閑話 公表(四)――記者会見
閑話 公表(四)――記者会見
結局、すべてを決めることはできなかった。
怪人について何を公表し、過去の事件をどう扱うのか。銃乱射テロとして発表した事件を訂正するのか。そして、誰が責任を取り、誰が謝罪するのか。
意見がまとまらない間にも映像は拡散を続け、報道各社からの問い合わせは増え続けていた。
「これ以上、回答を先延ばしにはできません」
広報担当者の言葉に、反論できる者はいなかった。
何を話すのかさえ完全には決まっていない。
それでも、記者会見は始まった。
◇
会見場には無数のカメラが並び、フラッシュが絶え間なく光っていた。
代表者が用意された文書へ視線を落とす。
「現在、我々は、通常の生物とは異なる存在が関与したとみられる複数の事案を確認しております」
読み上げた直後、記者たちの手が一斉に上がった。
「それは、ネットなどで『怪人』と呼ばれている存在ですか?」
「便宜上、そのように呼称されている存在について――」
「存在するんですか、しないんですか?」
いきなり逃げ道を塞がれた。
代表者は僅かに間を置いた。
「……存在は確認しております」
会見場が大きくざわめく。
「怪人は実在するということですか?」
「はい」
「いつから把握していたんですか?」
「過去の事案も含め、現在精査しております」
「存在を確認した時期も答えられない?」
代表者は明確な回答を避けた。
◇
「ネットに投稿されていた映像も本物なんですか?」
別の記者が声を上げる。
「すべての映像について真正性を確認しているわけではありません。ただし、今回撮影された映像の一部については、実際の事件を撮影したものと確認しております」
「では、過去に特撮や加工映像と言われていたものにも、本物が含まれている可能性がある?」
「否定できません」
再びざわめきが広がった。
これまで笑い話として消費されていた映像の中に、本物が混じっていた可能性が公式の場で認められたのだ。
◇
「今回の映像で、怪人と戦っていた人物について教えてください。警察官ですか?」
「詳細については回答を控えますが、民間の協力者が存在することは事実です」
「何者なんですか?」
「個人情報に関わるため、お答えできません」
「警察の指揮下で戦っている?」
「我々とは協力関係にあります」
「つまり、民間人が自主的に怪人と戦っている?」
「協力関係にある、と申し上げています」
「危険な戦闘に民間人が参加していること自体は事実ですよね?」
代表者は僅かに黙った。
「……はい」
記者席から小さなどよめきが起こる。
◇
「そもそも、警察は怪人に対抗できるんですか?」
その質問には、代表者も比較的すぐに答えた。
「怪人事案への対処を目的とした専門部隊は、すでに編成されています」
会場の空気が変わる。
「今回、映像に映っていた武装部隊ですか?」
「はい」
「怪人と戦える?」
「これまで複数の事案へ出動し、一定の対処実績を上げています」
記者たちが一斉にメモを取った。
怪人は存在する。
しかし、人間側にも対抗できる戦力がある。
会見が始まって以来、初めて示された具体的な安心材料だった。
――ほんの一瞬だけは。
◇
「確認させてください」
一人の記者が手を上げた。
「その専門部隊は以前から存在し、怪人への対処実績もあったんですね?」
「はい」
「では、なぜ怪人が関与している可能性のある事件を、その部隊へ知らせていなかったんですか?」
空気が止まった。
「……質問の意味を確認させてください」
「過去の火災についてです。その専門部隊が警察内部からの連絡ではなく、テレビやインターネットで事件を把握したとの情報があります。事実ですか?」
「その件につきましては、現在、情報共有の経緯を調査しております」
「怪人に対抗できる部隊があり、実績もあった。それなのに、怪人が関与している可能性のある事件情報を渡していなかった?」
「現在、情報共有体制そのものを見直しており――」
「なぜ渡さなかったんですか?」
代表者の言葉が止まった。
◇
別の記者が続ける。
「さらに別の事件では、その専門部隊が正式な情報提供を受けたのではなく、独自に捜査して現場へ到達したとの情報があります。その事件では殉職者が出たとも聞いています」
代表者の表情が硬くなる。
「……殉職者が出たことは事実です」
「では、その事件でも正式な情報共有がされていなかった?」
「その経緯については現在調査中です」
「つまり」
先ほどの記者が再び口を開いた。
「対策部隊が機能していなかったのではなく、機能させていなかったということですか?」
「そのような認識ではありません」
「では、なぜ情報を共有しなかったんですか?」
「それについては現在――」
「調査中?」
言葉を先回りされ、代表者は答えられなかった。
唯一の安心材料だった専門部隊の存在が、今度は組織の対応そのものを問う材料へ変わっていた。
◇
「以前、銃乱射テロとして発表された事件について伺います」
別の記者が声を上げた。
会見場の空気が、さらに張り詰める。
「今回確認された怪人と類似する存在が、当時の映像にも映っているとの指摘があります。あの事件にも怪人が関与していたんですか?」
「その件につきましては、現在改めて調査を行っております」
「怪人の関与を否定はしない?」
「現時点での回答は差し控えます」
「当時は銃乱射テロだと断定しましたよね?」
「当時得られていた情報に基づいて――」
「では、その発表が誤っていた可能性がある?」
「それも含めて調査中です」
また同じ言葉だった。
◇
「先ほどから『調査中』という回答が続いていますが」
ついに、一人の記者が声を上げた。
「では、何が分かっているんですか?」
会見場が静まる。
「怪人が存在する。それは分かりました。何体いるんですか?」
「現在確認中です」
「目的は?」
「明確になっておりません」
「どこから来た?」
「調査中です」
「これまで何件の事件に関与した?」
「過去の事案も含めて精査しております」
「人間へ協力する怪人もいるんですか?」
代表者が一瞬黙った。
◇
「今回の映像には、消防隊とともに活動する怪人らしき存在も映っています」
「人間に対して協力的な行動を取った個体が確認されていることは事実です」
「では、怪人には敵と味方がいる?」
「すべての個体について把握しているわけではありません」
「敵か味方かを見分ける方法は?」
「現時点で、一般の方が確実に判別できる基準は確認されておりません」
会見場のざわめきが大きくなる。
怪人には人間を襲うものだけでなく、人間を助けるものもいる。
だが、その違いを見分ける方法すら分からない。
先ほど僅かに生まれた安心感は、すでに消えていた。
◇
「では、国民はどうすればいいんですか?」
最も単純で、最も重要な質問だった。
「異常な状況や危険を確認した場合には、現場へ近づかず、安全な場所へ避難した上で、速やかに警察へ通報していただくよう――」
「その警察が、怪人が関与している可能性のある事件を専門部隊へ知らせていなかったんですよね?」
また言葉が止まった。
「情報共有体制については、現在見直しを進めております」
「つまり、今日まで十分な体制がなかった?」
「そのような意味では――」
「では、どういう意味ですか?」
答えは出なかった。
◇
予定されていた時間は、とっくに過ぎていた。
それでも質問は止まらない。
「銃乱射テロ事件について、遺族には説明したんですか!」
「特別殲滅部隊が全滅したという情報は事実ですか!」
「一般人の被害に部隊側の武器が関与した可能性は!」
「怪人は全国にいるんですか!」
「民間の協力者とは何者なんですか!」
「誰が責任を取るんですか!」
司会役がマイクを取った。
「申し訳ありませんが、予定時間を大幅に超過しておりますので、本日の会見はこれで――」
「まだ答えていません!」
「過去の発表については!」
「情報を隠していたんですか!」
声とフラッシュが飛び交う中、会見は強引に打ち切られた。
◇
その日のニュースは、ほとんどが怪人の話題で埋まった。
『怪人の存在を初めて公式に認める』
『対怪人専門部隊、すでに活動――複数の対処実績』
『一方、専門部隊への情報共有に不備か』
『過去の事件について「調査中」を繰り返す』
『銃乱射テロとして発表された事件にも疑義』
インターネット上にも、様々な声が溢れた。
『怪人って本当にいたの?』
『じゃあ今までの動画も本物混じってたってこと?』
『対策部隊があるなら少し安心した』
『いや、その部隊に情報渡してなかったって何?』
『対策できるのに対策させてなかったってこと?』
『警察は何を知ってて何を隠してたんだよ』
『味方の怪人までいるってどういうこと?』
『結局、怪人がいる以外ほとんど分かってないじゃん』
怪人へ対抗できる部隊は存在し、すでに成果も上げている。
それは確かに安心材料だった。
だが、それ以上に多くの疑問が残された。
◇
CASHでも、テレビに映る会見を全員で見ていた。
会見が終わってもしばらく、誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのはニシだった。
「……結局、何を発表したんだ?」
川出が少し考える。
「怪人がいるってことと、私たちみたいな対策部隊があるってことくらいじゃないですか?」
「それだけなら僕でも言えるよ」
シラメ博士が言った。
東が即座に振り返る。
「博士が会見に出るのは絶対にやめてください」
「なんで?」
「分かっていて聞いていますよね?」
「分からない」
「では、なおさら駄目です」
ニシが吹き出し、張り詰めていた空気がほんの少し緩んだ。
◇
テレビでは、すでに次の速報が流れていた。
『怪人の存在、公式に認める』
その下には、
『過去の事件発表にも疑義 説明求める声相次ぐ』
という文字が並んでいる。
東は画面を見つめた。
「ただ……これで、もう存在そのものを否定することはできなくなりました」
誰も答えなかった。
◇
これまで怪人の映像を見ても、多くの人間は笑うことができた。
特撮だ。加工だ。誰かの悪ふざけだ。
そう言ってしまえば、それで済んだ。
だが、もう同じようにはいかない。
怪人は実在する。
それと戦う者たちもいる。
人間側には、怪人へ対抗できる戦力も存在している。
その一方で、怪人が何者なのか、どれだけ存在するのか、なぜ人間を襲うのか、次にどこへ現れるのか――分からないことはあまりにも多い。
そして、これまで何が隠されてきたのかについても。
公表によって、すべてが明らかになったわけではなかった。
むしろ、分からないことの多さまで明らかになった。
その日を境に、怪人は都市伝説ではなくなった。
社会は初めて、怪人が存在する世界を現実として受け入れなければならなくなった。




