表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/48

第28話 並列行使

 《翠門》深部の本体核が封じられた翌日。


 学院は、ようやく日常を取り戻し始めていた。


 中央広場の封鎖は解除。


 東棟の補修も進み、第一闘技場も一部を除いて使用可能。


 学内序列戦は、明日から再開される。


 だが、その前に特別授業が組まれた。


 第二演習場。


 全学年の実技上位者と、序列戦参加班の代表が集められている。


 エルナ教官が壇上に立ち、黒板代わりの魔導板へ大きく文字を書いた。


 並列行使。


「今日やるのは、これだ」


 生徒たちがざわつく。


 並列行使。


 複数の魔力操作を同時に行う技術。


 言葉としては知っている。


 だが、実際に扱える者は少ない。


 エルナ教官は続けた。


「勘違いするな。これは《黒雷》の真似をする授業じゃない。あれは真似するな。死ぬ」


 何人かがロイを見る。


 ロイは演習場の端に立っていた。


 表情は変わらない。


 エルナ教官はさらに言う。


「二つ同時に扱えれば、学院生としては十分に優秀だ。三つなら実技上位。四つ以上は教師でも扱える者が限られる」


 その言葉で、生徒たちの空気が変わった。


 改めて数字で聞くと、ロイの十一重制御がどれほど異常か分かる。


「今日はまず、二つ同時からだ」


 エルナ教官が指を鳴らす。


 演習場に小さな魔導灯と訓練球が並べられた。


「一つ目。魔導灯へ一定量の魔力を流し続ける。二つ目。訓練球を浮かせる。どちらも初歩だ。だが、同時にやると崩れる」


 ミナが小声で言う。


「初歩って言われると逆に怖いんだけど」


 ヴァルターが腕を組む。


「やるしかない」


 リアナは真剣に魔導灯を見ていた。


「二つ同時……制御の優先順位が大事ね」


 ロイは黙って聞いている。


 エルナ教官が視線を巡らせた。


「始めろ」



 最初に崩れたのは、一年生たちだった。


 魔導灯へ魔力を流す。


 訓練球を浮かせる。


 その二つだけなのに、片方に意識を向けると、もう片方が落ちる。


「球が落ちた!」


「灯りが消えた!」


「両方無理!」


 演習場のあちこちで声が上がる。


 二年生も簡単ではない。


 ミナは水属性の魔力で訓練球を包みながら、魔導灯へ魔力を流そうとした。


 だが、球がふわりと浮いた瞬間、魔導灯が消える。


「あーっ、また!」


 ロイが横から言った。


「球を見すぎだ」


「見ないと落ちるんだよ!」


「落ちる前提で、灯りを切らすな」


「むずかしい!」


「難しい」


「ロイがそれ言うと、なんか腹立つ!」


 ミナは文句を言いながらも、もう一度試す。


 今度は球が揺れた。


 だが、魔導灯は消えない。


「できてる?」


「まだ不安定」


「でも消えてない!」


「そうだな」


 ミナは少し笑った。



 ヴァルターは土属性で訓練球を支え、魔導灯へ魔力を流していた。


 球は安定している。


 だが、魔導灯の明るさが一定ではない。


 強くなったり、弱くなったりしている。


「魔力を押しすぎだ」


 ロイが言う。


「押しすぎ?」


「球を支える方に力を入れるたび、灯りにも力が入っている」


「分けろということか」


「そうだ」


「簡単に言うな」


「分けるしかない」


 ヴァルターは目を閉じた。


 土の重さ。


 灯りへ流す細い魔力。


 二つを別の感覚に分ける。


 球は石のように支える。


 灯りは水のように流す。


 そう考えた瞬間、魔導灯の揺れが少し減った。


 ロイが言う。


「今の方がいい」


「……感覚を分ければいいのか」


「たぶん」


「たぶんか」


「俺のやり方とは違う」


 ヴァルターは小さく息を吐いた。


「なら、自分のやり方を探す」


「ああ」



 リアナは三人の中で一番安定していた。


 魔導灯へ細く魔力を流し、訓練球を氷風で浮かせている。


 ただし、表情は険しい。


「二つなら、何とかなるわ」


 ミナが驚く。


「さすがリアナ」


「でも、これを戦闘中にやるとなると別ね」


 リアナは訓練球を下ろした。


「今は動かない対象だからできる。敵が動き、味方が動き、地形が変わる中で維持するのは、まるで違う」


 エルナ教官が頷いた。


「分かっているなら上等だ」


 その時、カイルが前へ出た。


「エルナ教官。三つ同時を試しても?」


「やってみろ」


 四年総合序列第五位。


 カイルが行うとなれば、周囲の生徒も自然と注目する。


 カイルは魔導灯へ魔力を流す。


 訓練球を風で浮かせる。


 さらに、足元に小さな風の刃を維持した。


 三つ。


 魔導灯。

 訓練球。

 風刃。


 最初は安定していた。


 だが、十秒を過ぎたあたりで風刃がぶれた。


 二十秒で訓練球が揺れる。


 三十秒で、カイルは自分から魔力を切った。


「ここまでだな」


 生徒たちが息を吐く。


 四年上位でも、三つを維持するのは難しい。


 カイルは苦笑した。


「戦闘中なら、もっと短い。三つを維持しながら相手を見るのはかなり厳しい」


 エルナ教官が言う。


「今のが学院上位の現実だ。よく見ておけ」


 生徒たちは黙った。


 そして、改めてロイを見る。


 十一。


 あれは、数字ではない。


 世界が違う。



 ガレスも挑戦していた。


 魔導灯。


 訓練球。


 そして、低い炎。


 三つ。


 だが、炎が暴れる。


 強くしようとすれば、灯りが揺れる。


 灯りを整えれば、球が落ちる。


「くそっ」


 ガレスは歯を食いしばる。


 境界軍の兵士が近くで見ていた。


「炎を主にするな」


「どういう意味ですか」


「お前は全部を炎の感覚で押している。灯りも球も、炎で殴っているようなものだ」


「……分けろと」


「そうだ。燃やす、支える、流す。全部違う」


 ガレスは黙った。


 以前なら反発したかもしれない。


 だが今は、飲み込む。


 炎を小さくする。


 球を支える。


 灯りを流す。


 三つのうち、炎を一番弱くした。


 すると、球が少し安定した。


 兵士が言う。


「今の方がいい」


「弱くしたのに?」


「必要な強さにしただけだ」


 ガレスはその言葉を噛みしめる。


 必要な強さ。


 強ければいいわけではない。


 燃やせばいいわけではない。


 それを、彼は少しずつ理解し始めていた。



 授業の後半。


 エルナ教官はロイを呼んだ。


「手本を見せろ。ただし、壊すな」


「何を」


「二つから五つまででいい」


 生徒たちが一斉に反応した。


 五つまででいい。


 その言い方がおかしい。


 ロイは前に出る。


 魔導灯が五つ並べられた。


 訓練球が五つ。


 さらに、床には小さな魔法陣が五つ描かれている。


 エルナ教官が言う。


「魔導灯五つに別々の出力。訓練球五つを別々の高さで維持。魔法陣五つへ、順番に魔力を通せ」


 ミナが小声で呟く。


「それ、五つじゃなくない?」


 リアナが答える。


「十五に近いわね」


「だよね?」


 ロイは魔導具の前に立った。


 左手を軽く上げる。


 黒雷は使わない。


 ただの雷属性魔力。


 青白い細い光が、指先から分かれた。


 魔導灯が五つ、別々の明るさで灯る。


 訓練球が五つ、別々の高さで浮く。


 床の魔法陣へ、雷が順番に流れ込む。


 一つ目。

 二つ目。

 三つ目。

 四つ目。

 五つ目。


 全てが同時に維持された。


 揺れない。


 ぶれない。


 呼吸するように、当然のように。


 ロイはそれを見ながら言う。


「これは練習用だから簡単だ」


 演習場の空気が止まった。


 ミナが両手で顔を覆う。


「言っちゃだめなやつ……」


 ヴァルターが低く呟く。


「簡単、か」


 リアナは真剣な目で見ていた。


「でも、分かったこともあるわ」


「何が?」


 ミナが聞く。


「ロイは全部を力で押していない。むしろ、一つ一つが細い。必要な量だけ流している」


 カイルが頷く。


「そうだな。魔力量ではなく、分配精度だ」


 エルナ教官が生徒たちへ言う。


「見習うならそこだ。数ではない。必要な量を、必要な場所へ送る。それだけを覚えろ」


 ロイは魔力を切った。


 魔導灯が消え、訓練球が静かに床へ降りる。



 授業が終わる頃、生徒たちは疲れ切っていた。


 たった二つ同時。


 それだけで、魔力も集中力も削られる。


 だが、表情は悪くなかった。


「二つなら、なんとか形になった」


「三つは無理」


「でも練習すればいけるかも」


「カイル先輩でも三つ大変なんだな」


「ロイは……考えるのやめよう」


 現実を知った。


 同時に、進む道も見えた。


 ロイの十一重制御は、遠すぎる。


 だが、二つを三つへ。


 三つを安定へ。


 そこなら、自分たちにもできるかもしれない。


 ミナが水糸を指に絡めながら言った。


「私、まず二本の水糸を別々に動かせるようにする」


 リアナが頷く。


「私は氷と風の切り替えではなく、同時維持を詰めるわ」


 ヴァルターは土の小杭を見下ろす。


「僕は壁と杭を同時に扱う。防ぐだけでなく、流すために」


 ロイは短く言った。


「いいと思う」


 三人がロイを見る。


 ミナが笑う。


「それ、ちゃんと褒めてる?」


「ああ」


「じゃあ受け取っておく」



 夕方。


 掲示板に、学内序列戦再開後の組み合わせが貼り出された。


 個人予選の続き。


 班単位試験の評価反映。


 混成対抗試験の再編成。


 そして、特別枠。


 ロイ・オルディスの名前は、通常の二年枠ではなく、総合評価枠に移されていた。


 その横に、小さく注記がある。


 ――境界軍監督下、制限出力で参加。


 生徒たちがざわつく。


 だが、以前のような反発一色ではない。


「制限出力って……」


「そりゃそうだろ。抜雷とか使われたら闘技場壊れる」


「見たいけどな」


「見たいけど死にたくない」


「分かる」


 ロイは掲示板を見ていた。


 隣にセレスが立つ。


「当然の措置だ」


「分かっている」


「君が普通に出ると試験にならない」


「なら、何をする」


「評価側も兼ねろ」


 ロイはセレスを見る。


「参加者では?」


「参加者だ。ただし、君と当たる者には、勝敗とは別の評価を与える。どこまで動けたか、どこで退く判断をしたか、どこまで耐えたか」


「俺を試験内容にするのか」


「そうだ」


 セレスは淡々と言った。


「《黒雷》と向き合って、何を学ぶか。それも序列戦の一部になる」


 ロイは少し考えた。


「面倒だな」


「諦めろ」


 カイルが後ろから笑う。


「いい試験だと思う。僕も受けたいくらいだ」


「お前は本選側だ」


 セレスが言う。


「分かっています」


 カイルは掲示板を見る。


「明日から、また荒れるな」


 エルナ教官が横で腕を組む。


「荒れてもらわなきゃ困る。安全な範囲でな」


 ロイは掲示板の自分の名を見た。


 境界軍監督下。


 制限出力。


 それでも、出る。


 学院生として。


 《黒雷》として。


 その両方で。



 夜。


 第二演習場には、まだ何人かの生徒が残っていた。


 魔導灯と訓練球。


 二つ同時の練習。


 何度も失敗し、灯りが消え、球が落ちる。


 それでも、彼らは続けていた。


 ガレスもいた。


 ヴァルターも。


 ミナも。


 リアナも。


 遠くで見ていた一年生たちも、小さな魔導灯を借りて真似している。


 学院は変わり始めていた。


 黒雷を見たことで、折れた者もいる。


 だが、立った者もいる。


 そして、立った者たちは、まず二つ同時の灯りから始めていた。


 ロイは演習場の入口でそれを見ていた。


 セレスが横に立つ。


「悪くない光景だな」


「ああ」


「明日、序列戦が再開する」


「分かっている」


「手加減しすぎるな。侮辱になる」


「壊さない範囲でやる」


「それでいい」


 演習場の中で、ミナの魔導灯が消えずに残った。


 訓練球は大きく揺れていたが、落ちていない。


 ミナが声を上げる。


「できた! 見て、今のちょっとできた!」


 リアナが笑う。


「ええ。今のは良かったわ」


 ヴァルターも小さく頷く。


「悪くない」


 ガレスは少し離れた場所で、灯りと炎を同時に維持しようとしていた。


 炎はまだ揺れている。


 だが、消えてはいない。


 ロイはそれを見て、短く言った。


「明日は、少し面白そうだ」


 セレスが横目で見る。


「君がそれを言うのは珍しい」


「そうか」


「ああ」


 夜の演習場に、小さな灯りがいくつも浮かんでいた。


 まだ弱い。


 不安定で、すぐ消える。


 けれど確かに、増え始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ