2. 悪党貴族は殴りました
舞踏会の翌日、エイダン・ボーモントは見つけるまでもありませんでした。
「不正でもしたのだろう!」
「フッ……ハッハッハ。そんな証拠がどこに?」
卒業前の最後の試験結果が、学園の渡り廊下に張り出されており、一位が王太子殿下、殿下を立てた二位が私、そして三位がエイダン・ボーモントでした。本来三位に名を連ねるはずだった彼、政敵である侯爵の令息のゲイル・ブルックスが声を荒げています。
「この外道がっ!!」
侯爵家にあらざるみっともなさです。最後ですし、不正をするほどの価値はないでしょう。
ボーモントがブルックスに喧嘩を売りたいだけでしたら、我が派閥に取り込みやすくはなりますが。
「何とでも仰ってください」
鼻で嗤ってマントを翻し、エイダン・ボーモントは去りました。またもや周囲がざわめています。ここで私が現れれば、面倒な噂が流れるでしょう。
ボーモントに接触するのは日を改めようと、その場を去りました。
……が、その先、中庭のトピアリーの裏で、エイダン・ボーモントを見かけることになるとは思いもしませんでした。
「っしゃ!! やったぞ、並べたぞ!! あの紙を記念に持って帰りたい!!」
それも、何やら虚空に向かって何度も殴り、飛び跳ねているような姿の。
……心の底から、何をしていらっしゃるのでしょうか。
ここまで滑稽な人間は初めて見たのもあり、一歩引き、足音がたってしまいました。
「……………………見たのか」
おおよそ人間がすることのないようなぎこちない振り返り方です。使用人が錆びたハンドルを回した時のような音がしました。
「そこにいらっしゃいましたので」
こんな時どんな反応をすればいいのか、私にはわかりません。
エイダン・ボーモントは「ミ゜」と人とは思えない声で絶命しました。
立ち尽くすしかなくなってから五分後、神も驚くほどに早く復活したエイダン・ボーモントは叫びます。
「こここここれはだな、非常時に敵が襲って来た時の模擬的な鍛錬で」
顔は赤く、手を大きく振り、非常に慌てています。少々涙目にもなっています。
「さようでございますか」
わざと阿呆な姿を見せて、私を油断させようとしているのでしょうか。あまりにも滑稽すぎて理解ができないので、確かに効果的かもしれませんが。
これでは色落としもあったものではないでしょう。落とされるつもりがなければ、向こうには知らない間に落とす必要性が失われましたが。
「そそそそそそそそれで、会いに来たということは昨夜の話は考えていただけたのだろうか」
顔は悪党なのに声が震えている姿に違和感を覚えます。演技が上手いのか下手なのかよくわかりません。
「ええ、ラッセルとしましても、ボーモント家との関係の構築は常々考えておりましたから」
エイダン・ボーモントは目を見開き、そしてニヤリと笑いました。
こうして、ボーモント家、並びにエイダン・ボーモントを監視する口実ができました。
後日、さてどう探ろうかというところで、旧講堂の裏口に呼ばれました。
「フン……甘すぎるな」
場所も場所ですし、何かの取引かと思いましたが、まさか学園内で誰かを虐げているのかと、印象操作の巻き添えを少々恐れました……が。
「何を召し上がっていらっしゃるのでしょうか?」
ただ茶色いベタベタした何かを食べていました。包装紙が新聞紙だったのも含め、今以上に心理的距離が開きます。
「スティッキー・トフィー・プディングですが」
呪文か何かでしょうか。
「デーツを練り込んだ生地にキャラメルソースをかけたものですよ。甘いものが好きだと話したら、掃除係の婦人からいただいて。そう、噂好きの世話焼きのあの人なのですが」
掃除係なんて気にしたことはありませんし、当たり前のように語られても誰か知りません。
結局、用事というのも今後一緒に行動しないかというお話でした。願ったり叶ったりですが、なぜこんなに裏取引に最適な場所で……と不審に思いました。
別の日は授業で隣に座ってみました。もうすでにお父様の流した噂が回っているのか、行動を共にしても誰も騒ぎません。
ただ静かに授業が進む中、エイダン・ボーモントが呟きます。
「……愚かだな」
横目でノートを盗み見ると、案外綺麗な板書の横に傘のような何かと名前を消した跡がありました。もう試験はないとはいえ、暗号をノートに書くのは不用心に思いました。
ひと気のない図書館では、使用人扱いをされていた下級貴族が頭を下げていました。
「あっ、ありました!」
「図書館では分類ごとに棚が異なっているからな」
ただ探している本の場所を教えているだけでした。エイダン・ボーモントはなぜか農法の本を借りていました。
日記と称し、いつかお見せする報告書を書いてはおりますが、お父様に報告できるようなことがありませんでした。
この私が、いっそのこと、エイダン・ボーモントの周囲と親しくなろうと考えるほどに。
「近頃親しくさせていただいておりますし、愛人様にご挨拶に伺おうと思うのですが」
「は? 愛人?」
何がなんだかわからないという顔をされているところ、気づいていなかったのでしょう。
「舞踏会の日、首筋につけられていました」
詰めが甘いというか、なんというか。やはりボーモント家は謎が多すぎます。
エイダン・ボーモントは悪い顔で何かを考え、突然笑い出しました。
「フッ……ハッハッハッ。あれか。寝ている間に虫に刺され、掻きむしってしまい、跡になったのですよ」
虫刺されとは、本来は浮気の言い訳ではないでしょうか。
「そもそも婚約者がいない同士と言ったはず……」
覚えておりませんし、何を仰っているのか理解できません。
兎にも角にも、婚約者がいなくとも愛人がいることはおかしくないでしょう。
「では、婚約いたしますか?」
どちらにせよ、好機には違いありませんが。




