11. 悪党貴族はワインをかけました
「はい、シーズンですね」
旦那様から舞踏会の話をされ、私はわかっていたというように頷きました。
毎年のことですし、出ないはずがありません。
「ドレスをオーダーする時に、同席してもいいか?」
「構いませんが」
なぜかお伺いを立ててきましたが、当日、旦那様は一切口を挟みませんでした。
「初の公式の舞踏会です。私はボーモント家の者になったと見せつけなければなりませんから、黒を基調とし、差し色は赤で」
舞踏会とは情報戦の場です。噂を利用し、憶測を潰す必要性があります。
そもそも、私は侯爵家の一人娘ですし、旦那様に口を挟まれるようなミスは犯しません。
「え、赤……本当に、それで、いいのか?」
「ええ、これで問題はないでしょう」
旦那様はなぜか蹲っていましたが、いつものことなので無視しました。
久々の社交会です。準備は、念入りに。ラッセル家の方にも手紙を出しておきました。
「では、参りましょう」
「ククッ……あいつの顔を見るのが楽しみだ」
非常に悪どい顔でおっしゃっていますが、おそらく
「久々に会うからな。元気だと良いが」
そんなことだろうとは思いました。予想通りです。
「ボーモント伯爵ならびに夫人のおなりです」
会場に足を踏み入れた途端、周囲が一気にざわつきます。噂する者、恐る者、観察する者……普段通りですのに、ここまで不快なものだったでしょうか。
ダンスホールの真ん中まできたところで、ラッセル家やブルックス家などの中央貴族が入場し、そちらに視線が移りました。
「久しいな」
そこで旦那様は顔見知りに声をかけ、本当にただの近況確認をします。弱音を吐く下級貴族に
「後ろ盾を忘れたか?」
などと元気づけては脅している姿にしか見えません。顔というのは情報として偉大なのだと、改めて思いました。
そのうちに王が現れ、開会の宣言をされ、曲が流れ始めます。
「フレヤ、手を」
旦那様は傅いてまで、私をダンスに誘いました。見せつける必要性がありますし、ファーストダンスを旦那様と踊るのは基本です。
それでも、見上げてくる正装の旦那様が、妙に見えて、
「燭台のそばにはいませんが?」
「うっ、揶揄わないでくれ……」
なんだか気に食わなかったので、少し意地悪をしてみました。初めての意地悪でした。
音楽に乗って、優雅に。あの時は見極めることに必死でしたが、旦那様はリードが自然です。動きを読み、私を立てながらも、主体となって動きます。
つまり、手慣れています。
「ダンスがお上手だと仰っていましたが」
「イザベラの淑女教育に付き合わされた」
別に他の女性との関係を疑ったわけではないのですが、なんとなく納得しました。
今思えば本当に虫刺されである鬱血痕の件や多くの愛人がいるとの噂があったせいかもしれません。
「さようですか」
事実であったところで私には関係のないことです。この安心感は、後で現れる自称妾がいらっしゃるような面倒なことが起こらないことへのものなのでしょう。
素直に、良かったです。
「フッ、何を勘違いしたんだ?」
「いいえ、何も」
違法な契約を押し付けておいて書類を偽造して証拠隠滅した時の貴族の顔ですが、まあ良いでしょう。慣れました。
「少し休もう。ワインは……」
ダンスの場から離れ、旦那様が赤ワインを一口飲みます。少し時間が経ってから、私に渡してきました。
「毒は入っていない。水分補給はすべきだろう」
なんのことだかよくわかりませんでしたが、毒味だったようです。
……知っていたのですか。
「そうですね」
ワインを飲んだところで、ダンスの余韻が残る一組がよろけました。
「あっ!」
よろけた女性に押されたウェイターが旦那様にぶつかり、ワインが服にかかります。不運な装置が完成していました。
それでも、ウェイターは公式の舞踏会には相応しくないミスです。彼は解雇でしょう。
「旦那様」
彼は新しい服代を払えるわけもないでしょうし、早く貴族として叱り、新たな服に着替える必要性があります。
「少し離れていてくれ」
……そういえば、ウェイターにワインをかけたという噂がありました。
旦那様がワインを手に取りました。かたむけて、そして。
「おっと、手が滑ってしまった」
使用人にワインをかけます。勢いで跳ねたシミで、旦那様の服についたものが上書きされました。
「すまないなぁ」
悪党貴族に相応しい、悪びれもしていない顔です。
ウェイターは自分が助けてもらったことも忘れ、震えてその場に崩れ落ちました。
「わざとではないんだ。着替えてくるといい」
被害者はウェイター。悪党貴族は放っておいてその場を去る。あまりにも、こちらに利益のない行為でした。
「俺も、少し夜風に当たろう」
私は旦那様について行きます。控え室にて、旦那様は着替えるのではなくシミ取りをしていました。使用人にやらせれば良いものを、自分で。
「よし、取れたな」
「さようですか」
こうして会場に戻ると、空気が一変していました。先ほどのウェイターの件ではありません。もっと、大きなものです。
「こ、この悪党がっ」
わざと貧乏そうな格好をした、数週間前に金を借りにきた伯爵家の男が現れます。その後ろからゲイル・ブルックスが現れ、彼の肩を持ちました。
「ああ、なんて哀れな。……この場をお借りして、ボーモント家の悪行を裁きたく存じます」
ゲイル・ブルックスが声高に宣言し、旦那様が目を見開きます。
……ああ、何を馬鹿なことを。




