1. 悪党貴族が声をかけてきました
楽しくなっちゃって、連載することにしました。
「……貴方を愛することはない」
旦那様となった人がそう呟かれたのは、神に愛を誓った瞬間でした。神父様が驚きのあまり、固まってしまいます。
何を余計なことを仰っているのかと、私は頭が痛くなりました。
*
卒業を控えた学園主催の舞踏会にて、私は壁の花となっておりました。
フレヤ・ラッセル。グリフィナード王国で王族の次に権力を持つ大派閥の中心、ラッセル侯爵家の一人娘。完璧な淑女。貴族として動くことのない表情。長く美しく整えられた銀髪に、ラッセルを象徴するアイスブルーの瞳。
ついた渾名は、氷の姫君。
無礼講とはいえ、誰もダンスに誘えるはずもなく、私から声をかけるなんて侯爵家としてありまえません。
直系の後継を産むため、周囲からは良い結婚相手を望まれておりますものの、いつまで経っても婚約者ができないのはこのせいでしょう。
普段の舞踏会ならお父様や親族と踊りますが、今日の舞踏会は学園の生徒のみ。家のために会場を観察することしかできません。
「フレヤ様、新しいドリンクはいかがでしょうか?」
「ええ」
ウェイターからぶどうジュースを受け取り、口をつけずにダンスホールを眺めます。
斜め右で踊っている男爵令嬢は、最近叙爵し政敵の派閥に属した家ですが、ここ最近海運業が上手くいっていらっしゃると耳にしています。対してダンスのお相手はこちらの派閥の子爵令息で、古くからの由緒正しき血統。上手く既成事実を作らせれば男爵家ごと取り込めるかもしれません。
今後の算段をつけていた時、目の前に影ができました。
「おやおや、燭台の近くにいては、氷が溶けてしまうのでは?」
黒髪赤眼。整った顔ながら、どことなく悪人面の男性が立っていました。
「突然の無礼をお許しいただきたい。俺の名はエイダン・ボーモント。お互い、噂はかねがねといったところだろうか」
ボーモントの家名には覚えがありました。犬を蹴飛ばし、領民には厳しい税収を取り立て、困った人に暴利で金を貸す。百年も経たずにただの平民から大商人となり、ついには伯爵位まで手にした、成り上がりの悪党貴族と有名でした。
「強者とは孤独なものだな」
彼は学園では孤立していましたし、身分の低い者を使用人のように扱っていました。周囲が想像する良い相手とは真逆です。
「泣いて許しを請えと言うならそうしよう。婚約者がいないもの同士、どうか、一曲願えないだろうか」
けれど、新勢力となりつつあるのは確かでした。厳しい税収が財源であろうと、暴利による従属関係のよる派閥形成であろうと、権力の作り方は関係ありません。芽は早めに摘むべきですし、ここで見極めるのも良いでしょう。
何か仰っているようでしたが、ダンスを誘いにいらっしゃったのですから、選択肢は二つしかありません。
ぶどうジュースをそっと花瓶の中に捨て、私は彼の手を取りました。音楽と共にダンスホールに躍り出ます。
「安心してほしい。俺はダンスが上手い」
「さようですか」
悪党貴族と私のダンスに、周囲がざわつきました。当然ではありますが、その中で、政敵の侯爵家の嫡子、ゲイル・ブルックスと目が合いました。心底驚いている顔です。公式の舞踏会でないにしろ情報となるのは確かでしょうが、何か思惑でもあったのでしょうか。
「ハッ。ゴミが落ちているな」
曲が終わり、エイダン・ボーモントはそう吐き捨て……流れるようにしゃがんで葡萄の枝を拾いました。誰もが視線を合わせないようにしている中、私だけが見てしまいました。理解できませんでした。
ボーモントはよくわからないままですが、ブルックス家の様子からして、一度持ち帰るべき案件でしょう。お父様のご判断を待つべきです。
「先ほどは失礼した。友人から始めるのなら悪い話では……」
片方だけ吊り上がった表情から察するに、我が家に取り入りたいのでしょうが……。
「急用ができましたから、また後日お話しましょう」
私の一存では決められないことです。私は淑女として完璧に微笑み、会場を去りました。
屋敷に着いて、向かう場所はただ一つです。
「お父様、フレヤです」
「入れ」
側に立つ使用人がドアを開けます。お父様の執務室は暗く、紫煙が漂っています。
「ボーモントと接触したようだな」
流石はお父様です。学園内に忍び込ませている使用人からすでに情報を得ていらっしゃいます。
「前々から、ボーモントは目に余っていた」
我が家の手の者を忍ばせようにもうまくいかず、情報は曖昧なものばかりだと、存じ上げておりますが、次のお言葉を待ちます。
お父様が咥える葉巻に、使用人が火をつけました。
「血統を除けば、優秀であることに変わりはない。ブルックスの反応も含め、いい機会だ」
我が家とボーモント家は、利害も思惑も一致している。
「フレヤ、お前が監視をしろ」
「かしこまりました」
つまり、ボーモント家の誘いに乗り、近づくように、とのご指示です。
「話は以上だ」
自室に戻り、ネックレスを外されながら、彼の首筋を思い出します。
「……随分と執着の強い愛人様がいらっしゃるようだけれど、うまくいくかしら」
私が鬱血痕……赤い花に気づかないと、彼はお思いだったのでしょうか。




