第9話 麓の町で
キャンプ地を後にして、また杉の生い茂る山道を足を取られながらも、なんとか峰の頂上に立った。
「おいおい、ウミ君、これはどうしたもんなら」
「いや、これすごいね~。香川側と徳島側とは世界が違うねえ」
「めんどくさいからもうアーワとかやめようや、2人の時は。徳島言うとけ。あっちの世界の土地の名でOK。なぜならYAMAPがそう書いているから」
「元国民的アイドルが言うならそうなんだろね」
「だからそれは……ってもうええて」
そこから見える景色はすごいの一言。
必死こいて山を登って超えたと思ったら、川を挟んでさらに向こうにもっと高い山脈が見える……。
「ソラ君、ゲロ吐きそう……なんなんあれ」
「ウミ、こんなんまだ序の口よ。YAMAP見たら絶望しか無い」
「また鳴門の方からまわったほうがマシだったとか?」
「それは言わない約束だよ」
そう言って僕らは絶望を感じつつ山を下り始めた。
上りもたいがいきつかったけど、下りの方が地獄と知った。ふくらはぎと足首が死ぬ。スニーカーでは踏ん張りが効かん。滑る滑る。
「ソラ君、なんか僕めっちゃ既視感あるわ」
「ん?山か?」
「うん……これ徳島の一番札所の霊山寺から西にぐわーってまわってきて折り返した山の中に雰囲気似てない?」
「おお~よく気づいた。ある意味至近距離ではある」
「ではあるって、それだったらそのまま折り返さずに高知に抜けて二十四番行ってまわったらよかったんじゃない?」
「気持ちはわかる。気持ちはわかるけど、これって効率重視する旅か?順番を守ってこそ意味あるんちゃう?」
「タイパ悪いよ!」
「アホか!タイパとかちゃうねん!お前、戒壇巡りで逆回りしてえらい目におうたん忘れたんか?」
「あれはえらい目とかじゃないよ!ここに来るために、来るべくして来たんだよ、うん」
「なんかええようにまとめようとしてるな、お前。いかんぞ!それは。それこそ俺ら……空海?弘法大師様っちゅーの?俺らが開いた道やんか」
言うてて恥ずかしい。
「なにほっぺた赤くしてんの?いい歳して」
「いや、半分そうなんやろうなぁと思いながらもやっぱ恥ずいやん?よりによって空海って。一休とか良寛さんとか千利休やったら笑いの一つや二つ取れそうやけど、空海言われたらなんかイジりにくいよな」
「令和の時代、イジりはいじめと取られやすいしね」
「いや、そういう問題じゃない」
「なんかおかしいよね。僕より先に君が生まれて、僕が生まれてくるまではソラ君は魂半分だったのかな?」
「いや、それはどうやろな。そもそも魂とはなんぞやって事やけど」
「この弔いの旅始めて思ったんだけど」
「なんぞ?」
「ソラ君って寺の子の僕よりよっぽど真面目に生きてるよね?さっきの順路の件もだけど」
「なにがいな」
「いや、僕よりよっぽど生と死に向き合ってる気がする」
「そりゃお前、仕事柄やろ?入社して、ほぼ毎日ご遺体と向き合ってきたからな」
「怖ないん?遺体とか見てて」
「なんで怖いねん。もう亡くなってはるんやぞ?動きゃせんよ。よっぽど生きてる人間の方が怖いわ。目があっただけでしばいてくるやつおるねんぞ、ミナミ歩いとったら」
「どこの世紀末だよ」
「大阪のミナミじゃ!ヤバいヤツいっぱいおるぞ。それに比べたら……亡くなっている人はもう暑いとか寒いとか言わへんねや」
「亡くなった方の中にも色々文句言っている人いるよ、そこかしこに」
「それはええねん。俺は見えへんから。そんなんいちいち見えとったらびっくりするわ」
「びっくりだけなの?怖くはない?」
「だってもう亡くなってはるんやろ?びっくりはするけど怖くはないかな」
「その辺よくわかんないな、ソラ君の線引き」
「まあ俺はホラーとか見てても一切怖くない。でもバーンとかどーんとか出てきたらうわ!ってなるやん?そんなんはびっくり箱と同じや。驚きであって恐怖ではない」
「なるほど!わからない!」
「ま、そういうこっちゃ」
こんな感じで口論になっても知らぬ間に話が変な方向に移って、また仲良く歩き出すのがほとんどだ。
それもこれも、もともとは一人の人間だったということで。
……いや、まだ恥ずかしいな、それ言うの。
ま、半分半分で中途半端ってことやな、お互いに。僕は口だけ達者なインドア派。ウミはスポーツ万能、容姿端麗、頭脳明晰……あれ?完全に負けとるやん僕。空海要素どこ?サングラスで妖怪発見して口車にのせるだけ?でも天さんは僕に向かって最初親しげに話しかけてたよな。なんなんだろう。
「おい! ウミ」
「なに? ソラ君」
「俺のほうが年上やんの」
「当たり前だよ、僕まだ高校生だし」
くっ……威張ろうと思ったけど、若さで負けてる。
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しかしウミじゃないけど、向こうに見える山々を望むと気が滅入る。あんな向こうまで山が続いているのか。いかん! 遠くの山より近くの川だ!
眼下には四国三郎と言われる雄大な吉野川が流れている。景色は元いた世界とほぼ同じだ。特徴的な赤い鉄製の橋が無いのは当たり前か。それでも心踊ったのは——集落が見える!
コトヘラ以来久々の集落……というかもう町といっていい規模に見える。煮炊きの煙も見えるし、人の動きも見える距離。
「ウミ!見えるか?町」
「見える見える!あとひとつ言っていい?」
「想像つくけど言ってみ」
「ここも大名行列いるわ」
「だろうね……」
コトヘラではっきり聞いてないけど、アデヤさんは一体どの程度のエリアを自分の勢力に置いたのだろう?四国一圏全部?まさかの日本全体?さらにさらに?いや、流石にそこまでは。
「ウミ、今アデヤさんどこら辺におる?」
JINSのメガネをクイッと上げて空を見上げるウミ。
「うわ、真上でおるよ、今。めっちゃ太陽と被って眩しいけど」
「お前が下から覗いてる感じ?」
「うん、真下から見上げてる感じ」
「俺等を監視しとるつもりか、ムカつくの~。下からパンツ覗いたれ!」
「えっ?いや、それはちょっと……」
下を向く若者。ふふ、青いのぉ小僧。
「あ、裾を手で押さえはった」
乙女やのぉ~ハーマイオニー。
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僕らはアホな事を言いながら山を下った。
途中からはしっかりとした道もあって歩きやすくなった。人里近いとやはりいいなぁ。
町はやはり洋風の作りで違和感ありあり。女神の趣味に合わせた感じなんだろうな。歩いている人もコトヘラと同じような中世ファンタジー風。でも顔は日本人なんよなぁ……統一感どこいった。
吉野川沿いの平地に、横長に町が開けている。これは元いた世界と同じだ。狭いエリアに横長だからなかなか終わりが来ない。
「ウミ、どんな感じ?」
「霊?」
「うん」
「歩いてるよ。人の体すり抜けながらいっぱい」
「やっぱそうよな。供養せんとあかんな」
「そうやね。でもまぁそれはおいおいということで」
「ということで?」
「今日はちゃんとした宿に泊まろうよ!川も近いから……風呂あるんちゃう?」
「風呂!!」
あったら久々の風呂だわ。ボディーシートで毎日拭き拭きしてたもののやはり体全体洗うのとは全然違う。
宿屋と思しき建物を目指す……前に飯やな。町の中心あたりに飯屋発見!
当面のお金はおなじみサブさんの店で物々交換で交換済み。おなじみトイレットペーパーと掟破りの麺つゆを交換した。讃岐うどんの本場であえての麺つゆ。いりこ出汁文化に突如現れた麺つゆ!6倍希釈であっという間にうどんが食べれる。食べもんやしまあええかと。瓶はどうなんだというミクロな話に及び、結局紙パックなら土に還るのでは?という屁理屈で紙パックの麺つゆを交換品とした。注ぎ口のプラはゴミの日に出してもらおう。知らんけど。
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手持ちはそれほどではないにしても旅をするくらいの現金は持っているので、ウミと飯屋に入った。あったかい物が食べたくてそばを頼んだら、ブツブツ切れるボソボソの麺が出てきた。
これは……美味いぞ!
今まで食べてたズルズルすするそばじゃないけど、これはこれで噛み応えがあって出汁が五臓六腑に染み渡る~。これ紙パックの麺つゆの数百倍美味いな。食べログ投稿したいわ。アホ面してウマイウマイ言いながら食べていた僕らに、店主が声をかけてきた。
「どっから来たんない?」
「あ、山の向こうのコトヘラって町から来ました」
「コトヘラって……あの山越えて来たんか?」
「そう、結構しんどかった。イノシシとか出るし。怪我するとこやった」
「イノシシならこの辺でもでらいな。それよりあそこの山はアデヤ様のご加護から見放された山ってことで、越えようとすると物の怪が出て下手したらそのまま帰ってこれんって言われるから誰も越えよらんぞ。越えようとして登った人に聞いたら、山頂に近づくと木々の間から笑い声やら変な歌が聞こえて来たとかで気色悪くなって逃げ帰ってきたと」
……天さん、スマホでバンプでも聞いてたんか?それともYouTubeダウンロードしてお笑いでも見てたんちゃうか?
「あ~なんかわかる気はします」
とウミが答える。
「あんたらなんか女神の加護でも持ってるんか?」
いやその逆やと思います。めっちゃヘイト買ってる気がしてますが。
「それはどうかわかりませんけど、多少の怪異は避けれるみたいですね、僕達」
「ほんまか?ほなちょっと見てほしいんやけど」
「見るだけならただですね」
「いや、暗に解決してくれって言ってるんやけど」
「はぁ…事と次第によりますが、それを商売にしているわけではないので」
「とりあえず見てくれんか?前の川で最近魚がめっきり取れんくなっとるんよ。これまで水底が見えんくらい魚影が濃かったのに今ではほれこの通り……」
川を覗き込む。いなくもないけど、かなり少ない。ん……待てよ。僕はおもむろにレイバンのサングラスをかけて川を見た。
そこに見えたのは——!
「お前かぁああああああああ!」
僕の叫び声を聞いてギクッと振り向く影ひとつ。
飯屋のおっさんも突然の僕の叫びに固まってる。
なんかごめん。
*(第10話へ続く)*




