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80話 軌跡


「ねえ、ソラ君」


シカちゃんの背の上でウミが振り返って言う。


「あのさ、ユイがへばってるからこれ、隠蔽できてないよね?」


あ、忘れてた……。


「まぁええんちゃう?あっちみたいにいっぱい自動車が走っとるわけでもないし、こっちの田舎なんて人はほとんど歩いてないし、見られてもネットに書き込まれることもないわ。あっちの世界で『ネコバス見たんじゃぁ~!』って言うても『ハイハイ、あなた疲れてるのよ』って流されるくらいの話やろ」


「ふふふ、そうかもね。不思議なもん見た気がする程度で終わりそうだね」


「それが後から伝説になったりするんちゃうか。遠野物語みたいに年寄りが『昔、おかしな格好した人を乗せた、白い大きなシカが空を飛んでおってのぉ』ってさ」


「まぁ地上30センチくらいを飛んでるって認識してもらえるかどうかだけど」


「ウミ様、もう少し上を走りましょうか?」


とシカちゃんが気を使う。


「あ、大丈夫だよ、シカちゃん。障害物がある時だけ避けてもらえれば」


「しかと承りました」


相変わらずシカさんモードの時はクソ真面目な受け答えやな。


「しかだけに……失礼しました」


「!!」


シカさんがギャグ言うた!キャラ変か?


「ところで、ソラ君、アデヤさんにも認めてもらえてよかったね」


「ん?なにがいな?」


「任せます、って言われたじゃない」


「ああ、あとの事やろ?ちゃんとやったじゃん。司祭と話ししたりして」


「え?違うよ。小声で『ユイの事』って続けて言ってたよ」


「ウソ抜かせ、『ソラ、頼みますよ』しか聞いてないわ」


「だってソラ君食い気味でアデヤさん喋ってるのに『なんか知らんけど……』って語りだしたから聞き逃しただけだよ。頼みますよの後にちゃんと言ってたよ、ユイの事って」


「うそや~お前、また俺をはめようとしてるやろ?面白がって」


「ソラさ~ん!私も聞いてますし、しっかりメモしてますよ。私、女神様の発言だから一言一句聞き逃さないようにしてました!」


と、サトちゃんも参戦。お前らグルか。


「ソラ様、横から失礼いたします。私もしかとこの耳で聞いておりました、しかだけに」


とシカさんも同調する。気に入ってるのね、そのギャグ。


確かに振り返ると、人の話は最後まで聞け!って社長に怒られとったなぁ。こういう事か。勉強になるなぁ。


「まあええわ」


「まあええわ、って」


ウミが首をかしげる。


「どうせあの時はユイは疲労困憊で聞いてへんかったやろ、アデヤさんに抱えられてたし」


「聞いてたし」


とユイが目を閉じたまま参加した。気がついたんやったらさっさと隠蔽かけろや。


「まぁアデヤさんが任す言うただけやろ?当事者同士がこれでええっていうんやからええやん」


「それはそうだね。でもね、僕は嬉しい」


「私もです、ソラさん、ユイさん」


「同意いたします」


はいはい、どうもみんなありがとうね。感謝、感謝と。


「じゃぁシカちゃん、次はちょっとコトヘラへ向かってもらえる?」


「あ、話しそらした」


「そらしましたね」


「そらされました」


「そらしたわね」


お前ら全員うるさい!用事があるんじゃ。


---


「サブさん!超久しぶりぃ~!元気やった?」コトヘラの町を散策してからサブさんの店へ行った。シカちゃんとサトちゃんは早速買い食いしてる。名物のべっこう飴やん。美味いよな。


「おお、ソラとウミやないか。お前ら元気やったんか?たまには顔出せよ。今、どこに住んどるんや?」


「え?俺らむっちゃ旅してるんやで。アーワの国はもうまわって今はコーチの国、それが終わると次はイーヨかな?」


「ホンマに四国全部まわっとるんやのぉ。前にやった弔いしとんやのぉ。終わりの目処ついたんか?」


「んにゃ、昨日野暮用でコーチから戻ってきて、善通院跡からトヨナカ行ってまたコーチに行くとこ」


「お前、そんな気軽に言うけど何日かかるんぞそれ?大変ぞ。今日はまたここの宿屋に泊まるんか?」


「いやぁ~できれば今日中にはコーチに入りたいな」


「アホ言いな。今日中になんぞ猪ノ鼻峠すら越えらへんぞ」


「そうやな。まぁなんとかするわ。ところでこれお土産」


そう言って葬祭会館からもらってきた新聞紙の束を渡す。1ヶ月分くらいか?


「お前、こんなにようけ紙もろてええんか?えらい質のええやつや」


リサイクルじゃ、リサイクル。あっちよりこっちの方が有効活用してくれるの知っとるし。


「うん、気にせず使って。あとな、ちょっとアデヤ金貨を小銭に両替して欲しい。あと、そこに並んでるやつ全部頂戴。野菜ももらう」


「アデヤ金貨持っとるってお前金持ちやのぉ。金貨の両替と野菜と……あとはこれか。こんなんいっぱい買うてどうすんや?」


「内緒や。ほなまた来るわな。ありがとうな」


「お前、初めて来た時ウミと二人やったのに、えらい大所帯になったやないか。綺麗な女の子もおってからに。お前らの嫁さんと子供か?」


「どんだけ手が早いねん、俺ら。子供育ち過ぎやろ。ちゃうわ。旅の仲間や」


サブさん、サトちゃん見てぽーっとしてるな。まぁ美人やしへそ出してるしな。ま、頑張ってくれ。俺らの嫁ではないよ。


「じゃあサブさんまた来ますね」


「ああ、また来てくれよ。お前らおらんくなって、あの塩ないんかって言われて困っとんじゃ。伯方の塩やったか?」


あ、そんな時もありましたな。


それから僕らはコトヘラの町を出てからまたシカちゃんのお世話になった。


「どうや?ユイ、元気になったか?」


「ありがとう。ソラがずっと支えてくれてたのね?」


「違いますよ、ずっと後ろからソラさんがユイさんが落ちないように抱きしめてたんですよ」


「!!」


「なんで二人して真っ赤になってるのさ!中学生なの?」


ウミ、お前が言うな。


---


「サブロウおるかぁ?」


シカちゃんに河原まで降りてもらってサブロウのいる淵の近くまで来る。世界が違うけどこの前来たとこやから妙な気分。


「ああ~!!ソラさん!ウミさん!ユイさんも!サチさんお元気そうで」


水面にサブロウが顔を出す。続いてフミさんと子供らと猿猴も。すっかり家族の一員になれたみたいやの。


「これ、みんなにお土産。食べて」


そう言ってコトヘラで仕入れたきゅうりやトマト、人参などを渡す。


「あれから大蛇はどうや?」


「ああ、剣山の大蛇殿ですか?しょっちゅう山の野菜や果物を持ってきてくれてますよ。子供達もすっかり懐いてギューギュー締め付けられてます」


それは大丈夫なんか?絞め落として食う気なんじゃなかろうか?


「まぁ元気そうで良かったわ。くれぐれも町の人と揉めんようにな」


「もちろんです。何事も程々が一番ですから。ところでさっきからせっせと何か書いているあの女性は?」


サトちゃんめっちゃサブロウのスケッチしとる。生のカッパは珍しいもんな。猿猴は前に見たけどカッパは初か。


「お前が男前やから絵を描いてるんやろ。ほなそろそろ行くわ。あ、これ大蛇にあげて」と、猪ノ鼻峠で愚かにもシカちゃんに喧嘩を売ってきた命知らずなイノシシを退治したのだ。……ウソ、高速で飛ぶシカちゃんに巻き込まれて、不幸にも亡くなったイノシシをそのままにするのは忍びないので持って来てたやつ。冷たい川の水で冷やせば多少日持ちするやろ。知らんけど。


「ありがとうございます。大蛇さんにお渡ししますね。ところで、ソラさん」


「あ?なに?」


「つい先日、ここに来られましたか?」


え?なんかややこしい事言うな。頭、混乱するわ。


「いや、ここは久しぶりに来たぞ」


こっちの世界のここは、だけど。


「そうですか……そうですよね。失礼しました」


そうそうお互い気のせいだ。そう言ってサブロウ親子に別れを告げ、またシカちゃんの背に乗って移動するのだった。


「ソラ、次はどこ行くの?」


「ああ、ちょっと墓参り」


---


「来たぞ、子泣きのじじいよ!」


例の村のはずれにある廃墟跡に来た。あ~前来たときより草がぼうぼうやなぁ。夏やしな。


「ここに来たかったんだね、ソラ君」


「せっかくこの辺に来たしの。ちょっとだけウミ、ここでお経読んであげてくれる?」


「もちろん!」


そう言うとウミは数珠を手に般若心経を唱え始める。僕はカバンから線香を取り出し火を着ける。


「ユイ、ここにはもう誰もおらんみたいやの」


「そうね、みんなあの時に空に上がっちゃったみたいね。さみしい?」


「アホ抜かせ、ええ事やないか。誰一人残っとったらいかんのや、ここには」


そう言うと僕はリュックからサブさんところで買ったものを取り出す。ユイは手持ちの袋を開ける。あれ?コトヘラでちょっと別行動してたと思ったらユイも買い物しとったんか。


僕は廃墟の端にある小さな石が並んだ場所に行く。子泣きじじいが守りたかった子供らの墓だ。


「おら、クソガキども。ボロボロの風車(かざぐるま)の代わりに持ってきたぞ!感謝せぇよ」


そう言って色とりどりの風車を石の前に差して行く。この前、僕のリュックに壊れた風車の軸を差したのはどの墓のガキじゃ?とか思いながら差していく。いっぱい買ってきたからな。全員に行き届くはずや。みんなで遊んでくれ。ホンマはもっとええもん持って来たかったんやけどの。お前らもうここにはおらへんしな。


「風車、色とりどりで綺麗ね……」


とユイが隣に来て、風車の横に色とりどりの小さなお菓子を一つずつ置いていく。和三盆の干菓子か……。

挿絵(By みてみん)

「そのお菓子どうしたん?」


「ソラなら絶対ここに立ち寄ると思ったから買っておいた」


ユイ……お前ら母子ズルいわ……。慈愛……か。慈しんで愛するか。その教えがもっとちゃんと伝わってたら、僕らの第一印象は全然違ったものになってたんやろうな。本物のアデヤ教が少しずつ分かってきてるわ。


「ユイ、ありがとう」


「あなたの為じゃないわよ」


「そやな、でも、ありがとう」


ガキども、もっと風があったら風車がまわって綺麗やったやろうけど、今日は風が凪いどるな。僕が口で吹いたろうか。


「シカ、風車、欲しい」


「あ、シカちゃんも欲しかった?余ってるやつあるよ」


と、リュックの中を探そうとすると


「それ」


といつもリュックに差している、ここのガキがくれた風車を指差す。軸しかないやつを僕が自分で直したやつだ。


「これ、俺が直したやつであんまり回らんで?さらのヤツの方がクルクル回って楽しいよ」


と言うと


「それがいい」


とまた言う。


「これでええの?じゃあこれはシカちゃんが持っとき」


「ありがとう、ソラ」


シカちゃんが風車をフッと吹くと僕が作った風車は不器用にカタカタと回った。ガキども、お前の風車は日本の神様の使いにお供えしたぞ。今度は絶対ええ所に生まれ変われると思うぞ。楽しみにしとけ!


「ソラ!」


ユイが叫ぶ。墓に差した色とりどりの風車が軽やかにクルクルと回っていた。フッ、想定内やな……。神風ってか?


---


「シカちゃんさぁ~白鹿になったら荷物持てんから、結局風車は俺のリュックにささっているんですが?俺の持ち物になったぞ」


「申し訳ございません。私もなぜそれがそんなに欲しかったのか全く理解できません」


二重人格か?角に縛ってやろうか?めっちゃ間抜けやぞ。デコトラみたいになるかな。


「そうじゃないでしょ?バカなの?」


あ、久々のユイらしいツッコミ。


「ソラ君、次は山城町で良かったんだよね?」


「うん、前に犬神の時に世話になった宿屋」


「OK。シカちゃんその道を川沿いにまっすぐ行ってくれる?」


「かしこまりました、ウミ様」


その後、人目に付く町中は元気になったユイの隠蔽術でシカちゃんごと隠して宿屋前まで移動した。


「バウバウ」


うわ、なんかおっきな番犬おるぞ。


「いらっしゃいませ~……あ、あなた達、この前来てくれた旅の?」


「お久しぶりです。あの、前に泊まったときにおった子犬に会いに来たんですけど、今どこに?」


「え?そこにおる子ですよ」


「え?この犬?子犬やないやないですか!」


「それが、この子、雑種やと思って飼っとったら、どう見ても立派な四国犬の子やったみたいでどんどん大きくなってなぁ。これでもまだ子供よ」


え~うそ~ん。全く面影ないけど。


「ワワワワワワン!」


めっちゃ警戒して吠えられてるし。完全に僕らの事忘れられてる。薄情な犬だ。サチは……と振り返ると向こうの建物に隠れとる。


「サチ、お前、子供に会わんでええんか?せっかく来たのに」


と声をかけるとちょっとだけ物陰から首を出してこっちを見た。子犬は見えてるのか見えてないのかわからんけど、牙をむき出しさらに威嚇する。


「グルルルルルルル~ワワワワワン!」


狂ったように吠え立てとる。そこまでせんでも。怪しいもん見つけてご主人様守る為の本能か。それでも吠える子犬をサチはじっと見つめていた。


「??」


サチのいる方を見て、首をかしげて吠えるのをやめる子犬。そしてやがて何かに気づいたように哭き始める。


「ヒーン、ヒーン」


と、甘える声でも無く、まさに啼いている。少しでもサチに近づこうと爪で地面をひっかき、延びた縄が首に食い込んで窒息しそうになりつつ、それでも声を絞り出している。サチ……?


「サチ、こっち来い」


と声をかけても建物の影に引っ込んで出てこない。


「あらあらこの子、どうしたのかしら。吠えてたと思ったら変な声出して。すみませんねぇ」


と女将さんは子犬を宿の中に連れて行ってしまった。


「サチ、ええんか?」


と聞くとウミが


「あの子にはここがあの子の家で、女将さんが飼い主さんなんだよ。母子より今の御主人様に仕えなさいってサチの思いだよ」


そうか、わかった。サチ、ええんやな?じゃあもう行くとするか。


「じゃあシカちゃん、またお願い!」


そう言うと僕らはシカちゃんの背に乗ってまたコーチを目指した。先頭はいつも通りサチが行く。いつもより勢いよく走ってるな。まるで僕らに決して顔を見られたくないみたいに。


「ソラ君、犬も泣くんだね……」


犬が泣くなんて聞いたことないわ。おまけに幽霊犬ぞ。


「サチ、お前の家族は俺達や!これからもずっとな」


前から水滴が飛んでくる。まぁそんな天気もあるわな。


*(81話へ続く)*


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