第二章 第2話「串刺しの女」
ビーストギア
第二章 第2話「串刺しの女」
朝のニュース番組が、異様な事件を伝えていた。
『――昨夜未明、都内の教会で女性の遺体が発見されました』
画面が切り替わる。
黄色い規制線。その向こうを慌ただしく行き交う警察官。遠巻きに現場を見つめる野次馬たち。
そして、教会の一角はブルーシートによって覆い隠されていた。
『遺体は教会に設置された十字架に突き刺された状態で発見されており、警察は先日発生した事件との関連も含め、捜査を進めています』
これで三人目だった。
一人目は街灯。
二人目は、高所にある鉄塔の一部。
そして三人目は、教会の十字架。
被害者はいずれも女性。
そして、まるで何者かが獲物を見せつけるように、地上から離れた場所へ突き刺されている。
問題は、一つ。
――どうやったのか。
成人女性の身体を運ぶだけでも容易ではない。
ましてや、それを抱えて高所へ上がり、誰にも気づかれず、構造物へ突き刺す。
人間の犯行として説明するには、あまりにも不自然だった。
◇
「……これ、本当に人間にできると思います?」
東は資料から顔を上げた。
向かいに座る刑事が、難しい顔をする。
「できるか、できないかで言えば……できるだろう」
「じゃあ、これは?」
東は一枚の写真を抜き取り、机の中央へ滑らせた。
鉄塔に突き刺された、二人目の被害者。
「成人女性一人を抱えてここまで上がる。誰にも気づかれずに遺体を突き刺して、また降りてくる」
「…………」
「しかも、遺体をそこまで運んだ痕跡もほとんど残ってない」
「だから、それを捜査してるんだろ」
「分かってます」
東は椅子の背もたれに身体を預けた。
怪人。
その二文字が、頭から離れない。
白目博士から借りた武器は、すでに手元にある。
あとは怪人の存在を証明する証拠さえ手に入ればいい。
そんな時に起きている、この異常な連続殺人。
偶然なのか。
それとも――。
「……ん?」
東の視線が止まった。
机上には、三人の被害者の資料が並べられている。
何かが引っかかった。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
東はそれぞれの資料から写真を抜き出し、横一列に並べる。
「……ちょっと待って」
「どうした?」
「この三人……」
顔を見る。
似ていない。
年齢にもばらつきがある。
体格も違う。
同一人物と見間違えるような共通点など――。
「…………」
そこまで考えて、東の表情が消えた。
違う。
顔じゃない。
三人とも、髪が長い。
黒いストレートのロングヘア。
そして――白いトップス。
赤いスカート。
東の脳裏に、一つの光景が蘇った。
あの日。
自分が着ていた服。
鏡を見なくても覚えている。
黒いストレートの長い髪。
白いトップス。
赤いスカート。
「……まさか」
偶然。
そう片づけるには、あまりにも一致しすぎている。
顔は似ていない。
なら。
犯人は、顔を知らないのではないか。
もし知っているのが、目撃した人間の大まかな特徴だけだとしたら。
黒い長髪。
白。
赤。
その条件だけを頼りに、人間を探しているとしたら――。
「……私を探してる?」
声にした瞬間。
背筋を、冷たいものが這った。
◇
「怪物なんです!」
切羽詰まった男の声が、署内に響いた。
東が顔を上げる。
受付で、一人の男が警察官に食い下がっていた。
鍛えられた身体。
背筋の伸びた立ち姿。
焦燥に駆られているにもかかわらず、身体の動きには妙な隙のなさがある。
「ですから、まずは落ち着いてください」
「落ち着いてます!」
男は声を荒らげた。
だが、東には分かった。
取り乱しているのではない。
逆だ。
今にも爆発しそうな感情を、必死に押さえ込んでいる。
「俺は見たんです。目の前で!」
「ですから、順番にお話を――」
「何度話せば分かるんですか! あれは人間じゃない!」
その一言で。
東は立ち上がっていた。
「すみません」
男が振り向く。
「私が話を聞きます」
「……あんたは?」
「東です」
男の正面に立つ。
「今、怪物と言いましたね?」
男の目つきが変わった。
「あんたは……信じるのか?」
「まず、聞かせてください」
「…………」
「あなたは何を見たんですか?」
男は東を見つめた。
探るように。
本当に話していい相手なのか。
自分を頭のおかしい人間として扱わないのか。
確かめるように。
やがて、低い声で名乗った。
「……南浦です」
「南浦さん」
「妻が、さらわれました」
東の表情が変わる。
「いつです?」
「昨日です」
「場所は?」
南浦が答える。
東は手帳を開き、素早く書き留めた。
「犯人の特徴は?」
「特徴っていうか……」
南浦が言葉に詰まる。
そして。
「人間じゃなかった」
「具体的にお願いします」
「だから――」
「信じないとは言ってません」
南浦が黙った。
東は目を逸らさない。
「だからこそ、できるだけ正確に教えてください」
「…………」
南浦は深く息を吐いた。
そして、少しずつ話し始めた。
異様な姿。
人間ではあり得ない動き。
目の前で妻を奪われたこと。
当然、追った。
必死に追った。
だが――追いつけなかった。
「俺は自衛官でした」
東のペンがわずかに止まる。
「元自衛官?」
「ああ」
南浦の拳が固く握られた。
「人を見間違えるほど、平和ボケしてたつもりはない」
「…………」
「あれは人間じゃない」
迷いのない声だった。
東は再びペンを走らせる。
「奥様のお名前と特徴を教えてください」
南浦が答える。
名前。
年齢。
身長。
そして――。
「髪は?」
「黒です」
ペン先が止まった。
「長さは?」
「長い。背中くらいまで」
「ストレートですか?」
「ああ」
胸の奥に、嫌な感覚が広がっていく。
「さらわれた時の服装は?」
「……白い服です」
「下は?」
「赤いスカート」
完全に、ペンが止まった。
「…………」
「どうした?」
東は答えなかった。
三人の被害者。
黒いストレートのロングヘア。
白いトップス。
赤いスカート。
そして。
南浦の妻も――同じ。
「南浦さん」
「はい」
「この件、私にも調べさせてください」
南浦の眉が動いた。
「……信じるのか?」
「まだ、何が起きたのか断定はできません」
東は手帳を閉じた。
「でも、あなたの話を最初から嘘だと決めつけるつもりもありません」
南浦は何も言わなかった。
ただ、東を見つめていた。
やがて。
「……お願いします」
深く頭を下げた。
「妻を、見つけてください」
「はい」
東は答えた。
迷わずに。
けれど。
胸の奥に生まれた嫌な予感だけは、どうしても消えてくれなかった。
◇
数日後。
その予感は――
最悪の形で、現実になった。
◇
「……間違いありません」
南浦の声は、驚くほど静かだった。
目の前にいるのは、彼が探し続けていた女性。
南浦の妻だった。
またしても遺体は、高所の構造物に突き刺された状態で発見されていた。
東は少し離れた場所から、南浦を見ていた。
泣かない。
叫ばない。
怒鳴りもしない。
ただ、立っている。
目の前の現実を、身体の中へ無理やり押し込んでいるように。
その姿の方が、かえって痛々しかった。
「南浦さん……」
東が声をかける。
「言ったんです」
「…………」
「俺は、ちゃんと言った」
低い声だった。
「目の前でさらわれたって」
「はい」
「人間じゃないって」
「…………」
「怪物だったって」
握り締められた拳が震えた。
「それなのに……」
そこで初めて。
声が揺れた。
「誰も信じなかった」
「南浦さん」
「俺の言ってることが、そんなにおかしかったですか?」
「…………」
「俺がもっと早く――」
「それ以上は言わないでください」
東が遮った。
南浦が振り向く。
「あなたは警察に来た」
東は、まっすぐに南浦を見る。
「見たものを話した。助けを求めた」
「でも」
南浦の声が掠れた。
「助けられなかった」
「…………」
「だったら、何の意味がある」
東には、答えられなかった。
どんな言葉を返しても。
今、目の前にある現実は変わらない。
南浦は妻へ視線を戻した。
「……怪物はいる」
静かな声だった。
だが。
その言葉には、怒りがあった。
「俺は――」
拳を、さらに強く握り締める。
「絶対に忘れない」
東は何も言わなかった。
ただ。
その横顔を、黙って見つめていた。
◇
その夜。
東は一人、机に向かっていた。
室内には、紙をめくる音だけが響いている。
机の上に並べられているのは、これまでの被害者の写真。
そして。
そこへ新たに加わった一枚。
南浦の妻。
四人。
顔は違う。
年齢も違う。
体格も違う。
だが――。
黒いストレートのロングヘア。
白いトップス。
赤いスカート。
そこだけは。
全員が一致していた。
東は椅子に深く身体を預け、目を閉じた。
記憶を遡る。
あの日。
自分が怪人と遭遇した時。
黒い髪。
白いトップス。
赤いスカート。
そして。
目の前にいた――
セミの幼虫のような怪物。
もし。
あいつが自分を見ていたのなら。
もし。
あの時に見た自分の特徴が、別の怪人に伝わっているのなら。
顔までは分からない。
名前も知らない。
だから。
髪型と服装だけを頼りに探している。
条件に合う女を。
一人。
また一人。
殺しながら。
「…………」
東の指先が、写真の上で止まった。
これは無差別殺人ではない。
犯人には狙いがある。
探している人間がいる。
そして。
その人間が――自分なのだとしたら。
東は、ゆっくりと目を開けた。
「だったら……」
逃げる必要はない。
こちらから探し回る必要さえない。
向こうが自分を探しているのなら。
こちらから。
見つけやすくしてやればいい。
黒いストレートのロングヘア。
白いトップス。
赤いスカート。
条件は分かっている。
東は四枚の写真を見つめた。
四人の女性が。
自分と間違えられて殺された可能性がある。
なら。
これ以上、増やすわけにはいかない。
「こっちから、出てこさせればいい」
恐怖が消えたわけではない。
それでも。
東の目に、もう迷いはなかった。
――つづく
※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「カクヨム」「小説家になろう」の両サイトに掲載しています。




