第40話 最終評価戦
学内序列戦、最終日。
第一闘技場には、朝から生徒たちの熱が満ちていた。
個人本選。
特別評価戦。
上位者との手合わせ。
外域と禍等級の説明。
短い期間に、学院は多くのものを見た。
勝った者。
負けた者。
立ち上がった者。
自分の遠さを知った者。
その全てを踏まえて、最終日に組まれたのは班単位の総合評価戦だった。
形式は単純ではない。
護衛対象の保護。
指定地点への到達。
敵役の制圧。
負傷者の搬送。
撤退判断。
外域想定の魔力乱流。
学院で学ぶものと、境界で必要になるもの。
その両方を混ぜた試験。
エルナ教官が闘技場中央で説明する。
「最終評価戦は、班単位で行う。撃破数だけで評価しない。誰を残し、どこで退き、どこを捨てるか。それを見せろ」
観覧席の生徒たちは、静かに聞いていた。
以前なら、撃破数や派手な技にばかり反応したかもしれない。
だが、今は違う。
外域の端を見た。
小禍未満という言葉を聞いた。
自分たちが何を知らなかったのかを知った。
だからこそ、エルナの言葉は重く届いた。
◇
第一班の控え区画。
リアナは配置図を広げていた。
「私たちの班は、護衛対象二名を連れて北側から中央地点へ移動。途中で敵役二体、負傷者役一名、魔力乱流区域がある」
ミナが図を覗き込む。
「うわ、忙しいやつだ」
ヴァルターは腕を組む。
「正面制圧だけでは足りないな」
「ええ。だから役割を分けるわ」
リアナは短く指示する。
「ヴァルターは前衛兼防壁。敵を止めるより、護衛対象との間に壁を置くことを優先。ミナは護衛対象と負傷者役の保持。水糸は最初から二本、必要時だけ三本目。私は全体指揮と風による進路確認」
ミナが頷く。
「ロイは?」
全員がロイを見る。
ロイは静かに立っていた。
今回は、特別条件がある。
ロイは班に参加するが、主制圧は禁止。
黒雷は使用不可。
雷属性の身体補助のみ許可。
つまり、ロイは本来の力をほとんど使えない。
リアナが言う。
「ロイは後衛寄りの遊撃。危険が出た時だけ介入。基本は私たちで処理する」
「分かった」
ロイはすぐに頷いた。
ミナが少し笑う。
「なんか、ロイが本当に班員っぽい」
「班員だ」
「そうなんだけど、そうなんだけどね」
ヴァルターが槍を持ち直す。
「今日は、君に頼りきる試験ではない」
「ああ」
「だから、見ていろ」
ロイはヴァルターを見る。
「見る」
短い返事。
だが、ヴァルターはそれで十分だった。
◇
開始の鐘が鳴る。
第一班は北側入口から進入した。
護衛対象の人形が二体。
その後ろにミナ。
前方にヴァルター。
中央にリアナ。
ロイは少し離れた後方。
最初の魔力乱流区域に入った瞬間、空気が歪んだ。
音がわずかに遅れる。
足元の石材が柔らかく感じる。
ミナの水糸が右へ引っ張られた。
「うわっ、やっぱり変!」
「糸を短くして」
リアナが即座に指示する。
「長く伸ばすと乱流に取られる。護衛対象に近づいて保持」
「了解!」
ミナは水糸を短くした。
二本の糸で護衛人形の腰と肩を支える。
以前なら、長く伸ばして遠くから操作しようとしただろう。
だが、今は違う。
守る対象を決める。
距離を詰める。
必要な分だけ使う。
ミナは人形のすぐ横につき、足元に薄い水膜を置いた。
移動補助のため。
転ばせないための水。
「ミナ、右前方に負傷者役」
リアナの声。
「見えた!」
ミナは三本目を出そうとして、一瞬ためらった。
無理に維持すれば、二本が乱れる。
だから、三本目は出さない。
まず二本で護衛対象を止める。
そのうえで、自分が走った。
短杖を負傷者人形へ向け、水の帯を巻く。
「引くよ!」
水の帯が負傷者人形を滑らせる。
リアナが風で摩擦を抑える。
ミナの水とリアナの風が噛み合い、人形が護衛列へ戻った。
観覧席でフィオナが微笑んだ。
「いい判断ね。無理に三本を維持しなかった」
カイルも頷く。
「今のは支援役として良い選択だった」
◇
第一の敵役が出た。
土で作られた大型訓練人形。
腕が長く、護衛対象を狙うように動く。
ヴァルターが前に出る。
正面に土壁。
だが、厚くしない。
低く、斜めに三枚。
敵を止めるのではなく、進路をずらす。
訓練人形の腕が土壁に当たり、横へ流れる。
その先に、ヴァルターの槍。
彼は槍で腕を砕かず、関節部を突く。
土人形の動きが鈍る。
「リアナ!」
「右へ流して!」
リアナが風を送る。
ヴァルターは土壁をさらに一枚、敵の足元へ出した。
今度は地表だけではない。
床下へ魔力を沈める。
ダリウスに言われたこと。
土は上に出したものだけではない。
下にある。
ヴァルターの土壁が、床の奥から押し上がる。
敵役の重心が崩れた。
彼はそこへ槍を入れる。
訓練人形が膝をついた。
完全撃破ではない。
だが、進路は開いた。
ヴァルターは叫ぶ。
「進め!」
ロイは後方で見ていた。
「深くなった」
小さな声だった。
だが、ヴァルターには聞こえた。
彼は少しだけ口元を上げる。
「当然だ」
◇
中間地点。
魔力乱流が強くなった。
音が遅れ、視界がわずかに揺れる。
リアナは立ち止まり、風を広げた。
探知ではない。
空気の乱れを見るための風。
「右側、敵役二体。正面は乱流が濃い。左に迂回する」
ヴァルターが言う。
「正面突破ではないのか」
「護衛対象がいる。乱流に入ればミナの糸が乱れる」
「了解」
ミナが少し驚く。
「リアナ、私の水糸まで見てるの?」
「班長だから」
「かっこいい……」
リアナはわずかに目を伏せた。
「今は集中して」
「はい!」
左へ迂回。
だが、その先に第二の敵役が出た。
細身の風型訓練人形。
素早い。
護衛対象の後ろへ回ろうとする。
ロイが一歩動きかけた。
その前に、リアナが声を出す。
「ロイ、待って」
ロイは止まる。
リアナは続けた。
「ミナ、護衛を寄せて。ヴァルター、低壁で足を削る。私が進路を読む」
「了解!」
「ああ!」
ミナが二体の護衛人形を水糸で寄せる。
ヴァルターが低い土壁を三枚出す。
風型人形はそれを飛び越えようとする。
リアナは風を読む。
相手が軽くなる瞬間。
その着地点へ、氷を置いた。
「氷風・薄鎖」
薄い氷と風の鎖が、風型人形の足首に絡む。
一瞬だけ動きが止まった。
ミナが水糸を伸ばす。
今度は三本目。
短く、鋭く。
風型人形の腕に絡め、護衛対象から引き離す。
ヴァルターの槍が腹部の核を突いた。
訓練人形が停止する。
観覧席から拍手が起きた。
ロイは静かに言った。
「介入は不要だった」
リアナは振り返らずに答える。
「ええ」
その声には、少しだけ誇りがあった。
◇
最終地点まで、残りわずか。
だが、最後の課題が現れた。
護衛対象二体のうち、一体に異常表示。
負傷者扱い。
移動速度が半分になる。
さらに、正面に敵役一体。
背後から乱流が強まる。
進むか、捨てるか、退くか。
試験の核心だった。
ミナが一瞬、息を呑む。
「どうする?」
リアナはすぐには答えなかった。
護衛対象を二体とも守れば、足が遅くなる。
敵役を倒しに行けば、背後の乱流が追いつく。
ロイに任せれば突破はできる。
だが、それでは評価にならない。
リアナは短く息を吸った。
「一体はミナが保持。負傷扱いの方はヴァルターが壁で進路を作って押し出す。私は敵役を足止め。ロイ」
「何だ」
「敵役が護衛へ届いた時だけ止めて」
「分かった」
それだけ。
リアナは前へ出た。
氷を広げる。
敵役の足を止めるため。
ヴァルターは土壁を斜めに出し、負傷扱いの護衛人形を壁沿いに滑らせる。
ミナは水糸二本で正常な護衛対象を保持しながら、負傷側へ短い水帯を送る。
三本目は維持しない。
必要な瞬間だけ出して、切る。
乱流が迫る。
リアナの氷が割れる。
敵役が腕を伸ばす。
ロイはまだ動かない。
リアナが歯を食いしばる。
「まだ!」
風を送る。
敵役の腕がわずかに逸れる。
ヴァルターの土壁が護衛人形を押し出す。
ミナの水帯が受け取る。
あと少し。
敵役の腕が、ミナへ向かった。
護衛対象ではない。
ミナ本人。
ロイが動いた。
雷の身体補助だけ。
黒雷はない。
それでも速い。
ロイは敵役とミナの間に入り、鞘で腕を受け流した。
壊さない。
止めるだけ。
その一瞬で、ミナが護衛対象を最終地点へ引き込んだ。
続いて、ヴァルターが負傷扱いの人形を土壁で押し込む。
リアナが最後に風で乱流を散らした。
鐘が鳴る。
試験終了。
護衛対象二体、生存。
負傷者役、搬送成功。
敵役二体制圧、一体足止め。
班員全員生存。
第一班、評価条件達成。
◇
闘技場に拍手が響いた。
派手な一撃はなかった。
ロイの黒雷もなかった。
だが、班として動いた。
守り、運び、止め、退き、最後に届いた。
ミナはその場に座り込みそうになった。
「つ、疲れた……!」
ヴァルターも肩で息をしている。
「だが、達成した」
リアナは額の汗を拭い、ようやく息を吐いた。
「ええ。全員で」
ロイは三人を見た。
「良かった」
ミナが笑う。
「今日のそれ、全員分?」
「ああ」
「やった」
ヴァルターは槍を下ろし、静かに頷く。
「君にそう言わせたなら、悪くない」
リアナも小さく笑った。
「ええ。悪くないわね」
◇
観覧席では、上位者たちが評価を交わしていた。
フィオナが言う。
「ミナさんは支援役としてかなり伸びているわ。三本目を常時維持しようとしない判断がいい」
ダリウスはヴァルターを見ていた。
「土が少し深くなった。まだ浅いが、使い方は変わった」
シオンはリアナへ視線を向ける。
「指揮が早い。最後、ロイを全ての解決策にしなかったのもいい」
ユリウスが頷く。
「ロイ君がいる班で、彼に頼り切らない。それは大きい」
カイルは記録板に評価を書き込む。
「第一班は、今年の序列戦を象徴する班になったな」
セレスも観覧席の端で見ていた。
彼女は何も言わなかったが、表情は悪くない。
◇
次に行われたのは、上位混成班による最終評価戦だった。
ユリウス、フィオナ、ダリウス、シオン、カイル。
総合上位者たちが、模範として短い実戦想定を見せる。
これは順位を争うものではない。
下級生に、学院上位の連携を見せるためのものだった。
ユリウスが正面を照らし、敵役の動きを制限する。
ダリウスが重い土壁で護衛対象を囲う。
シオンが影と風で背後の敵役を止める。
フィオナが光の結界と水糸で負傷者役を同時に運ぶ。
カイルが全体の風を整え、撤退路を開く。
それぞれが強い。
だが、それ以上に、役割が噛み合っていた。
ミナが目を輝かせる。
「フィオナ先輩、すご……水糸と光結界、同時にあんなに……」
リアナはカイルとユリウスの連携を見ていた。
「光で誘導して、風で逃がす。ああいう指揮もあるのね」
ヴァルターはダリウスの土壁を凝視している。
「深い……壁を出す前に、もう下が固まっている」
ロイは全体を見て、短く言った。
「上位は強いな」
ミナが嬉しそうに笑う。
「ロイが言うと、なんか本当にすごいんだなってなる」
「すごい」
「うん」
総合上位者たちの試技は、短時間で終わった。
護衛対象全員生存。
敵役全制圧。
撤退路確保。
負傷者役搬送完了。
完璧に近い評価だった。
観覧席から大きな拍手が起きる。
学院の上位者は、確かに上位だった。
◇
夕方。
学内序列戦の最終結果が発表された。
総合順位の大きな変動は少ない。
ユリウスが第一位。
フィオナが第二位。
ダリウスが第三位。
シオンが第四位。
カイルが第五位。
だが、下位から中位、学年別順位では大きな変化があった。
リアナは二年内で大きく評価を上げた。
指揮、複合属性、判断力。
ミナは支援評価で特別加点。
支援役として、本選記録に名が残る。
ヴァルターは土属性前衛として再評価。
防御だけでなく、護衛と進路制御への適性が認められた。
ガレスは順位こそ大きく上がらなかったが、評価欄に明確な変化が記された。
炎属性前衛。
制圧力高。
判断改善。
外域想定訓練への適性あり。
ガレスはその記録を見て、しばらく黙っていた。
境界軍の兵士が横を通る。
「悪くない」
それだけ言った。
ガレスは少しだけ笑う。
「ありがとうございます」
◇
ロイ・オルディスの名は、通常順位には入らなかった。
特別評価枠。
境界名簿保持者。
学院在籍生。
実技評価対象外。
ただし、指導・評価・実戦対応において特別記録。
生徒たちはそれを見ても、もう大きく騒がなかった。
ロイを学内序列に入れる意味は薄い。
それは逃げではない。
物差しが違うだけだ。
ユリウスがロイの横に立つ。
「君が通常順位に入ったら、表が壊れる」
「そうか」
「そうだ」
ユリウスは笑った。
「だが、学院生として君がここにいた意味は大きい」
「俺は何もしていない」
「それはさすがに無理がある」
カイルも近づく。
「君が来てから、学院はかなり変わった。良くも悪くもね」
「悪くも?」
「修理箇所は増えた」
ロイは少し黙った。
ミナが横で笑う。
「そこ気にするんだ」
「事実だからな」
リアナも穏やかに言う。
「でも、それ以上に得たものは多いわ」
ヴァルターが頷く。
「僕も同感だ」
ロイは四人を見る。
何かを言おうとして、少しだけ間を置いた。
「そうか」
結局、出た言葉はそれだけだった。
だが、誰も不満そうにはしなかった。
◇
日が落ちる頃、学院長が閉会を宣言した。
「今年の学内序列戦は、例年とは大きく異なるものとなった」
講堂ではなく、第一闘技場。
全学年の生徒が集まっている。
「危機があり、混乱があり、恐怖もあった。だが、諸君はその中で学び、立ち、前へ進んだ」
学院長の声は、闘技場によく響いた。
「序列は数字である。だが、数字だけが君たちの価値を示すものではない。何を守ったか。何を学んだか。何を次へ繋げるか。それもまた、学院が見るべきものだ」
生徒たちは静かに聞いていた。
ロイも列の端に立っている。
セレスは少し離れた場所で腕を組んでいた。
エルナ教官は教師陣の中にいる。
「よって、本年度序列戦をここに終了する」
鐘が鳴った。
長く、澄んだ音。
学内序列戦は終わった。
◇
その夜。
中庭には、生徒たちが自然と集まっていた。
正式な祝勝会ではない。
だが、購買部の軽食や飲み物を持ち寄り、班ごとに話している。
ミナはフィオナに捕まり、水糸の扱いについて追加で教わっていた。
「三本目は、出し続けなくていいの。必要な瞬間にだけ出して、すぐ戻す。あなたにはその方が合うわ」
「はい!」
リアナはカイルとシオンから、指揮と索敵について話を聞いている。
「指揮役が全てを見る必要はない」
シオンが言う。
「見えない場所を、誰に任せるか決めておく方が大事」
リアナは真剣に頷く。
ヴァルターはダリウスに土の沈め方を教わっていた。
言葉は少ないが、ヴァルターは必死に聞いている。
ガレスは少し離れた場所で、境界軍の兵士と炎の置き方について話していた。
以前なら、こんな光景はなかった。
上級生、下級生、境界軍、名簿保持者。
それぞれが混ざり、言葉を交わしている。
ロイはその様子を中庭の端で見ていた。
そこへ、セレスが来る。
「終わったな」
「ああ」
「学院の空気は悪くない」
「そうだな」
セレスは中庭を見渡す。
「だが、君は長くここにいられないかもしれない」
「境界か」
「ああ。正式命令はまだだが、近い」
ロイは黙って頷いた。
セレスは続ける。
「今夜は休め。明日から、また話が動く」
「分かった」
「それと」
セレスは少しだけ横目でロイを見る。
「ここで得たものを軽く見るな。壁内の温さだけではない。人の繋がりは、時に外で生き残る理由にもなる」
ロイは中庭を見る。
笑うミナ。
真剣に話を聞くリアナ。
悔しさを隠さないヴァルター。
炎を抑えて練習するガレス。
上位者たち。
教師たち。
学院の日常。
境界とは違う場所。
だが、無意味ではない。
「覚えておく」
ロイはそう答えた。
セレスは満足したように頷いた。
中庭の魔導灯が、夜風に揺れていた。
序列戦は終わった。
けれど、そこで得た熱は、まだ消えていなかった。




