第7話 峠の戦い
お約束の腹を空かせた凶暴なツキノワ……じゃなくてイノシシの子供?ウリ坊だ。それもなんと3頭も!
かわいい。
この流れ絶対クマが出ると思って身構えていたけど、ウリ坊なんか~い!
「ソラ君、これ食える?」
「こら、食えん事もないやろけどお前、鬼やな。こんなかわいいのを殺生するんか。そもそもお前、坊さんのくせにええんか肉食?」
「なに言ってるの。僕はまだバリバリ高校生だよ。ただでさえ食べても太らない体質やからプロテインとサラダチキン必須だったよ」
「あ~?そういえばお前、こっちに来てよう痩せずに維持しとるのぉ?」
「大豆メイン!ソイプロテイン代わりにボリボリ炒ったやつめっちゃ食べてる。でも動物性たんぱく質は大きく欠如!」
いかん、目の色変わっとる。殺る気やな、ウリ坊ピンチ。
いや待て。ウリ坊だけでウロウロしてるわけないやん。昔、神戸の住吉川の河川敷でイノシシの親子を何度も見たぞ。
「おい、ウミ!近くに親が……」
言い終わる前に、ガサガサ!っと音がしたかと思うとウリ坊の後ろから、中型のイノシシが僕の前を行くウミめがけて突進してきた。
あかん! ウミが!
と思った瞬間、ウミは軽く横にステップしてイノシシの突進をかわす。なんちゅう反射神経。そのまま手に持った槍でイノシシの頭を横からスコーン!と一撃。決まった!…と思ったら
槍がぐにゃりと曲がっている。
「なんぞそれ!」
「ダメだ~!ソラ君、アルミって想像以上に柔かった~!」
そら重くて頑丈やったら槍投げしてあんな距離投げられんやろ……。
イノシシはUターンして態勢を整え、再びウミに向かって来ようとしていた。こりゃいかん。
申し訳ない、と心で祈りつつ僕はイノシシに向かって飛び込んだ。
「きゃぁいあぁああああ~ん!」
気合を放ちつつ天秤棒(改)で、イノシシの眉間に強烈な突きを食らわせる。硬いものに当たった後で嫌な感触でグッと差し込まれた。
……即死だな、と僕は悟った。
魚釣りで活〆する時すら抵抗があったのに。ウミを守るためとはいえ、やっちまったなぁ。
ウリ坊たちはただならぬ様子を感じ取ったのか、散り散りに逃げていった。アニメだったら亡くなった母イノシシの元でキュウキュウ泣くんちゃうんかい、と思いつつ、逃げてくれた方が多少良心の呵責が少なくて救われた。
ただ、頭の隅にひっかかるものがあった。あの小さい子たちが、この先自力で大きく育つ可能性はあるんやろか。それを考えると、心が少し重くなる。
「すごいね、きゃぁーって。ププ」とウミ。
いや、そこかいお前の興味。
「剣道部あるあるや。ようわからん奇声が飛び交うんや。逆にメーン!とかコテ!とか、ちゃんと言うのは小学生の低学年くらいでしか聞かんぞ」
「そうなんだ?」
「人それぞれ気合の入れ方がちゃうねん。コテコテコテコテコテコテコテェ~~って言うやつがおってさすがに笑ったわ。コテって何回言うねん!って。ほんで肝心の小手をすかされて面打たれて一本負けしとったわ」
「なんか大変な世界ね」
「それよりこれじゃ。俺、命、奪ってしまったの」
「うん……でもまぁ遊びで殺したわけでもないし」
「やらんとお前が危なかったしの」
しばらく間があって、ウミが言った。
「あのね……牛ならいいのか、豚ならいいのか、鶏はいいのかって議論あったよね。命の授業とか」
「豚をクラスで育てて最後はクラスの皆で食うってのあったな」
「まだちゃんと修行してない僕がえらそうなことを言えないし、言うつもりもないけど……少なくとも僕らはイーブンじゃない?」
「イーブンとな?」
「趣味や遊びで殺すわけでもなく、でっかい応接間に首を剥製にして飾るわけでもなく、釣った魚をそのまま陸に放置して死なすわけでもない。僕らも油断してたら殺られる。自分が生きるために殺る。山犬だってクマだってイノシシだって本気で来てるから、僕らも本気でいかないと負けることもある」
「せやな。どっちが勝つかはその時次第よな」
「どっちが勝っても負けても恨みっこ無し!今日はキャーが勝ったんだよ!」
「キャー言うな」
「だからこの親イノシシはいただこうよ。無駄死ににはさせない」
「お前、最初から食う予定やったやろ?動物性たんぱく質って」
「そりゃ食べるよ。魚も食べるし、鳥も食べるし、イノシシも、機会さえあったらクマも食べる」
「ま、生きるってそういう事やしな」
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やったことは無いけど、昔読んだ漫画で漫画家さんが猟師になるやつでなんとな~くやり方は見たことがある。
ただ……。
「なんかめっちゃ腹の中ってあったかいけど」と、ナイフでイノシシを解体しながらウミが言う。
「これ、血の臭いにつられてクマさん寄ってくるんちゃう?」
「ふふ、ウミ君。一応教えておいてあげよう。俺、去年の夏休みに原チャリで四国一周してん」
「なにしてるの?暇なの?」
「ソロキャンに憧れてたって言うたやろ?でもハードルが高いから国道走って適当な町でネカフェがあったら泊まっとってんな。で、高知の山奥の国道走っとったらネカフェなんてもあらへん。しゃーなしに国道の待避所みたいなとこでワンタッチのテント張ろうとしてたら、昔ばなしに出てくるような農家のじいさんがおってん」
「それホントに人なの?」
「怖い事言うなよ。リアルじいさんや。腕にアップルウォッチしとったぞ。で、別にええけどクマ出るかもしれんから気ぃつけや~って言われてん」
「クマいるんだ?」
「さすがにビビってググったがな。四国、山、クマって。ほんだらさ、もうツキノワグマなんてレア中のレア。生息数激減、さらに人を怖がってクマは逃げるからほとんど接近戦に持ち込まれる可能性無し!と。どやっ!」
「へ~。ほなそこで泊ったんや?出んかった、クマ?」
「いや、そんなん言われたら泊まれるかい。レアでもいつか当たるのが俺かもしれんやん。そういう引きは強いタイプ。金持ち喧嘩せずや。徹夜で山越えたっちゅーねん」
「金持ちの使い方間違っている気がするけど、ビビって逃げたんだ?」
「そら逃げるわいな」
笑いながら話していたけど、頭の隅にはさっき逃げていったウリ坊のことがずっとあった。
「ねえ、ソラ君」
「ん?」
「その話って元いた世界の話だよね?」
「うん」
「こことは状況変わるんんじゃない?」
あ……。
あまりに似ているから、頭の中がごっちゃになってた。去年の四国はクマの生息数は少なかったかもしれないけど、この世界には関係ない。高速も国道も町も何もないから、クマの生息域だって減っていない。山だらけで餌も豊富、野生動物もたっぷり。
背中に嫌な汗が流れた。
「ちょっとヤバいかもな。とりあえずさっさと肉をさばいて内臓は埋めていこう!で、もうちょっと開けた場所まで移動するぞ!」
慣れない手つきで、僕らは初めての苦労しつつも無事イノシシの解体を終えたのだった。
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めっちゃ高い杉とシダの生い茂る、滑りやすい坂を登ってやっと開けた場所に出た。
ここだけ太陽の日差しがよく当たる。ずっとジメジメした獣道だったので気持ちも晴れる。これだけ広ければ突然クマが現れてもなんらかの準備はできそうだ。
ソーラーパネルを広げてスマホとモバイルバッテリーを充電しつつ、メシの用意。
自炊ももう慣れたもの。水はペットボトル、米は水でふやかすと食べられる。シャチョゾン、優秀!
さっきのイノシシの肉にはたっぷり塩とコショウを振りかけて、焼く!
塩はこっちの天日塩をメインに使っている。サブさんの店でこっちの塩と伯方の塩をおにぎり一本勝負で食べ比べして、まさかのこっちの世界の塩が圧勝だった。コトヘラから北にある海で塩田を作っているらしく、瀬戸内の天然塩ってことだ。サラサラ感は無くてちょっと湿ってるけど味が優秀。深みがあるというかミネラル豊富というか。まあ偉そうなことを言っているけど全くわからん。でもうまい!
焼けるまで時間がかかりそうなので、クマよけスプレーの使い方を確認することにした。
「ウミ、お前の槍攻撃に効果が無いのはイノシシでよくわかった。文明の利器で戦えるように練習するぞ」
ウミが実験担当。食事スペースから200メートル以上先に走っていって風を読む。安定して背中に風が当たっている。
「いけぇ!」
「らじゃ!」
元気よく言ってウミは安全装置を外したスプレーを風下に向けてワンプッシュ。薬剤が白い霧となって勢いよく噴出した。
「出た出た~!すごいの。風上でも粘膜がヒリヒリするぞ!」
ウミが凄い勢いで駆け戻ってくる。
「思いのほか凄い威力だね。こりゃさすがのクマさんも目や喉をやられるよ」
「ゴホゴホゴホゴホ……」
え? なんか聞こえる。クマか?
ウミが音のする方向をじっと見ていたが、静かにクリップオンの偏光サングラスを下した。
「ソラ君、天狗や」
「なんや天狗か……」
僕たちはとりあえず焼けた肉を取り分けることにした。
「ゴフッ!そ……そこの二人、わしを見てなんで知らん顔……ゴホ」
「もう既にカッパやらタヌキの親分やら、ついこの前は大入道とも語り合いましたし、今さら妖怪の一匹や二匹、特別感が無いもので」と僕。
「そうだよね。天狗ってレア感ないよね。日本中色んな所で話聞くし。京の鞍馬寺くらいならちょっとおおっ!ってテンション上がるかもだけど」とウミ。
ごめんよ天狗さん。僕ら今から貴重な命をいただいて弔う儀式があるのだよ。食うんだけどね。
「あ、天狗さん、クマよけスプレー吸い込んだん?それはゴメンやけど見えんかったし。それにしてもなんなん?山奥過ぎて女神の封印スルーされた系?」
「何を言っとるのかほとんどわからんが、さっきの煙のせいで喉と目が大変な事になっておる。お前たち、そこに直れっ!」
僕らのご飯はあげないよ。ウミと並んで一応ゴメンナサイをする。
「どっちを向いて頭をさげておる!こっちじゃ!」
あんたが迷彩かけてるから見えんのやん。知らんがな。声のする方に向き直って、もう一度ゴメンナサイをする。
ゴホゴホとまだ咳き込みながら、天狗さんは言った。焼けた肉の匂いが、山の風に乗って漂っていく。
「とりあえず……一切れ、もらえんか?」
「どぞ」
こうして僕らは天狗さんと、猪ノ鼻峠で飯を食ったのだった。
*(第8話へ続く)*




