75話 八代さん
「ユイ……じゃないな?」
「あ、ソラ、見えてないの?」
「うん、近すぎて見えないのかな」
めんどくさいな、この力。
「じゃあ手を握って」
へ?なんでよ。……まぁええか。ギュッと……あ!
「うううおおお!八代のおばさんやん。久しぶり~!どう?元気?」
「ソラ君……相変わらずやね。おばさん、元気かと言われたら死んどるから元気ではないかな」
そやったな。久しぶりやから忘れとったわ。亡くなってはった。
「ほんで、どしたん?成仏せえへんのか。ここで社長に市民葬あげてもろたんやろ?」
「ええ葬式出してもろうたよ。戒名も社長さんがものすごいお布施を善通院さんに渡してくれて、すごい院号もろうたよ」
「院号って……普通のお寺さんでも50万以上、善通院さんなんて格式高い所やったら3桁いくやん。凄いな」
「ほんまようしてもろうて……」
「身寄りのない年寄りの市民葬で、院号もろた人なんて普通おらんで。頼まれたお寺さんもビビったやろな」
「ここの人達、みんなもう無茶苦茶やったけど亡くなってからも、ほんまにええ人ばっかりで。他のお葬式があったのに私の告別式の時間は受注避けてくれて、社員全員で出棺見送ってくれたわ。淵さんが司会してくれて社長が霊柩車で連れて行ってくれはった」
「ほんまかぁ~僕、あっちにおって葬式出れんでごめんな。ほんま不義理したわ。めっちゃ世話になってたのに」
「ソラ君は新人の頃から知っとるけど、元気で孫みたいなもんやったからなぁ。本物の孫おらんから孫ってこんな感じかと思て見てたわ」
「ホンマかぁ~ほなそんな孫におばさんの隠し財産頂戴、ふふ。どっかにへそくり隠してるんやろ」
と冗談めかして言ってみた。
「それよ、それ。私、施設入る前にはちょっと認知症気味になって、誰にも言えんまま施設で体調崩してしもてなぁ」
「え、ホンマにその話やったんかい?」
「あのな、宿直室のユニットバスの点検口あるやろ?あそこの上の配線があるところの奥に紙袋があってな」
「ふんふん」
「そこに2000万円入れとる」
「2000万!」
隠す場所おかしい。
「私、一人暮らしでアパートやったやん。ここに仕事に来とる間に泥棒入ったら怖いし。それやったらここに置いてたら絶対誰かおるやろ?仕事の時は会社に私もおるし、夜も夜勤の人がおる。夜に受注に出ても24時間警備入ってるから、ここくらい安心な場所ないがな」
「な、なるほどなぁ……考えたな、合理主義やなおばさん」
「ほんでそれなんの金なん?宝くじで当たったってホンマなん?」
「ホンマ、ホンマ。そらもう私がまだ若い頃の話やけど。昔は2000万あったら家が建つって言われてた時代にな。第一勧銀から震えながらお金おろしてからずっと使わず手元に置いてた」
「昔の2000万って今の数倍の値打ちあるやろ?お金の価値下がっとるがな。勿体ない」
「使う予定がなかったからしょうがないわ。死んでから、いや死ぬ前に使いたい事できたんやけど、それを誰にも言えんかったから田中さんに伝えようと思ったけど、あの人、全然あかんから」
「怖がりやからなぁ、あのおっさん。で?何に使いたかったん?」
「市にな、野良猫や野良犬の保護で使ってほしかったんよ。いつか寄付したいと思ってたけどできんままで」
「おばさん、それができたら成仏できるんか?」
「そうやね。あとはな、ソラ君の顔を最後に見たかったから」
「ほな、穴があくくらい見といて。これで見納めやぞ、おばさん」
「そうやね。前よりりりしくなって男前やわ。隣の子は彼女なんか?」
「ああ、この子?ん~彼女かぁ?違うなぁ。婚約者とかでも無いなぁ……ピンとこんけど、なんか知らんまに周りが盛り上がってそれに乗っかってると言うか」
「昔の許嫁みたいなもんかい?」
「ああ!おばさん、ナイス!まさにそれ!その気持ち。好きとか思う前に親にそうなんだぞって言われて、漠然と一緒になるんかなって」
「ソラ君、それ相手に失礼やよ」
え?そうなん?と思いユイを見ると下を俯いて笑ってる。ん?
「ユイ?」
「なるほどねと思って。私もそれが一番しっくりきたわ。なんとなくそんな感じっていうのがまさにソラらしいわ」
やっぱりな。ユイも天さんに言われてなんとなくって感じやったよな。まぁお互いそれで嫌じゃないならええんちゃうって感じよな。うんうん。
「おばさんありがとう!なんか腑に落ちたわ。すっきりした。ほな!」
もう天国に上がってええで、あとは寄付したらええんやろ?
「ちょっと待ちいな、ソラ君。せかしなや。そんな話になっとるんやったら話が違う。あんた、おばさんのお金から100万抜いて結婚資金にしぃや。どうせお金貯めてないんやろ?」
「いやいや、それがさ、知らん間に社長が通帳に入れてくれててびっくりしたんやけど、それなりに今、富豪よ、僕」
「お金なんてあって困るもんでもないやろ、おばさんの気持ちや。あげたもんはあんたの好きにしたらええがな」
なんかホンマに親戚のおばちゃんのノリやな。死んでるんか?おばさん。
「まぁここで、喫茶店のレジ前で私が出すわ~いやいや私が~、言うおばちゃんみたいな言い合いしてても埒あかんな。ほな遠慮なくもらうわ。ありがとう。あとの事は心配せんでもええようにするわ」
「ほんま、最後の最後で会えてよかったわぁ、ソラ君。ありがとうな」
「こっちのセリフやわ。ええもんもろうて。ほんだらこの子に祈ってもらうから。多分なんもせんでも勝手に成仏できると思うけど、僕らからの餞別や。この子の祈りはずっと横で見てたけどめっちゃ暖かいと思うで。安心して天国行ってや」
「ありがとうな、ソラ君、お嬢ちゃん」
「ユイや」
「ユイちゃんって言うんか。ソラ君の事よろしくね」
そう言っておばさんはユイの手をきつく握りしめた。
「はい、ありがとうございます」
そう言うとユイは立膝になって祈りのポーズをとった。ああ、こっちの世界でも光が下りてくるんか。薄暗い廊下一本にまぶしい光が下りて来ておばさんを包んだ。目を閉じて手を合わせたおばさんはスーッと上に上がって行く。
「あ、おばさん!」
「え?どうしたん?ソラ君」
「いつも綺麗に掃除してくれてありがとうな。ホンマに助かってた。毎回お風呂もトイレもピカピカやったわ。ありがとう!ホンマにホンマに……」
今になって悲しくなってきたな。もっと生きてる時にいっぱい感謝の気持ちを伝えておけばよかった。
「わかっとるよ、みんななんだかんだ言いながら、控室の机にお菓子置いてくれたり、栄養ドリンク置いてくれてた。そんな気持ちがいつも嬉しかったよ。社長も社員も口は悪いけどみんなええ人ばっかりやった。おばさんからもいっぱい御礼言うわ、ありがとう」
そう言うとおばさんは光と一緒に静かに消えていった。行ってしもうたか。最後やなぁ。あ~あ、終わった、終わった。
「ソラ、はい」
とユイがポシェットから自分のハンカチを渡してくれた。なんでや?と思うと、知らぬ間に頬から涙が流れ落ちていた。あ、いつの間にか僕は泣いてたんか……。親しい人との別れってこんなんやな。へ~と冷静に考えながら僕は気づけば声を上げて泣いていた。そんな僕の背中をユイはずっとトントンしてくれていた。恥ずかしくてユイの顔が見れん。そんな僕の背中に温かいものがポトポトと落ちてきた。ユイもか。それから僕らはしばらくその姿勢のまま動けなかった。親しい人との別れって当事者はこんなに辛く悲しいもんなんやな。くそ!くそ!
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二人してやっと落ち着いてから行動を起こした。
「田中さん~!起きろぉ~!」
とドアをガンガン叩く。しばらくして田中さんが眠そうにガチャっとドアを開けた。
「なんなんよぉ~」
と文句を言うおっさんは、仮眠のくせにちゃんとパジャマ着て寝とる。受注入ったらどうすんねん。
「ちょっと風呂見るで」
と言うと僕は持って来たパイプ椅子をユニットバスの床に置き、天井の点検口を開けた。当たり前やけど真っ暗やな。スマホのライトで辺りを見回すと、おばちゃんの言ってた通り、配線がごちゃごちゃしてるところの奥に隠すように茶色の紙袋が見つかった。それを手に取るとずっしり重い。中を開けると札束がぎっしり。マジやったんか。
「ソラ、なんなんそれ?」
と田中さんが興味深々で覗き込む。
「あ?おばちゃんの隠し財産や」
「アホな事いうなよ。ま、なんでもええわ。わし、寝るで。はよ出て行って」
と追い出された。
廊下でユイに確認する。
「なあ、おばさんがお祝いにって100万くれるって言うてたやんの?」
「ええ、間違いなく聞いたわ」
「ほな、もろとこ」
「もらうの?」
「八代のおばさんの気持ちやん。もらわんとあかんやろ」
「そうね、ソラの事すごく気に入ってくれてたものね。私もうれしいわ」
と微笑む。ユイ、そんな顔できたんか。
「は?」
またいつものユイに戻った。
その後は芙蓉の間に戻ってゆっくり寝た。シカちゃんを挟んで川の字で雑魚寝だ。まぁ5時間くらいは寝れるだろうな。
*(76話へ続く)*




