90話 磯女
「サチ!大丈夫かっ!」
慌ててゴツゴツした岩場を走る僕。ユイは翼を出そうとしたけど、僕が止めた。また翼を出して背中の部分が破れらせるのも忍びない。アオは足は速いけど、こういった時は咄嗟に体が動かないタイプか。ウミは体は動くけど、こういった岩場を移動するスキルはないもんな。岩についたアオサが濡れると滑るので危険だし、フジツボは時に刃物のように転んだ時に手をついたりすると容赦なく肌を切り裂く。
「ウミ、無理すんな。ゆっくり乾いた石の上を歩いたらええ」
そう言うと僕はポンポン石の上を飛んで行く。子供の頃何度も磯で転んで怪我したおかげで危険察知能力は高いぞ。僕の足の裏には未だに子どものときに石で切った傷が残ってる。海の怪我は治りにくいのだ。
「サチ、声を上げろ!どこだ!」
返事は無い……けど、耳を澄ますと
「ガフッ、ガフッ」
と苦しそうな声が聞こえる。クソ、何が起こっている!急いでブラインドになっていた岩場を回り込んでみると……岩場の先に女?みたいなのがこっちを見ていた。みたいなのっていうのはへそから下が蛇?のような長い胴体が見えたから。魚のしっぽが見えたら人魚?ってテンション上がったんだけどな。その長い胴体で巻き付いてサチを締め上げていた。
「お前!人魚ではなさそうやな?たいした能力も無い俺が見えるって事はかなりの力を持った妖か?噂になってる磯女か?どうでもええけど、サチを、その犬を放せや!」
そいつはマジマジと僕を見つめる。上から下まで見て呟いた。
「空海様……じゃない?」
はぁ?
「見たらわかるやろがい!空海ちゃうわ。それよりその犬放せ!」
「こやつが先に妾に襲い掛かってきたのじゃ。なぜ放す必要があろうか?」
「お前に危険を感じたからだろ?元は犬なんだからしょうがないじゃん。本能だよ。主人を守らなきゃと思って向かったんだろうよ。いきなり向かわせたのは悪かった。放してやってくれ」
と頭を下げると、そいつは力を緩めてサチを放してくれた。
「ありがとう……。サチ、大丈夫か?お前、犬神以上の力があるのに何で簡単にやられてるんだよ」
「クゥ~ン……」
と尾を股の間に入れて反省するサチ。
「サチが言うには、女性が上半身だけ水から出てたので、なんだろうと思って警戒しながら近づいたら、水の中から突然長い胴体が巻き付いてきて、何もできないまま締め付けられたんだって」
遅れてやってきたウミがそう通訳する。
「ウミ、相変わらずクゥ~ンの一声だけでよくそれだけ長文を理解できるな」
「半分は想像」
想像なんか~い!
「なぁ、聞いてた通り、襲うつもりは無かったんだよ。その犬は警戒しながら近づいただけなんだよ」
「なるほどのう。悪気は無かったと?なら妾もそれ以上は問わん。お主らが空海様でないと分かれば用は無い。立ち去れ」
「あんた……あなたは磯女で間違いないのか?」
「自分でそう名乗った事は無い。人が何と呼んでおるかなど妾は知らぬ。関知せぬよ。妾の名と言えば人であった頃は『ユキ』じゃった」
「人であった頃?元は人間だったのかい?」
「そうじゃ。なんの因果か死んだと思ったら、気づけばこの姿じゃ。人からは恐れられ、他の妖からは常に狙われておった」
「狙われた?命を?」
「知らぬ。じゃが、常に妾は誰ぞの視線を感じておった。油断したらどんな目に遭うたやら。獲って食われるなんざごめんじゃ」
「あのぉ~」
とシカちゃんの手を引いてやっと追いついて来たサトちゃんが口を開いた。
「単にその方が美人過ぎて……目を引いてたんじゃないですか?」
ん?そう言えば夢中になっててろくに見てなかったな。
「うわ、めっちゃ美人やん!和風美人!アデヤさん超え?」
とか言ってたら後ろからユイも来てた。
「ふ~ん」
ってそれだけ?怖いわ。
「お主、妾を美人と言うか?ついぞそのような事を言われたことは無い。空海様にも言われておらぬ」
そら坊さんが美人の妖怪に言い寄ったらあかんやろ。
「空海様ってさっきから言ってるけど、どういう関係なの?」
とウミが聞く。
「空海様は……空海様とは約束がある」
「約束?どんな」
「空海様は妾を滅してくれると約束した!」
「!!」
なんだって?滅す?滅ぼすって事か?空海さんがそんな約束を?ウソだ!
「何かの間違いだ!」
「本当じゃ、妾はその約束を果たしてもらう為に空海様の噂を聞きこの地へ来たのじゃ」
「空海様がそんな事言うわけないだろ?どういう事だよ」
人を救う為に命がけで唐に渡るような人だぞ。
「ウミ!」
ウミを見ると首を振っている。わからんか。まわりを見まわしても目を伏せている。僕らがわからんもんをわかるわけないわな。ユイ、サトちゃん、シカちゃん……あれ?そう言えば一人足らんぞ?
「アオは?」
サトちゃんが指差す方を見ると、岩場の向こうから恐る恐るこっちを覗いていた。ありゃ?あいつも見えてるんか?
「あの、皆さん、なんで平気なんですか?その人、足が無いですよ?人じゃないんじゃ?」
妖怪耐性の無いやっちゃな。
「大丈夫、こっち来い!食われたりせえへんよ。話もできるし」
ちょっと物騒な事を言っているけど、それはこれからちゃんと話すし。
「え?本当ですか?」
「ホンマや。そう言えばそこにも自覚のない残念な男前おったな。ユキさんもそいつと同じ残念な美女やな、ははは」
「お、お主、今の妾を見てまだユキと呼んでくれるか?」
「え?だってユキさんなんでしょ?なんで?」
自分で人間の時はユキだったって言ってたじゃん。なんも不思議じゃないぞ。
「妾を、この妾を本当の名で呼んでくれたのは空海様以来じゃ……そう、妾はユキ。ユキなんじゃ。人間のユキだったんじゃ。悔しや……嬉しや……」
と涙をこぼす。え?なんで?
「罪作りな人ですね、ソラさんは」
え?なんでよ、サトちゃん。
「サラっとそういう事するからソラはソラなのよ」
「そうだよね、僕なら普通に磯女さんって呼んじゃいそう」
「だって、ユキって……この人自分で言ってたよ?磯女なんて名乗ってないって言ってたし」
「ソラ、あなたには人だの妖怪だの線引きする概念が無いのよね」
「いちいち区別する理由がわからん。霊だって怨霊だってみんな一緒じゃん。カッパだって俺の友達だし。天さんだって仲間だし」
「そうね、ソラだものね」
「うん、ソラ君だし」
「神様にも乗り物感覚で平気で乗っちゃいますしね」
サトちゃん、それは君も一緒じゃん!なんか変な空気になってきたぞ。
「あ~、で、ユキさん、こんなところで話すのも何だし……と言うか俺らが濡れるのイヤなだけなんだけど、エラ呼吸じゃないよね?」
陸上で苦しまれると困る。
「エラ呼吸とは?」
「水から離れても大丈夫?って事ですよ。平気ですか?」
「陸は大丈夫じゃが、動くのはちと遅いぞ。特に岩場は擦れる」
「じゃあちょっと上の開けたところまで移動しようか。サチ、本気出してOK。ユキさんの胴体の硬そうなところを甘噛みして運んであげて」
「ワウ!」
そう言うと化けダヌキと戦った時くらい巨大な怨霊モードになってユキさんを持ち上げた。
「あわわわわ、なんじゃこの凶悪な化け物は!妾を食らおうとするか!」
油断してないサチは怖いのだ。リミッター解除!
「ユキさん、それさっきの幽霊犬だけど、これが本来の姿。そいつは女の子だから安心して。食べられないって」
「意味深……」
ユイ、そうじゃないから。
「アオ、ダッシュで安全そうな所を探してサチを誘導して。そこに俺らも向かう」
「一緒に行かないんですか?」
「いや、この岩場からサトちゃんやシカちゃんをまた移動させないといかん。ちょっと時間かかる」
二人が転んで怪我したら大変。
「すみません、帰りの事考えずついて来ちゃいました」
「へーきへーき。来るときは大変だけど、帰りは要領つかんでるからたいていは楽よ。俺が踏んだ石の上をついてきたら滑らんよ。シカちゃんはいつも背中に乗せてもらってるから、俺がおぶっていく」
「危ないわよ、ソラ」
「こけそうになったらユイが助けてな」
そう言いながら僕らは無事陸地に上がり、ユキさんにこれまでの事を聞くことにしたのだった。そもそも空海様との約束ってなんぞ?滅すってか?
*(91話へ続く)*




