第25話 班単位試験
翌朝。
第二試験場には、班単位試験に参加する生徒たちが集められていた。
個人予選とは違い、今日の空気は静かだった。
ただ相手を倒せばいいわけではない。
救助。
制圧。
撤退。
判断。
中央広場の異常を経験した生徒たちは、その言葉の重みを知っている。
壇上にはエルナ教官、カイル、そしてセレスが立っていた。
セレスが口を開く。
「今回の試験では、模擬魔獣、負傷者役、封鎖対象、撤退地点が配置される。勝敗だけでなく、命令への反応、情報共有、被害抑制も評価対象とする」
生徒たちは黙って聞いている。
「敵を倒すだけの班は評価されない。負傷者を放置する班も同じだ。撤退命令を無視する者は、序列以前の問題として失格扱いになる」
ガレスが腕を組み、黙って頷いた。
以前なら、撤退という言葉に不満を覚えたかもしれない。
だが今は違う。
ロイが《翠門》で討伐せず、撤退補助を優先した理由。
その意味を、少しずつ理解し始めている。
セレスは続けた。
「最後に一つ。今日の試験場には、一部だけ外域想定の環境負荷を入れている」
講堂ではなく、試験場全体がざわついた。
外域。
その言葉は、以前よりも重く響く。
「本物ではない。あくまで薄い再現だ。だが、管理迷宮とは違う」
セレスは淡々と言う。
「管理迷宮は、記録がある。階層がある。魔獣の傾向がある。攻略法が積み重なる。だが外では、その前提が崩れる」
彼女の蒼い目が、生徒たちを見渡した。
「地形が変わる。魔力の流れが変わる。魔獣が、教本通りに死なない。倒したつもりで増えるものもいる。殺せば毒を撒くものもいる。だからまず、見る。止める。退く。必要なら切る」
短い説明だった。
だが、十分だった。
セレスは締める。
「それを学べ。今日は、そのための試験だ」
◇
第一班の順番は、早かった。
ロイ、リアナ、ミナ、ヴァルター。
そして協力上級生としてカイル。
五人は試験場入口に立つ。
中は迷宮の一部を模した訓練区画だった。
石壁。
狭い通路。
分岐。
薄暗い魔導灯。
だが、空気が少し違う。
《翠門》ほどではない。
それでも、普通の訓練場より呼吸が重い。
ミナが小声で言う。
「これが外域想定……?」
ロイは首を横に振った。
「薄い」
「これで?」
「本物はもっと乱れる」
ミナは顔を引きつらせた。
「聞かなきゃよかった」
リアナが短く指示する。
「隊列確認。前衛ヴァルター、中間ロイ、後衛ミナ。私は前中間で指揮と制圧補助。カイル先輩は遊撃と撤退路確認」
「了解」
カイルが頷く。
「班長の指示に従う」
四年総合序列第五位が、二年の班長に指揮を譲る。
それだけで、周囲の評価官たちの筆が動いた。
リアナは余計な反応をしない。
「開始します」
鐘が鳴った。
第一班が試験場へ入る。
◇
最初の通路で、模擬魔獣が二体出た。
狼型。
ただし、一体の足が異様に長い。
もう一体は背中に棘がある。
記録上の魔獣より、わずかに歪んでいる。
ヴァルターが即座に土壁を出した。
厚い壁ではない。
低く、斜めに三枚。
狼型の突進がずれる。
リアナが氷風で足元を鈍らせ、ミナの水糸が棘持ちの首を引く。
ロイは動かなかった。
見る。
模擬魔獣の魔力の流れを確認する。
「棘の方は斬るな」
「理由は?」
リアナが即座に聞く。
「背中の棘に散布反応がある。壊すと周囲に撒く」
「了解。制圧に切り替え」
リアナの指示が早い。
ヴァルターが壁を重ね、棘持ちの進路を狭める。
ミナが水糸を脚へ巻く。
カイルが横から入り、首元を軽く叩いて姿勢を崩す。
最後にロイが鞘の先を床へ向けた。
黒雷が細く走り、棘持ちの腹下を通る。
動きだけが止まった。
棘は壊れていない。
「制圧」
リアナが宣言する。
評価官席で、エルナ教官が頷いた。
「悪くない。判断が早い」
セレスは腕を組んだまま言う。
「ロイに頼りきっていない。班として動けている」
◇
次の区画には、負傷者役の人形が二体置かれていた。
一体は通路中央。
もう一体は崩れた壁の奥。
同時に、奥から大型の模擬魔獣が近づいてくる。
時間をかければ挟まれる。
リアナが判断する。
「ミナ、一体目を固定。ヴァルター、壁で大型を遅らせて。カイル先輩、奥の人形をお願いします。ロイは中間で両方を見て」
「了解」
全員が動く。
ミナの水糸が通路中央の人形を巻き、引き寄せる。
ヴァルターは大型魔獣の足元へ低い土壁を連続で出す。
止めるのではない。
歩幅を狂わせる。
大型魔獣が体勢を崩した瞬間、ロイの黒雷が床下を通り、片足の動きを止めた。
カイルは崩れた壁の奥へ滑り込み、人形を担ぎ上げる。
だが、その瞬間、天井から細い根状の罠が落ちた。
試験用の模擬罠だ。
カイルが風で弾こうとする。
その前に、リアナが氷風を飛ばした。
根の先端が凍り、動きが鈍る。
「カイル先輩、右へ!」
「助かる」
カイルは右へ跳び、罠をかわして戻る。
負傷者役二体を確保。
撤退地点まで残り十歩。
大型魔獣が再び動き出す。
ヴァルターが槍を構えた。
「倒すか?」
リアナは即答した。
「倒さない。撤退優先」
ロイが頷く。
「正解だ」
ヴァルターは不満を言わず、土壁を後方に置く。
ミナが水糸で人形を支え、カイルが道を開ける。
全員が撤退地点へ到達。
鐘が鳴った。
第一課題、完了。
◇
観覧席の生徒たちは静かにざわついた。
「ロイだけじゃない」
「第一班、普通に連携してる」
「リアナの判断早いな」
「グレインも変わった」
「ミナの水糸、救助に使うと強いんだな」
ロイの存在感は大きい。
だが、班全体が機能している。
それが分かる試験だった。
ガレスは観覧席で腕を組んでいた。
隣の三年生が言う。
「ロイが全部やると思ってた」
「違う」
ガレスは低く答える。
「あいつは、必要なところだけ押さえてる」
「分かるのか」
「分かる」
悔しいが、分かる。
ロイは班を置き去りにしていない。
むしろ、班が動けるように最小限だけ触っている。
それは、強い者の使い方だった。
◇
第二課題。
試験場の奥に、封鎖対象があった。
黒い柱状の魔導具。
そこから薄い魔力が漏れている。
周囲には模擬魔獣が三体。
条件は、封鎖対象を安定化させた上で撤退すること。
倒すだけでは終わらない。
リアナが柱を見て言う。
「ロイ、あれは?」
「外域反応の薄い再現。近づきすぎると魔力が乱れる」
「ミナ、後ろ。ヴァルター、左を塞いで。カイル先輩、右の魔獣を流してください」
「了解」
動き出した瞬間、柱から魔力の波が広がった。
ミナの水糸が一瞬乱れる。
「うわっ、糸が重い!」
「慌てない」
リアナが言う。
「主糸を一本に絞って」
「うん!」
ミナは複数の水糸を一度畳み、一本だけ強く残した。
ロイは柱を見ている。
完全に止めるなら簡単だ。
だが、それでは試験にならない。
「リアナ」
「何?」
「柱の右下に流れが偏っている。そこを冷やせば安定する」
「分かった」
リアナが氷風を放つ。
柱の右下が白く凍り、魔力の波が弱まる。
ヴァルターが土壁で魔獣の進路を曲げ、カイルが一体を封鎖対象から遠ざける。
ロイは最後に鞘で柱の根元を軽く叩いた。
黒雷が一瞬だけ入り、魔力の乱れを断つ。
柱が沈黙した。
「封鎖完了」
リアナが宣言する。
第二課題も、達成。
◇
試験場の外で、エルナ教官が記録板を見る。
「高評価だな」
セレスが頷く。
「判断が早い。特に班長がロイの力を前提にしつつ、依存していない」
「リアナは伸びたな」
「ああ」
エルナは少し笑った。
「最初は、あいつの事情に踏み込みすぎるかと思ったが」
「今は役割を理解している」
「生徒は変わるものだな」
「変われない者は、外では死ぬ」
セレスの声は淡々としていた。
その重みを、近くにいた教師たちは感じ取った。
ダンジョンの失敗なら、やり直せることもある。
外では、そうはいかない。
その差は、まだ生徒たちには深く伝わっていない。
だが、いずれ知ることになる。
◇
第一班の試験が終わると、次は三年のガレス班だった。
ガレスは試験場へ入る前、ロイの横で足を止めた。
「見ていろ」
「見る」
「……それだけか」
「ああ」
「腹が立つ」
ガレスはそう言い、試験場へ入った。
班員たちが緊張している。
ガレスは炎剣を抜かない。
最初の模擬魔獣が出た。
以前なら、炎で押し切っただろう。
だが、彼はまず剣の腹で受け、足元へ低い炎を置いた。
燃やす炎ではない。
進路を嫌がらせる熱。
魔獣が横へ逃げる。
そこへ班員の水属性が足を絡めた。
「今だ、止めろ! 斬るな!」
ガレスが叫ぶ。
班員たちが動く。
荒い。
第一班ほど整ってはいない。
だが、確かに変わっていた。
倒すだけではない。
止める。
守る。
撤退する。
ガレスはそれをやろうとしている。
観覧席の三年生たちが息を呑む。
「ガレスが炎を抑えてる」
「本当に変えたのか」
ロイは短く言った。
「悪くない」
ヴァルターが横で苦笑する。
「本人に聞かせたら、また怒るぞ」
「なら後で言う」
「言うのか」
「必要なら」
◇
ガレス班は完璧ではなかった。
負傷者役の確保で一度遅れた。
封鎖対象にも近づきすぎ、魔力の乱れで班員が膝をついた。
だが、ガレスは怒鳴るだけでは終わらなかった。
自分が前へ出て、班員を下げ、炎を絞って封鎖対象の周囲を焼かずに押さえた。
撤退地点へ到達した時、彼は肩で息をしていた。
鐘が鳴る。
課題達成。
評価は、第一班ほど高くはない。
それでも、合格圏内だった。
ガレスが試験場から戻る。
ロイは言った。
「炎は前より良かった」
ガレスは露骨に嫌そうな顔をした。
「また上からか」
「事実だ」
「……どこが」
「広げなかった。止める火になっていた」
ガレスは黙る。
しばらくして、低く答えた。
「次はもっと上手くやる」
「ああ」
それだけだった。
だが、周囲の三年生たちはそのやり取りを見ていた。
敵意だけではない。
認めたくない相手からの評価を、ガレスが受け取った。
その事実は小さくない。
◇
夕方まで試験は続いた。
上級生にも、良い班は多かった。
下級生を気遣う四年生。
負傷者役を優先して、自分の撃破数を捨てる三年生。
派手な魔法を抑え、撤退路を守る班長。
ロイを敵視する者だけではない。
学院には、ちゃんと強くなろうとする者がいた。
守るために学ぶ者がいた。
負けを認めて、次へ進む者がいた。
その姿を見て、ミナがぽつりと言った。
「いい人、多いね」
リアナが頷く。
「ええ。目立たなかっただけで」
ヴァルターは少し苦い顔をする。
「嫉妬する者ほど声が大きいからな」
「君も前はそっち寄りだったよ」
ミナが言うと、ヴァルターは咳払いした。
「否定はしない」
ロイは試験場を見ていた。
悪くない。
そう思った。
この学院は、弱いだけではない。
知らないだけだった。
外を。
境界を。
命令の意味を。
撤退の重さを。
それを知れば、伸びる者はいる。
◇
全試験終了後、セレスが壇上に立った。
「今日の試験は終了だ。評価は明日掲示される」
生徒たちは疲れ切っていたが、顔は悪くない。
セレスは続ける。
「明日、上位班には追加課題を行う」
空気が変わる。
「内容は、外域想定環境での混成対抗試験。通常の班単位試験より負荷を上げる」
ざわめきが起きた。
セレスはそれを一言で止める。
「本物の外域ではない。だが、今日の試験よりは近い」
彼女の声は冷静だった。
「そこで、君たちは知ることになる。ダンジョンで強いことと、外で生き残れることは違う」
ロイは壇上のセレスを見た。
これは、序列戦でありながら、もう授業でもある。
学院を変えるための。
そして、外へ向かう者を選ぶための。
セレスは最後に言った。
「明日、折れるな。折れたなら、立て。立てない者は、まだ外へ出る時ではない」
生徒たちは黙って聞いていた。
その沈黙には、恐れと熱が混じっていた。
試験は終わった。
だが、本番はまだ先にある。
外域想定環境。
混成対抗試験。
そして、《翠門》深部に残る本体。
学院の序列戦は、確実に別の意味を持ち始めていた。




