16. 悪党貴族は企みました
「フレヤ……?」
「おはようございます、旦那様」
朝から手紙をしたためていると、旦那様が起きてきました。失態を犯した者を処罰する時のような顔で眉間を押さえていますが、ただまだ眠いだけです。さすがにもう知りました。
それより、シャツがはだけているのが気になります。均整の取れた筋肉が見え隠れしています。なんだか、近くに寄りたくなります。
何を馬鹿なことを考えているのかと一蹴し、ペンにインクをつけました。
「何をしているんだ?」
けれど、旦那様の方から近寄ってきました。手紙の内容は見えないような絶妙な距離感です。悪党のような口調で、こちらのプライバシーは守ってくるのです。
「お父様へ昨晩のご報告を」
淡々と申し上げながら、後頭部で盛大に跳ねている寝癖を触りたいと思いました。
最後の一文に悩んで、デスクの中にいれました。
「いいのか?」
「ええ。旦那様、朝の支度をはじめましょう」
私がそう返しますと、旦那様は何かを考え、そして一人頷きました。
お父様はすべてを知っているでしょうし、全ての情報が入ってからでも良いかと考え直しただけなので、旦那様がまた何かを勘違いしていることは明白でした。
ゲイル・ブルックスは廃嫡とまではいきませんが、謹慎処分の上、跡取りとしての座は弟君に渡ることとなりました。公式としての理由では持病の療養のためとされていますが……恋の病も病だから間違ってはいないでしょう。旦那様へ送られてきた謝罪の手紙では、案外元気に暮らしているようでした。
そう、一件落着なのに、旦那様はまだ何かを考えているようでした。
執務室で作業をしていると、旦那様は躊躇いがちに口を開きました。
「なぁ、使用人たちと呼び方が同……」
そこで、ノックもなしに勢いよくドアが開きます。真っ青な顔の側近が駆け込んできました。
「旦那様、ハワード侯爵家がいらっしゃいました!」
「はぁ!? 予定にはなかっただろう!?」
「はい。それと伯爵家と男爵家からお伺いの手紙が届きました!」
突然のことに、私も驚きました。
ハワード侯爵家、力こそラッセル家とブルックス家の双頭に及ばずとも、確固たる地盤を持つ中立派です。たとえ事前の約束なしでやってきたとしても、出迎えないわけにはいきません。
「遅くなりましたが、今がご入用かと思いまして」
応接室にて、双頭に比べれば若く、しかし壮年のハワード侯爵は穏やかに結婚祝いを持ってきました。従者越しに渡されたそれは、最高級のバスタオルセットでした。謎に実用的な理由を考えていると、隣の旦那様は考え込んだのちに頭から湯気を出しました。人間が沸騰する瞬間を初めて見ました。
「あ、あの、その……ハワード侯爵」
「ボーモント家の繁栄を願っております」
爽やかな笑顔で嵐のように去っていきました。特に政治的な話もなく、私としては拍子抜けでしたが、旦那様は明確にダメージを負っていました。
その後も多くの家が結婚祝いを持ってきました。舞踏会での妻宣言とボーモントの潔白が原因なようでした。
それもようやく落ち着いて、また別の日、三時のお茶を飲んでいると、旦那様はまたもや神妙な面持ちで話し始めました。
「フ、フレヤ。俺を名前で……」
ノックもなしに勢いよくドアが開きます。数日前と同様に、側近が駆け込んできました。
「旦那様、王子殿下がいらっしゃいました」
「なんだと!?」
まだトップのケーキを食べ終えていませんのに、一時中断となりました。
急いで向かうと、王子殿下は応接室でくつろいでいらっしゃいました。旦那様がやってくると、楽しそうに手を振ります。
「やぁ、先日は大立ち回りをしてくれたね」
「王子殿下は暇なのか?」
旦那様は珍しく怒気の混じった怖い顔をなさっていました。悪党面コレクションでは初めての顔です。
「いーや、堂々と来れるようになったからさ、遅くなったけど結婚祝いをと思ってね」
しかし王子殿下は物ともせず、従者越しに何かを手渡します。
「……なんだ、これは」
旦那様は重々しい雰囲気で手に取り、そして……
「フッ……ハハッ……ハハハッ!! ふざけるなっ!!」
と、乾いた笑いの後に、謎の枕を投げつけました。何やら、「YES」と「NO」と刺繍されたカバーが印象的でした。
「実用的だろう? 我が家も今度導入するつもりなんだ」
「王族の寝室にこれがあってたまるか!」
「奥さんは面白がってるけど」
「そういえばそんな人だったな!?」
この状況はよくわかりませんが、立場こそ王太子殿下の婚約者にふさわしかった私が殿下とあまり親交がなかった理由に、同盟の証として殿下と他国の姫君との婚姻が定められていたからというのがありました。
姫君はとても明るく少々変わった方で、未来のオシドリ夫婦として有名でした。
「旦那様、少し奇妙なだけの枕です。普通に使えばよろしいかと」
「ち、違……いや、そうだな。そうしよう。うん」
旦那様は妙に慌てふためき、謎に納得しました。王子殿下が腹を抱えて笑います。
「あはは、氷の姫君を妻に迎えると大変だねぇ」
旦那様はますますお怒りになりました。
公式の場ではないとしても、あまりにも距離の近い関係性なようです。私の知らない交友関係がたくさん存在したといいますか、旦那様は、多くの人々に愛されていました。
……結婚しておいて、私だけが、気づいていませんでした。




