92話 ユキの話
「妾の話を聞いてくれるか……」
「もちろん。いくらでも聞きますよ。アオ、ユキさんの鱗が乾かないように適宜水撒いてな」
「わかりました!お任せください」
「妾は魚ではないゆえ、心配無用じゃ。水中で息ができるかと言われるとそうじゃない。下半身は海蛇のようじゃが、水に適応した陸の蛇と思うがよい」
「あ、そうなんだ?さっきエラ呼吸じゃないって言ってたしそういう事か。魚の海蛇じゃないのね」
「じゃあアオ、水撒き撤回!」
「あ、いや、涼しいから続けてくれてよいぞ」
涼むためかい!まぁ普段、海に浸かってたら夏の陸上は暑いか。
「妾の話じゃったな。お主の言う通り妾は元は京の生まれよ。父は都の官人じゃったが、上役の不興を買い、やってもいない不正の濡れ衣を着せられ家族もろとも西海道へ流されたのじゃ」
「あ~ウミ君、西海道ってなんぞ?」
「昔の九州地方の呼び方だよ」
さすがウミ!無駄に物知り。
「ああ、話がなんか繋がってきたな」
「見知らぬ土地に罪人扱いで放り出された妾たちは、地元の有力者を頼らざるを得なんだ」
「なんかその後が読めて来たぞ……悪い悪代官みたいなやつにあれやこれやと」
「それがとても良くしてくれてのう。屋敷の離れに住処を与えてくれた上に、父もその地で仕事を得る事ができた」
ズコ~。予想大外れ。
「もちろん京でいた頃のような贅沢な暮らしではないぞよ。つつましく生きておったがそれはそれで狭い家で家族寄り添い楽しい暮らしじゃったわ」
「めでたし、めでたし……?」
「じゃがどこで聞きつけたか、京から流れて来た家族に若い女子がおると聞きつけた大宰府の役人が突然来て、妾を連れていくと言い出したのじゃ」
「ちょっとかぐや姫みたいやな」
「ほう、かぐやとな……京におる頃、確か帝が熱をあげていたという女子がおったと話を聞いたことがあるぞよ」
え?マジなん?昔話をリアルタイムで見聞きしたの?すげぇ!
「妾の場合は帝ではないがの。田舎に住む若い京育ちの女子が珍しかったのじゃろう」
「いや、何度も言いますけどユキさん、自覚が無いようですが、あなたものすごい美人ですよ?だからですよ!油断して屋敷の外を歩いているところを見られて噂になって広まったんでしょう」
「妾なぞ、京では誰も見向きもせなんだし、婚礼の話も全くじゃ。なにやら言うておるものもいたかもじゃが摩訶不思議なもんよのう」
「多分、美人過ぎてご両親が屋敷の中に隠してただけな気がしますけどねぇ」
「ソラ君、美意識って時代や地域でずいぶん変わるってのもあるかもよ。今の僕らからすると思いっきり美人だけど、平安時代とか江戸時代とかじゃあもっとこう……ねぇ……って人が受けたのかも」
「ちなみにアオ!お前、ユキさん見てどう思う?」
「え?ものすごい美人だと思います!こんな綺麗な人を見たのは、え~と……ユイさん、リーさん、サトさん……」
またそれかいっ!忖度やな。でも少なくともこの時代でも美人だよなぁ。
「ユキさんは自己肯定感が低すぎる!」
「言うとる意味がわからんぞよ」
「まあいいです、続けてください」
「そして無理やり使者どもに駕籠に乗せられ、大宰府まで連れていかれそうになり、途中で迎えの使者どもが休憩をとった隙を見て、逃げ出した」
「逃げた……んですか?」
「逃げたが、後を追われ、しまいには海沿いの崖まで追い詰められ……行き場を無くした妾は海に身を投げたのじゃ……」
「なるほど……それがユキさんの最期だったんですね」
「飛び込んだ時に、ああ、死んだと思った。にも関わらず目が覚めたのじゃ。磯の上での」
「磯の上で?」
「あらうれしや、助かったか!と思い、怪我は無いかと身を改めたら……このざまじゃ。あったはずの足が無い。代わりにこの醜い鱗にまみれた胴よ。このような姿になる事を妾は望んではおらんかった。なんの罰ぞ!誰が妾をかような姿にした?今すぐ妾をあの世に送ってくれと願うたわ」
「ユキさん、人の価値観はそれぞれだから一概に言えないけど、胴体が蛇だからといって僕は醜いとは思いませんよ」
「僕もですよ、車の助手席に乗ってもらってドライブに行こうとしたら、長い胴体どうしようかなとは思いますけど。あ、まだ免許持ってないですけど」
ウミ、フォロー下手か。
「車?免許とな?牛車の事かえ?」
なんかうちの子がすみません……。
「ユキさん、この連中はちょっと人とは違うので参考にならないかもしれませんけど、私達はさっきもそこのバカが言いましたけど、妖かしだから怨霊だから、人間だからとかいう小さい事にはこだわらない生活を望んでいます。その為の第一歩として空海様の作った霊場を復興させているんです。その間に関係ないんですけど宗派問わず封印された寺や神社、祠や妖怪の封印を解いてまわっています」
ユイが僕の言いたいことを代弁してくれる。「そこのバカ」ってのはどうなんだって思うけど。
「封印とな?誰がそのような事を!」
「話すと長くなりますが、かいつまんで要点をお伝えすると、現在この地では空海様が唐から持ち帰った教え、密教と言われるもの、昔からある仏教、神道、それ以外の過去の信仰はすべて統一されていて、アデヤ教というたった一つの宗教しか無い状態です。一部の妖怪を除いては各所で封印されたままです」
「なんとそのようなことになっておったか?なぜ妾は無事だったのじゃ」
「それがですね、アデヤ教の一部の狂信者によって寺院の破壊や封印がなされたのですが、例えば水中に祠のあったカッパは見逃されていたり、人里離れた場所にいたものは封印を免れています」
サブロウや猿猴、ヒダル神の例とかあるしね。
「妾は空海様を探してあちこち彷徨っていた為、封印を逃れていたということか」
「う~んそれがですね、アデヤ教がどこまで宗教界を統一しているのかは我々もわからないのですよ。西海道ではどうだったかはわかりません」
チラっとユイを見るけど横を向いてしらばっくれる。四国だけなのか、西日本なのか日本中なのか、世界規模なのかまだ謎。知ってもいいけど僕らができることには限界がある。今のところまだ徳島と高知のとっかかりでこんなにかかってるんだから、全国になったら歩きでなんて無理無理。
「ソラ、日本中にアデヤ教の狂信者がいたわけではないと思うわよ」
「それヒントなの?高松の教会だけが暴走したってこと?本州にはまだ他の宗教も?」
「さぁ~?私は海外留学してたから詳しく知らないわあ」
と棒読みでとぼける。まあ今のところどうでもいいや。
「ごめんなさい、ユキさん。話の腰を折って。続けてください」
「そうじゃった。妾はこの体に絶望して元に戻る方法は無いか、無いなら一層、自ら……とも考えておったわ。そんな時、西海道に来た空海様と出会ったのじゃ。初夏の頃だったかの。空海様は唐へ行く為に立ち寄ったと言うておった。妾がこの姿になってまだそれほど月日も経っていない頃じゃ。毎日毎日、海を眺めつつ海岸で半身を沈めて泣いている所を空海様が気づいてな、衣が濡れるのも厭わずざぶざぶと海の中に入って来られた。人間の女子が入水しようとしておると思ったのじゃろう。近寄って妾を羽交い締めにして『止めよ』と言いなさったわ」
「胴体が見えないとそう思いますわね。僕も飛び込むと思います」
「空海様は妾を羽交い締めにした後、すぐ妾が人ならざるものと気づいたのじゃ。一瞬カッと目を見開き、その後、妾の体をしげしげと眺めてこう言った。『なんとも美しいのぉ』とな。人じゃった頃に、確かにそう言うた者もおった。妾の顔を見ての。おそらく妾を大宰府に連れて行こうとした者もそうだったのじゃろう。妾にはわからなんだがの。じゃが空海様は妾の顔には目もくれず、この鱗だらけの体を見て『美しい』と言いなさった」
「めちゃくちゃ空海さんらしい話やなぁ?」
「そうだね、普通に天狗と親友になる人だし。ありえる」
「ソラ、あなたも同じよ、その感覚」
「わからんなぁ。俺は普通に思ったこと、感じたことしか言わんし」
「そういうとこなんですよね、ユイさん」
サトちゃんがウィンクしてる。
「続けてよいか?妾は最初はバカにしおってと腹も立ったが、衣のままびしょ濡れの空海様を見ていると悪い人とも思えず、つい身の上話などしてしもうた。空海様は表情も変えず黙って聞いておった。聞き終えて『もったいない』と言うた。もったいないとはどういうことぞ?合点が行かぬ。どういう意味かと問うと『捨てた命を違う形とは言えまた拾うた。それを手放そうとするなどもったいない。その身でしかできない事もあろうぞ』との。妾には全く理解できぬことよ。かような身で生きながらえる辛さを思えば、喜んで手放すと。じゃが妾は何度もこの身を滅せようと企てたが首尾よくいかぬ。あろうことか、歳も取らぬときたものよ。人魚は不死と聞いたがそれに近しいものかの。その苦しみを空海様に訴えたのじゃ」
「ふ~ん……人魚なぁ……死にたくても死ねないってやつか。永遠の命って確かに幸せかどうかと言われるとわからんなぁ」
「空海様はその時、『今の自分にその力は無い。じゃが唐に行き修行を終えたら可能かもしれん。時が来てまだ必要だと思えば滅してやる』と言ったのじゃ」
まだ必要だと思えば、か。どっちがだ?ユキさんなのか?空海さんか?
「妾はその時をずっと待っていた。じゃが何年経っても空海様は現れん。百年、二百年、五百年、八百年、千年、どれだけ待てば来るのじゃ?待ちきれず妾は妖怪共の噂を頼りに西海道を出て、伊予で探し、そして土佐に周り、この地に来てもう何十年経とうか。もう誰も訪れぬこの地に再び空海様が現れるかと思い待ち続けておったのじゃ」
「ユキさん、さっきも言ったけどさ。人間って何百年も生きられないんだよ。人だった頃の事を思い出してみてくださいよ。人は怪我をしたら痛い。傷が治るのにも時間がかかる。傷跡も残るかもしれないし、治らない怪我もある。病気になったら治るまで時間がかかる。病の種類によっては治らないまま亡くなることもある。人間の寿命って短いんだよ。忘れちゃった?」
「……忘れては……おらぬ。おらぬが、妾を滅すると言ってくれた空海様を、来ると信じなければどう生きればよかったんじゃ?このような姿のまま延々と海の中で一人生きよと申すか?滅される事が夢じゃった。無理は承知で千年待ち続けた。ようやく会えた、空海様の生まれ変わりという主ら。妾の望みを叶えてくれるのか?叶えるべきであろう!さぁ約束を守れ!」
「ヤダ、断る!」
*(93話へ続く)*




