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第18話 切除作戦

 第一闘技場の異常発生から、半刻後。


 職員棟第一会議室には、これまでより多くの人間が集められていた。


 学院長。

 エルナ教官。

 管理局術師長。

 セレス・アーヴェイン。

 ロイ・オルディス。

 カイル・レインフォード。


 そして、数名の教師と境界軍の兵士。


 机の上には、闘技場地下の図面が広げられている。


 黒い線は、もう細い枝では済まなかった。


 《翠門》から伸びた反応は、訓練場、第二演習場、第一闘技場へと広がり、学院中心部へ向かっている。


 術師長が険しい顔で言った。


「第一闘技場で封鎖した反応は、表層部です。本体に近いものは、まだ《翠門》側に残っています」


 セレスが問う。


「根を切っても、再発するか」


「はい。枝を切っただけでは、数日以内に別経路から出ます」


 エルナ教官が舌打ちする。


「なら、根元を叩くしかないな」


 学院長は静かに頷いた。


「学内序列戦は?」


 会議室が沈黙する。


 王立学院の序列戦は、ただの学内行事ではない。


 外部視察者が入り、進路にも関わる。簡単に中止すれば、学院の信頼にも影響が出る。


 だが、今日の事件で状況は変わった。


 セレスが言った。


「中止ではなく、延期が妥当です」


 エルナ教官が眉を上げる。


「境界軍としては、そう判断するか」


「はい。これ以上、生徒を餌にする必要はありません」


 その言葉は冷たかった。


 だが、正しい。


 ロイも頷く。


「今日、十分に食いついた。もう場所は絞れる」


 学院長がロイを見る。


「反応源を特定できるかね」


「おおよそなら」


「切除は?」


「命令があれば」


 セレスが図面を指した。


「今夜、《翠門》北東封鎖区画から入り、地下へ伸びた根の本線を切る。作戦目標は反応源の切除。討伐ではない」


 カイルが確認する。


「生徒の参加は?」


「原則なし」


 セレスは即答した。


「ただし、学院内の誘導と待機指揮に上級生を使う。カイル・レインフォード、君には四年をまとめてもらう」


「承知しました」


 カイルはすぐに頷いた。


「第一闘技場の時と同じですね。生徒を動かす側に回ります」


「そうだ。お前は中に入らない」


「分かっています」


 カイルは悔しそうにはしなかった。


 自分の役割を理解している。


 強いから前に出るのではない。

 必要だから、その場所に立つ。


 その判断ができる上級生だった。


 セレスは次にロイを見た。


「ロイ・オルディス。君には切除点の指定と、黒雷による進路焼却を頼む」


「分かった」


「十一で足りるか」


「表は」


「奥は?」


「状況次第」


 それだけで、セレスは理解した。


 周囲の教師たちは意味を測りかねていたが、境界軍の兵士たちはわずかに表情を引き締める。


 十一重制御。


 学院ではそれだけで異常。


 だが、ロイにとっては全てではない。


 セレスはそれ以上を聞かなかった。


「必要なら使え。ただし、学院の地下構造を壊すな」


「努力する」


「努力ではなく、やれ」


「分かった」


 エルナ教官が低く笑った。


「お前にその言い方ができる人間は貴重だな」


 セレスは表情を変えない。


「言わなければ、彼は最短で済ませようとします」


「確かに」


 ロイは否定しなかった。



 会議が終わると、学院にはすぐに通達が出された。


 学内序列戦の一時延期。


 理由は、第一闘技場の地下術式異常と安全点検。


 外域反応の詳細は伏せられた。


 だが、今日闘技場にいた生徒たちは、何が起きたかを見ている。


 完全に隠すことはできない。


 掲示板前には、多くの生徒が集まっていた。


「延期か……」


「まあ、あんなの見たら当然だろ」


「ロイと《蒼刃》が止めたやつだよな」


「ガレス先輩も動いてたらしいぞ」


「ああ、試合中の生徒を守ったって」


 その噂に、ガレス本人は反応しなかった。


 彼は少し離れた場所で、掲示を見ていた。


 隣にいた三年生が言う。


「お前、評価変わるかもな。あの場で動いたのは事実だ」


「負けたのも事実だ」


「境界軍の兵士にか?」


「それもだ」


 ガレスは拳を握る。


「俺はまだ弱い」


 その言葉に、周囲の三年生が少し驚いた。


 以前の彼なら、そう簡単には言わなかった。


「だが、終わってない」


 ガレスは掲示板から目を離す。


「序列戦が延期なら、時間ができた。鍛え直す」


 嫉妬は消えていない。


 ロイへの反発も残っている。


 だが、それだけで動く段階は過ぎつつあった。


 倒したいなら、見なければならない。


 学ばなければならない。


 悔しさを、形にしなければならない。



 夕方。


 第二演習場には、上級生と下級生が混じっていた。


 序列戦は延期になった。


 それでも、多くの生徒が訓練をやめなかった。


 むしろ、今日の事件で火がついた者もいる。


 カイルは四年生たちを集め、避難誘導と班単位の制圧訓練を指示していた。


「戦闘班と誘導班を分けろ。強い者を全員前に出すな。守る側にも使え」


「了解」


「魔力を無駄に膨らませるな。今日の根は火球に反応した。大技は撃つ前に周囲を見ろ」


 四年生たちは真剣に聞いている。


 その横では、三年生数名が境界軍兵士に制圧動作を教わっていた。


 兵士は生徒に対して容赦がない。


「遅い。そこを掴まれたら終わりだ」


「もう一度お願いします!」


「頼む前に立て。倒れたまま頼むな」


「はい!」


 厳しい。


 だが、生徒たちは食らいつく。


 名簿持ちではない境界軍兵士。


 それでも、学院上位生たちから見れば十分すぎるほど遠い。


 その差を知ったからこそ、学ぶ者が増えた。


 ミナがその光景を見て言った。


「なんか、学院っぽくなってきたね」


「前から学院だろ」


 ロイが答える。


「そうだけど。嫉妬とかケンカだけじゃなくてさ、ちゃんと強くなろうとしてる感じ」


 ヴァルターが槍を握り直す。


「悔しさを訓練に使うなら、悪くない」


「ヴァルターも?」


「当然だ」


 リアナは頷いた。


「今のうちに、私たちも動きを整理しましょう。今夜の作戦に直接入らなくても、学院側で何かあれば動く可能性がある」


 ロイが言う。


「無理はするな」


「しないわ。役割を守る」


 以前よりも、リアナの返事は短くなった。


 前へ出るだけが責任ではない。


 それを彼女も理解し始めている。



 夜。


 北区画へ向かう通路は、完全に封鎖された。


 境界軍の兵士が二名、入口に立っている。


 彼らは生徒に対しては短く命じる。


「下がれ」


「ここから先は立入禁止だ」


「質問は教師にしろ」


 だが、ロイが近づくと、姿勢が変わった。


「ロイ殿。セレス隊長がお待ちです」


「ああ」


「《翠門》前にて合流とのことです」


「分かった」


 その場に偶然いた数人の生徒が、黙り込む。


 扱いの差は明確だった。


 だが、もうそれに怒鳴り込む者は少ない。


 今日、闘技場で何が起きたかを見た者なら分かる。


 境界軍がロイへ敬意を払う理由は、少なくとも何かある。


 その何かをまだ知らないだけだ。


 《翠門》の入口前には、セレスがいた。


 灰色の軍装。蒼い長剣。


 周囲には小隊の兵士たちと、管理局の術師。


 エルナ教官もいる。


「来たか」


「ああ」


 セレスは地図を広げる。


「作戦は単純だ。北東封鎖区画から入り、根の本線を探る。管理局が封鎖陣を維持。私が中心部を止める。君が進路を焼く」


「切除点は現場で決める」


「それでいい」


 エルナ教官がロイを見る。


「学院の地下を吹き飛ばすなよ」


「絞る」


「頼んだ」


 軽い言い方だったが、本気だった。


 ロイは頷く。


 石扉が開く。


 冷たい湿気が流れ出す。


 昼の闘技場とは違う。


 ここは、最初に異常が出た場所。


 黒い根の本線に近い。


 セレスが剣に手を置いた。


「行く」



 《翠門》第一層は、前よりも静かだった。


 魔獣の気配が少ない。


 迷宮そのものが、何かを恐れて息を潜めているようだった。


 境界軍の兵士たちは無駄なく進む。


 ロイは中ほどを歩く。


 最後尾にはエルナ教官。


 北東封鎖区画へ近づくほど、鉄の臭いが濃くなる。


 管理局の術師が観測石を見た。


「反応、上昇」


 セレスが短く言う。


「隊列を詰めるな。根は床下だけではない」


 その直後、左壁が膨らんだ。


 黒い根が突き出す。


 兵士の一人が即座に杭を打ち込み、根を壁に縫い止める。


 別の兵士が短剣で表面を削り、術師が封印符を貼る。


 流れるような動きだった。


 名簿に載らない兵士たち。


 だが、学院生が見れば息を呑むような対応速度。


 セレスは振り返りもしない。


「進む」


 ロイは床下の流れを追う。


 昨日までの枝とは違う。


 太い。


 奥で何かが脈打っている。


「近い」


「距離は」


 セレスが問う。


「封鎖区画の奥。前に見た塊の下」


「本線か」


「たぶん」


「なら、そこを切る」


「ああ」



 封鎖区画の扉は、黒く変色していた。


 前回よりも侵食が進んでいる。


 セレスが蒼刃を抜く。


 刃から青い魔力が流れ、扉の表面を薄く凍らせた。


 ロイは鞘を床へ向ける。


 黒雷が沈む。


 扉の裏に絡んでいた根だけが焼け、封印符は残る。


 術師が息を呑んだ。


「精密すぎる……」


 境界軍の兵士が低く言う。


「見て覚えようとするな。焼けるぞ」


 扉が開く。


 奥にあったのは、赤黒い塊。


 以前より大きい。


 その下から、太い根が学院側へ伸びている。


 セレスが言った。


「本線確認」


 塊が脈動した。


 黒い根が一斉に動く。


 兵士たちが前へ出る。


 杭が飛ぶ。封印符が走る。短剣が根の動きを止める。


 それでも数が多い。


 セレスの蒼刃が振るわれた。


 青い斬撃が塊の表面を凍らせる。


「ロイ!」


「分かっている」


 ロイは《黒鳴》を抜いた。


 黒い刀身が、赤黒い光を吸う。


 根が一斉にロイへ向く。


 まるで、本能的に危険を理解したように。


 セレスが声を張る。


「全員、ロイの射線を開けろ!」


 兵士たちは即座に動いた。


 ロイは刀身を床へ突き立てる。


「天穿」


 黒雷が走った。


 十一の線が、本線の周囲を焼く。


 根の動きが止まる。


 だが、まだ深い。


 切除点はさらに下。


 ロイは息を浅くする。


 十二。


 十三。


 十四。


 黒雷が、さらに奥へ沈む。


 床が低く軋んだ。


 エルナ教官が歯を食いしばる。


「構造は持つのか」


 セレスが答える。


「持たせる。蒼壁、展開!」


 兵士たちが蒼い術式杭を打ち込む。


 壁と床に補強線が走った。


 ロイはそこへ黒雷を通さない。


 補強を避け、根だけを焼く。


 十四の雷が、地下で一点に集まる。


 そこに核があった。


「見つけた」


 ロイが低く言う。


 セレスが蒼刃を構える。


「切れるか」


「切る」


 黒雷が一点へ絞られる。


 爆発ではない。


 圧縮。


 細く、深く、正確に。


 黒い雷が核を貫いた。


 赤黒い塊が硬直する。


 次の瞬間、セレスの蒼刃が中心を断った。


 青い光が走り、塊の脈動が止まる。


 黒い根が床に落ちた。


 湿った音が響く。


 術師長が観測石を覗き込む。


「反応、急速低下……学院側へ伸びていた波も消えています!」


 エルナ教官が息を吐いた。


「切れたか」


 ロイは刀を引き抜く。


「本線は」


 セレスが言う。


「だが、根元ではない」


「ああ」


 ロイも同意した。


 塊は沈黙した。


 学院側への進行は止まった。


 だが、奥にはまだ何かがいる。


 前に見た影。


 こちらを見ていた何か。


 それはまだ、《翠門》の深部に残っている。



 撤収は速やかに行われた。


 切除した根は封印箱に入れられ、管理局が運び出す。


 境界軍の兵士たちは最後まで警戒を解かなかった。


 《翠門》の外へ出ると、夜風が冷たかった。


 エルナ教官が肩を回す。


「ひとまず、学院側への進行は止まったと見ていいな」


 セレスは頷く。


「はい。ただし、深部反応は残っています」


「つまり、また潜ることになる」


「そうなります」


 ロイは《黒鳴》を納めた。


 セレスが彼を見る。


「十四まで確認した」


「見えたのか」


「全部ではない。だが、十一では足りない動きだった」


「そうか」


「今は伏せる」


「助かる」


 セレスは小さく息を吐いた。


「君の情報が広がれば、学院の火種がさらに増える」


「もう増えている」


「なら、これ以上増やすな」


「分かった」


 そこへ、カイルが駆けてきた。


 生徒側の待機誘導を終えたのだろう。


「状況は?」


 セレスが答える。


「学院側への進行は止めた。序列戦の再開は、安全確認後に判断する」


「負傷者は?」


「なし」


 カイルは安堵したように息を吐いた。


「それが一番です」


 ロイは北区画の向こうを見た。


 闘技場。

 演習場。

 訓練場。


 そこへ伸びていた黒い波は、もうない。


 だが、完全に終わったわけではない。


 むしろ、これで次の段階へ進む。


 学院は一度守られた。


 その事実は、明日には広がる。


 誰かは安心する。

 誰かは感謝する。

 誰かはロイをさらに妬む。

 誰かは、彼に追いつきたいと思う。


 セレスが言った。


「明日、学院長から通達が出る。序列戦は三日後に再開予定だ」


「早いな」


 カイルが苦笑する。


「延期とは言っても、長くは止められないんだ」


 ロイは頷いた。


「なら、それまでに備える」


 学内序列戦は終わっていない。


 外域反応も消えていない。


 そして、ロイ・オルディスという編入生の存在は、もう学院の中で隠せるものではなくなりつつあった。


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