93話 齟齬(そご)
「なんで当事者じゃない僕らがユキさんを滅する義務があるのさ。ヤダよ。そんな約束した記憶も無いし」
「じゃが、お主らなら可能なのじゃろ?先にその力を垣間見たぞ」
「ああ、ウミとユイですね。あれは滅ぼすもんじゃないです。送るもんですよ」
「なら妾を送れ。なんでもよい、今のこの苦しみから救ってくれ。頼む……後生じゃ。これまでも十分待った。もう良いであろう?これ以上苦しませるのはやめてくれ、空海様の生まれ変わりの子らよ」
「う~ん……まず空海さんの説明が悪かった気がするのでそこは謝ります!」
「説明が悪かったじゃと?」
「ええ、空海さんは最初からユキさんを滅する気なんて無かったんじゃないかな。唐に渡った後、必要だと思ったら滅するって言ったんでしょ?」
「そうじゃ、妾はそれがずっと必要じゃったから待ち続けたのじゃ」
「空海さんが必要だと思ってなかったんじゃないかな?」
「空海様が、じゃと?」
「うん。そこはまだ空海さんも若くて言葉足らずだったのか説明不足だったのかわかんないけどさ。ユキさんも今の体になって間が無かったんでしょ?お互い若かったんだよ。片方は死にたい死にたい、もう片方はもったいないもったいないって思ってた。空海さんは多分、必要だと思ったら帰国していの一番でユキさんの所に行ったと思うよ。でもそうはしなかった。必要だと思わなかったんだよ」
「なぜじゃ!妾の苦しみをいちいち頷いて聞いてくれたあの男が、なぜ妾を据え置きにしおった!」
「空海さんは、時が経てばユキさんの気持ちも落ち着いて変わると思ってたんだよ。ユキさんの思いの強さを測り損ねてたんだね。それが空海さんの若さだね。空海さんはユキさんが変わると信じてたんだよ」
「妾が変わる?」
「だって、空海さんは僕と同じで、本気でユキさんを美しいと思っていた。こんな美しい人がずっと滅びを選ぶなんて思いもしなかったんだと思う。確かに身を投げたのは不幸だったけど、それでも生き延びた」
「妾は死んだ、死んで化け物になったのよ!死に損ねたのじゃ」
「そういうけど、半分残ってるじゃん。良い方が半分残ってるんだよ。逆だったと考えてご覧。上が蛇、下が人……どっちがよかった?」
「!!」
「まあ上が蛇だったらこんなに悩んでなかったかもしれないけれど」
「お話し中いいかしら?」
とユイが入ってくる。
「話を聞きながら父に話を聞いていました。当時がどうだったのかを」
「当時が、じゃと?」
「はい。父が言うにはその時代、時代で信仰する神や仏は区々(まちまち)で持っている力にも差がありました」
「差ってか?」
神様も色々いるけど考えた事もなかったな。
「例えば、私の母、アデヤは人が亡くなると転生させる力を持っています。ただ転生する際に前世の記憶は失われ別人として生まれ変わります」
「ふむ……」
「日本でいう飛鳥時代、奈良時代、そしてユキさんのいた平安時代を統治していた神はその転生という力を持っていなかった」
「人は死んだら終わりってか?」
まあ僕の考えに近いな。
「ただ無念の死、非業の死を遂げた人をなんとか救済したいと思い、手を差し伸べたそうです」
「生まれ変われないのに?どうやったんだ?」
「良かれと思って手を差し伸べた結果、人ならざる者を大量に生み出した時代です。物の怪と呼ばれる者がたくさん現れた時代と言えます。今に伝わる妖怪たちが生まれた時代……」
「ああ、確かにその頃からだな、妖怪の伝説が生まれたのは。ユキさんはちょうどその頃に亡くなったから……」
「それがこれか?1000年以上にもわたる苦しみか?なんの報いぞ?この顔に生まれた報いか?なんとむごいことをしてくれたもんじゃ。悔しや……」
「ユキさん、違うって。当時の神さんはどうにかしてあなたに生きて欲しかったんだよ。そうしてまでも生かしたかったんだ」
「化け物に幸せなど訪れん!なんの為の生ぞ!これからもずっとこの姿で生き続ける苦しみを断ち切りたくて妾は……」
「しつこいな!苦しみ、苦しみって。あんた恵まれてる方だって言ってるだろ!俺の友達で緑色の肌で、水辺じゃないと生きられないカッパってのがいますわ。そいつはなんだかんだで伴侶を得て、子も生まれて幸せそうにやってますわ。あとこのコーチって場所の川にいた猿猴ってやつは一人で悪さばっかりしてたんですが、そいつもカッパの元に送りつけたら、そのまま家族の一員みたいに暮らしていますわ。ついこないだまでみんな一人ぼっちで千年以上暮らしてましたけど、考え方ひとつで変われるんですよ!空海は死んだ!もういない!滅する事も無い。じゃあ次でしょ?千年も待ったら十分です。次ですよ、次」
「次……じゃと?」
「そう。千年たって空海の生まれ変わりに会った。そいつらがもう滅する必要無しと言っている。じゃあ次の千年を考えましょうよ」
「次の千年。一人は孤独じゃ。もう妾は……」
「さっきカッパの話をしたでしょ?あいつらもほんの1年近く前まではず~っと一人ぼっちでしたよ。それが今や大家族ですわ。なのでちょっとお見合いしてみませんか?」
頭の片隅にアテがあった。
「お見合いじゃと?なんじゃそれは」
「え~と、心当たりがあるオス……男がいますのでちょっと会ってみませんか?」
「何を今さら戯言を」
「まだ言いますか?その美貌を無駄にはさせる気ないですから!性格とかが合わなきゃ合わないでいいんですよ。ダメなら他を当たるし」
「ソラ君、ひょっとして……」
ウミも気づいたか。
「あと、ユイ。さっきの話からすると天さんえらい物知りやったのぉ?四国の山の天狗なのに。実は裏でえらい神様と太いパイプありそうやし、ちょっと協力して欲しい」
「パイプって何よ。よく知らないけど何を頼む気?」
「天さんの変化の能力を他者に施せんかなと」
「そんなのパパでも自分にしかできないでしょ!」
「いや、なんかお前ら親子は俺らに隠してる事があると見た!だからきっとそれもできるはず!」
「どんな暴論よ!」
「ソラ君が鈍感なだけな気が……」
なんのこっちゃ?ウミよ。
「さっきのお前の説明で行くと、ユキさんの時代の神さんは能力がイマイチで転生まではできなかったから妖かしどもが大量に生まれたって事だろ?現代の人を転生させられるアデヤさんはその神様の上位互換って事だろ?昔の神様でも半分人間に変えられたならアデヤさんならもっとすごい事できるやろ?アデヤさんが無理なら天さんだ。どっちでもええわ。協力してもらう!」
「すごい論理だねぇ、無茶苦茶だよ、ソラ君」
「いや、天さんならやりかねん。シカちゃん、ゴメンやけどまた俺ら乗せてくれる?え~とアオは気を失うかもしれんからこの辺で待機!寺の封印跡を探しといて。サトちゃんも定員オーバーになるかもしれんから待機で。ウミと俺とユイとユキさんで行こう」
「え?私、嫌ですけど?一緒に行きます」
え?サトちゃん?
「なんか面白そうなことしようとしているのに待機なんてするわけないです。ユイさんにはトンネルがあるじゃないですか?私も一緒にトンネルで行かせてくれると嬉しいですけど」
「まぁ私はどっちでもいいけど……。一応聞くけど、どこ行くの?」
「わかってるやろ?剣山!」
「やっぱりね!じゃあサトちゃん、多分私達はあっという間だから、山の家で着替えて行こうかしら」
ユイも同じこと考えてたな?ノリノリやん。
「ソラさん、じゃあ私はこの辺をしっかり探索しておきます!安心して行ってきてください」
アオ、こいつもう完全に僕のパシリだな。ありがたいけどさ。
「じゃあシカちゃん、白鹿になってこのお姉さんも一緒に乗せてくれるかな?」
「ちょっと重そう……でもいける。あ、龍に変身でもいいけど」
「龍に蛇が乗るとかシュール過ぎるから白鹿でいいよ」
「わかった」
そう言うと白鹿の姿になってしゃがんでくれた。前にウミが座り尻尾を持つ。真ん中にユキさん。後ろで僕がユキさんの胴体を掴む。
「ソラ、変なところ掴むんじゃないわよ」
ユイ、逆に意識するからやめて。
「なにやら妾が思っていたのと違う事になっているのじゃが、どこへ連れていくつもりぞ?」
「え?山の中。山脈の割と高い所ですね」
「お主ら山深い所に誘い込みそこで妾を滅する気か!」
「滅する気か!って最初はそっちが希望だったでしょ。まぁ滅しませんけどね。さっきからお見合い言うてるし」
本当は死にたくないのわかってるよ。寂しかったんでしょ?ユキさん。滅してもらう為じゃなく空海さんに会いたかったんだよね、唯一の人間の知り合いだったから。
「じゃあシカちゃんよろしく!」
そう言うとシカちゃんは立ち上がり空を駆け出した。
「ソラ君、ユイがいないから隠蔽かかってないけど」
「もう別に見られてもええわ。宙を駆ける白鹿もおれば空飛ぶ磯女もおってええやろ?」
「そんなもんかな?」
そんなもんやぞ。
「あれぇ~!空を飛んでおる~」
ユキさん、ビビりすぎ。
「サチ、剣山までシカちゃんの誘導よろしく!」
「ワン!」
頼もしい幽霊犬だ。
「ユキさん……」
「なんじゃ?」
ユキさんのめっちゃ心臓がバクバクしてるのが伝わってくる。
「生きてたらね、たった半日くらいで僕とウミと、ユイとサトちゃんとシカちゃんとアオ、あとあなたに締め付けられたサチ、六人と一匹の友達ができたんですよ。気の持ち方だけで実は千年の間にもっといっぱい知り合い出来てたかもしれないんです。でもいいんですよ。これからの千年を楽しんで生きればね」
「友達、妾がお主達と友達とな?」
「正確には人間は三人だけですけどね。あとはほとんど神様が二人と幽霊犬だけど」
「こんな化け物を友達というか、お主……」
ユキさんの心臓の鼓動がさっきより早くなった。そしてだんだん静かになった。落ち着いたかな。
「ソラ君、ユキさん、ちょっと高く飛びすぎたみたいで気を失っちゃってるよ」
なんやと!
「まあ別にええけどの。ユキさんも多分、この姿になった時は若すぎたんやろうな。一番綺麗な時だったろうし」
「今もとびきり綺麗じゃない。わかってないよね、ユキさんって」
ウミのそういうところ好きよ。
「さてさて、ユイとサトちゃんは家でまったりしてても多分先に着くやろうな。例のあいつにちゃんと事情を説明しといてもらわんと」
「例のあいつに、だね」
「さあ、剣山までシカちゃん頑張って!」
「よゆー」
頼もしい子だ。マジで神様をこんなに軽々しく足代わりにしてバチ当たりそうだな、ドキドキ。
*(94話へ続く)*




