91話 滅
アオが見つけた開けた場所にサチがユキさんをぶら下げて飛んで行く。
「あわわわわ……」
さっきまで絞め殺そうとしていたサチが、こんな巨大化して自分を咥えて飛べるなんて思いもしなかったろうな。あれ?サチが妖怪を持ち上げられるなら、僕も持ち上げられるんでは?カプカプ噛まれる時は噛まれてる感覚あるし。物理的に噛んでいるって事は……。
「ソラ、持ち上げるくらいの力で噛まれたら足首折れるわよ、バカね」
あ、勝手に心を読まれた挙句バカにされたぞ!これはハラスメントだぞ!
「服を噛んでもらったらいいんじゃない?ソラ君」
なるほどな!ってあかーん!
「脱げたら落ちるやんか!それにユニクロの感動パンツスーツ、そんなに耐久力あると思えんぞ。裏地ないんやぞ」
「それは知らないよ……ユニクロさんに苦情入れたら?」
「裏地ついたら感動パンツスーツのメリット無いやんけ!わかってないのぉ、ジャージ小僧は」
「別にどうでもいい」
「そんなどうでもいい事ばっかり言ってるから、アオ君に呆れられるんですよ」
「サトちゃん、あいつは羨ましがってるんだよ、こういう会話も含めてな」
「仲良さそうでいいですけど、私やシカちゃんは半分くらいはわかってないですからね、あっちの話されても」
なるほど、それはすまんかった。
「ユニクロは?」
「最高!」
即座にサトちゃんとシカちゃんがサムズアップ。わかっとるやん!君らGUも愛用してるけどな。
「だいぶソラに毒されちゃったわね」
失礼な!お前も一緒にソフトクリームとか食べてたやん。
「ほらほら、もう着くよ、ユキさんのいる場所に」
ウミが仕切ってやがる。ちぇっ。
「かような目にはもうこりごりじゃ……」
と震えているユキさん。隣でサチは後ろ足で耳の後ろをカキカキしてる。朝飯前よって感じやな。
「サチ、お疲れ!どうでもええけど、サチよ。お前霊体なんやから体を縮めたら、締め付けから逃げられたんちゃうか?そもそも気体みたいになってたこともあったやん」
と言うとサチは虚を突かれたような目で僕を見た。
「!!」
こんな顔している犬は初めて見たわ。幽霊やけど。律儀に絞られて苦しむ義理もなかろうに。
「ソラがそう言わないとサチは変われないわよ。あなたに憑いてるんだから、あなたが指示しないと。勝手に大きくなったり小さくなったりしたら困るでしょ?人前で怨霊の姿になったら大騒ぎよ。あなたの失態」
「ああ、そうだったんか。一緒に慌ててただけだったわ。サチが死ぬって」
「サチは死んでるよ、ソラ君」
「バカね」
一言が一番効く~。
「サチ、ごめんな。次からは気を付けるよ。お前が元気なのが一番だ」
「ワン!」
無事で何よりだ。死んでるけどな。
「死んでるのに……元気と言うか?」
ん?なんか変?
「その犬は怨霊であろう?怨みを持ってとっくに死んだからその姿なのであろう?なのに何が元気か」
「ん~元気よな? サチ」
「ワン!」
とワサワサと尻尾を振る。ワサワサ……ブサイクな犬でワサオっていたなぁ……死んじゃったけど。あいつも元気かなぁ。
「死して既に形の変わったものに対してかける言葉ではなかろうに」
「そうなんかな?まぁ僕も昔は死んだら終わり、無になるって思ってたけど変わりましたよ。色々あったから」
「死んだら終わりじゃ」
「ユキさんは終わってないじゃないですか?」
「妾が?妾は死してなお望みもせぬ化け物の姿になり、生き恥をさらしておる。とっくに終わっておる」
「生き恥ですって?よくわかんないなぁ。そんな美人で何が不満なの?僕なら自慢して歩きますけどね」
「うん、美人だと僕も思いますよ」
ウミは黒髪好きやもんな、フフ。
「私もそう思います。ユイさんやサトさん、リーさんで耐性はついたつもりでしたが、また違う意味で美しい方だと思います」
男性陣の意見は一致してるな。良いものはいい!
「私もそう思うわ」
とユイが言うとサトちゃんもシカちゃんも頷く。
「妾を美しいと言うか?片腹痛いわ。この身を見よ!腰から先は蛇そのものじゃ。海蛇の胴体じゃ。かような化け物を見てお主ら人間が言うのは、逆に罪ぞよ」
と泣く。
「う~ん……胴体が海蛇だから?そんな変か?」
「いやぁ~いつももっと色々見てるからシンプルに綺麗だと思うよ」
「今の季節ひんやりしてそうでいいと思います」
アオ、お前の意見はちょっとずれてるな。妖耐性がまだ低いな。鍛えなきゃ。
「人じゃないからどうこうって、僕らはあんまり思わないんですよ」
「軽く言うわい……千数百年この姿で人に恐れられ、忌み嫌われてきた妾の気持ちなどわかるまいて」
「人にですか?……人ねぇ。皆そうだったんですか?」
「海で半身を水に出しておると男どもは寄って来たわ。じゃがどいつもこいつも妾の蛇の胴を見た途端逃げ惑う。化け物じゃ!言うての。確かに体は化け物よ。じゃが心まで化け物になったつもりはなかった」
「びっくりしただけだと思うよ。見慣れてないから。そこにいる男前だって僕らほど妖に慣れてないからビクビクしてるけど、僕らは平気だよ。そもそも人間じゃないのも2人いるし」
「人間じゃないのも?じゃと?」
「この子はユイと言いますけど、女神と天狗の子です。背中に羽生えてますし。こっちの女の子はシカちゃんと言いますけど……春日神社の神様の娘のはずです」
「女神に天狗に神様の娘じゃと?なんで人間が一緒におるのじゃ?」
「もっと言うとご存じないかもしれないですけど、今はアデヤ教っていう宗教が信仰されています。そしてそこの男前はアオって言いますけど、あいつは反アデヤ教を掲げる教団の間者、密偵です」
「なんでそのような者たちが一緒におるのじゃ?価値観も違うであろう?人と神が一緒にいると?それも違う宗教の?」
「まあ成り行きですかね。僕らは一応仏教徒」
「おお、そうじゃ!仏教!空海様はどうなった?どこにおるのじゃ?妾との約束は!」
「ああ、その空海さんですけど……とっくに亡くなってますよ」
「妾との約束を果たさぬうちに死んだと申すか!恨めしや!あの男」
「あのぉ~そうは言いますけど、人間なんて60年生きたら御の字ですよ。空海様もちょうどそんくらいで亡くなったかと。寿命が無い神様や妖怪とは違う」
「しかしあやつ、妾と約束したのじゃ。これより唐へ渡るが、修行が終われば必ず妾を滅してくれると」
「そこ、そこが一番引っかかってるんですよ。空海様が例え妖怪と言えど滅するなんて約束するとは思えないんです」
「お主らに何がわかる!子供に妾の苦しみ、空海との約束などわかるはずもなかろう!」
「あ~、こう見えてもう成人です。子供はそっちのウミとシカちゃんくらい。それなりに大人ですよ」
「妾はどうすればよいのじゃ!いつこの苦しみから抜け出せるのか!恨めしや、空海!」
「その件ですけどね、今さらですけど僕とウミは空海の生まれ変わりみたいなんです。記憶は無いけど。なのでなんかお手伝いはできるかもしれませんけど、そんなに死にたいんですか?」
「そんな都合よく空海の生まれ変わりだと?あやつの法力ならと思い妾を滅してくれと頼んだが、その辺の術者に何ができよう」
ってなるわな。ウミ、ユイ、お願いと目で合図をする。
ウミが背筋を伸ばして般若心経を唱える。修行前の空海様より、今のウミの方が修行を終えた空海様の半分と言うか煩悩を除いた上澄みだから力は強いはず。
「これは……本物か!本物の空海様なのか!妾を、妾をその力で滅してくれ!」
と手を合わせて拝む。
「ユイ!」
と声をかけるとユイが祈りを始めた。空から下りて来た光がユキさんを覆う。
「これは……このあたたかい光はなんぞ!妾に何をしておる!やめよ!今すぐやめよ!妾に安らぎなぞ必要ない!」
「ユイ……」
と声をかけるとユイは祈りをやめた。
「お主ら、ウソは言っておらぬようだな」
「ウソなんて言わないですよ。滅しようと思えば多分できます。空に戻そうと思えば戻せます。僕らずっとそれをやってきましたからね。でもユキさんはそうじゃない気がしてるんです。言いたくないかもですけど、ユキさんの話、今の姿になって出会った空海様との話、聞かせてもらえませんか?」
「滅してくれると約束するなら恥を忍んで話そうぞ」
「そんな約束はしません」
「なんと!約束はできぬと申すか!」
「ユキさん、あなた人間の頃は名家のお嬢様でしたね?」
「な……なにを……」
「言葉遣いでわかります。時間をかけて九州からここに空海様の足跡を辿ってやって来たんでしょうけど、九州の言葉とも全然違います」
「……」
「事情が分かってやむを得ないと思えば、滅す……って言葉は嫌いだけど、協力しましょう。でもそれはしたくない」
「したくないと?なぜじゃ?」
「え?単純に美人だし、もったいないじゃないですか!」
「たわけた事を申すな!妾は化け物ぞ!食い殺してやろうか!」
「化け物、化け物うるさいんじゃ!ボケェ!俺らそんなん関係ない言うとろうが!しつこい!自分の容姿が恵まれている事も認めず不幸ばっかり語るな!前見ろ!昔の事を思ったところでもう終わった話じゃ!当時を知る人なんてみんなとっくに死んでるだろうが!いつまで過去の事をグチグチグチグチ。死んでも元気な犬見たろ?やることやってあかんかったら考えろ!死ぬことだけに固執すんな!」
「お主、妾が怖くないのか?」
「そもそもやな、あんたに殺される可能性なんて全く無いわ。一回、本気で怒ろうか?」
と、キレかかったら周りの空気が変わった。サチが尻尾を丸め、シカちゃんが小さくしゃがみこんだ。
「ソラ、ダメよ」
とユイが肩をポンと叩いた。いや、本気で怒る気は無いけどさ。
「ソラ君、妖に対しては以上に強いよね。というか神様まで怯えちゃったじゃない」
人間以外には強いみたいだな、僕ってば。
「わかった……妾が悪かった。危害を与える気などまるでないぞ」
「わかってるよ。わかってるけど聞く気が無いから、ちょっと本気見せた方がいいかなと思ってね。と言うわけでユキさん、話を聞かせてよ。それ次第って事で」
「わかった……妾の話を聞いて考えてくれ」
僕らは夕闇迫る中、広場で切り株に腰を掛けユキさんの話を聞き始めた。
「アオ、焚火の準備!あと、そこの入れ物に塩水汲んで来てユキさんの鱗が乾かないよう適宜水をかけてあげて」
「ソラさん、わかりましたー!」
「あの男、間者よのぉ?」
「ええ、一応」
「変わったやつじゃの」
僕もそう思います!
*(92話へ続く)*




