19. 氷の姫君は可愛いがすぎる
……何もかも吹っ切れたフレヤの破壊力が、凄すぎる。
「なんなんだ……なんなんだあれは!?!?」
スキンシップが多いし、嫉妬するし、甘えてくるし、わがままだ。
思い出すだけで爆散しそうなほどに、フレヤが可愛くて仕方がなかった。
『嫌です。まだいてください』
俺よりも早く起きて勝手に身支度をしていることの方が多かったのに、最近では毎日のように二度寝をねだってくる。俺の胸元にすり寄ってぐりぐりと頭を押し付けてくる。なんならちょっと吸っている。やめてほしいが満足げな顔が可愛すぎて言えない。もうその顔になってくれるのならば、俺は抱き枕として一生を終えてもいい。
『……こうして食べた方がおいしいのですから』
朝食をベッドの上で食べるとき、給餌しないと拗ねる。頬を膨らまして、こちらをジッと見てくる。どうにか耐えていると、腕の上に顎を置いてくる。氷の姫君の拗ね上目遣い可愛い。理性がブチ切れてしまうからやめてほしい。嘘です、ご褒美をありがとうございます。
『次は私の番ですからね』
モップや他の飼い犬を撫でていると、嫉妬する。それでも育ちがいいから順番を守る……し、なんだかんだ自分も奴らを可愛がっている。この間はモップの上の方の毛にリボンを結んでいた。隠さなくていいからよく見せてほしい。
『もう火傷はしませんよ。学習しましたから』
町へ買い物に出かけた時、前に火傷した肉串を食べたがった。先に果実水を買っておいたら、ちょっと不服そうにしていた。その割には口にするときに怯えていた。
宝飾店でルビーのネックレスを買っていた。俺の色を常に纏っていたいらしい。泣いてもいいかと聞いた。往来ではみっともないからダメだと言われた。抱き上げてぐるぐる回ってもいいかとも聞いたがダメだと言われた。
世俗的な本を売っている店で目を輝かせ、ホラー小説を吟味していた。ついでにロマンス小説も二、三冊見繕っていた。
『世間知らずな氷の姫君は終わりです。旦那様を驚かせて差し上げますよ』
自信満々な顔をしていたが、帰りの馬車の中で読み始めては首を傾げていた。自分が普段やっている行動がロマンス小説顔負けの可愛らしい甘え姿だと気づいていないようだった。
どちらかというと、無理に背伸びしてほしくなかった。最初はキスですぐに酸欠になって溶けてうるんでしまったのが、少しずつ長く積極的になっていく姿は絶景すぎる。変わっていく様子を見るのも俺の特権だと思う。
『ふふっ、馬鹿な人』
あと、口の悪さが露見していくのも良い。俺が何か誤解されるようなことを言ってしまうたびに笑って補助してくれる。ありがたい。笑顔が可愛い。俺なんかで笑ってくれるなら、もうこの顔も苦ではない。誤解ばかりの人生だったが、この顔に生まれてよかった。
『……ケーキって私にも焼けたのですね』
俺の誕生日にイザベラと一緒にケーキを作ってくれたのも最高だった。一生見ることはなかったであろう、三角巾とエプロンの姿が拝めた時には崩れ落ちた。誕生日に死ぬところだった。フレヤは器用だが、デコレーションのセンスが悪かった。
『気にしたことがなかったのですもの』
そっかぁ。気にしたことがなかったかぁ。もうとにかく可愛いから何でもいい。
『誕生日は心で祝うものだと、教えたのはエイダン様ですから』
フレヤは政治的に力を誇示するための誕生日パーティー以外を知らなかった。フレヤの母は政略結婚の末に生まれたばかりのフレヤを置いて逃げたらしく、立場を超えて親身に祝う者もなく、生まれたことを祝う意味を知らなかった。
そんなフレヤが心で祝ってくれたのだから、もう何も言うことはない。ぐちゃぐちゃなケーキをおいしく食べた。
『イザベラが、プレゼントは私、と言うと良いと教えてくれたのですが……』
その晩に困惑しながらも赤いリボンの結ばれたフレヤが現れた時は、人生で一番イザベラに感謝した。もうなんか自分に余裕がなさ過ぎたせいでそこからの記憶がない。
『エイダン様』
歪な笑みが、力の抜けたふやけた笑みに変わり、冷たく抑揚のない声色がひたひたのパン粥のような柔らかさを含むようになった。
正直、頭を抱えて床に転がり回りたいが、大人だから我慢している。
「失礼します。フレヤです」
「あ、ああ。どうした」
決してやましいことはないのに、背筋が伸びた。まさか本人が来るとは。悪魔の話をすると悪魔がやってくるとは言うが、俺にとってはすべてを超越した存在。
返事の声が震えていたからだろうか、小首を傾げたフレヤが入ってくる。
「どうもしませんが、顔が見たくなったので参りました」
もう床に転がってもいいだろうか。滑稽だと笑われても、引かれても、フレヤは可愛いからそれでいいんだが。
片想いが真の意味で両想いになる。人生でこれ以上の衝撃を受けることが、あるのだろうか。




