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第40話 最終評価戦

 学内序列戦、最終日。


 第一闘技場には、朝から生徒たちの熱が満ちていた。


 個人本選。

 特別評価戦。

 上位者との手合わせ。

 外域と禍等級の説明。


 短い期間に、学院は多くのものを見た。


 勝った者。

 負けた者。

 立ち上がった者。

 自分の遠さを知った者。


 その全てを踏まえて、最終日に組まれたのは班単位の総合評価戦だった。


 形式は単純ではない。


 護衛対象の保護。

 指定地点への到達。

 敵役の制圧。

 負傷者の搬送。

 撤退判断。

 外域想定の魔力乱流。


 学院で学ぶものと、境界で必要になるもの。


 その両方を混ぜた試験。


 エルナ教官が闘技場中央で説明する。


「最終評価戦は、班単位で行う。撃破数だけで評価しない。誰を残し、どこで退き、どこを捨てるか。それを見せろ」


 観覧席の生徒たちは、静かに聞いていた。


 以前なら、撃破数や派手な技にばかり反応したかもしれない。


 だが、今は違う。


 外域の端を見た。


 小禍未満という言葉を聞いた。


 自分たちが何を知らなかったのかを知った。


 だからこそ、エルナの言葉は重く届いた。



 第一班の控え区画。


 リアナは配置図を広げていた。


「私たちの班は、護衛対象二名を連れて北側から中央地点へ移動。途中で敵役二体、負傷者役一名、魔力乱流区域がある」


 ミナが図を覗き込む。


「うわ、忙しいやつだ」


 ヴァルターは腕を組む。


「正面制圧だけでは足りないな」


「ええ。だから役割を分けるわ」


 リアナは短く指示する。


「ヴァルターは前衛兼防壁。敵を止めるより、護衛対象との間に壁を置くことを優先。ミナは護衛対象と負傷者役の保持。水糸は最初から二本、必要時だけ三本目。私は全体指揮と風による進路確認」


 ミナが頷く。


「ロイは?」


 全員がロイを見る。


 ロイは静かに立っていた。


 今回は、特別条件がある。


 ロイは班に参加するが、主制圧は禁止。


 黒雷は使用不可。


 雷属性の身体補助のみ許可。


 つまり、ロイは本来の力をほとんど使えない。


 リアナが言う。


「ロイは後衛寄りの遊撃。危険が出た時だけ介入。基本は私たちで処理する」


「分かった」


 ロイはすぐに頷いた。


 ミナが少し笑う。


「なんか、ロイが本当に班員っぽい」


「班員だ」


「そうなんだけど、そうなんだけどね」


 ヴァルターが槍を持ち直す。


「今日は、君に頼りきる試験ではない」


「ああ」


「だから、見ていろ」


 ロイはヴァルターを見る。


「見る」


 短い返事。


 だが、ヴァルターはそれで十分だった。



 開始の鐘が鳴る。


 第一班は北側入口から進入した。


 護衛対象の人形が二体。


 その後ろにミナ。


 前方にヴァルター。


 中央にリアナ。


 ロイは少し離れた後方。


 最初の魔力乱流区域に入った瞬間、空気が歪んだ。


 音がわずかに遅れる。


 足元の石材が柔らかく感じる。


 ミナの水糸が右へ引っ張られた。


「うわっ、やっぱり変!」


「糸を短くして」


 リアナが即座に指示する。


「長く伸ばすと乱流に取られる。護衛対象に近づいて保持」


「了解!」


 ミナは水糸を短くした。


 二本の糸で護衛人形の腰と肩を支える。


 以前なら、長く伸ばして遠くから操作しようとしただろう。


 だが、今は違う。


 守る対象を決める。


 距離を詰める。


 必要な分だけ使う。


 ミナは人形のすぐ横につき、足元に薄い水膜を置いた。


 移動補助のため。


 転ばせないための水。


「ミナ、右前方に負傷者役」


 リアナの声。


「見えた!」


 ミナは三本目を出そうとして、一瞬ためらった。


 無理に維持すれば、二本が乱れる。


 だから、三本目は出さない。


 まず二本で護衛対象を止める。


 そのうえで、自分が走った。


 短杖を負傷者人形へ向け、水の帯を巻く。


「引くよ!」


 水の帯が負傷者人形を滑らせる。


 リアナが風で摩擦を抑える。


 ミナの水とリアナの風が噛み合い、人形が護衛列へ戻った。


 観覧席でフィオナが微笑んだ。


「いい判断ね。無理に三本を維持しなかった」


 カイルも頷く。


「今のは支援役として良い選択だった」



 第一の敵役が出た。


 土で作られた大型訓練人形。


 腕が長く、護衛対象を狙うように動く。


 ヴァルターが前に出る。


 正面に土壁。


 だが、厚くしない。


 低く、斜めに三枚。


 敵を止めるのではなく、進路をずらす。


 訓練人形の腕が土壁に当たり、横へ流れる。


 その先に、ヴァルターの槍。


 彼は槍で腕を砕かず、関節部を突く。


 土人形の動きが鈍る。


「リアナ!」


「右へ流して!」


 リアナが風を送る。


 ヴァルターは土壁をさらに一枚、敵の足元へ出した。


 今度は地表だけではない。


 床下へ魔力を沈める。


 ダリウスに言われたこと。


 土は上に出したものだけではない。

 下にある。


 ヴァルターの土壁が、床の奥から押し上がる。


 敵役の重心が崩れた。


 彼はそこへ槍を入れる。


 訓練人形が膝をついた。


 完全撃破ではない。


 だが、進路は開いた。


 ヴァルターは叫ぶ。


「進め!」


 ロイは後方で見ていた。


「深くなった」


 小さな声だった。


 だが、ヴァルターには聞こえた。


 彼は少しだけ口元を上げる。


「当然だ」



 中間地点。


 魔力乱流が強くなった。


 音が遅れ、視界がわずかに揺れる。


 リアナは立ち止まり、風を広げた。


 探知ではない。


 空気の乱れを見るための風。


「右側、敵役二体。正面は乱流が濃い。左に迂回する」


 ヴァルターが言う。


「正面突破ではないのか」


「護衛対象がいる。乱流に入ればミナの糸が乱れる」


「了解」


 ミナが少し驚く。


「リアナ、私の水糸まで見てるの?」


「班長だから」


「かっこいい……」


 リアナはわずかに目を伏せた。


「今は集中して」


「はい!」


 左へ迂回。


 だが、その先に第二の敵役が出た。


 細身の風型訓練人形。


 素早い。


 護衛対象の後ろへ回ろうとする。


 ロイが一歩動きかけた。


 その前に、リアナが声を出す。


「ロイ、待って」


 ロイは止まる。


 リアナは続けた。


「ミナ、護衛を寄せて。ヴァルター、低壁で足を削る。私が進路を読む」


「了解!」


「ああ!」


 ミナが二体の護衛人形を水糸で寄せる。


 ヴァルターが低い土壁を三枚出す。


 風型人形はそれを飛び越えようとする。


 リアナは風を読む。


 相手が軽くなる瞬間。


 その着地点へ、氷を置いた。


「氷風・薄鎖」


 薄い氷と風の鎖が、風型人形の足首に絡む。


 一瞬だけ動きが止まった。


 ミナが水糸を伸ばす。


 今度は三本目。


 短く、鋭く。


 風型人形の腕に絡め、護衛対象から引き離す。


 ヴァルターの槍が腹部の核を突いた。


 訓練人形が停止する。


 観覧席から拍手が起きた。


 ロイは静かに言った。


「介入は不要だった」


 リアナは振り返らずに答える。


「ええ」


 その声には、少しだけ誇りがあった。



 最終地点まで、残りわずか。


 だが、最後の課題が現れた。


 護衛対象二体のうち、一体に異常表示。


 負傷者扱い。


 移動速度が半分になる。


 さらに、正面に敵役一体。


 背後から乱流が強まる。


 進むか、捨てるか、退くか。


 試験の核心だった。


 ミナが一瞬、息を呑む。


「どうする?」


 リアナはすぐには答えなかった。


 護衛対象を二体とも守れば、足が遅くなる。


 敵役を倒しに行けば、背後の乱流が追いつく。


 ロイに任せれば突破はできる。


 だが、それでは評価にならない。


 リアナは短く息を吸った。


「一体はミナが保持。負傷扱いの方はヴァルターが壁で進路を作って押し出す。私は敵役を足止め。ロイ」


「何だ」


「敵役が護衛へ届いた時だけ止めて」


「分かった」


 それだけ。


 リアナは前へ出た。


 氷を広げる。


 敵役の足を止めるため。


 ヴァルターは土壁を斜めに出し、負傷扱いの護衛人形を壁沿いに滑らせる。


 ミナは水糸二本で正常な護衛対象を保持しながら、負傷側へ短い水帯を送る。


 三本目は維持しない。


 必要な瞬間だけ出して、切る。


 乱流が迫る。


 リアナの氷が割れる。


 敵役が腕を伸ばす。


 ロイはまだ動かない。


 リアナが歯を食いしばる。


「まだ!」


 風を送る。


 敵役の腕がわずかに逸れる。


 ヴァルターの土壁が護衛人形を押し出す。


 ミナの水帯が受け取る。


 あと少し。


 敵役の腕が、ミナへ向かった。


 護衛対象ではない。


 ミナ本人。


 ロイが動いた。


 雷の身体補助だけ。


 黒雷はない。


 それでも速い。


 ロイは敵役とミナの間に入り、鞘で腕を受け流した。


 壊さない。


 止めるだけ。


 その一瞬で、ミナが護衛対象を最終地点へ引き込んだ。


 続いて、ヴァルターが負傷扱いの人形を土壁で押し込む。


 リアナが最後に風で乱流を散らした。


 鐘が鳴る。


 試験終了。


 護衛対象二体、生存。

 負傷者役、搬送成功。

 敵役二体制圧、一体足止め。

 班員全員生存。


 第一班、評価条件達成。



 闘技場に拍手が響いた。


 派手な一撃はなかった。


 ロイの黒雷もなかった。


 だが、班として動いた。


 守り、運び、止め、退き、最後に届いた。


 ミナはその場に座り込みそうになった。


「つ、疲れた……!」


 ヴァルターも肩で息をしている。


「だが、達成した」


 リアナは額の汗を拭い、ようやく息を吐いた。


「ええ。全員で」


 ロイは三人を見た。


「良かった」


 ミナが笑う。


「今日のそれ、全員分?」


「ああ」


「やった」


 ヴァルターは槍を下ろし、静かに頷く。


「君にそう言わせたなら、悪くない」


 リアナも小さく笑った。


「ええ。悪くないわね」



 観覧席では、上位者たちが評価を交わしていた。


 フィオナが言う。


「ミナさんは支援役としてかなり伸びているわ。三本目を常時維持しようとしない判断がいい」


 ダリウスはヴァルターを見ていた。


「土が少し深くなった。まだ浅いが、使い方は変わった」


 シオンはリアナへ視線を向ける。


「指揮が早い。最後、ロイを全ての解決策にしなかったのもいい」


 ユリウスが頷く。


「ロイ君がいる班で、彼に頼り切らない。それは大きい」


 カイルは記録板に評価を書き込む。


「第一班は、今年の序列戦を象徴する班になったな」


 セレスも観覧席の端で見ていた。


 彼女は何も言わなかったが、表情は悪くない。



 次に行われたのは、上位混成班による最終評価戦だった。


 ユリウス、フィオナ、ダリウス、シオン、カイル。


 総合上位者たちが、模範として短い実戦想定を見せる。


 これは順位を争うものではない。


 下級生に、学院上位の連携を見せるためのものだった。


 ユリウスが正面を照らし、敵役の動きを制限する。


 ダリウスが重い土壁で護衛対象を囲う。


 シオンが影と風で背後の敵役を止める。


 フィオナが光の結界と水糸で負傷者役を同時に運ぶ。


 カイルが全体の風を整え、撤退路を開く。


 それぞれが強い。


 だが、それ以上に、役割が噛み合っていた。


 ミナが目を輝かせる。


「フィオナ先輩、すご……水糸と光結界、同時にあんなに……」


 リアナはカイルとユリウスの連携を見ていた。


「光で誘導して、風で逃がす。ああいう指揮もあるのね」


 ヴァルターはダリウスの土壁を凝視している。


「深い……壁を出す前に、もう下が固まっている」


 ロイは全体を見て、短く言った。


「上位は強いな」


 ミナが嬉しそうに笑う。


「ロイが言うと、なんか本当にすごいんだなってなる」


「すごい」


「うん」


 総合上位者たちの試技は、短時間で終わった。


 護衛対象全員生存。

 敵役全制圧。

 撤退路確保。

 負傷者役搬送完了。


 完璧に近い評価だった。


 観覧席から大きな拍手が起きる。


 学院の上位者は、確かに上位だった。



 夕方。


 学内序列戦の最終結果が発表された。


 総合順位の大きな変動は少ない。


 ユリウスが第一位。

 フィオナが第二位。

 ダリウスが第三位。

 シオンが第四位。

 カイルが第五位。


 だが、下位から中位、学年別順位では大きな変化があった。


 リアナは二年内で大きく評価を上げた。


 指揮、複合属性、判断力。


 ミナは支援評価で特別加点。


 支援役として、本選記録に名が残る。


 ヴァルターは土属性前衛として再評価。


 防御だけでなく、護衛と進路制御への適性が認められた。


 ガレスは順位こそ大きく上がらなかったが、評価欄に明確な変化が記された。


 炎属性前衛。

 制圧力高。

 判断改善。

 外域想定訓練への適性あり。


 ガレスはその記録を見て、しばらく黙っていた。


 境界軍の兵士が横を通る。


「悪くない」


 それだけ言った。


 ガレスは少しだけ笑う。


「ありがとうございます」



 ロイ・オルディスの名は、通常順位には入らなかった。


 特別評価枠。


 境界名簿保持者。

 学院在籍生。

 実技評価対象外。

 ただし、指導・評価・実戦対応において特別記録。


 生徒たちはそれを見ても、もう大きく騒がなかった。


 ロイを学内序列に入れる意味は薄い。


 それは逃げではない。


 物差しが違うだけだ。


 ユリウスがロイの横に立つ。


「君が通常順位に入ったら、表が壊れる」


「そうか」


「そうだ」


 ユリウスは笑った。


「だが、学院生として君がここにいた意味は大きい」


「俺は何もしていない」


「それはさすがに無理がある」


 カイルも近づく。


「君が来てから、学院はかなり変わった。良くも悪くもね」


「悪くも?」


「修理箇所は増えた」


 ロイは少し黙った。


 ミナが横で笑う。


「そこ気にするんだ」


「事実だからな」


 リアナも穏やかに言う。


「でも、それ以上に得たものは多いわ」


 ヴァルターが頷く。


「僕も同感だ」


 ロイは四人を見る。


 何かを言おうとして、少しだけ間を置いた。


「そうか」


 結局、出た言葉はそれだけだった。


 だが、誰も不満そうにはしなかった。



 日が落ちる頃、学院長が閉会を宣言した。


「今年の学内序列戦は、例年とは大きく異なるものとなった」


 講堂ではなく、第一闘技場。


 全学年の生徒が集まっている。


「危機があり、混乱があり、恐怖もあった。だが、諸君はその中で学び、立ち、前へ進んだ」


 学院長の声は、闘技場によく響いた。


「序列は数字である。だが、数字だけが君たちの価値を示すものではない。何を守ったか。何を学んだか。何を次へ繋げるか。それもまた、学院が見るべきものだ」


 生徒たちは静かに聞いていた。


 ロイも列の端に立っている。


 セレスは少し離れた場所で腕を組んでいた。


 エルナ教官は教師陣の中にいる。


「よって、本年度序列戦をここに終了する」


 鐘が鳴った。


 長く、澄んだ音。


 学内序列戦は終わった。



 その夜。


 中庭には、生徒たちが自然と集まっていた。


 正式な祝勝会ではない。


 だが、購買部の軽食や飲み物を持ち寄り、班ごとに話している。


 ミナはフィオナに捕まり、水糸の扱いについて追加で教わっていた。


「三本目は、出し続けなくていいの。必要な瞬間にだけ出して、すぐ戻す。あなたにはその方が合うわ」


「はい!」


 リアナはカイルとシオンから、指揮と索敵について話を聞いている。


「指揮役が全てを見る必要はない」


 シオンが言う。


「見えない場所を、誰に任せるか決めておく方が大事」


 リアナは真剣に頷く。


 ヴァルターはダリウスに土の沈め方を教わっていた。


 言葉は少ないが、ヴァルターは必死に聞いている。


 ガレスは少し離れた場所で、境界軍の兵士と炎の置き方について話していた。


 以前なら、こんな光景はなかった。


 上級生、下級生、境界軍、名簿保持者。


 それぞれが混ざり、言葉を交わしている。


 ロイはその様子を中庭の端で見ていた。


 そこへ、セレスが来る。


「終わったな」


「ああ」


「学院の空気は悪くない」


「そうだな」


 セレスは中庭を見渡す。


「だが、君は長くここにいられないかもしれない」


「境界か」


「ああ。正式命令はまだだが、近い」


 ロイは黙って頷いた。


 セレスは続ける。


「今夜は休め。明日から、また話が動く」


「分かった」


「それと」


 セレスは少しだけ横目でロイを見る。


「ここで得たものを軽く見るな。壁内の温さだけではない。人の繋がりは、時に外で生き残る理由にもなる」


 ロイは中庭を見る。


 笑うミナ。

 真剣に話を聞くリアナ。

 悔しさを隠さないヴァルター。

 炎を抑えて練習するガレス。

 上位者たち。

 教師たち。


 学院の日常。


 境界とは違う場所。


 だが、無意味ではない。


「覚えておく」


 ロイはそう答えた。


 セレスは満足したように頷いた。


 中庭の魔導灯が、夜風に揺れていた。


 序列戦は終わった。


 けれど、そこで得た熱は、まだ消えていなかった。


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