCASH。
東が全体を指揮し、川出が怪人の進行方向と回り込みを監視する。
突破された場合はニシが身体で受け止め、北山が側面から近接攻撃。
南浦は一般人を巻き込まない射線が確保できた時だけ狙撃する。
怪人より速くなる必要はない。
走れる場所を減らし、速く走れない状況を作ればいい。
その考えだった。
◇
ただし、すべてのCASH要員がコヨーテライダーへの迎撃配置についているわけではなかった。
主戦線から少し離れた場所。
そこにサクラと、一部のCASH隊員が残されていた。
「コヨーテライダーが現れても、こちらから指示するまで動かないでください」
事前の打ち合わせで東からそう言われた時、サクラは露骨に顔をしかめた。
「目の前に出ても?」
「はい」
「向こうが押されても?」
「それでもです」
「……すごく嫌な役」
「分かっています」
東は否定しなかった。
「でも、あなたたちはコヨーテライダーのために残すんじゃありません」
「二体目」
「そうです」
姿が分からない。
能力も分からない。
どこから来るかも分からない。
コヨーテライダーが目立って動けば、どうしても警察の視線はそちらへ引きつけられる。
「全員が一体目へ向いた瞬間に、もう一体が杉山さんへ入ってきたら終わります」
サクラはしばらく黙っていた。
戦えと言われるより、戦うなと言われる方がよほど難しい。
「……分かった」
結局、そう答えた。
今日のサクラの役目は、戦うことではない。
まだ見えていない敵を待つことだった。
◇
一方、紀人は学校にいた。
警察側でも、紀人を最初から国会へ置く案は出ている。
しかし、二体の怪人が常に一緒に動いていると判明したわけではない。
もし別々に行動するなら、もう一体が国会とは無関係な場所へ現れる可能性もある。
キッド、サクラ、CASHの主力をすべて杉山一人の周囲へ集中させれば、別の場所へ対応する戦力がなくなる。
そのため紀人は、いつでも警察からの呼び出しに応じられる状態で学校へ残されていた。
「内田、今日なんか落ち着かなくない?」
授業の合間、クラスメイトにそう言われ、紀人は反射的に端末から目を離した。
「ちょっと警察の方で大きい予定があるだけ」
「また関係者?」
「その言い方やめろって」
周囲が笑う。
紀人も一応笑って返したが、意識の半分は国会側へ向いたままだった。
連絡が来れば出る。
来なければ待つ。
今はそれしかできない。
◇
国会周辺には、報道陣のほかにも多くの人間が集まっていた。
その中には、怪人を一律に敵視することへ反対する市民団体もいる。
「怪人との対話を」
「すべての怪人を敵と決めつけるな」
「人間を助けた怪人もいる」
掲げられた主張そのものを、警察も頭から否定してはいなかった。
事実、人間へ協力する怪人は存在する。
怪人だから悪。
怪人だから即座に倒すべき。
そんな単純な話ではないことを、CASH側は誰より知っている。
だが、それと活動中の怪人へ無防備に近づくことは別だった。
警察は団体側へ何度も説明していた。
「怪人が出現した場合は、絶対に警戒線を越えないでください」
「意思疎通を求める場合も、現場の許可なく近づかないでください」
市民団体の中にも、警察の説明に従う者は多かった。
「今日はさすがに前へ出ない方がいい」
「対話を主張するのと、危険な場所へ飛び込むのは違う」
仲間同士でそう確認する声もある。
ただし、全員が同じ考えではない。
◇
杉山を乗せた警護車列が、国会周辺へ差しかかった。
川出が最初に反応した。
「来る!」
低い音が聞こえた。
エンジンのようでありながら、自動車とは明らかに違う。
すでに一度聞いている音だった。
「コヨーテライダー!」
東の声が無線へ飛ぶ。
「全員、予定配置へ!」
道路の向こうから怪人が現れた。
細長いコヨーテの獣顔。
身体へ組み込まれたバイク状の部品。
そして、人間の目では追い続けるのも難しいほどの速度。
向かう先は杉山の車列だった。
だが今回は、そこへ一直線に走れる道がない。
前方を警察車両と移動式バリケードが塞いでいる。
コヨーテライダーが直前で急旋回した。
「南!」
川出が叫ぶ。
「南側、二列目準備!」
東の指示が飛ぶ。
南へ回る。
そこにも防衛線。
怪人がさらに向きを変える。
別の道路へ。
そこにも車両が置かれている。
警察は追わない。
怪人の方を走らせる。
曲がらせる。
選択肢を削る。
やがてコヨーテライダーは、比較的広く空けられた進入路へ入った。
その正面に、盾部隊が待ち構えていた。
「構え!」
盾が一斉に並ぶ。
直後、コヨーテライダーが突っ込んだ。
鈍い衝撃音が響く。
一列目の警察官たちが大きく押し込まれ、何人かが地面へ転がった。
二列目が受ける。
さらに押される。
完全には止まらない。
それでも、速度は明らかに落ちた。
「今!」
後方から旧型特殊銃が発射された。
複数の弾丸が怪人の身体へ当たる。
倒れない。
だがコヨーテライダーの上体が揺れ、走行軌道がわずかにずれた。
「それでいい! 速度を削って!」
東が叫ぶ。
そこへニシが飛び込んだ。
「おおおおっ!」
怪人を真正面から受け止める。
すでに十分速度が落ちていたからこそ、ニシの身体が弾き飛ばされずに済んだ。
足を滑らせながらも押し返す。
北山が側面へ回り、打撃を叩き込んだ。
東もレイピアを構え、怪人が逃げられる方向を限定する。
南浦は一般人のいない射線ができた一瞬だけ引き金を引いた。
命中。
コヨーテライダーの身体が揺れる。
前回とは違う。
一人一人では届かない。
盾だけでも止められない。
旧型特殊銃だけでも倒せない。
だが、それぞれが数秒ずつ怪人の自由を奪い、その数秒を次の者へ渡せば、CASHが戦える状況を作ることはできる。
◇
その戦いを、サクラは遠くから見ていた。
「……今なら入れる」
思わず口から漏れた。
隣のCASH隊員がすぐに返す。
「駄目だ」
「ニシさん、押されてる」
「分かってる」
「北山さんも一人で横を見てる。私が入れば――」
「俺たちの担当は二体目だ」
「分かってるって!」
声が強くなる。
分かっているから苛立つのだ。
敵は目の前にいる。
仲間が戦っている。
自分なら加勢できる。
それなのに、いるかどうかすら分からない敵のために、ここから動けない。
「本当に来るの、二体目」
「分からない」
「来なかったら?」
「来なかったって分かるまでは、ここにいる」
答えた隊員も、言葉とは裏腹に何度も主戦線へ目を向けていた。
彼だって同じだった。
敵が見えている。
仲間が戦っている。
行きたい。
それでも行けない。
◇
CASHがコヨーテライダーを一時的に押さえ込んだ。
ニシが正面から組みつき、北山と東が左右を潰している。
完全に無力化したわけではない。
ただ、怪人の足が止まった。
ほんのわずかな時間。
それを、市民団体の一部が「好機」だと受け取ってしまった。
「止まった!」
「今なら話せる!」
「攻撃してない今なら!」
数人が前へ出ようとする。
「やめろ!」
同じ団体の仲間が腕を掴んだ。
「警察が近づくなって言ってただろ!」
「でも今しかない!」
「今行くのは対話じゃない!」
制止する側と進もうとする側で押し合いになる。
その間にも、さらに数人が前へ出た。
一人ではない。
一人なら警察も止められただろう。
だが一斉だった。
「警戒線を越えないでください!」
警察官が声を張る。
「戻ってください!」
それでも人が動く。
「怪人にも意思がある!」
「最初から敵だと決めつけるのがおかしいんだ!」
「話せるかもしれない!」
先頭の一人が、スマートフォンを掲げていた。
「このアプリ、ペットの鳴き声を分析できるんです! コヨーテに近いなら何か分かるかもしれない!」
「駄目です! 戻ってください!」
警察官がその腕を掴んだ。
「離してください!」
「今は接近できる状況じゃありません!」
「だって止まってるじゃないですか!」
「止まってるんじゃない! こっちが押さえてるんです!」
横から別の者が抜けようとした。
盾を持った警察官が進路を塞ぐ。
「通してください!」
「できません!」
「対話を邪魔する権利が警察にあるのか!」
「危険区域へ入れないためです!」
声がぶつかる。
誰かが後ろから押した。
前にいた人間が盾へぶつかる。
警察官が押し返す。
一人が転倒した。
「何するんだ!」
「押すな!」
「警察が市民を倒したぞ!」
報道陣のカメラが一斉に向いた。
スマートフォンも上がる。
腕を掴んでいる警察官。
盾で市民を押し返す警察官。
倒れた人間を地面へ押さえたまま、警戒線を越えさせない警察官。
その一部分だけを見れば、警察が市民へ乱暴しているようにも映る。
だが現場にいる警察官には、映像の見え方など考える余裕はなかった。
「行かないでください!」
「怪人へ近づかないで!」
「下がって!」
何人かは止めた。
それでも、人が多すぎた。
横を抜けた者。
別の警察官が他の市民を止めている隙に前へ出た者。
複数人が、防衛線の内側へ入った。
◇
「聞こえる!?」
コヨーテライダーへ近づいた一人が声を上げた。
「私たちは敵じゃない!」
「あなたと話をしたいだけです!」
別の者も続く。
「攻撃をやめて! そうすれば警察だって――」
スマートフォンが怪人へ向けられる。
動物の鳴き声を分析するというアプリの画面に、何かが表示された。
音を拾ったのか。
意味のある結果だったのか。
誰も確かめることはできなかった。
コヨーテライダーが動いた。
ニシの腕を振り払い、姿勢を低くする。
次の瞬間。
一気に加速した。
「下がれ!」
北山が叫んだ。
間に合わない。
怪人が、先頭にいた人々へ突っ込んだ。
悲鳴が一つではなく、いくつも重なった。
人の身体が宙へ浮く。
一人が数メートル先へ投げ出された。
地面へ落ちた後、動かなかった。
もう一人はバリケードへ強く叩きつけられ、そのまま崩れ落ちる。
その近くにいた人間も巻き込まれた。
「救護!」
東が叫ぶ。
北山が怪人の前へ割り込み、ニシがもう一度身体をぶつける。
その脇を救急要員が走った。
「聞こえますか!」
最初に倒れた一人へ呼びかける。
反応はない。
呼吸を確認する。
頸部へ手を当てる。
救急要員の顔が一瞬だけ固まった。
だが、そこへ留まっている時間すらなかった。
隣にも倒れている人間がいる。
こちらも反応しない。
さらにその横。
「呼吸あります!」
わずかな呼吸。
かすかに身体が動いている。
「こっちを先に!」
「担架!」
救える可能性がある者から運ぶ。
そう判断しなければならない。
すでに助けられない者へ人員を割けば、まだ息をしている者まで失う。
倒れている全員を、同じようには扱えなかった。
少し前まで声を上げていた人間が、今は呼びかけにも反応しない。
誰の目にも、それが何を意味するか分かった。
「……死んでる」
誰かが呟いた。
その言葉が引き金になった。
◇
「逃げろ!」
「殺される!」
「こっちに来る!」
残っていた市民団体が一斉に動いた。
さっきまで怪人との対話を訴えていた者たちも、仲間が目の前で倒れた瞬間、恐怖に耐えられなくなった。
怪人から遠ざかりたい。
ただそれだけで、それぞれが別の方向へ走り始める。
それは警察にとって、最悪に近い状況だった。
「走らないでください!」
警察官の声が飛ぶ。
「ばらばらにならないで!」
「こちらで守ります! 警察官の後ろへ!」
聞こえていても止まらない。
右へ逃げる者。
左へ走る者。
警察車両の隙間へ飛び込もうとする者。
転倒した者を避けようとして、別の人間がさらに方向を変える。
「そっちは駄目です!」
一人の警察官が、走ってきた市民を身体ごと受け止めた。
「離せ!」
「そっちへ行ったら怪人の進路に入ります!」
「ここにいたら殺される!」
「だから警察の後ろへ来てください!」
別の方向では、南浦の射線へ人が入り込んだ。
「撃てません!」
南浦が無線へ怒鳴る。
「一般人が散りすぎてる!」
「狙撃中止!」
東が即座に命じる。
「市民誘導を優先! 撃てる状況になるまで撃たないで!」
旧型特殊銃を構えていた一般警察官たちも引き金を引けなくなる。
「射線上に人がいる!」
「撃つな!」
一瞬前までは、警察とCASHの連携でコヨーテライダーを押さえられていた。
それが市民が入り込んだだけで、戦い方そのものが崩れ始める。
コヨーテライダーを撃てない。
盾部隊も、人を巻き込まない位置へ移動しなければならない。
怪人だけを止めればいい状況ではなくなった。
「こっちへ!」
「走らないで!」
「押さないでください!」
「後ろへ戻って!」
警察官が何度叫んでも、人々の恐怖は収まらない。
「友達があそこにいる!」
一人が、倒れた仲間の方へ戻ろうとする。
「戻らないで!」
警察官が腕を掴む。
「離して! まだ生きてるかもしれない!」
「救急が行っています!」
「俺も行く!」
「今行ったらあなたまで危険です!」
振りほどこうともがく。
警察官は腕を離せない。
「離せよ!」
「駄目です!」
「警察が止めなきゃ助けに行けるんだ!」
「あなたまで倒れたら誰も助けられません!」
その横を、別の市民が泣きながら走り抜けようとする。
盾を持った警察官が身体で止めた。
「こちらです!」
「嫌だ! あっちに怪人がいる!」
「逆です! 今そっちへ行く方が危険です!」
もはや、人を守るために力ずくで止めなければならない。
腕を掴む。
肩を抱える。
盾で進路を塞ぐ。
抵抗する者は地面へ押さえ込む。
そのたびに怒声が上がる。
「痛い!」
「何するんだ!」
「警察が暴力を!」
「動かないでください!」
報道カメラが、その全部を撮っていた。
怪人へ向かっていった人々。
警察が何度も制止する姿。
防衛線を抜けた人々。
コヨーテライダーの突進。
倒れた人間。
救急要員が呼吸を確認し、すぐ次の負傷者へ移る様子。
泣き叫ぶ人。
逃げ惑う人。
警察官に押し戻される人。
地面へ押さえつけられる人。
一つの映像の中に、全部が入っていた。
警察官の誰かが怒鳴る。
「走らないで! ばらばらに逃げたら守れません!」
別の場所からも声が飛ぶ。
「こちらで守ります! 落ち着いて!」
「救護の通路を空けて!」
「そこを塞がないで!」
「怪人をこっちへ来させるな!」
怪人との戦闘。
死傷者の救護。
群衆の避難誘導。
警察車両の移動。
射線管理。
杉山の警護。
すべてが同じ場所で同時に起きていた。
誰が誰へ指示を出しているのかさえ、一瞬分からなくなるほどだった。
◇
サクラは、その光景を見ていた。
見えてしまっていた。
だから余計につらかった。
怪人とCASHが戦っている。
そのすぐそばに、人が倒れている。
一人ではない。
救急要員が最初の一人を見て、すぐ次へ移る。
その意味を、サクラに説明する必要などなかった。
少し離れた場所では、まだかすかに息をしている人間へ処置が続いている。
その周りでは、仲間を失った人々が泣き叫んでいる。
警察官が彼らを守るために押さえつけ、それにさらに怒声が返る。
北山がコヨーテライダーを蹴り返す。
ニシがまた受け止める。
東は戦いながら何本もの無線へ指示を出している。
「……もう無理」
サクラの口から声が漏れた。
一歩前へ出る。
隣にいたCASH隊員がすぐ気づいた。
「サクラ」
「行く」
「駄目だ」
「見えてるでしょ!」
サクラが振り向く。
「人、死んでるんだよ!」
「分かってる」
「あっちだって手が足りてない!」
「分かってる!」
隊員の声も強くなった。
彼だって平静ではない。
「でも俺たちの持ち場はここだ!」
「そんなの――」
『サクラ、動かないで!』
通信から東の声が飛んだ。
「東さん!」
『持ち場を離れないで!』
向こうでも怒号が続いている。
東自身、余裕のある場所から命令しているわけではない。
コヨーテライダーが再び突破を試み、盾部隊が押されている。
負傷者の搬送路には人が溢れている。
それでも東は、サクラへ同じ命令を出した。
「でも、もう何人も――!」
サクラは地面に横たわる人々を見た。
言葉が一瞬続かなかった。
助けられるかどうかではない。
もう助からないと見ただけで分かる者までいる。
「それでも行っちゃ駄目なの!?」
通信の向こうで、ほんの一瞬だけ東が黙った。
その沈黙が、東自身も迷っていないわけではないことをサクラに伝えた。
それでも。
『駄目です!』
答えは変わらなかった。
「東さん!」
『こっちは私たちで抑える!』
東の声は、いつもの冷静さより明らかに強い。
『そっちは二体目を優先して!』
「二体目なんてまだ出てない!」
『だからです!』
サクラが言葉を失う。
『ここへ全員集まった瞬間に、もう一体が杉山さんへ来たら終わる!』
東自身も今すぐサクラを呼びたい。
戦力は足りていない。
怪人を抑えなければならない。
死傷者も増やしたくない。
それでも、二体目への備えまで崩すことはできなかった。
『持ち場を離れないで!』
命令だった。
サクラは奥歯を噛み締めた。
自分には力がある。
今すぐ走れば、コヨーテライダーと戦える。
警察官一人を助けられるかもしれない。
逃げ遅れた人を救えるかもしれない。
まだ息をしている誰かのところへ道を作れるかもしれない。
それでも行ってはいけない。
今見えている惨状より、まだ起きていない次の襲撃へ備えなければならない。
それが任務だった。
「……俺だって行きたいよ」
隣にいるCASH隊員が、小さく言った。
拳を強く握っている。
「でも、ここを空けて本当に二体目が来たら……」
その先は言わなかった。
サクラにも分かっている。
だからこそ腹が立つ。
怪人にではない。
東にでもない。
自分がここにいなければならない理由を理解できてしまうことが、一番腹立たしかった。
サクラは無理やり主戦線から視線を外した。
建物の陰。
車列の反対側。
路地。
人混み。
屋上。
見えない怪人を探す。
背後ではまだ悲鳴が続いている。
誰かが助けを求めている。
警察官が怒鳴っている。
それでも振り返らないようにした。
戦えるのに、戦ってはいけない。
助けに行けるのに、行ってはいけない。
これまで怪人と殴り合ったどんな戦いより、その場に立ち続けることの方が、サクラには苦しかった。
◇
学校にいる紀人へも、短い連絡が入った。
休み時間だった。
『コヨーテライダー出現。現在対応中。待機継続』
紀人はすぐに返した。
『二体目は?』
少しして返事が来る。
『未確認』
紀人はしばらく画面を見つめた。
現場へ行けば、少なくとも戦力にはなる。
そう思わないわけではない。
だが出動要請は出ていない。
現場では今、紀人まで動かすべきではないと判断している。
「……まだ待機か」
端末をしまう。
呼ばれたらすぐに出る。
それまでは、自分から配置を崩さない。
教室へ戻る紀人の足は、いつもより少しだけ重かった。
◇
国会前では、ようやく警察が混乱を押し戻し始めていた。
逃げ惑っていた人々を、盾を持った警察官たちが少しずつ保護区域へまとめていく。
泣いている者もいる。
座り込んだまま立てない者もいる。
仲間のところへ戻りたいと訴え続ける者もいる。
救急要員は、まだ助けられる可能性のある負傷者を優先して搬送していた。
一方で、現場に残されたままの人間もいた。
そこへすぐ救護が入らない理由を、周囲の誰もが理解していた。
怪人への防衛線も組み直される。
盾部隊が前へ出る。
その後ろに旧型特殊銃。
さらにCASH。
コヨーテライダーが再び突入しようとする。
盾で速度を削る。
銃撃で姿勢を乱す。
ニシが受け止める。
北山が崩す。
東が進路を塞ぐ。
一つでは足りない。
全部を重ねて、ようやく怪人を押し返せる。
コヨーテライダーが大きく後退した。
「距離取ったぞ!」
ニシが声を上げる。
怪人は少し離れた場所で止まり、こちらを窺っている。
「退くのか?」
「分かりません」
東は警戒を解かなかった。
ただ、今なら杉山を動かせる。
「榊原さん、車列を進めてください!」
連絡を受けた榊原が動く。
杉山を乗せた車が、再びゆっくりと国会入口へ向かい始める。
その頃には杉山自身も、車内から見えた混乱で完全に言葉を失っていた。
自分を狙って現れた怪人。
そのために死んだ人々。
外ではまだ救急車の音と怒声が続いている。
「サクラ」
東が通信を入れる。
『引き続き二体目を警戒してください』
「……分かってる」
返事には、まだ怒りが残っていた。
だが持ち場は離れていない。
東はそれ以上何も言わなかった。
◇
杉山を乗せた車が、国会入口へ近づいていく。
サクラは周囲を見続けていた。
建物の陰。
群衆の奥。
別の道路。
屋上。
コヨーテライダーがいる方向とは反対側。
どこにも、それらしい姿はない。
二体目は本当に来ていないのか。
そもそも今日、ここを狙っていないのか。
だったら自分たちは、あの惨状を見ながら何のために立っていたのか。
そんな考えが頭へ浮かびそうになり、サクラは振り払った。
今は探す。
それだけだ。
その時だった。
「……ん?」
足元に、ごく小さな振動を感じた。
サクラが地面を見る。
車両が何台も動いている。
盾部隊も走っている。
さっきまで戦闘も続いていた。
振動くらいあってもおかしくない。
だが。
もう一度。
今度は、先ほどよりはっきりした。
ゴ……。
低い。
地面の表面で鳴った音ではない。
もっと下。
「……今の」
サクラが屈みかける。
耳を澄ます。
再び。
ゴ……ゴ……。
何かが。
地面の下を進んでいるような。
サクラの顔から、先ほどまでの苛立ちが消えた。
「東さん――」
通信へ手を伸ばす。
その向こうで、杉山を乗せた車はまだ前へ進んでいる。
警察もCASHも。
地上にいる者たちはずっと、二体目がどこから現れるのかを探していた。
建物の陰を見た。
人混みを見た。
道路の先を見た。
屋上まで見た。
だが。
敵が来る場所が、地上だとは。
誰も言っていなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




