7. 悪党貴族は蹴り倒しました
「夜会などありましたでしょうか?」
「そうではなくてだな。ペアリングができたらしい」
何か裏取引でもあるのかと考えましたが、どうやら婚約指輪が間に合わなかったのを気にしていたらしく、頼んでいたのだと仰います。
結婚指輪があるだけで家同士の契約を証明できていますし、私としては特に問題ないと思うのですが。
「一緒に取りに行きたい」
政略結婚で身分が上とはいえ、私は妻です。頷くことしかできませんのに、旦那様はこちらを伺うように聞いてきました。
「かしこまりました」
当日、王都を歩くからと避暑地で着るようなデザインの白いドレスを着ました。実際避暑地に行ったことはないので、服の軽さに驚きました。侯爵令嬢として権力を誇示した服を着なくてよいのかと思いますが、郷に入っては郷にしたがえという言葉があります。
「やはり俺の判断は正しかった……!」
旦那様はなぜか胸を押さえてうずくまっていました。レースの手袋をつけてもらい、私は一足先に馬車に乗りました。
しばらくすると旦那様も乗ってきて、長らく馬車に揺られ、実家に近い王都へと帰ってきました。町中に進むにつれて騒がしくなり、思わずカーテンの隙間から外を見ました。
宝飾店の近くで馬車を降り、石畳の上に立ちました。人の熱気に圧倒されます。ここに刺客がいたら身を守るのは難しいでしょう。想像して、旦那様の側に寄りました。自分でもなぜかわかりませんが、そうすべきだと思いました。
「……もしや、王都は初めてか?」
「ええ、歩いて買い物をしたことがありません」
旦那様はなにか勘違いしたようでしたが、特に問題はありません。
そもそも、宝石商もデザイナーも家に来るもので、侯爵家が自ら出向いて買いに行くなんてことはありません。レストランなんて初めて知りました。
まずは目的である宝飾店で指輪を嵌めました。
「サイズはあっているか」
「結婚指輪と同じでオーダーしたのでしょう。特に問題ありません」
意匠は同じながら宝石の色が異なり、旦那様は明るく淡い青色の宝石を見てニヤリと笑っていました。どう考えても詐欺を働く悪党貴族の笑みです。
少し呆れながらも宝飾店から出てしばらく歩いていると、屋台から匂いがしました。肉が焼かれていました。その場で焼くとこれほどに匂うことに驚きました。
「食べてみるといい」
じっと見ていたからか、旦那様が買ってきました。私の顔も知らないような人々だとは思いますが、侯爵令嬢が、そもそもテーブルも椅子もないところで食べる想像ができません。
けれど、手に持つと熱くて、湯気で手が濡れそうです。形容はできませんがいい匂いがします。人々のように噴水の側に座り、早く食べてしまうことにしました。
「では、いただきます」
「え、あ、ちょっと待て……」
旦那様の制止は、ほんの少し遅くて。
じゅわっと肉汁が溢れました。口の中が熱くて、熱くて熱くて。
「っ!? !?!?!?」
「だから待てと!」
反射的に口を押えました。混乱と痛みで涙が出ますが、口を開けるなんてことはできません。
こんなにみっともない姿を見せたのは初めてです。旦那様は走って目の前の屋台へ行って、すぐに帰ってきました。
「ほら、果実水だ!」
毒を気にする間もなく、飲むしかありませんでした。
「???」
「熱いものを食べると、火傷する」
────かなりの衝撃でした。
旦那様が少しばかり頼もしく思えました。
その後も王都を歩いていると、脇に何か通り過ぎました。しかし、旦那様が足を掛けます。
「筋は悪くない……がっ!」
スリを蹴り倒し、華麗に地に伏せました。
捕まえているということは、警護が手薄な状況です。寄ってきた従者の近くで観察します。子供だから素早かったようです。
「わかった、返す、返すから!」
「ハッ、信じるわけがないだろう。今貴様を放せば、これを持って逃げることは明白だ」
普段は路地裏に住んでいそうな身なりです。衛兵につきだしたところで、キリがないでしょう。でもまあ、それで気が済むのならと、思っていましたのに。
「一緒に来てもらう」
「は? お貴族様のくせに、こんなスリ一人見逃さねえのかよ!」
「貴族と平民を同列に語るな」
旦那様はスリを見下ろしました。
「俺は貴族として、貧民を救う義務がある」
そんな義務はありません。
貴族として権力を維持するために慈善事業を見せつけたりはしますが、そんな義務はありません。ノブレスオブリージュは形式的なものです。
「俺を狙ったのが運の尽きだったな。貴様はもう俺のものだ」
そういえば屋敷には妙に小姓がいました。下級貴族や領主の子弟を奉公させる小姓は前時代的で、今は執事やメイドが主流です。成り上がりで信用のおける使用人が少ないからかと思っていましたが、まさか、家柄もなにもない者を雇用していただなんて。家の者を送ろうにも雇う人数が足りているからと断られるわけです。
「バトラー」
「かしこまりました」
私が唖然としている間に、少し遠くで待機していた従者が彼を連れて行きました。
従者が子供に自分も同じような境遇であることを伝えていたのを耳にしました。つまり、義父であるボーモント伯爵も同じ事していたようです。このズレた感性は血筋なのでしょう。
……しかし、ただ普通に成り上がっただけなら、こんな風にならないと思うのですが。
やはりボーモントには謎が多いと、未だに舌の痛みを感じながら再度確認しました。
「フレヤ、まだ舌が痛いだろう。冷たい氷菓を買ってきたんだが……」
指輪を取りに来たということは忘れ、家に帰ってから思い出しました。




