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ビーストギア  作者: 時根脱才 
バイクコヨーテ編

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第5話 あなた一人のために

第5話 あなた一人のために


 今日は紀人が学校を休み、サクラが登校する日だった。


 昨日は紀人が教室にいて、サクラが警察側の対応に入っていた。今日はその逆だ。


 ただし、紀人が学校を休んだからといって、警察の捜査へ加わるわけではない。


 あくまで警察への協力者として、怪人が現れた時にすぐ動ける状態を保つ。必要になればキッドへ変身し、CASHとともに対処する。それまでは待機。


 高校生として考えれば十分に異常な生活だったが、今の紀人にはそれが少しずつ日常になり始めていた。


 一方、その日の朝。


 三人の警察上層部のうち、ただ一人残された男の自宅では、通常警察とCASHを組み合わせた警護体制の確認が行われていた。


「杉山さん。現在の配置で、人間による襲撃と怪人による襲撃、その両方に対応できるようにしています」


 榊原慎吾は、机に広げた配置図を相手へ向けた。


 榊原にそう呼ばれた男――杉山は、椅子に深く腰掛けたまま図面へ目を落とした。


 敷地の周囲にはすでに警察官が配置されている。


 出入口だけではない。家の裏手、周辺道路、家族が出入りする場所にも人員が置かれ、不審者や不審車両を確認するための監視も始まっていた。


「敷地の外周と出入口は通常警察が担当します。ご家族にも別に警護をつけています。外から人間が侵入しようとすれば、まずこちらで止める」


 榊原が配置図の別の箇所を指す。


「怪人が現れた場合は、CASHと連携して対応します。通常警察では対処が困難だと判断した時点で、すぐに怪人対応へ切り替えられる配置です」


「怪人がいきなり家の中へ来たら?」


 杉山は図面から目を離さなかった。


「その場合にも対応できるよう、屋内側にも怪人との近接戦闘に対応できる人員を置いています」


「窓は?」


「監視しています」


「裏口は?」


「同じです」


「屋根から来たら?」


「周囲から確認できる位置も押さえています」


 質問は止まらない。


 榊原は一つずつ答えていったが、杉山の表情から不安が消えることはなかった。


 むしろ説明を聞けば聞くほど、その体制のどこかに穴があるのではないかと探しているように見える。


 やがて杉山が顔を上げた。


「CASHは全員ここにいるのか」


「いいえ」


 榊原は即答した。


「必要な戦力をこちらに置き、それ以外は別の怪人事件へ対応できる状態を維持しています」


 杉山の眉間に皺が寄る。


「なぜ全員置かない」


「ここ以外でも怪人被害は起きていますから」


「同じ会見に出ていた三人のうち、二人はもう殺されているんだぞ!」


 それまで抑えていた声が、一気に大きくなった。


「残っているのは私だけなんだ!」


「承知しています」


「だったら全員ここへ置け!」


「その必要はありません」


「何だと?」


 杉山が椅子から身を乗り出した。


 榊原は動かなかった。


「現在の体制で、十分な即応力は確保しています。通常警察が周囲を固め、怪人が現れた場合はCASHが対応する。さらに必要になれば、待機している戦力も動かせます」


「それで間に合わなかったらどうする」


「一か所に全戦力を固定して、別の場所で何か起きた時に誰も動けない方が危険です」


「十分かどうかを決めるのは、守られる私じゃないのか?」


「違います」


 返答に迷いはなかった。


 杉山が目を見開く。


「どこへ、どれだけの人員を配置するのか。それを判断するのは、警護する側の仕事です」


 杉山は何か言い返そうとしたが、すぐには言葉が出なかった。


 しばらく配置図を睨みつけていたが、やがて別の考えに行き着いたらしい。


「なら、真壁に言えばいい」


「何をです?」


「白蟻タイプの怪人対応に回している人員がいるだろう」


 榊原の目がわずかに細くなった。


「そちらをここへ回してもらえばいい。真壁なら話を通せる」


 そばで聞いていた東も、杉山へ視線を向けた。


 数秒の沈黙。


 先に口を開いたのは榊原だった。


「……日本中で白蟻タイプの怪人被害が続いていることは、ご存じですよね」


「知っている」


「その対応に出している人員を、こちらへ回せと?」


「今だけでいい」


 杉山は当然のことを言うように答えた。


「私が狙われている間だけだ。こちらが片づけば戻せばいい」


「その間に、別の場所で被害が出たらどうするんです?」


 杉山の顔に苛立ちが浮かんだ。


「今は私の話をしている」


「私もその話をしています」


 榊原の口調は穏やかなままだった。


 しかし、そこに先ほどまでの説明とは違う硬さが混じった。


「杉山さん一人を守るために、白蟻タイプの怪人被害が起きている地域から警備や対怪人戦力を引き抜く。そうすれば、その地域は今より危険になります」


「だから一時的に――」


「自分一人のためなら、そこで暮らしている人たちが危険にさらされても構わないと?」


「そんなことは言っていない!」


「ですが、実際に起きることは同じです」


 杉山の顔色が変わる。


「私は次に殺されるかもしれないんだぞ!」


「だから守っています」


 榊原の声が、わずかに強くなった。


「通常警察を配置し、CASHとも連携し、ご家族にまで警護をつけている。これだけの体制を取っているのは、あなたが次に狙われる可能性をこちらも重大に考えているからです」


「それでも、二人とも死んだ!」


「分かっています」


「だったら――」


「それでもです」


 榊原は言葉を重ねた。


「今この瞬間にも、白蟻タイプの怪人被害に備えている地域があります。そこにも守らなければならない人がいる」


 杉山が黙る。


「あなたは守ります。できる限りのことをします」


 榊原はそこで一度言葉を切った。


「ですが、あなた一人を守るために、他の誰かを犠牲にするような人員配置はできません」


 室内が静まり返った。


 時計の針が進む音だけが、妙に大きく聞こえる。


 杉山は榊原を睨んでいた。


 だが榊原は視線を逸らさない。


 やがて、先に目を背けたのは杉山だった。


「……本当に、この体制で大丈夫なんだろうな」


「絶対に安全だとは言いません」


「何?」


「相手が誰なのかも、次にどんな方法を使ってくるのかも分かっていません。そんな状況で『絶対に大丈夫です』と言えば、それは安心させるための嘘になります」


 榊原は再び配置図へ目を落とした。


「その代わり、今分かっている情報をもとに、できることはすべてやります。新しい情報が出れば配置も変える。危険が増えれば人員も増やす。それが現時点でできる最善です」


 杉山は納得したわけではないだろう。


 ただ、それ以上、他の地域から人間を引き抜けとは言わなかった。


     ◇


 部屋を出て扉が閉まったところで、東が小さく息を吐いた。


「かなり追いつめられていますね」


「当然でしょう」


 榊原は廊下を歩きながら答えた。


「同じ会見に出ていた人間が二人続けて死んだ。しかも自分は、その次に狙われると思っている。平静でいろという方が無理があります」


「それでも、他の怪人対応から人を引き抜けというのは……」


「それは認められません」


 榊原は即座に答えた。


「怖がることと、他の人間を危険にさらしていいことは別です」


 東もそれ以上は何も言わず、小さく頷いた。


「真壁さんにはどうしますか?」


「現状の体制で進めると報告します。追加予算や人員確保で上層部との調整が必要になったら、その時は真壁さんに動いてもらいます」


「榊原さんは引き続き現場側を?」


「ええ。実際に誰をどこへ置くかまで真壁さんにやらせたら、あの人が何人いても足りませんよ」


 榊原がわずかに苦笑する。


 真壁は、上層部との交渉や予算、人員、権限の調整を担う。


 榊原は、その条件の中で現場と一緒に実際の仕組みを作る。


 二人ともCASHと警察上層部の間をつなぐ人間ではあるが、担う仕事は違っていた。


「それに、今はまだ守りやすい方です」


 榊原が後ろを振り返る。


 閉じた杉山の部屋の扉が見えた。


「本人が家を出ないからですか」


「ええ」


 二人目の死後、杉山は自宅からほとんど出ていない。


 さらに家の中でも行動範囲を極端に狭めていた。


 自室。


 トイレ。


 浴室。


 それ以外の場所にはほぼ移動せず、食事も部屋まで運ばせている。


「今は、守る場所を絞れます」


「でも、それもずっとは続かない」


「国会の日がありますからね」


 怪人問題を巡る一連の対応について、警察側から説明を求められる日。


 その日だけは、杉山も家に籠もったままというわけにはいかない。


「本人も、それが分かっているから余計に神経質になっているんでしょう」


 榊原はそう言ったが、東には別の疑問も残っていた。


 ただ襲われることを恐れているだけなのか。


 それとも杉山には、自分が次だと確信するだけの何かがあるのか。


 それを追うのは、CASHではない。


 すでに通常警察の捜査本部が、三人の過去のつながりや共通点を調べている。


 今の自分たちがするべきことは、目の前の人間を死なせないことだった。


     ◇


 警護体制については、その後も細かい確認が続けられた。


 通常警察は、敷地周辺と出入口の警戒、家族の警護、不審人物や不審車両への対応を担当する。


 怪人が現れた場合はCASHが前へ出る。


 ただし全員を一軒の家に固定することはしない。他の怪人事件にも対応できるだけの戦力を残し、必要な人員を交代で警護へ回す。


 東は通常警察との連絡を含めて全体の状況を把握する。


 川出は周辺を回り、不審な動きや、侵入経路として使われそうな場所がないかを確認する。


 屋内には、敵が敷地を突破した時に備えて近接戦闘へ移れる人員を置く。


 南浦が必要になった場合を考え、周辺を見渡せる位置も事前に確認されていた。


 さらに、警戒すべきなのは目に見える場所だけではない。


「前は道路そのものが落ちてるからね」


 シラメ博士が配置図を覗き込みながら言った。


「玄関に何人立たせても、足元ごとどうにかされたら意味ないでしょ」


 少し離れた場所で待機していた紀人が、首を傾げた。


「地下から怪人が来るってこと?」


「そこまでは言ってないよ」


 シラメはすぐに否定した。


「道路がどうやって陥没したのかも、まだ全部分かったわけじゃない。怪人が地面の下から来るなんて決まったわけでもないよ」


「じゃあ?」


「分からないから調べるの」


 東が続けた。


「この家の周辺に地下設備の異常がないか、地盤に不自然な変化がないか。その辺りは専門部署に確認を依頼しています」


「CASHで調べないんだ」


「私たちは怪人とは戦えますが、地盤の専門家ではありません」


「……そりゃそうか」


 紀人も納得した。


 以前なら、各部署が持っている怪人に関係しそうな情報がCASHへまともに届かないこともあった。


 現場から報告が上がっていても、怪人など存在しないと否定され、その情報自体が止められていた。


 今は違う。


 地盤なら専門部署が調べる。


 不審者なら通常警察が追う。


 怪人の可能性が見えれば、その情報がCASHへ渡される。


 まだ完璧ではない。


 それでも、以前よりは確実に組織として動き始めている。


 その変化を、紀人でも感じ取ることができた。


     ◇


「内田君」


 一通りの確認が終わったところで、榊原が紀人へ声をかけた。


「学校は大丈夫なのか?」


「今日は俺が休む日です。サクラが学校行ってます」


「休む日?」


「今、一日おきみたいな感じで交代してるんです。二人とも学校にいたら、何かあった時すぐ動けないんで」


「なるほど」


 榊原は納得しかけて、少しだけ複雑そうな表情を浮かべた。


「高校生二人に、交代勤務みたいな生活をさせることになるとはな」


「勤務じゃないですよ」


 紀人は思わず苦笑した。


「俺たちが勝手に手伝ってるだけなんで」


「ああ、そうだったな」


「学校にも警察に協力してることは話してあるし、休んだ分は俺とサクラで教え合ってます」


「授業まで交代制か」


「そんな感じです」


 昨日の教室を思い出す。


 警察に何を聞いた。


 キッドに会ったことはあるか。


 サクラの正体を知っているのか。


 挙げ句には自分の名前までいじられ、「紀人からキッドなんて安直すぎる」と笑われた。


 昨日は学校で、自分がキッドだと疑われかけていた。


 今日はキッドが必要になるかもしれない場所で待機している。


 本当に妙な生活である。


「内田君」


「はい?」


「今日は怪人が出なければ、君の出番はない」


 榊原が言った。


「そのまま何も起きないのが一番だ」


「俺もそう思います」


 紀人は素直に頷いた。


 戦わずに済むなら、その方がいい。


 誰かが死ぬ前に殴り合わなければならない状況など、起きない方がいいに決まっている。


     ◇


 結局、その日は何も起きなかった。


 怪人は現れなかった。


 不審な車も、不審人物も見つからない。


 周囲の道路にも異常はなく、地面が揺れることもない。


 警護する側からすれば、それが最良の結果だった。


 しかし杉山にとって、「何も起こらない」ということは、安心につながらなかった。


「外は?」


「異常ありません」


「裏手は?」


「確認しています」


「本当に誰もいないのか?」


「はい」


 答えを聞いても、しばらくするとまた同じことを尋ねる。


 廊下で足音がすれば、誰が歩いているのか確認させた。


 窓の外で車が停まれば、警護員を呼んだ。


「CASHはいるんだろうな」


「待機しています」


「キッドは?」


「必要になれば、すぐに対応できます」


「本当にすぐ来られるのか?」


「即応できる状態です」


 それでも安心しない。


 杉山はほとんど部屋から出ようとしなかった。


 食事も部屋へ運ばせる。


 家の中でさえ、自室の外へ出ることをできるだけ避けようとしている。


 自宅は本来なら最も安心できる場所のはずだった。


 だが、今の杉山にとっては少し違う。


 安全だからここにいるのではない。


 ここから出れば何かが待っている。


 そう思っているから、ここから動けない。


 そんなふうに見えた。


     ◇


 夕方。


 一日の警護状況を確認した榊原が帰ろうとした時、自室の扉が開いた。


「榊原」


 呼び止められ、榊原が振り返る。


「何でしょう」


 杉山は部屋から出てこなかった。


 扉を半分ほど開け、そこから顔だけを見せている。


「……明日も来るのか」


「必要があれば来ます」


「必要だ」


 間を置かず返ってきた。


「来てくれ」


 昼間、人を増やせと声を荒らげていた時とは違う。


 そこに怒りはほとんどなかった。


 残っているのは、隠しきれなくなった恐怖だった。


「分かりました。こちらでも確認しなければならないことがありますから」


「必ずだぞ」


「ええ」


 杉山はそれだけ聞くと、すぐに扉を閉めた。


 鍵のかかる音がした。


 少し離れた場所で見ていた川出が、榊原のそばへ歩いてくる。


「……同じ会見にいた二人が殺されたってだけで、あそこまで怖がりますかね」


 榊原は閉じられた扉を見た。


「自分が次だと思えば、ああなる人間はいるでしょう」


「そういうもんですか」


「ただし」


 榊原は川出を見る。


「他にも理由があるのかどうか。それを調べるのは捜査本部です」


「分かってます」


 川出はそれ以上聞かなかった。


「俺たちが勝手に掘る話じゃない」


「そういうことです」


「今は守る」


「ええ」


 それだけ確認し、二人は外へ出た。


 住宅の周囲には警察官が立っている。


 道路には車が走り、少し離れたところを買い物帰りらしい人が歩いていく。


 空も、家も、道路も、何も変わったようには見えない。


 地面にも異常はない。


 今日一日、何も起こらなかった。


 それでも、誰一人として警戒を解こうとは言わなかった。


 二人を殺した何者かが、もう杉山を狙うのをやめたのか。


 それとも――。


 ただ、まだ動いていないだけなのか。


 静かな住宅街の景色から、その答えを読み取ることはできなかった。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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