74話 元凶
ユイは酔っぱらった天さんを連れて一旦箸蔵の山の家に帰り、すぐにシャワーを浴びて着替えて戻ってきた。サトちゃんとシカちゃんは二人で入るには狭いけど、ゲスト用の風呂を使ってもらった。僕は宿直室のシャワーだ。おお!僕専用のタオルがまだ置いてくれてた。助かる。ボディソープはおなじみのビオレか。変わってないのぉ~。田中さんの後やからユニットバスに抜け毛が多い!おっさん、めっちゃ毛深いねん。なんであの顔つきで体毛濃いめやねん。ちゃんと流しとけよ~と思ってたら思い出した。八代のおばさん、いつも朝来たら宿直室の掃除してくれてたわ。掃除機かけて水周りもきちんと洗って拭きあげてくれてたなぁ。おばさんのいない日の宿直はホンマに汚かった。いなくなってしみじみありがたみを感じるわ。
「田中さん、夜の何時ごろに八代さんを感じるの?」
「そうやな深夜の1時ごろかなぁ~。どこの場所っていうんじゃないけど、その辺からカタカタ音がするんよ。でも怖いから見に行けへん」
おっさんビビりか、こんな仕事しときながら。
「ほんじゃ僕らは一旦、芙蓉の間で待機しとくわ。田中さんは気にせんと仮眠しといて。受注入ったら出なあかんやろ?」
「ええんか?寝てて」
「ええよ、田中さんがおってもビビるだけで役に立たんやろうし、気にせず寝て」
「お前、相変わらず口が悪いけどええ奴やの。ほんだらお言葉に甘えさせてもらって寝るわ~おやすみぃ~」
とドアを閉めてしれっと鍵を閉めやがった。まぁ宿直の時は寝れる時に寝ないと次の日疲れるからなぁ、僕らも待機しつつも寝れる人は寝てもらおう。芙蓉の間に行って
「ほんじゃ、みんな布団敷いて寝たい人は寝て~」
と言うと真っ先に酔いの覚めないサトちゃんが真ん中に布団敷いてあっという間にぐーぐー寝息を立ててた。安いワイン飲み過ぎじゃ。続いてシカちゃんが座ったままこくりこくりとし始めたので布団を敷いてあげた。数秒後、完全に寝た。そりゃ高知から一気に走ってもらったからなぁ。お腹も膨れてあとは寝るだけやもんな。おやすみ。
「ユイ!」
「なに?」
「お前は寝たらあかん。なんか出ても俺一人じゃどうもできんし」
「わかってるわよ。徹夜でしょ?」
「うん、ゴメンやけど。まぁ寝たかったら寝てていいけど。なんかあったら起こすわ」
「そう?じゃあ私もちょっと横になるわね」
と言ってなぜかあぐらを組んだ僕の太ももを枕にして寝る態勢に。
「いや、なんでよ」
おかしいやろ。
「私もあなたが気を失っている時そうしてたわ」
ああ、悪鬼の時か。しゃーないな。そのうちユイも寝息を立て始めた。ああ、一人だけになってしまった。三人の寝息しか聞こえんな。しゃーないな、スマホでも触って時間を潰そう……と思ってたら最近のニュースがめっちゃおもろい。まだウクライナが戦ってたんか?ウソやろとか没頭してたら時間がかなり経っていた。
と、その時、カタカタと廊下につながる襖の向こうから音がした。深夜1時か。田中さんの言うてたのこれやな。
「ユイ、ユイ、すまん。寝たかったらそのまま寝てていいけど、ちょっと確認したいから一度立ち上がる」
と声をかけるとユイはスッと起き上がった。
「寝てなんていないわよ」
え?じゃあ今まで何してたんだよ。
「さすがにサチもウミもいないから周囲の警戒を解くわけにいかないでしょ?何かいるってわかってるのに」
あ、ずっと起きて見張っててくれたんか。
「あのさ、いつ伝えようか迷ってたんだけどね」
あ、八代さんが来たの気づいてたんやな。
「そのおばさんじゃないわよ、そもそもの問題は」
はぁ?
「おばさん、亡くなってから初めてここの二階のヤバさに気づいて、親しい田中さんに必死で伝えようとしてたみたいだけど、全然気づいてもらえないみたい」
まぁビビリかつ鈍感なおっさんやしな。
「あの奥にものすごい怨念みたいなのがいるのよ。あなたの会社とんでもない呪物を置いてるわね。おばさんはそれに気づいて知らせようとしてたのよ」
呪物とな?なんじゃそれ。
「いや、でも天さんもここにしょっちゅう遊びに来てたって社長言うてたけど、それなら天さんも気づかんか?」
「人気のない夜中になったら這い出て来ようとしてるのよ。外国からやって来て普段はずっと隠れてる」
「隠れてる?外国の呪物とな?う~ん全く心当たりが……」
と言いつつ思い出してみる。外国なぁ。儀式に使うお面とか置いてたか?台湾で怪しい御守りを道で誰か拾ってきた?
「あ!あのさ、ひょっとして二階の倉庫の奥にある棺桶が原因だったりする?」
「棺桶?新品が下の通路にもいっぱいあったじゃない?」
「そうじゃなくて、実は俺が入社したばっかりの頃に外国で亡くなった留学生の男の子がおっての。その彼、現地では火葬されんでエンバーミングって言う防腐処理されて棺桶ごと日本に送られて来てん」
「棺桶ごと?」
「そうそう。ほんで、日本は火葬やから棺桶ってすぐ燃える素材で作られてるけど、あっちって基本土葬やから装飾も付いててめっちゃごっついの。まさにドラキュラが入ってるみたいなごてごてしたやつ。それを厳重にグルグル巻きにされて飛行機で帰って来たのよ。空港までお迎えに行ったっちゅうねん。で、芙蓉の間でご遺体を日本の棺桶に移し替えたのよ」
「それでその子の葬儀をおこなって火葬にしたのね?」
「うん。で、残ったその棺桶やけどごっついから分解できんでさ。田中さんがドライバーと金槌もって四苦八苦しとったけど結局無理」
「そうなの?」
「で、トラックに積んで琴平の処分場に持って行って職員さんに、これ捨ててええか?って聞いたらニコニコ顔で『もちろんダメです』って言われてさ」
「言われて?」
「持ち帰った」
「持ち帰った?」
「ほんで、まぁめっちゃ立派やし、高そうやしせっかくやから置いとくか!って淵君が言い出して。なんかに使えるかもって」
「ウソでしょ!」
「捨てるのもったいないって言うて倉庫に置いとる。何かに使えるかもって言うても棺桶のリユースは無いわな。セカンドストリートにも売ってへん」
「あなた達ってホントにバカの集まりね!なんでちゃんと処理しないのよ」
「まぁちゃんと葬式は出したしええかなって」
「いい?きっとその外国で亡くなった方って、向こうで悪いものに取り憑かれて亡くなったのよ。その悪いものが亡くなった彼に憑いたまま日本に来てしまって棺桶に留まって呪物化してるのよ。また誰かに取り憑く機会を狙ってるわよ」
え?飛行機で外国の怨霊ごと連れて来てしまったんか。
「その事をおばさんが亡くなってから気付いて、親しい田中さんに伝えようとあれこれ音を出して気を引いてたの」
うげっ!おばさんが原因じゃなくて別のヤバいのを知らせようとしてたんか。
「すぐ置いている場所に案内しなさい!」
とユイは目を吊り上げて言う。ホンマにヤバい物らしいな。
倉庫は宿直室からさらに奥に行ったところにある。備品とか香典返しの在庫を置いているスペースの、さらに奥に例のゴージャスな棺桶が横たわっている。厨二病全開のフォルム。カッコええ。
「ソラ、試しに電気を消して棺桶を見てごらんなさい」
え?そんじゃ入り口に行って消灯っと。
「ゲッ!なんじゃこりゃ!」
サチの時みたいな濃い紫のオーラみたいなのが棺桶にまとわりついている。中からはみ出しているな。
「ユイ、もうこれ見るからにやけど、ただ単に悪いヤツでええんやな?既に留学生の子を殺してるし」
「その子だけじゃないわね。あっちでも何人も犠牲者がいるんじゃないかしら。この中のヤツってかなり古いモノよ。私が生まれるずっと前からの存在だわ」
ユイが知ってる類のもんか。結構ヤバそうやな……。
「ユイ、これはちょっとユイでもヤバい感じ?」
「なにそれ?どんな冗談?」
「見た感じこっちの世界ではかなりヤバそうなやつやけど、あっちで色々経験したからまぁ俺一人で大丈夫かなって」
「そう?」
「おう。これはウミじゃなく俺の担当のヤツやな」
そう言って棺桶に近づく。
「ユイ、通訳してやって。ヒアリングは得意やけど喋りはめんどい」
「ハイ、任せて」
「お前が何者かは知らん。今まで悪い事もしてるらしいけどそれも俺には関係ない。ただな、この棺桶に入ってた男の子のご家族の悲しみは忘れられん。だから俺はお前を許さん」
ユイは微笑みを浮かべてジェスチャーを交えつつ英語に訳す。話の最後に右手の親指で首をかき切るポーズなんやねん。聖女のすることか。ユイの通訳が終わるとヘソの下に力を込めて、右手に思いっきり力を貯めてその棺桶のオーラをぶん殴った。サチや岡豊城の時のような感覚が手に伝わる。ぶよんとした弾力を感じたが、跳ね返される事なく腕を振り切った。何かが千切れて飛んで行く。
「ギャァー」
とすさまじい叫び声が聞こえた。ボケが!まだまだや。棺桶を開いて続けさまにその邪悪なオーラを右手、左手と交互に殴りつける。無理やりそいつは僕の体に入って来ようとするが、それを片方の手で引きはがしてさらにぶん殴る。そいつは床や壁に飛び散り消える。今ならあの時のサチでも体に入られる事無く一人で制圧できそう。
「ソラ、前と全然違うわね」
当たり前じゃ、悪鬼に負けた悔しさで戦い方も改善したんじゃ。体に入られる前に剥がす、叩くを繰り返し、叫び声もだんだん小さくなってきた。それでも手を抜かず、棺桶の隅々までついてるのをひっぺ返してはしばく。おや?全然疲れてないな。
「凄いわね、息ひとつ乱れてないなんて」
「前にお前に心配かけたしな。もう絶対に負けられんって決めた」
「……」
「よし、これでもう全部悪いもんは剥がしたな。しかしこいつなんやったんやろ?全く手ごたえなかったけど。雑魚?」
「海外ではデーモンって呼ばれてる類の悪霊ね。サタンとかの手下って言われてるわ」
「あ、聞いたことある。めっちゃ悪いやつやん。そこそこ強いんちゃうん?デーモンとサタンとかデビルとかってややこしいけど」
「悪魔の中では小物だけど人に近い所にいるからこうやって悪さをするのよ。日本の悪霊とかに比べるとかなりヤバいと思うけど、ソラなら大丈夫だと思ってたわ」
「あ、そうなん?ありがとう。なんかあったらお前がいるし問題無いと思ってたよ」
「フフ、私なら1秒かからないわよ。でもちょっと問題ね、外国のデーモンが日本に来てるって。新たな被害者が出なくて良かったけど。パパに言ってきちんと話つけてもらうわ」
「え、天さん?日本の片田舎の妖怪が、世界でも有名なサタンとかと交渉できるん?」
「あ……まぁ、ママの元カレって立場で、かな?」
「なるほど。日本の女神さんの後ろ盾でねじ込むんか。天さんなかなかやる男やな」
「あ、うん、そうね」
なんか歯切れ悪いのぉ。まあとりあえず飛び散ったデーモンの念が残ってないかユイが確認して、さらにゲストルームにあったファブリーズをスプレーしてた。ホンマに効くんか、あれ。
「カビくさいのよ、ここ!」
ああ、そういう事か。
「ソ……ソラくん……」
なんかか細い声が聞こえてきた。ん?呼んだ?
*(75話へ続く)*
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