15. 悪党貴族は捻じ伏せました
「……なんのつもりだ。決闘を申し込むのではなく、受け付けるだと!?」
ゲイル・ブルックスも意図がわからなかったようでした。
旦那様は想定内という風にあしらいます。
「ああ。何せ、申し込む理由はないのでな」
先ほどまでなんだか普段と雰囲気が違かったのに、もうすっかり悪党の顔です。
普段なら呆れるところですが、血筋と分かった今、何も言うことはありません。
「最初に血を流した方が負けだ。貴殿がなんのために戦うかは、自分で考えるといい」
旦那様は上衣を脱ぎ、綺麗に畳みました。そこは投げ捨てるべきでは、と思いましたが、相手は旦那様です。先日名づけを頼みにきていた男爵が上衣を受け取りに来ました。あの噂は、使用人として雇っていたのもありますが、本人たちが自らやっていたのも原因だったのでしょう。
「何せ、俺は負けるつもりはないのでな」
一連の流れを終えて、旦那様は悪党らしい不敵な笑みを浮かべました。
しかし、決闘は違法です。もう騎士の時代は終わりましたし、法の整備された現在において決闘で決める必要性もありません。
流石にわかっているのか、旦那様は王子殿下とアイコンタクトを取りました。王子殿下は仕方がない、と言った風にため息を吐きます。
「いいだろう。この場においてのみ、私の名の下に決闘を許可する」
周囲が一気にざわめき立ちました。一昔前は決闘は見世物として人気でしたし、それも仕方のないことではありますが、私としては複雑です。
「ここまで整えられた場で、まさか逃げるとは言うまい?」
煽るように嗤う旦那様は余裕そうですが、ゲイル・ブルックスとて侯爵家の嫡男。私の淑女教育と同様に、剣術指南も受けているのです。
「くっ」
私が旦那様の袖を引く前に、ゲイル・ブルックスが旦那様の足元にグローブを投げつけました。旦那様がそれを拾います。
つまり、挑戦が認められたということです。
「うん、私とフレヤ嬢が立会人だ。フレヤ嬢、構わないね?」
「……ええ」
「そこは、彼らに私のために争わないで……とかじゃないかな?」
「私のためではございませんし、無粋でしょう」
仕方がありません。私だってもうわかっています。旦那様は、甘すぎるのです。
悪党の顔をした生粋の善人は、恋敵でさえも見捨てられないのでしょう。
「はじめ!」
殿下の声と共に、甲高く、鉄の交わる音がしました。
ゲイル・ブルックスは基本に忠実で、作法の守られた攻め方。学んだものをすべて出そうとする姿勢。脇を締め、足運びは丁寧に。普通の相手であったなら、何も苦戦などしていない。
「どうした、この程度か」
けれど、旦那様は普通の相手ではありませんでした。全ての攻撃を身のこなしだけで捌き、反撃もせずにゲイル・ブルックスを追い詰めていく。彼の全てを受け止めている。
……確かにスリを捕まえたりしていましたが、ここまで強いだなんて。
「くそっ!」
大きく振りかぶった渾身の一撃。ゲイル・ブルックスも、力の差を悟ったのでしょう。わずかな焦りと太刀筋の迷いを見逃さず、旦那様は足を掛け、体勢を崩したところで優しく頬に傷をつけました。
「貴殿はこれから、その傷を抱えて生きていくことになる。その傷は、貴殿を苦しめ、時として貴殿を戒めるだろう」
シャンデリアの光を背負う旦那様は、完膚なきまでに負けたゲイル・ブルックスの目にどう映ったのか。私にはわかりませんが、きっと眩しかったでしょう。
ゲイル・ブルックスの頬から、鮮血が流れます。
「勝者、エイダン・ボーモント」
歓声の中で、勝利が告げられました。
けれど旦那様は、決闘が終わっても手を差し伸べませんでした。
「今宵のすべてを許そう。貴殿は、もう自分で立てる」
あまりにも、器が違いました。
ゲイル・ブルックスは剣を握りしめていた手をほどきました。彼は呆然としたまま、独りでに立ち上がります。
「……すまなかった」
そして静かに非礼を詫びました。
剣は回収され、王子殿下の拍手が響きます。
「心配はしていなかったよ。君は万年二位だったからねぇ」
「殿下が強すぎるんだ」
「はいはい、負け惜しみはいいから。口調が崩れているよ、ボーモント令息」
よくよく見れば、会場内は驚く者ばかりではありませんでした。中立派の伯爵家や、古参の子爵家、他複数の家がわかっていたという風に頷いています。
成り上がりの真実が隠蔽されていたとはいえ、なぜ気づかなかったのでしょうか。
ボーモント家が悪党ではないと、知る人は皆知っていたのでしょう。
「余興も済んだことだし、舞踏会を再開してくれたまえ」
この事件は、王太子殿下と決闘の結果において余興となりました。新聞社には箝口令が敷かれ、貴族は表舞台で口にすることはできない。処罰は、各家の中で。
けれど、社交界にとって、また私にとって大きな影響を与えた事件でした。
「心配をかけた」
「ええ、心配しました」
すべてが再開された後、自分の口から出てきた言葉に驚いて、認めました。
私は、旦那様が大事なのです。
「この騒ぎの余韻が消えたら、帰ろう」
「ええ、そうしましょう」
満月の綺麗な夜でした。綺麗とは表現ではなく、感じることなのだと知りました。
「……お父様に、なんて説明すればよいのかしら」
長い長い夜を越えて、朝焼けの中に染まるボーモント家のバルコニーにて、私は一人呟きました。




