79話 降臨
「ウミ、今回はいつもとちょっとやり方変えよう。この人達は全員アデヤ教徒で、自我を失ってもアデヤ教の教会に助けを求めて来ていた。生粋のアデヤ教徒達や。いつも俺らは自分らのやり方でアデヤ教徒も仏教徒もごちゃまぜに送ってきたけど、この人らの意思を尊重しようか」
「うん、それがいいかな。普通のアデヤ教徒は亡くなってどうしたらいいか分からないから街中をウロウロしてる事が多かったけど、この人達は明らかにここに助けを求めて亡霊になったもんね」
「今なら自我を取り戻したから俺らのいう事も理解できるかも知れんけど、聞いたことも無いお経で送られるよりは……のう」
「じゃあ僕は脇僧として横でお経を読ませてもらうよ。いつもの逆だね。そもそもアデヤ教ってお葬式すらしないからどうやって送るのかわからないけどユイに任せていいのかな」
「ユイ、お前メインで任せていいか?いつもの祈りでこの人ら救われるかな?」
「ソラの言う通りアデヤ教には葬送の儀式自体が無いのよね。ウミのサポートはしてきたけど……どうしたものかしら」
「う~ん……そうやなぁ。アデヤ教徒で葬儀を知ってるのって、学校の吉田さんは知ってるやろうけど真言宗として知ってるだけやろうしなぁ……。アデヤ教で葬式を理解している人って遡ったらアデヤさんくらいちゃうか?死後を理解した上で即転生を唱えて唯一神になったんやろ」
「ああ、ソラ君。確かにそうだよ。アデヤさんは色んな宗教の対立に嫌気がさして、アデヤ教を布教して今の世になったはず」
「じゃあママに相談してやってみる!」
そう言うとユイはいつもの祈りのポーズに入った。ユイの背中から翼が出て2~3度軽く羽ばたく。
「あ、あれは本物の聖女様……?」
と司祭が呟き頭を垂れた。そして司祭もまたユイと同じように祈り始めた。司祭以外の教会の信徒も同様に祈り始める。教会に集まった霊達はその様子を静かに眺めていた。聖女や司祭達が何をしているのか理解できていない。初めて見る葬送の儀式を老若男女、黙って見ている。
「ガタガタガタ」
祭壇正面の女神アデヤ像が光って揺れる。光が大きくなりホログラムのように立体的に浮かび上がった。うお、これがリアルなハーマイオニー似の女神アデヤさんか。アデヤさんを呼び出した為かユイの疲労が半端ないな。あんなに必死で祈っている姿を見たのは初めてだ。
「ソラ君!あれアデヤさんでは?」
「お、おう、そうみたいやの」
霊がザワザワしている。ユイはさらに強く祈る。額から汗が流れている。司祭達もそれに合わせて祈りを深める。
荘厳な音楽が聞こえて来て、上から太い眩しい光が下りて来て元亡者達を包み込む。これで上にあげるんか、アデヤさん。
「ウミ、お前もユイのサポートを」
ウミは頷くと小さな声で読経を始めた。サチはアデヤさんの周りをグルグル回っている。霊達を先導するために待機してるんやな。
光に包まれた元亡者達をアデヤさんは、それが当たり前かのように黙って一人一人しっかりと抱きしめる。突然奪われた命に対して、即転生できるはずの約束が果たせなかったことへの謝罪、亡霊になってまでアデヤ教を信じて教会へ救いを求めた信仰心に対して。ドロドロの腐臭すら漂わせている霊達を無言で抱きしめる。抱きしめられた霊達は感動と喜びに満ちた顔でゆっくりと空に上がって行く。上がっていく間に時には体に付いていた泥が落ち、清められ、その魂か?体が光り輝いている。その場に百人以上いる霊の一人一人をしっかりと抱きしめるアデヤさん。なんやこれ……。
「ウミ、すごいの」
「なんか……反則だよね」
「慈愛の力って言うのか?なんと言うかあんなん見せられたら誰でも入信するわのぉ」
「あれがアデヤ教の強み、なのかな」
「アデヤさんの教えの根本があの優しさなんやったら到底俺らじゃ叶わんぞ」
「でもその教えを実践するのは僕ら人間だよ。解釈ひとつで教義はいくらでもねじ曲がって捉えられてしまう。宗教指導者の考えで物事が歪められ、争いの原因にもなるのが問題だよ」
「そうやな、アデヤ教の過激派しかり。コーチの強欲な元司祭しかり、そしてここの司祭も……助けを求める亡者に教会の扉を閉ざしていたなぁ」
そんな事を喋っている間に最後の霊が上がって行った。残されたのは司祭と教会関係者、そして俺達……とアデヤさん。
「アデヤさん急なお願い聞いてくれてありがとう」
僕は頭を下げて御礼を言った。
「ソラ、頼みますよ」
とアデヤさんは短く言うと、次に疲労困憊のユイを抱きしめた。
「なんか知らんけど僕らのやる事は変わりませんから。あなたとまたぶつかる事もあるかもしれませんけど、ご容赦を」
と言うとアデヤさんは小さく微笑んで、来たときとは逆に女神像の中にす~っと消えていった。
「あ、あなた様は預言者様でしたか……女神さまと対等に会話ができるとは」
と司祭は僕に擦り寄ってきた。ボケが。
「何が預言者や。ただの旅人や。あんたさ、今の何が起きたか見えた?霊がいる!って認めた時に見えたやろ?亡者の群れ」
「はい……おっしゃる通りです。以前から外に嫌な空気は感じていたのですが、恥ずかしながら全く分かりませんでした」
「ソラ君、この司祭さんは責めたらダメだよ。霊はいないと言うのが教義なんだから」
「そこを責める気はない。あんた聖女なんておらん言うたの?」
「失礼しました。私の認識不足です。いかようなる処罰も受けます」
「聖女見た?」
「はい、祈りを捧げる神々しいお姿を拝見いたしました」
「女神さん見た?」
「恐れ多きことながらこの目でしっかりと」
「全部忘れて」
「はっ?どういう」
「今日見た事はすべて忘れて。口外無用」
「なぜそんな?聖女様がお越しになられた、女神様がご降臨された、それだけでも奇跡が重なったとんでもない日です」
「その奇跡を求めてここに人が殺到したらどうする?あんたはそれを目撃した証人だ。奇跡の証人。司祭では収まらんぞ。そしてここは女神が舞い降りた聖地になるかもしれん。で、俺はあんたが言ったみたいな神と話せる預言者になってしまう。そんなんまっぴらごめんだわ」
「そんな名誉な事を……」
「あんたらアデヤ教徒にしたら……やろ?俺らはれっきとした仏教徒や。それも隠れてないぞ!隠れ仏教徒でもない堂々たる表仏教徒や。預言者なんて肩書、俺には迷惑でしかないわ」
「ソラ君、預言を聞いてもウソばっかり言いそうだもんね」
そうそう、来年人類滅亡とか言われてもおもろないから、景気上昇バブル復活年金倍増とかウソ教えるわ。そっちの方が幸せやん。
「迷惑と……?」
「あんた……あなたもアデヤ教を信じる上で大切な事を今日、目の当たりにしたやろ?言葉じゃなくてさ。その教えをもっと広く正しく教えてくださいよ。こんな地方の小さい教会からでもいいですよ。なんか感じた事があったらその思いを繋いでいって。他の教会の人もね」
「司祭さん」
「はい」
「僕はあなたをダメな宗教家とは思っていない。教義にまっすぐな人だと評価しています」
こんな若造に評価されてもおもんないやろうけどな。一応年長者やし口調は改める。
「ただ、まっすぐ過ぎる。もっと柔軟に物事を考えないと、頭でっかちになって信じる物以外受け付けんようになる。それはめっちゃ危険な事だと思うんですよ。外を知らず小さい世界だけを信じる事になる。だから違和感を感じつつも亡者が助けを求める声に気づけなかった。亡者たちに対して教会の扉と同じようにあなたの心の扉も閉ざしてしまっていたんです」
「扉を閉ざしていた……ですか」
「はい、アデヤ教徒の中にも色々います。転生するから霊はいないという教えはアデヤ教の根本だからしょうがないですが、それでも小さな違和感を感じたら、耳を澄ませてみましょうよ」
「私の不徳の致すところでした。猛省いたします」
「繰り返すけど、あなたは悪くは無い。教義に忠実だった。それを少し柔軟にしたらもっと素晴らしい宗教家になれますよって。若造が偉そうですけど」
「いや、あなたの言う通りです。これまでの考えを改めます。ご忠告感謝します」
「またソラ教徒が増えたわね、ソラ」
とユイが笑う。へとへとやろうに無理するな。
「俺、真言のはずなんやけど色々やってたら自分は無宗教ちゃうかって思ってきたわ」
「シカは神道」
そうそう、シカちゃんの神社の事もあるしなぁ。
「神道?神道もまだ残っているのですか?」
と司祭が驚く。
「世の中広いからなぁ~。唯一神の世と言えど、これまで繋がってきた祈りの心は簡単には消えんよ。色々あるよ、世の中にはさ」
そう言うとサチが霊達を送り届けて空から帰ってきた。ご苦労。
「これ、徳島の犬神の母ね」
「ワン」
とサチが吠える。
「この子、シカちゃんって言うんやけど、丁度いい。今から帰るからシカちゃん、白鹿になってくれる?」
「うん、わかった」
そう言うとその場で神の使いになったシカちゃんが姿を現した。
「こ、これは……」
「ね?見えてるもんだけが全部じゃないんだよ。僕らはアデヤ教の狂信者に消されそうになった見えない物を守っていく旅をしてるんよ。空海さんが開いた霊場を解放しつつね」
「あなたは別の神……か?」
「神?とんでもない。ただの会社員や。普通のどこにでもおる平社員。そんだけの値打ちだよ。じゃあみんな、来たときと同じようにシカちゃんの背中に乗って~。ユイは疲れてるだろうから俺の前に座って」
「旅の人……」
「ソラだ」
「ソラ殿、改めてお礼を言わせてください。私達を信じた亡き信者たちを救ってくれてありがとう」
「僕がやった事じゃない。やったんは女神様と聖女やろ。あ、色々言うたけど禁書とか今後もう無いからね。本屋で売ってても商売の邪魔したらあかんで。これ言いに来たんやった」
ホンマ、何してるんや僕らは。
「心得ました。これからは何事も広い目で物事を見ていきます」
「頼んます。あとしつこいけど今日の事は口外禁止。約束やで」
「神に誓って」
ふふふ、なら大丈夫か。
「ほな、また機会があれば。もっとええ教会にしてや」
「あ、司祭さんこれ!」
とサトちゃんがメモ帳をちぎって司祭に渡した。そしてシカちゃんはゆっくり立ち上がると空中を駆けだした。
「サトちゃん、何を渡したの?」
「あ、うちの書店の住所と禁書を外れた宗教本のおすすめです。色んな宗教を知った上でアデヤ教を語るほうがいいと思って」
サトちゃんも商売人やの。
「じゃあウミ、また高知のあの寺……名前忘れたわ。あそこまでナビよろしく!」
「了解!教祖様」
「誰が教祖じゃ!」
「ソラさん、ユイさんが落ちないように掴んでて」
とサトちゃんが言う。あ、そうやユイはヘロヘロになってた。僕は後ろからユイをしっかりと抱きしめた。そうさっきのアデヤさんのように……。
*(80話へ続く)*




