表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/46

第30話 制限模擬戦

 学内序列戦は、再開された。


 ただし、以前とは別物だった。


 個人予選の残り試合は予定通り進む。


 だが、その合間に組み込まれた特別評価戦。


 ロイ・オルディスとの制限模擬戦。


 その存在が、学院中の空気を引き締めていた。


 勝つための試合ではない。


 どこまで動けるか。

 どこで判断できるか。

 どこまで崩れずにいられるか。


 《黒雷》と向き合い、自分の距離を知るための試験だった。



 第一闘技場。


 修復された床には、まだ新しい石材の色が残っている。


 観覧席には生徒たちが集まっていた。


 以前のような騒がしさは薄い。


 黒雷を見た。


 蒼刃を知った。


 外域想定試験で、自分たちの未熟さも知った。


 だからこそ、今日の試合を軽く見る者は少なかった。


 闘技場中央に、エルナ教官が立つ。


「特別評価戦第一試合。ヴァルター・グレイン」


 ヴァルターが闘技場へ上がる。


 金髪を後ろへ流し、槍を握っている。


 表情は硬い。


 だが、逃げる気配はない。


「対するは、ロイ・オルディス」


 ロイも闘技場へ上がった。


 腰には《黒鳴》。


 ただし、今日は条件がある。


 エルナ教官が読み上げる。


「ロイ・オルディスは制限出力。黒雷の広域展開、天穿・抜雷(てんせん・ばつらい)天穿・雷杭(てんせん・らいこう)黒雷領域(こくらいりょういき)の使用は禁止。抜刀は許可。ただし、対人制圧範囲に限る」


 ミナが観覧席で小さく呟いた。


「禁止技、多いね……」


 リアナが答える。


「それでも十分すぎるわ」


 カイルも近くで頷く。


「むしろ、これでようやく試験になる」


 ヴァルターはロイを見た。


「確認したい」


「何だ」


「君は、どこまで使う」


「必要な分だけ」


「それでは分からない」


 ヴァルターは槍を構えた。


「僕は、今の自分がどこまで届かないかを知りたい。だから、軽く(・・)流されるのは困る」


 ロイは少し黙った。


 それから、鞘に左手を添える。


「分かった」


 空気が変わった。


 黒雷ではない。


 だが、ロイの周囲で雷属性の魔力が細く走る。


 青白い火花。


 黒くは沈んでいない。


 それでも、密度が違う。


「刀は抜く。黒雷は使わない」


 ヴァルターの喉が動いた。


「十分だ」


 開始の鐘が鳴った。



 先に動いたのはヴァルターだった。


 正面に土壁。


 ただし、厚くない。


 低く、斜めに三枚。


 ロイの進路を止めるのではなく、ずらす配置。


 さらに、その裏へ土杭を二本。


 踏み込めば足場が崩れる。


 以前とは違う。


 ただ守るだけではない。


 相手の動きを読んで、流す(・・)ための土だった。


 ロイは一歩踏み込む。


 最初の土壁を越えない。


 横へ滑る。


 ヴァルターは即座に土杭を起こす。


 だが、ロイの足はその手前で止まった。


 読まれている。


 ヴァルターは槍を突いた。


 土壁の隙間を通す、細い突き。


 ロイは鞘で槍の穂先を逸らす。


 金属音。


 ヴァルターはすぐに引かず、槍の柄を回して足元を払う。


 同時に、ロイの後方へ土壁を一枚。


 退路を塞ぐ。


 観覧席が小さく沸いた。


 ミナが拳を握る。


「いい! 今のいい!」


 リアナも頷く。


「前よりずっと立体的に使えている」


 ロイは後ろの土壁を見ず、膝を少し沈めた。


 次の瞬間、足元に雷が走る。


 青白い線が一瞬だけ床を撫でた。


 ロイの身体が低く前へ滑る。


 槍の払いを潜り、ヴァルターの間合いへ入る。


 ヴァルターは土杭を胸元に出す。


 防御ではない。


 ロイの踏み込みを止めるための杭。


 ロイは刀を抜いた。


 黒ではない。


 青白い雷を薄くまとった刃が、土杭の側面を叩く。


 斬らない。


 壊さない。


 角度だけを変える。


 土杭が外へずれた。


 ロイの柄頭が、ヴァルターの胸元に届く。


 だが。


 ヴァルターは倒れなかった。


 胸元の直前に、薄い土の板を一枚挟んでいた。


 衝撃を殺すための板。


 ロイの柄頭は板を割ったが、勢いが落ちる。


 ヴァルターはその隙に後退した。


 観覧席がはっきりとどよめく。


 ロイが少しだけ目を細めた。


「今のは良かった」


 ヴァルターは荒い息のまま答える。


「まだ終わっていない」


「分かっている」



 ヴァルターは槍を構え直した。


 正面から勝てるとは思っていない。


 だが、今の一度で分かった。


 完全に(・・・)届かないわけではない。


 いや、勝利には届かない。


 だが、工夫した一手は、ロイに認識させることができる。


 それだけで、今のヴァルターには十分な意味があった。


 土壁を五枚。


 薄く、低く、斜めに。


 さらに土杭を二本。


 今度は自分の足元にも小さな土台を作る。


 攻めるための防御。


 動くための足場。


「行く」


 ヴァルターが踏み込む。


 槍が正面から伸びる。


 ロイは刀で受ける。


 ヴァルターはその瞬間、足元の土台を斜めに押し上げた。


 自分の身体を、横へずらす。


 槍の軌道が変わる。


 正面の突きが、横からの払いへ変わった。


 ロイは半歩下がる。


 ヴァルターは追わない。


 追えば、懐に入られる。


 代わりに、土壁をロイの足元へ低く出す。


 膝下。


 ほんのわずかな高さ。


 だが、踏み込みの角度を乱すには十分。


 ロイの足がそれを踏んだ。


 次の瞬間、土壁が崩れる。


 足場を奪う罠。


 ロイの身体がわずかに沈む。


 ヴァルターは槍を突き出した。


 今度こそ、届く。


 そう思った瞬間。


 ロイの左手が鞘を押さえた。


 抜雷ではない。


 鞘の中で黒雷は唸らない。


 ただ、刀身に青白い雷が一筋走る。


 ロイの身体が、沈んだ姿勢のまま回った。


 刃の背が槍を叩く。


 槍が跳ね上がる。


 同時に、ロイの足元から細い雷が走り、崩れた土壁の破片を固定した。


 沈んだはずの足場が、一瞬だけ固まる。


 ロイはそこを踏み、前へ出た。


 今度は止められなかった。


 刀の峰が、ヴァルターの首元で止まる。


 鐘が鳴った。


 勝者、ロイ・オルディス。



 静寂。


 それから、拍手が起きた。


 ヴァルターは肩で息をしながら、槍を下ろした。


「……遠いな」


「ああ」


「否定しないのか」


「遠い」


「そうだな」


 ヴァルターは苦笑した。


 悔しさはある。


 だが、不思議と折れてはいない。


 むしろ、今までよりはっきり見えた。


 自分が伸ばすべき場所。


 土壁の使い方。

 足場。

 槍の軌道。

 防御から攻撃へ移る瞬間。


 届かない。


 だが、何もできなかったわけではない。


「一度、止めた」


 ロイが言った。


 ヴァルターは顔を上げる。


「何を」


「最初の柄頭。土の板がなければ終わっていた」


「……あれは、君の動きを見てからでは間に合わない。先に置いた」


「だから良かった」


 ヴァルターは少しだけ笑った。


「そうか」


 ロイは刀を納めた。


「次はもっと早く置けばいい」


「簡単に言う」


「やるしかない」


「分かっている」


 ヴァルターは闘技場を降りる。


 ミナが駆け寄った。


「ヴァルター、すごかったよ!」


「負けたがな」


「でも、すごかった!」


 リアナも頷く。


「かなり動けていたわ。特に足場の使い方」


「課題も多い」


「それは全員同じよ」


 ヴァルターはロイを振り返る。


 境界名簿第二十七席《黒雷》。


 遠い。


 だが、その遠さを知るために、今日の試合はあった。



 次の特別評価戦は、ガレス・ロウガンだった。


 闘技場へ上がる前、ガレスは境界軍の兵士に声をかけられた。


「燃やすな」


「分かっています」


「怒りで剣を振るな」


「分かっています」


「なら行け」


 ガレスは頷き、闘技場へ上がった。


 観覧席の空気が少し変わる。


 以前のガレスなら、ロイへ突っかかるためだけに戦ったかもしれない。


 だが今は違う。


 嫉妬はある。


 悔しさもある。


 それでも、戦う理由が少し変わっていた。


 ロイが向かいに立つ。


「条件は」


 ガレスが聞く。


「黒雷なし。抜刀あり」


「俺にも同じか」


「ああ」


「舐められているとは思わない」


 ガレスは炎剣を抜いた。


 炎は小さい。


 刃に薄く沿うだけ。


 以前のように燃え上がらない。


「今の俺では、それでも足りない」


「そうか」


「だが、やる」


 開始の鐘が鳴った。


 ガレスはすぐに炎を広げなかった。


 低い炎を足元へ置く。


 ロイの進路を焼くのではなく、嫌がらせるための火。


 さらに、剣そのものの炎は細い。


 斬るためではなく、触れた瞬間に相手の動きを鈍らせる熱。


 ロイが踏み込む。


 ガレスは剣を振るわない。


 半歩下がり、炎の線を置く。


 ロイの足が止まる。


 ほんの一瞬。


 だが、止まった。


 ガレスはその瞬間に横へ回る。


 剣を振り下ろす。


 ロイは刀で受けた。


 青白い雷と赤い炎がぶつかる。


 火花が散る。


 ガレスは力で押さない。


 剣を引き、炎を低く回す。


 ロイの足元へ。


 燃やす火ではない。


 動きを読ませるための火。


 ロイが言った。


「変わったな」


「黙れ」


「良くなった」


「だから黙れ!」


 怒鳴ったが、炎は膨らまない。


 怒りを乗せない。


 目的で置く。


 ガレスは歯を食いしばりながら、それを守った。


 観覧席で、境界軍の兵士が小さく頷いた。



 試合は長くは続かなかった。


 ロイが一歩深く踏み込む。


 ガレスは炎の線を置く。


 だが、ロイはその手前で止まらず、雷で足裏を保護して炎を越えた。


 ガレスの目が見開かれる。


 越えてくるとは思っていた。


 だが、速い。


 ロイの刀の峰が、ガレスの剣を弾く。


 次に、柄頭が腹部へ入る。


 ガレスの身体がくの字に折れた。


 膝をつきかける。


 だが、倒れない。


 左足を引き、炎を地面へ置いて、自分の身体を支えた。


 ロイの追撃が止まる。


 一瞬だけ。


 ガレスはその一瞬で剣を戻す。


 届かない。


 だが、倒れずに戻した。


 ロイの刀が首元で止まった。


 鐘が鳴る。


 勝者、ロイ・オルディス。


 ガレスは荒い呼吸のまま、歯を食いしばっていた。


「……くそ」


「最後、倒れなかった」


「慰めか」


「評価だ」


 ガレスはロイを睨む。


 だが、その目に以前のような濁った怒りは少ない。


「俺は、まだ弱い」


「ああ」


「だが、前よりはマシか」


「ああ」


「ならいい」


 ガレスは剣を下ろした。


 そして、悔しそうに笑った。


「次は、もっとマシになる」


「そうか」


「見てろ」


「見る」


 観覧席から拍手が起きた。


 ガレスは驚いたように顔を上げる。


 嘲笑ではない。


 称賛だった。


 負けた。


 だが、変わった。


 それを見た者たちが、拍手していた。


 ガレスは顔をしかめる。


「……やりづらいな」


 そう言いながら、彼は闘技場を降りた。



 エルナ教官は記録板を確認し、満足げに頷いた。


「いい評価戦になったな」


 セレスが答える。


「二人とも、折れていない。距離を知った上で、次を見ている」


「ロイを試験内容にした甲斐があったか」


「本人は面倒そうですが」


 ロイは闘技場の中央で、次の相手を待っていた。


 次はカイル・レインフォード。


 四年総合序列第五位。


 学院側で最も冷静にロイを見てきた上級生の一人。


 観覧席の空気が再び引き締まる。


 カイルは闘技場へ上がりながら、軽く笑った。


「待たせたな」


「待っていない」


「そういう返しだと思った」


 カイルは剣を抜く。


 風が薄く巻いた。


「条件は?」


 ロイが答える。


「黒雷、一系統まで許可。抜刀あり。広域技なし」


 観覧席がざわつく。


 ヴァルターとガレスの時より、制限が少し緩い。


 カイルは目を細めた。


「僕には黒雷を使うのか」


「必要だと思う」


「それは光栄だ」


 カイルの表情が変わる。


 穏やかな上級生ではなく、総合序列第五位の顔になった。


「では、こちらも全力で学ばせてもらう」


 開始の鐘が鳴る直前。


 ロイの指先に、黒い火花が一つ灯った。


 小さい。


 だが、圧が違う。


 講義で見た極小の黒雷と同じ。


 いや、少しだけ実戦寄りだった。


 カイルの風が、その圧に触れて震える。


 ロイは静かに構えた。


「始める」


 鐘が鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ