表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/48

第35話 総合序列上位

 翌朝。


 第一闘技場の空気は、昨日までとは少し違っていた。


 本選準決勝。


 そこに残った者たちの名が、掲示板に並んでいる。


 カイル・レインフォード。

 リアナ・セレスト。

 ガレス・ロウガン。

 ミナ・ロウ。

 ヴァルター・グレイン。


 そして特別評価枠、ロイ・オルディス。


 だが、掲示板の上部には、別の名も記されていた。


 学内総合序列上位者、観戦および評価補助。


 第一位、ユリウス・レオンハルト。

 第二位、フィオナ・アルベール。

 第三位、ダリウス・ヴァンクロフト。

 第四位、シオン・グレイス。

 第五位、カイル・レインフォード。


 ミナが掲示板を見上げて、ぽかんとした。


「うわ、上位全員出てる……」


 ヴァルターも表情を引き締める。


「総合序列第一位まで来るのか」


 リアナは名簿を見つめたまま言う。


「当然かもしれないわ。本選も、外域に関する説明もある。上位者が関わらない方が不自然よ」


「第一位って、どんな人?」


 ミナが聞く。


 答えたのはカイルだった。


「ユリウスは、学院の最上位だ」


 彼はいつもの穏やかな顔で近づいてきた。


「光属性の剣士。四年。王国騎士団の内定も出ている。真面目で、面倒見もいい」


「いい人?」


「かなり」


 カイルは笑った。


「ただし、強い。僕より明確に上だ」


 その言葉に、周囲の二年生たちが息を呑む。


 カイル・レインフォードより明確に上。


 それは学院内では、ほとんど頂点という意味だった。


 ロイは掲示板を見ている。


「全員、強いのか」


「ああ。少なくとも学院ではね」


 カイルは少しだけ肩をすくめた。


「君の基準だと困るが」


「分かった」



 第一闘技場の上段席に、総合序列上位者たちは並んでいた。


 まず目を引くのは、総合第一位ユリウス・レオンハルト。


 長身で、銀に近い淡金の髪。


 腰には白い鞘の長剣。


 立っているだけで、姿勢が整っている。


 鋭さはあるが、威圧ではない。


 周囲を安心させる種類の強さだった。


 その隣に、総合第二位フィオナ・アルベール。


 淡い紫の髪を肩で切りそろえた女子生徒。


 白い手袋をはめ、手元には薄い魔導書。


 属性は水と光。


 治癒、結界、拘束、広域支援に秀でると言われている。


 表情は柔らかいが、目はよく動いている。


 ただ優しいだけではない。


 戦場全体を見るタイプだ。


 総合第三位ダリウス・ヴァンクロフトは、対照的に大柄だった。


 土と金属の複合属性。


 巨大な盾を背負っている。


 無口だが、座っているだけで壁のような安定感がある。


 総合第四位シオン・グレイスは細身の黒髪の少年。


 影と風の複合。


 記録上は偵察、奇襲、情報戦に特化。


 表情は読みにくいが、退屈そうではない。


 そして第五位、カイル。


 この五人が並ぶと、学院の上澄みというものがはっきり分かった。


 ガレスが観覧席の下からそれを見上げる。


「総合上位全員か」


 隣の三年生が言った。


「さすがに圧あるな」


「ああ」


 ガレスは拳を握る。


 以前なら、上位者たちを見て闘志だけを燃やしていただろう。


 今は違う。


 どう戦うのか。

 何を見ているのか。

 自分に何が足りないのか。


 そういう目で見ていた。



 試合前、ユリウスが観覧席から降りてきた。


 向かった先は、ロイのところだった。


 周囲の生徒たちが少しざわつく。


 総合第一位と《黒雷》。


 その二人が向き合う。


 ユリウスは丁寧に頭を下げた。


「ロイ・オルディス君。初めまして。四年のユリウス・レオンハルトだ」


「ロイだ」


「知っている」


 ユリウスは微かに笑った。


「中央広場で君の黒雷を見た。正直、震えたよ」


「そうか」


「恐怖もあった。だが、それ以上に、自分がどれだけ狭い場所で強さを考えていたかを思い知らされた」


 ユリウスの声に、卑屈さはない。


 ただ、事実を認めている。


「君を利用して自分の名を上げるつもりはない。だが、学べるものがあるなら学びたい」


「そうか」


「だから、今日の評価戦では遠慮なくやってほしい」


 ロイは少し考えた。


「壊さない範囲で」


 ユリウスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから笑った。


「噂通りの返事だ」


 少し離れた場所で、ミナが小声で言う。


「総合第一位、いい人そう」


 リアナが頷く。


「ええ。落ち着いているわ」


 ヴァルターは真剣な顔でユリウスを見ていた。


「第一位がああいう人間なのは、学院にとって大きいな」



 続いて、フィオナがリアナとミナの方へ来た。


「あなたがリアナ・セレストさんね」


「はい」


「昨日の指揮、見ていたわ。封鎖対象への判断が速かった。氷と風の使い分けも綺麗」


 リアナは少し驚いた。


「ありがとうございます」


「ミナ・ロウさんも」


「は、はい!」


「水糸二本の使い方、よかったわ。支援役は、自分が主役ではない場面でどれだけ場を変えられるかが大事。あなたはそれができる」


 ミナの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 フィオナは柔らかく微笑んだ。


「本選で支援役が評価されるのはいい流れね。あなたたちが残ったことには、ちゃんと意味があるわ」


 それだけ言って、フィオナは上段席へ戻っていく。


 ミナはしばらく固まっていた。


「今、総合第二位に褒められた……?」


「褒められていたわね」


 リアナが言う。


「うわ、今日もう満足かも」


「まだ試合があるわ」


「そうだった」



 エルナ教官が闘技場中央に立つ。


「本選準決勝第一試合」


 観覧席が静まった。


「リアナ・セレスト対シオン・グレイス」


 ざわめきが起きる。


 総合第四位シオン。


 本選参加者ではなく、上位者評価補助として来ていたはずの彼が、特別枠で試合に入ったのだ。


 エルナ教官が説明する。


「これは通常順位戦ではなく、評価試合だ。リアナ・セレストの指揮および対変則戦闘能力を見る」


 リアナの表情が引き締まる。


 シオンは闘技場へ降りてきた。


 細身の少年は、静かに言った。


「よろしく」


「よろしくお願いします」


「僕は正面からは行かない」


「分かっています」


「ならいい」


 開始の鐘が鳴った。


 シオンの姿が、薄れた。


 消えたわけではない。


 影と風を重ね、位置をずらしている。


 音も薄い。


 リアナは氷を広げない。


 風を使う。


 闘技場全体に、細い風の糸を流した。


 目で追わない。


 空気の乱れを見る。


 ロイが観覧席で言う。


「いい判断だ」


 ミナが両手を握る。


「リアナ、頑張れ……!」


 シオンは背後に出た。


 短剣が走る。


 リアナは振り返らず、足元を凍らせた。


 短剣そのものではなく、シオンの着地点を止める。


 シオンの足が一瞬鈍った。


 リアナはその隙に前へ出る。


 距離を取るのではない。


 風を背中に受け、角度を変える。


 細剣を抜く。


 シオンの影が二つに分かれた。


 本体は右。


 だが、リアナは左へ氷を置く。


 影を消すためだ。


 左の影が凍り、本体の動きがわずかに乱れる。


 シオンが小さく笑った。


「いいね」


 次の瞬間、彼はさらに速くなった。



 試合は短くはなかった。


 シオンは何度も位置をずらし、影を置き、風で音を消した。


 リアナはそれを完全には捕まえられない。


 だが、崩れない。


 氷で守るのではなく、風で探る。


 細剣で斬るのではなく、相手の逃げ道へ氷を置く。


 何度も遅れながら、それでも致命的な一手を避け続けた。


 観覧席のフィオナが頷く。


「よく見ているわね」


 ユリウスも言う。


「二年でシオン相手にここまで対応できるのは大したものだ」


 シオンが最後に、三つの影を同時に置いた。


 正面。

 右。

 背後。


 本体は、上。


 風で一瞬浮き、リアナの死角へ落ちる。


 リアナは気づいた。


 だが、遅い。


 それでも、彼女は細剣を振らなかった。


 足元の氷を砕き、白い霧を上げる。


 視界を消す。


 シオンの短剣が肩口で止まった。


 同時に、リアナの細剣もシオンの脇腹近くで止まっていた。


 相打ちには届かない。


 だが、最後に逃げ道を作った。


 鐘が鳴る。


 勝者、シオン・グレイス。


 リアナは息を吐いた。


「負けました」


 シオンは短剣を下ろす。


「でも、面白かった。最後、霧で視界を切ったのはいい。僕の影を見失わせる判断だった」


「届きませんでした」


「届かない相手に、どう損害を残すか。それができたなら十分」


 シオンは静かに言った。


「君は、指揮だけじゃない。自分でも戦える」


 リアナは目を伏せ、それから頭を下げた。


「ありがとうございます」



 戻ってきたリアナを、ミナが迎えた。


「リアナ、すごかった!」


「負けたわ」


「でもすごかった!」


 ヴァルターも頷く。


「総合第四位相手に、最後まで崩れなかった」


 ロイが言う。


「最後の霧は良かった」


 リアナはロイを見る。


「見えていたの?」


「ああ」


「なら、よかった」


 彼女は少しだけ笑った。


 悔しさはある。


 だが、悪い顔ではない。


 ロイの言葉が、きちんと届いている。



 第二試合は、ヴァルター・グレイン対ダリウス・ヴァンクロフト。


 総合第三位の盾使い。


 ヴァルターにとっては、土と防御の完成形に近い相手だった。


 闘技場に上がったダリウスは、大きな盾を床に置いた。


「来い」


 低い声。


 それだけで、壁のような圧があった。


 ヴァルターは槍を構える。


「お願いします」


 開始の鐘。


 ヴァルターは土壁を並べた。


 斜めに、低く、薄く。


 ロイとの評価戦で使った形。


 だが、ダリウスは動じない。


 盾を一度、床へ押しつけた。


 重い音。


 闘技場の床が震え、ヴァルターの土壁がまとめて沈んだ。


「なっ……!」


 土の支配権を奪われた。


 力ずくではない。


 より深い層の土へ干渉されている。


 ダリウスは言った。


「表面だけを見るな」


 ヴァルターの目が見開かれる。


「土は上に出したものだけではない。下にある」


 ダリウスが一歩踏み込む。


 遅い。


 だが、重い。


 盾が迫る。


 ヴァルターは槍で受けようとするが、押し潰される。


 横へ逃げる。


 そこへ、床下から土の壁が上がった。


 逃げ道を塞がれる。


 ヴァルターは咄嗟に土杭を出し、自分の足場を持ち上げた。


 盾の突進が下を通る。


 観覧席でロイが言う。


「今のは良い」


 ヴァルターは空中で槍を構え、落下しながら突く。


 ダリウスは盾で受ける。


 槍が止まる。


 完全に。


 ダリウスは静かに告げた。


「軽い」


 盾が横へ振られる。


 ヴァルターの身体が吹き飛んだ。


 だが、受け身は取った。


 土杭を背後に出し、衝撃を殺す。


 それでも、膝が震える。


 ダリウスは追撃しない。


「立て」


 ヴァルターは歯を食いしばる。


「当然です」



 試合は、力の差を見せつけるものだった。


 ヴァルターは工夫した。


 壁を置き、杭を出し、足場を変えた。


 だが、ダリウスはその全てを深い土の制御で上書きした。


 それでも、ヴァルターは最後まで倒れきらなかった。


 何度も弾かれ、何度も膝をつき、それでも槍を構え直した。


 最後、ダリウスの盾が首元で止まる。


 鐘が鳴った。


 勝者、ダリウス・ヴァンクロフト。


 ヴァルターは息を切らしながら、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 ダリウスは短く言った。


「お前の土は悪くない」


「……ありがとうございます」


「だが浅い。地表だけで戦うな。下を使え」


「はい」


「次はもっと重くなれ」


 それだけ言って、ダリウスは闘技場を降りた。


 ヴァルターは悔しそうに拳を握る。


 だが、その目は折れていなかった。



 観覧席に戻ったヴァルターに、ロイが言った。


「最後まで立っていた」


「負けた」


「立っていた」


 ヴァルターは少しだけ笑った。


「君なりの評価か」


「ああ」


「なら、受け取っておく」


 リアナも言う。


「ダリウス先輩の土は、確かに別格だったわ。でも、あなたも途中から対応を変えていた」


「まだ浅いと言われた」


「なら、深くすればいい」


 ヴァルターはロイを見る。


「君みたいなことを言うな」


 リアナは少し笑った。


「影響されたかしら」



 午前の試合が終わる頃、総合上位者たちへの印象は大きく変わっていた。


 彼らはただの飾りではない。


 ただの名前でもない。


 それぞれが、学院の中で明確に高みにいる。


 そして、傲慢ではなかった。


 リアナを評価するシオン。

 ヴァルターに助言するダリウス。

 ミナを認めるフィオナ。

 ロイに学ぼうとするユリウス。

 全体を見て動くカイル。


 学内序列上位には、ちゃんと上位である理由があった。


 ミナがぽつりと言う。


「上級生、すごい人多いね」


 リアナが頷く。


「ええ。ちゃんと見ていなかったのかもしれないわ」


 ヴァルターは悔しそうに、それでも少し清々しい顔で言った。


「目標が増えた」


 ロイは総合上位者たちを見た。


「悪くない」


 ミナが笑う。


「ロイのそれ、かなり高評価だよね」


「そうか」


「そうだよ」



 午後。


 予定通り、境界軍と学院の合同説明が行われる。


 議題は、外域。


 ダンジョン等級と禍等級。


 そして、今回の《翠門》異常の暫定評価。


 闘技場の熱が、講堂へ移る。


 生徒たちは、ただの観客ではなくなっていた。


 戦い、負け、学び、少しだけ進んだ者として。


 知らなければならないことを聞くために、講堂へ向かっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ