6. 悪党貴族は農民に怒りました
特に変わったことがなく、何もかも変な朝でした。
普通に起き、屋敷内の鶏に「せいぜい丸々と太り、俺の糧となることだな」と餌をやり、厨房係の朝食の卵の焼き方を褒める。
「好きなものや苦手なものは?」
「いえ、特には」
何より一番おかしいのは、夫婦揃って食事をすること。
仲睦まじい夫婦アピールはわかりますが、ここには私たちと使用人以外いません。なんのためにこんなことをしているのでしょうか。
「そうか。俺は人参が好きだ。我が領地で獲れる野菜は甘い」
「さようですか」
ということは本当はお嫌いなのでしょうか。好きといえばそれが献上され、毒もそれに含まれます。
「うん、うまい」
と、思っていましたのに、普通に食べました。なんのために私に教えてきたのでしょうか。
朝食を終えれば、私を使用人に紹介し、夫人のいらっしゃらない今の主人だと仰います。
メイド長と話し、嫁いだ務めを果たそうと思いましたが、使用人は意外にもよく訓練されていて、特に指示することがありません。逆に屋敷の構造などを教えられました。
旦那様は旦那様で、「……ククク」と悪い顔で笑いながらも執務室で真面目に仕事し、たまに「従順さが足りないなぁ」と犬を愛で、特に暗躍している様子もありません。
「フレヤ、三時のお茶にしないか」
貴族とは思えないわけのわからない生活です。
式からしばらく経っても、理解できないことだらけの日々でした。
しかし数日後、ようやく報告できそうな日がやってきました。
「失礼いたします、フレヤです」
その日は非常に機嫌が悪く、資料はぐしゃぐしゃの状態で床に投げ捨ててありました。
「……チッ」
雑に外套を羽織り、苛立った足取りでどこかへ向かおうとする旦那様を引き留めます。
ここでついていかなければ、何のために嫁いだことになるでしょうか。
「私も行きます」
共に馬車に乗り込み、着いたのは領内の村でした。村民は健康そうで、家も貧相ではない。普通の村です。
「税収が悪い。これは一体どういうことなんだ?」
旦那様は馬車から降りて、迎えに来た村長を問い詰めました。領主自らが出向くとはどれだけの負債が……と思いましたが大したことはなく、話を聞けば不作が原因なようでした。
「不作だと……?」
旦那様の顔が険しくなります。不作であろうとなんだろうと、税収には関係ありません。まだ体力がありそうですし、他の方法で金を集めさせるべきです。
「なぜ俺に言わない!?」
……というのに、旦那様は変なところでお怒りになり、辺りを見回します。
こちらに気づかず農作業を続ける少年を前に、旦那様はクワを取りました。
「おい、ベンジャミン! 腰の入れ方がなってないぞ! 俺を見ろ!」
いそいそと高い革靴を脱いで、慣れた手つきで畑を耕しながら、淡々と説明します。
不作の原因は農法にもあり、やり方を変えるだけでどの程度収穫量が変わる見込みなのか。どうすれば税収を回復できるのか。
「ど、どこでそんな知識を……」
「税収の悪さで大変な思いをするのは俺だ。勉強したに決まっているだろう」
狼狽える農民に毅然と言い放ったものですから、私はこめかみを押さえました。
徴収できなければ責任者を罰し、無理やりどうにかするのが普通の貴族なのですが。
「……そもそも貴様ら、一体何をしているんだ」
「も、申し訳ございませんっ!!」
「農繁期とはいえ、この時間の子供は学舎に行っているはずだろう!」
ただの農民の子供に義務教育を課しているのは、世界でもボーモント家だけなのではないでしょうか。反乱やコスト、何より身分的に、本来は農民に学を身につけさせるべきではないのですから。
旦那様は怒りが収まらないといった風に当たりを見回します。そして、ある木箱を見つけました。
「そこの野菜はなんだ」
悍ましい見た目の野菜が詰まっていました。これでは売り物にはならないでしょう。
「それは……その……」
「はっ。犬の餌にでもしてやろう」
片方だけ釣り上がった悪い笑みで仰っても、
「だから見目が悪いくらい、なんてことはない。我が家への献上品はこれでいい」
単なる訳あり品を買い取ってくれる人です。
書類での謎が解けました。こんなことをしているから、おかしな税収報告書になるのです。
確かにボーモントは他領と比べて厳しい税収です。けれど、それは額面だけの話。
稼いでいる額の割合で考えれば、随分と優しい。どこが悪党なのでしょうか。
「俺のために、これからもせいぜい励むといい」
旦那様は外套を靡かせて、妙な形の人参を手に馬車に乗りました。
「……それで、いつまでに納税を?」
仕方がないので、私がいつまでに納税するのか約束させました。なのに。
「あ、あの、エイダン様の奥様ですか?」
「ええ、もちろん」
なぜか、喜ばれました。「何もお祝いできるものがないっっ……」と不作であることを悔しがっていました。
扱いの気持ち悪さに驚きながら誓約書を持って馬車に乗ると、旦那様は人参を睨み、
「おもしろい……ックク」
と一人ツボに入ってしまっていました。私も調理前の人参は初めて見ましたが、それにしても何を笑うことがあるのか……と私は呆れ返りました。
カーテンの隙間からふと窓を見ると、もう豆粒大の村民がいまだに手を振っていました。どうしてこの一人で笑っている人間が慕われているのか、謎でした。
馬車に揺られてしばらくが経って、ようやく落ち着いたらしい旦那様が仰います。
「今度、王都に行かないか?」




