87話 カモフラージュ
僕らは次の三十六番札所に向かっている。もうあまりに暑くてスーツなんて着てられない。サトちゃんやシカちゃんの格好を見て、僕らはもうラフでいいやってなっちゃった。僕もウミももうTシャツ。ユイもノースリーブのドレスっぽいのに衣替え。アオは教団の教えであんまりラフなのはダメって事で、ビジカジみたいなのが許される限度らしい。いや、臨機応変に変装したらええやん。
「ねえ、ソラ君、ソラ君」
「なんや?俺、今は後戻りじゃないから普通に機嫌よく歩いてるぞ」
「そうじゃなくてさ、次の三十六番札所の青龍寺ってこっから結構遠いよ」
「マジか……どんくらいなん?」
「え~とねぇ……お遍路のガイドブックで15キロくらいかな?」
「知れてるやん3時間くらいちゃうか?」
「お遍路のガイドブックではね……」
「あ、道がきちんと整備されて綺麗に舗装されてる場合の話やな」
「そうそう。今からこの山道下るでしょ?で、田んぼの中をテクテク歩くでしょ?そしたらしばらく行くと川があります!」
「川か……橋くらいあるやろ?」
「ガイドブックにはね」
「あ、そうか。橋がない可能性が?」
「大!」
嬉しそうに言うな。
「その後、めっちゃ山に登ります!」
「え~また山なん?」
「さらに峠を越えます」
「イノシシとか出そうやの」
「峠に休憩所があるかもしれないのでそこでお茶をしましょう」
「休憩せな山道は危ないの。夏は熱中症の危険があるし」
「ほんで、峠を下ります」
「まあ下りるわな」
「そしたらまたテクテク歩きます」
「歩いたらええがな」
「すると今度は海に出ます」
「ああ太平洋やな」
「海沿いをずっと歩きます」
「ほう」
「すると海の向こうに目的地があります!」
「今度こそ橋渡るんか?」
「んとねぇ~、ガイドブック上はね」
「なんやその含みのある言い方は、またか」
「サトちゃんどうぞ!」
ん?なんでサトちゃん。
「はい、説明変わりますね。実家から持ち出したお遍路巡りの本です!」
「あ、そんなんも隠してたんか、さすがやなサトちゃんの父ちゃん」
「父はそんなに機転はきません!えらいのはご先祖様です。え~それによりますと~なんとなんと~」
「なんなんよ」
「次の札所には船で渡ります~パチパチパチパチ」
なんやそのテンション。船ってか……初めてのパターンやな。
「で、何をそんなに嬉しそうなの、二人とも」
「え?船ですよ、船!嬉しくないですか?」
「ん~特別どうこうは無いな」
「え~ソラ君、何でよ!船って楽しくない?海の上を行くって」
「あ~そうか。善通院には海無いもんな。俺ってば神戸っ子だし?そもそも子供の頃は香川の半島に住んでたからな。母方の祖父は漁師やったから幼稚園の頃散々船で漁についていったし」
「え?海の子なん?」
「そうよ。もっと言ってええ?実は俺の親戚のじいさん浦島太郎よ」
「そんなバカな……」
「と思うやろ?太郎は後継者指名制度やねん」
「何よそれ!」
「ぶっちゃけると町の観光大使みたいなやつ?それで親戚のじいさん浦島太郎を長い事やっとった。わざわざ白髭延ばしてな。なんやったら俺、一緒にテレビ出たぞ。それもなんと全国デビュー済み」
「え?マジ?」
「マジ、マジ。コメディアンがカメの着ぐるみで砂浜にしゃがんでるのに石ぶつける悪ガキ役」
「今と一緒じゃん、カッパをしばいたりしてるし。しかしとんでもないデビューだね」
「ところがだ!テレビ生中継やったから自分では見れなかったというオチ」
「録画しときゃ良かったのに」
「夏休み家でテレビ見とったら突然、じいさんに来いって言われて、浜までついていったらカメラクルーがおっていきなり撮影や。なんか局のボールペンもろたわ。だからうちの親、俺がテレビ出たって言うてもまだ信じてないがな」
「何とも言えん話だね」
「やろ?なんかうちの田舎の半島って昔から浦島伝説由来の地名がついててさ、ここで太郎が生まれた、ここで玉手箱あけた、ここに乙姫さん来たとか言う由来の地名がいっぱい」
「へ~本当に浦島さんっていたんだね!」
「そんなんおるかい!なんで人が水中で呼吸できるねん。おまけに竜宮城で接待受けた言うても毎日海鮮ばっかり食ってられるか。たまには肉も食いたいやろ?鯛やヒラメの舞い踊り見た後の晩飯が鯛のお頭付きとかやったら具合悪いで」
「ソラ君……」
「なんないな?」
「それ……壮大な前フリになってる気がしてしょうがないよ」
「そうね、なんか起きそうな気がするわね」
「ソラさん、今までの話、一切理解できませんでしたけど、これから海の上でなんか起こりそうな予感がプンプンします」
「ん~シカ、なんにもわからん」
それでいいんだよ、シカちゃん。この人たちみたいに心の汚れた大人にならないで。
「まぁ浦島太郎はさておき、海でなにか起きないわけがないね、ソラ君の口ぶりからすると」
「言霊ってやつか?」
「言霊?そんなの信じてるの?ソラってかわいいわね、フフフ」
「ムキィ~!!俺にどんなリアクションせえちゅうねん。でもまぁ……確かにここんとこ、たいした事件は起きてないわな。さっき神様は出たけど」
「出た、ってまた神様を妖怪みたいな言い方して」
サトちゃん、メモしないで。
「確かにご無沙汰してるね。シカちゃんや神様でバタバタはしたけど」
「あの~」
アオが恐る恐る手をあげた。
「僕、神様を見ただけでも十分びっくりしてるんですけど、そんな頻繁に色々あるんですか?皆さん」
「ああ、お前はついて来てても何も見えんからわからんかったか。悪鬼だとかカッパとか大蛇とか天狗とか犬神とかいっぱいおったぞ。犬神の母はそこにおるし」
キョロキョロするアオ。
「どこですか?『サチ』って名前はよく皆さん口にしてらっしゃいますが」
「サチ、アオの煩悩吸ったれ!」
そう言うとサチはアオのふくらはぎを甘噛みする。
「ああ~なんか、力が抜けて……逆に頭はシャキッとしますけど~」
「お前、今噛まれてるからな。サチ、試しにちょっと強めに噛んでみ」
「ワウ!」
「アタタタタタタタァ~、アタァ!」
ケンシロウか、お前。
「ひでぶ~」
ウミ、いちいちのらんでええって。こいつにはわからん。
「わかった?アオ。ソラといるとこんなのばっかり。何かに巻き込まれては、いつも死にかけるから私がいるの」
「は、はい~なかなか大変な命がけの旅なんですね」
「え?楽しいわよ」
「うん、楽しいね」
「はい、楽しいですよ」
「うん、シカ、おもしろい」
「皆さん、もう慣れっこなんですね、こういうの」
「アオよ、ぶっちゃけて言うけど、ユイはお前も見たけどアデヤさんの娘で聖女な。シカちゃんはさっき見たと思うけどポンコツな変身可能な神様。俺ら二人は空海様の生まれ変わり」
「!!」
「もっと言えばユイの父ちゃんは天狗様。そして俺の親戚のじいさんは浦島太郎」
「浦島……それはさっき聞きました」
「お前、どうでもええけど『空海』の名前を聞いてもピンと来てないな?」
「何を食べればいいのかと」
「『食うかい?』って聞いてないわ!ベタなボケかましやがって」
「???」
「アオはいつでも本気よ、プフッ」
ユイ、笑てるやん。
「皆さん、いつもこんな感じなんですよね?これまでも後ろでずっと見てましたけど」
「ん?何が?」
「アーワから尾行している時も見てたんですけど、いつも笑いながら楽しそうだなと思ってました」
「そう思うならお前も一緒に来たら良かったのに」
「隠密が対象と一緒に歩いてたらバレるでしょ?」
「最初から気づいてたっちゅうねん」
「!!」
「それやめ。驚くほどの事か」
「皆さんあまりに自然で普段から、全然隠す気が無さそうだったので尾行に気づいてないかと」
「別に隠す必要無いしな。見たいなら見ればええし。もっと早くお前が来てたら、もっと楽しくやれたと思うぞ。色々おもろい事あったしの」
「ええ~そんなぁ。だったらもっと早く誘ってくださいよぉ!」
「アオ君、隠密だよね?そもそもバレてて、誘われてたらダメじゃないの?」
サトちゃん、今さら。
「そうですけど……なんかいいじゃないですか!楽しそうで」
「そうだよ、アオ君。世の中には色々知らない楽しい事があるんだよ。親に言われたまま宗教だけに人生捧げてもいい事ないって」
「ウミの言う通り。お前はもっと視野を広く持って色々学べ。男前なんだから」
「僕が男前ですって?生まれてから一度もそんな事言われた事ないです!」
「だって隠密なんでしょ?そもそも顔見られたらダメじゃない。顔隠して仕事するもんでしょ。覆面とかで隠すのが普通じゃないの?」
「まあお前、既にコーチでも有名人だったみたいだけどな。あだ名が『隠密』で残念な男前って」
「そ、それはみんな僕の素顔を知らないからです」
「素顔~~~?」
全員の声が揃った。変装か!なんじゃ、その男前はインチキだったんか!くそっ!騙されてたわ。
「なるほど、いいでしょう、皆さんにだけはお見せしましょう。本当の僕を」
そう言ってアオは顎に手をやるとぺりぺりっと薄いフィルム状のものをゆっくり剥がしていった。
「じゃーん!どうですか!」
「ん?」
何が変わった?わからん。
「え?顎の下のほくろですよ!これが目立つからって、特別にアウル教団の人に隠す化粧を教えてもらったんですよ!ほら」
と指さす先には確かに小さいほくろがひとつ。
「ほくろ隠しただけ?」
「はい、これがあると目立ちますからね!無いと一般人になれます。」
「なってない」
「うん、一緒」
「ほくろある方が男前が上がってる気がします」
「意味のない変装だな、ほんと残念だな。アオもアウル教団も」
「そうね、特に警戒する必要も皆無ね。なんかセクシーになった気がするわ。チャームポイントね」
「せくしぃ?ちゃーむ??でも、上の人から特徴を消す事で人に紛れられるって教えられましたよ~」
「紛れられんくらい男前なんだよ、お前は!ボケっ」
「なに怒ってるの、ソラ君」
「お前もじゃ、ウミ!メガネのくせに男前ってなんじゃ!」
「ソラだってかわいいわよ」
俺がここの男子では一番年長なの!可愛く無くていいの!
「ソラ、この場で一番歳上はシカちゃんよ。シカちゃんはどう?」
「かわいい」
「じゃあいいじゃない」
「ええんかな?」
そんな馬鹿なやりとりをしているうちにいつの間にか峠を越えて太平洋に出ていたのだった。
「あああ!ウミ、峠の茶屋は~!」
*(88話へ続く)*




