4. 悪党貴族は初夜に抱きませんでした
「……『貴方を愛することはない』とフレヤから言われた婚約の時は、片想いを覚悟したんだけどなぁ。こうして神に愛を誓えるとは」
────こちらこそ、感極まった新郎が教会で号泣する結果になるとは。
何を余計なことを仰っているのかと、私は頭が痛くなりました。
驚きのあまり固まってしまった神父様が、ゆっくりと私の方を見ます。
結婚式当日、神に愛を誓った瞬間に思い出すようなことでしょうか。片想いであろうとなんであろうと、結婚式はそういう流れなのです。
「本当に愛を誓ってくれて、結婚するのか。美しい……綺麗だ……前が見えない……」
エイダン・ボーモント……旦那様の涙が滝のように流れて、下の方には虹すらかかっています。足元がびちゃびちゃです。これは見えないに決まっています。
晴れ着ということもあり、確かに良い材質で作られた白いドレスですが……泣くほどではないでしょう。式が始まる前にも散々反応していたではありませんか。
それにしても、これはもしや、結婚式で誓う愛は本心しかないと思っているのでしょうか。悪党貴族なのに、政略結婚をご存じない?
侯爵家として顔色ひとつ変えませんが、我が家側の親族が引いています。なぜか頷いているボーモント家は何を考えているのでしょうか。
敵が多いからと身内だけの結婚にして、本当に良かったです。
総括すると、これからの結婚生活がとても不安に思えた挙式でした。水不足でしおれた旦那様に水をかけて元に戻し、どうにか帰りました。
……しかし、こんなのは序章に過ぎなかったのです。
ボーモント夫妻は怖い顔で「貴方たちと一緒にいたくないわ。しばらく留守にしますから」と仰いながら、二組の部屋着やカップなどの新婚セット押し付けて、翌朝には避暑地に発つことを教えてくださいました。義理の妹である伯爵令嬢は「お邪魔虫はさっさと去りますから、ご心配なく」と新学期が始まるまで友人の別荘に宿泊するとのことでした。
旦那様は頭を抱えて羞恥に悶えていらっしゃいますが、私は呆然とすることしかできません。
「嵐のようだったな……。もう夜も遅い。寝支度を先にしよう」
旦那様のご指示に頷き、いざ寝支度をしても、メイドたちはよく話しかけてきて、湯加減や枕の硬さの好みまで聞いてきます。火傷しなければ構いませんし、好みなんてありません。
屋敷内のプライベートルームには至る所に立派な額縁に入った謎の猟奇的な絵があり、思わず見てしまえば、近くにいた執事が「エイダン様が幼い頃に旦那様を描き、お誕生日にプレゼントしたものです」と聞いてもないのに教えてきます。
何もかもに内心驚きながらも、いよいよ初夜というところで、部屋に入ってきた旦那様は至極真面目な顔で首を振りました。
「抱くつもりはない」
そうは言われましても、契約違反です。どんな理由であれ、こればかりは許されません。
私は静かに申し上げました。
「男児を儲けなければならないのですが」
「今日は一日中気を張っていたはずだ。その上、ここはフレヤにとって嫁いだばかりの知らない部屋。初めての同室。どう考えても体を休めるべきだろう」
間髪の入れない返答に、何を甘いことを言っているのかと、気が遠くなりました。
私が何も言わなくなったからといって、旦那様はアロマを焚き、灯りを消します。
「ハーブティーが飲みたければそこにある。俺が先に飲むから、毒は心配しなくていい」
私は首を横に振りました。リラックスして寝させようとする気しかない行動に、諦めました。
「おやすみ、よい夢を」
「……はい」
旦那様は案外寝相が悪く、就寝から一時間後には私を抱きしめていました。明け方には随分とはっきりした寝言で「フッハッハッハハ」と魔王も裸足で逃げ出す高笑いをなさり、その後むにゃむにゃと「芋煮がうまい」とよだれを垂らしていました。
私は侯爵家の一人娘ですのに、暗殺の気配すらありませんでした。
「まったく理解できません」
明け方になって、睡眠が浅くなることを確認しながら、少し目を閉じることにしました。
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「……いつまで起きていたんだかな」
腕の中にフレヤがいる幸せを噛みしめながら、顔にかかった美しい銀糸を耳にかけてやる。
自分を守るように丸まった寝姿を見て、俺は密かに息を吐いた。
フレヤはきっと、俺の長い片想いを知らない。




