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第26話 外域想定

 翌朝。


 第三試験場の入口前には、選抜された班だけが集められていた。


 二年第一班。

 三年ガレス班。

 四年上位混成班。

 ほか数班。


 昨日の班単位試験で一定以上の評価を得た者たちだ。


 試験場の前には、セレスとエルナ教官、カイルが立っている。


 カイルは今日、参加者ではない。


 上級生側の誘導補助と記録役に回っていた。


 セレスが短く告げる。


「今日の課題は、外域想定環境での混成対抗試験だ」


 試験場の扉が開く。


 中から、重い空気が流れ出した。


 昨日より濃い。


 《翠門》ほどではない。


 だが、普通の訓練場ではない。


 魔力が真っすぐ流れない。


 呼吸のたびに、胸の奥へ小さな砂が入るような感覚がある。


 ミナが顔をしかめた。


「昨日より、ずっと嫌な感じ……」


 ロイは言う。


「まだ薄い」


「それ、もう聞きたくないかも」


 ヴァルターが槍を握り直す。


「これで薄いなら、本物はどれほどだ」


 セレスが答えた。


「立っているだけで魔力制御が乱れる場所もある。音が遅れて聞こえる谷、傷が塞がらない森、火を使うと空気ごと燃える湿地もある」


 生徒たちが黙る。


「ダンジョンは危険だ。だが、管理されている。外域は違う。比較はできるが、同じ物差しでは測れない」


 エルナ教官が続ける。


「今日の試験は、その入口だ。勝つことより、崩れないことを優先しろ」


 セレスが頷く。


「開始する。第一組、入れ」



 試験場内は、広い廃墟区画になっていた。


 崩れた壁。

 低い霧。

 足元に走る細い溝。

 魔導灯はあるが、光が少し濁っている。


 参加班は複数。


 目的は三つ。


 封鎖対象の確保。

 負傷者役の救助。

 制限時間内の撤退。


 ただし、他班と接触した場合、戦闘もあり得る。


 リアナがすぐに判断する。


「正面突破は避けるわ。左の建物沿いに進む。ミナ、霧の中へ糸を伸ばして。ヴァルターは足元。ロイは中間で反応確認」


「了解」


 ミナの水糸が霧へ入る。


 だが、すぐに糸が揺れた。


「うわ、変な方向に引っ張られる!」


「外域想定の魔力流だ」


 ロイが言う。


「糸を固定しすぎるな。流れに逆らうと切れる」


「緩める?」


「半分流せ」


「やってみる!」


 ミナは水糸の張りを変えた。


 すると、糸は霧の中で大きく揺れながらも、切れずに進む。


 リアナが頷く。


「そのまま周辺確認。無理に形を保たなくていいわ」


 ヴァルターは足元に土壁を出そうとして、眉を寄せた。


「土が重い」


「魔力が沈む場所だ」


 ロイが短く言う。


「厚く出すな。杭にしろ」


「杭か」


 ヴァルターは壁をやめ、低い土杭を等間隔に出した。


 足場を作る。


 全員がその上を進む。


 昨日までの訓練が、すぐに形を変えて使われていた。



 最初に接触したのは、三年ガレス班だった。


 霧の向こうから、炎の気配が近づく。


 だが、炎は大きくない。


 低く、細い。


 道を照らす程度に絞られている。


 ガレスがこちらに気づいた。


「第一班か」


 リアナが返す。


「交戦する?」


「今はしない。封鎖対象が先だ」


 以前なら、ここで挑発が飛んだかもしれない。


 だが、ガレスは周囲を見ていた。


 霧。

 歪む魔力。

 足元の溝。


 無駄に戦えば、どちらも消耗する。


「一時協力する」


 ガレスが言った。


 班員たちが驚く。


 ヴァルターも少し目を細めた。


 ロイは頷く。


「その方が早い」


「お前に言われると腹が立つな」


「そうか」


「だが、今回はそうする」


 リアナがすぐに指示を出す。


「では、ガレス先輩の班は右側の建物沿いを。こちらは左。中央は空けましょう。何か出た場合は挟まず、片側へ流す」


「了解した」


 ガレスは素直に受けた。


 その様子を、試験場外の記録席でカイルが見ていた。


「いい判断だ」


 エルナ教官も頷く。


「あのガレスが一時協力を選んだか」


「変わりましたね」


「まだ尖ってはいるがな」


 セレスは淡々と言う。


「尖りは悪くない。向く方向を間違えなければ」



 廃墟区画の中央に近づくと、魔力の歪みが強くなった。


 封鎖対象は近い。


 だが、その前に模擬魔獣が出た。


 四体。


 狼型二体。

 棘持ち一体。

 そして、腕の長い人型一体。


 昨日までの訓練個体より、動きが不安定だった。


 速い時と遅い時がある。


 足音と実際の位置がずれる。


 ミナが叫ぶ。


「音が変!」


 ロイが答える。


「聞くな。見ろ」


 ガレスが低く唸る。


「やりづらいな」


「それが外域想定だ」


 ロイは黒雷をまだ使わない。


 まず、生徒たちに動かせる。


 ヴァルターの土杭が狼型の足をずらす。


 ミナの水糸が棘持ちの首を引く。


 リアナの氷風が霧を薄く払い、ガレスの低い炎が人型の進路を嫌がらせる。


 だが、人型が突然加速した。


 長い腕がミナへ伸びる。


 ヴァルターが壁を出す。


 間に合わない。


 ガレスが炎剣を出しかける。


 だが、ロイが先に動いた。


 鞘の先が床に触れる。


 黒雷が一本だけ走った。


 人型の足元ではなく、肘へ。


 腕が途中で止まる。


 ミナの頬のすぐ横で、爪が止まった。


「ひっ……!」


「下がれ」


 ロイの声で、ミナが後退する。


 ガレスが人型の肩を木剣で叩き、リアナが氷風で足を鈍らせる。


 倒さない。


 動きを止める。


 最後はヴァルターの土杭が膝裏に入り、人型は崩れた。


「制圧!」


 リアナが宣言する。


 試験場の外で、評価官たちの筆が走った。



 封鎖対象は、廃墟中央の広場にあった。


 黒い柱。


 昨日のものより大きい。


 その周囲に、三つの負傷者役人形が倒れている。


 さらに、別方向から四年上位混成班も到着した。


 代表の四年生がすぐに言う。


「戦う気はない。封鎖優先でいいな」


 リアナが頷く。


「はい。救助対象が三体あります」


 ガレスも短く言った。


「異論なし」


 三班合同。


 試験としては想定されているが、簡単ではない。


 指揮系統が乱れれば、逆に危険になる。


 四年生がカイルの方を見るように一瞬だけ外へ目を向け、それから言った。


「全体指揮はセレストに任せる。昨日の試験で、封鎖対象への判断が早かった」


 リアナが一瞬だけ驚く。


 だが、すぐに頷いた。


「分かりました。では、四年班は負傷者役の回収を。ガレス先輩の班は右側の魔獣を抑えてください。私たちは封鎖対象を止めます」


「了解」


「任せろ」


 上級生たちは従った。


 それは、リアナにとって大きな経験だった。


 格上に命令する重さ。


 その責任。


 だが、彼女は逃げなかった。



 黒い柱が脈打つ。


 外域想定の魔力負荷が、さらに上がった。


 ミナの水糸がぶれる。


 ヴァルターの土杭が崩れかける。


 ガレスの炎が横へ流される。


 四年生の風術も乱れた。


 普通のダンジョンなら、ここまで環境そのものが邪魔をしてくることは少ない。


 だが、外域ではそれが前提になる。


 ロイは柱を見た。


「右上、左下、根元」


 リアナが即座に理解する。


「三点を止めればいいのね」


「ああ」


「ミナ、右上へ水糸。ヴァルター、根元を土杭で固定。私は左下を冷やす。ロイは最後に通して」


「了解!」


 動きは速かった。


 ミナの水糸が右上へ伸びる。


 途中で流されるが、主糸だけを残して届かせる。


 ヴァルターの土杭が根元を押さえる。


 リアナの氷風が左下を冷やす。


 柱の脈動が一瞬止まった。


 ロイが鞘を向ける。


 黒雷が細く通る。


 柱の内部で、三点の乱れが断たれた。


 封鎖対象が沈黙する。


 同時に、周囲の模擬魔獣の動きも止まった。


 鐘が鳴る。


 課題達成。


 だが、リアナはすぐに叫んだ。


「撤退! 評価終了まで油断しないで!」


 その判断が早かった。


 生徒たちはすぐに負傷者役を抱え、撤退地点へ向かう。


 最後尾でガレスが炎を低く置き、追撃を嫌がらせる。


 ロイは中間で全体を見ていた。


 誰も置き去りにしない。


 誰も勝利に浮かれない。


 全員が撤退地点へ入った瞬間、二度目の鐘が鳴った。


 混成対抗試験、達成。



 試験場の外へ出ると、生徒たちは一斉に息を吐いた。


 ミナはその場に座り込む。


「きっつ……」


 ヴァルターも肩で息をしている。


「魔力が、思ったより乱された」


 ガレスは額の汗を拭った。


「ダンジョンとは違うな」


 ロイが頷く。


「違う」


 四年生の一人が言う。


「これで薄い再現なら、外域の魔獣をダンジョンの等級で見ること自体が危ないな」


 セレスが近づいてきた。


「その通りだ」


 生徒たちが彼女を見る。


 セレスは短く続けた。


「ダンジョンでA級相当の魔獣が、外域では小禍にも届かないことがある。逆に、単体の力はB級程度でも、環境と性質次第で部隊を壊すものもいる」


 ガレスが問う。


「では、この前の黒い根は」


「正式評価はまだだ」


 セレスは即答した。


「ただし、壁内発生個体としては異常。外域基準では、本体ではなく枝と核片に近い。禍等級で言えば、小禍未満。だが、ダンジョン基準だけで測れば、部分的にはA級以上の危険を持っていた」


 生徒たちが黙る。


 小禍未満。


 それで、あれほどの混乱が起きた。


 中央広場を覆い、東棟を狙い、《黒雷》と《蒼刃》が出る必要があった。


 ミナが小さく言う。


「小禍未満で、あれ……?」


 セレスは頷いた。


「だから、物差しが違うと言った」


 その言葉は、生徒たちの胸に重く落ちた。



 評価発表はその場で行われた。


 リアナ率いる混成組は、最高評価。


 理由は、封鎖対象への判断、他班との協力、負傷者役の回収、撤退の早さ。


 特に、リアナの指揮判断が大きく評価された。


 リアナは驚いたように目を見開いた。


 カイルが笑う。


「当然だ。今日は君が指揮を取った」


「皆さんが従ってくれたからです」


「それも指揮官の力だ」


 リアナは少しだけ俯き、すぐに顔を上げた。


「ありがとうございます」


 ミナが嬉しそうに笑う。


「リアナ、すごい!」


 ヴァルターも頷いた。


「班長として当然の評価だ」


「あなたに言われると少し不思議ね」


「僕もそう思う」


 ロイは短く言った。


「良かった」


 リアナはロイを見る。


「それだけ?」


「指揮は良かった」


「……なら、十分ね」



 ガレス班も高評価だった。


 完璧ではない。


 だが、前回より明確に改善している。


 特に、炎を抑えた制圧と他班協力が評価された。


 ガレスは評価板を見て、しばらく黙っていた。


 ロイが横を通る。


「炎は今日も良かった」


 ガレスは顔をしかめる。


「毎回言う気か」


「良かった時は」


「なら、悪い時も言え」


「分かった」


「……本当に腹が立つな」


 だが、以前ほど棘はない。


 ガレスは評価板から目を離し、試験場を見た。


「小禍未満で、あれか」


「ああ」


「外は、そんなに違うのか」


「違う」


「……なら、俺たちはまだ何も知らないんだな」


「今知った」


 ガレスは短く笑った。


「そうだな。今知った」



 夕方。


 試験終了後、セレスはロイにだけ声をかけた。


「核片の解析が終わった」


「結果は」


「本体への道が開く。明日、深部へ入る」


「分かった」


「今度は、私も前に出る」


 ロイはセレスを見る。


「大きくか」


「必要なら」


「そうか」


 セレスの蒼い目が、わずかに冷たく光る。


「《蒼刃》の名が、飾りではないことくらいは見せておく」


 ロイは頷いた。


「期待してる」


「君にそう言われると、少し癪だな」


 セレスはそう言って、歩き出した。


 その背中には、静かな圧があった。


 黒雷とは違う。


 冷たく、鋭く、澄んだ刃のような圧。


 明日、《翠門》深部へ再び入る。


 そこでは、ロイだけでなく。


 《蒼刃》セレス・アーヴェインの実力も、いよいよ明らかになる。


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