88話 舟
またまた海沿いの道を歩く僕たち。茶屋で団子が食べられなかった僕は不機嫌だ。でもこう見るとやはり太平洋はでっかいなぁ。波が瀬戸内海と全然違うもん。晴れてるのに波が高い。これはちょっと想像と違うぞ。
「ソラ君、ソラ君、なんかあっても大丈夫なんだよね?海の子ソラ君がいたら?」
「お、おう、任せとけ」
いや、実は僕の知る海の感じとはちょっと違うなぁ~。桂浜の時は砂浜に波がドーンだったけど、ここってちょっと湾が入り組んでて結構ややこしい潮の流れ。
「でも、さすがに渡し舟で渡るんですよね?お遍路の本にもここから渡し舟があるって書いてますよ~」
チッチッチ、サトちゃんそれはアデヤ教が布教される前の本だよね?
「誰も行かへん廃寺に渡す舟なんてないと思うぞ。わざわざ行ってもなんも無いし」
「あ、そうか。寺が無くなったって事は、お遍路さんもいなくなったから、渡し舟自体が不要になったんだね」
「どうする?ソラ。大回りしたら地続きでも行けそうだけど」
「う~ん、すぐそこに見えてるしのぉ~。この距離の為に大回りは避けたいな」
「向こう岸まではざっと見て500メートルないくらいだね、この海峡。え~とガイドブックの地図でざっと迂回した場合を見るとぐるりとまわって……ん~30キロくらい?」
「決まりやの」
「決まりなんだろうね」
さすがウミ。
「ひとつ言うてええ?」僕だけならこのくらいの波と距離なら泳げるけどなぁ。
「どぞ」
「俺、幼少の頃、海水浴場近くに住んどってな」
「半島の?」
「そそ」
「夏が終わると、貸しボートとかを陸に上げてさかさまにして保管してたのね」
「うん」
「そのボートを悪ガキ友達数名と引っ張り出してやな」
「まさか?」
「その辺に落ちとる板切れを櫂にして、沖に出て釣りしてた」
「それって犯罪では……」
「そこは若気の至りよ」
小学生だけど。
「よくそれで無事だったね」
「田舎育ちは基本ワイルドやからな」
「海に落ちたらどうする気だったのよ」
「海に落ちたら?俺ら、夏休みの朝は毎日強制的にラジオ体操、昼は強制的に小学校のプールぞ。毎日、延々泳いでたからプールなら2キロ~3キロは多分全員泳げるわな。毎年学校行事で遠泳大会とかあったし。最後の一人が沈むまで泳ぐ。潜水も50メートルは息継ぎ無しで4年生以上の男子はみんなしとったな」
「もうカッパ並だね!そもそも小学校に50メートルのプールがあるのに驚きだよ。田舎、恐るべしだね」
「おまけにここは海やろ?真水のプールと違って塩水の方が浮力強いから余裕」
と強がって、言いつつもこの波はちょっときついな、息継ぎで海水飲みそう。
「あと海だと離岸流でいきなり沖に流されたりしたら危ないよ」
「離岸流?おお、いきなりスーッと沖に流されるやつな。でもあれって潮の目見たらわかるやん。全然色違うし。水温も突然変わるしな。おや?おかしいぞって思ったら頑張ってちょっと横に急いで泳いだら、潮目から抜けれるやん」
「抜けれるやんって簡単に海の子は。普通そんなのわからずパニックになるよ」
「そう、だからわからんのやったら素人が沖まで行くなっちゅう話。波打ち際でちゃぷちゃぷしとったらええんよ」
「素人が、って……どんな世界」
「ま、俺らも結局ボート盗んで沖まで行ったけど、帰りは逆風で沖に流されるんよな。山から沖に風が吹く。そうなったら板切れで漕いでも間に合わん」
「普通に遭難じゃん」
「だから交代で、前でボートの紐を引く奴と後ろ押す奴決めて泳いで陸に戻ったわ。バタ足結構しんどかった」
「ボートに乗る意味!」
ん?泳ぎながら釣りできへんやん。一応、したことあるけど。
「流石にボートを乗り捨てたら怒られるからバレんように戻さんなあかんから渋々引っ張って泳いだわ」
「よくそんな子供時代で死人が出なかったね」
「小学生でも素潜りして魚やサザエ採ったりしてたけど、溺れるやつとかおらんかったな」
「小学生で密漁とか……」
「アホか、ちゃんと近くの漁業組合のおっさん承認と言うか黙認じゃ。親兄弟が漁師とか多かったしの。子供が獲る程度で影響ないわ」
「レトロゲームの『ぼくの夏休み』みたいな話だね」
「普通の田舎の夏休みの日常な」
「良い子はマネしちゃダメよ、シカちゃん」
「シカ、なんの話かわからない」
そうか、そもそも海に来た事すらなかったりする?
「じゃあみんな、泳げない人もいるのでこれから海沿いで捨てられている廃船を探します!いいですね?」あくまで僕は泳げますけど、スタンス。
「ソラ、そんなの空から探したらすぐわかるじゃない」
「あ!そうか。久しぶりにスキルでも発動するか。サーチ!」
「ヘッヘッヘッ」
その辺で走り回って遊んでたサチが戻ってきた。
「サチ、この海沿いであまり壊れて無さそうな廃船を探してきて。持ち主はとっくにいなさそうなやつで使えそうなやつ」
「???」
「ん~舟、俺らが乗れるくらいの。伝馬船?渡し舟?わかる?」
「???」
「ソラ君、サチこそ舟がわかんないんじゃない?」
「おう、盲点!」
「ユイ、お願いできる?」
「え?ヤダ。また羽を出すと背中破れるし。さっきシカちゃんの件で1着破れたもん。」
「それはそれでまた教会で聖なる布で販売できるじゃないですか!」
「もう販売って言っちゃってるよ、ソラ君。ノベルティでしょ?お布施に対しての」
「ほとんど一緒じゃ」
「そんな本質言っちゃダメだよ」
「ソラ、そこに異常に健脚の人がいるじゃない」
あ、アオ!
「頼めるか?」
「お安い御用です。舟ですね?乗れそうな」
そうそう。
「近くに人がいたら持ち主がいるかどうか、使っていいかどうかも確認してもらえると助かる」
「わかりました!」
そう言うとダッシュで海岸沿いの道を走って行った。
「やっぱりすごい脚だね、彼」
「ああ、人間なんか取り柄はあるもんだ」
「アオは顔と脚だから二つね」
「天は二物与えとるやんけ!おお?」
「誰に凄んでるのよ、バカ」
「ソラさ~ん、こっち無かったんで逆方向行きま~す!」
と走りながらアオが叫んで向こうに走って行った。
「あいつ、凄いな?あのスピードで探してるって事は動体視力もすごくない?」
「野球選手になったら1番任せられそう」
「ファミスタみたいやの」
「なにそれ?」
「ファミコンの野球ゲームや」
「わかんないよ」
今どきの子は本当に。マッピーとかピノとかわからんか?とか言ってる間にアオが向こうから手を振りながら走ってきた。
「ソラさ~ん!見つかりましたよぉ~」
おお!さすがアオ、仕事が早い。皆でアオの案内で舟を見つけた場所に向かう。今日は若干波は高いけど行けん事もなさそうだな。しかし向こう岸はあんなに近くに見えるのに、すぐ渡れないのはなんとも歯がゆい。昔の人って大変だったんだなぁ。舟が無かったら30キロとかありえへん。
「あのぉ~こちらの方が舟を出してくれるそうです」
え?わざわざ出してくれるの?と、アオが指す方を見ると、なんか口をへの字に結んだいかついおじさんが立っている。
「こちら漁師のゼンさんです。そしてその奥様のナカさん」
え?なんで奥さんの名前まで。
「おまんら、うちのカカァが言うがき舟を出してやるけんど、どういうことぜ?」
ん?ナカさんの方を見ると頬を赤らめてアオを見ている。
「あ、網の修理をしていたナカさんに、きっと漁師さん関係のお仕事かと思って聞いてみたら、快くご主人様に話を通してくれまして」
足も速いけど、話も早いの。こいつコミュ力高い系では?
「詳しくは聞いちょらんき。家で休んどったら。人を向こう岸に渡してくれ、一生の願いじゃ言うき仕方なく来たがよ。おまんら何者ぜよ」
「はい、旅の者ですが、ちょっと向こうの廃寺に用がありまして」
「廃寺てあんなとこ、昔はあったけんどもう誰も行く人はおらんぞ。何も無い。命がけで行く意味なんか無いがじゃぞ」
「はい?」
「もう何も無いがやき」
「いえ、その後」
「命がけ?」
そこよそこ!
「はい、命がけって……?」
なんぞ、命がけって。不穏やな。
「あそこは、ほれ、出るがやぞ」
「出るがやぞ、って何がですか?」
「磯女じゃ、磯女。昔はそんなもんおりゃせんじゃったが、誰も行かんようになったき、そこを根城にしとるがぞ」
「ウミ、磯女って?」
「磯女ねえ……四国では聞かないかなぁ。もともと九州じゃなかったかな、そんな伝説があるのは」
「なんでそんなのがこっちに……」
「あっちの状況が変わったとか、何かに追われたとかかな?よくわかんないけど」
「ソラ、フラグ回収できそうね」
「フラグ言うな!でも何もないわけはないと覚悟はしてたけどな」
「ソラさん、何があるんですか?」
あ……人妻をたぶらかす男前。
「アオよ、今回はお前が役に立ちそうな気がする」
「え?何ですか?」
「磯女……だけに」
今後、女性担当重役に任命だ。
「???」
「ソラ君、悪いなぁ~」
知らん、知らん。男前を餌にして釣りあげてやれ。縛って海に放り込んでたら釣れるかな?
「ソラ、蓼食う虫も好き好きってことわざもあるわよ」
「俺は蓼か!ところでウミ、蓼食う虫もってどういう意味?」
「蓼って言うのはとっても苦くて辛い葉っぱで、普通の虫は食べないくらいまずいんだけど、中にはそれを好んで食べる虫もいる。好みは人それぞれって事」
「は~、ようわからんけど」
「気を付けるのよ、ソラ、ふふ」
意味深……。
*(89話へ続く)*




