第6話 猪ノ鼻峠
かなり山道を登ってきた。
元の世界も高速ができる前はつづら折りの国道をグネグネ曲がりながら、トンネルをいくつも抜けて行ったそうだ。小学生の頃、父の運転する車で高知の日曜市に行った記憶がある。死ぬほど車酔いした記憶……なんであんな道通ったんやろ。
でもそのおかげで今、高速のありがたさ、トンネルのありがたさを身に染みて感じている。
2本のこの足でね!
「ウミ君よ」
「はいな、どしたんソラ君や」
「お前の体力半端ないの。息切れせえへんの? この山道で」
「そりゃ鍛えてるもん。ブランクあるけど部活で死ぬほど走りまくってたし」
「確かになぁ~。俺が軽トラで走りまくっとる時、しょっちゅうすれ違っとったもんな」
「そうそう、いつもクラクション鳴らしてくたね、ピッ!って」
「ところでや、ウミ君よ。その杖どうなん? 使い勝手は」
「めっちゃいいよ。社長さまさまだね」
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我々が杖と呼んでいるこの棒状の物体……実はウミが使っていた愛用の槍投げの槍だったりする。
霊とか物の怪の類は僕らにはもうお手の物。ウミがお経を読んで弔う、僕がレイバンのサングラスをかけて物の怪と対話をする。でも生き物はどうもならん。虫もそうだけど、とにかく犬!山犬というか狼!そしてクマさんだ。
山越えを決めた時、さすがにヒグマはおらんけどツキノワグマはこの裏四国(そう呼ぶ事にした)にいない方がおかしいという結論に達した。なんの魔法も武器も持ち合わせない僕らは、違法にならない程度のそれっぽいもんで身を守ることにしたのだ。
僕は小中高と剣道をやっていたので、その辺で拾った適当な棒で剣道二段の腕前を披露することにした。まぁそんだけやってりゃみんな二段までいくんだけどね。
ウミはずっと陸上一本。それなら手に馴染んだ槍にするかってことになり、この前の補給物資でシャチョゾンに注文したのだった。
「社長~!ウミの母ちゃんに頼んでやつの部屋から槍取ってきて!」
「槍って、お前……銃刀法……」
「そんな槍ウミが持ってるわけないやん!どこの武将ぞ!トンボでも切るんか?そんなんちゃうわ!母ちゃんに言えばわかるってさ。待っとるけんちょっと取ってきて」
「おまぇ~社長をなんやと」
とか言いながらも行ってくれる社長。スマホを切って届いた物資を確認する。ウミは僕のレイバンが羨ましかったのか、コーナンで一番安いクリップオンの偏光サングラスを頼んでいた。980円なり。
嬉しそうにパカパカ上げ下げして変な方向いて「うわっ!」とか言ってる。余計なもん見つけるなよ。
僕が補給物資のカロリーメイトを口に入れようとした瞬間、スマホが鳴った。社長だ。
「おい~ソラよ~。槍持ってきたけど長いけん、戒壇の角曲がれんのじゃ。無理や」
「社長、頭使ってよ。肩の上に乗っかってるのは何?なんのために使うの?今でしょ?」
暗にバカにしてみる。いや、ストレート過ぎたか。
「おまぇ~!ちょっとこっち来い!」
あ、本気で怒っとる。
「行けるならとっくに行ってるちゅーねん!」
横でポカリ飲みながらウミもうなづいている。こっちは平和やなぁ。
「どっちにしろこれ無理ぞ」と社長。
それを聞いていたウミが平然と言った。
「穴開けたらいいんじゃない?、壁に」
「え?そ、それはどういうこと?」
「大日如来さんの後ろんとこにこっそり穴開けて、ここの隙間のところにちょうどくるように真っすぐ入れたら?」
「いや、ウミ君、これ文化財やと……」
「元々真っ暗やから多分バレないと思います。次の何百年か後の補修の時にこっそり直したらいいと思います。それまでちょっと大日如来様ずらして隠しておいてくれたら。まあ、緊急事態ってことで」
「ええんかの?」
「バレなきゃOKです!」
そして社長の暗躍もあり、無事ウミ愛用の槍がこっちの世界に届いたのだった。
晴れて社長も犯罪の片棒を担いだみたいなもんやな。連帯責任。うちの会社大丈夫かな?
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愛用の槍の先に熊よけの鈴をつけて、嬉しそうにちりんちりん鳴らしながら歩くウミ。
坊さんやったらそこは錫杖ちゃうんか?「カーッ!」とか気合い入れたら悪霊が退散していくような。
まぁ今のウミのいでたちはというと、相変わらず部活時代から愛用の黒ジャージ。今日はアンダーアーマーか?なんか野球部みたいやな。履き込んだナイキのスニーカー。ヒゲはまだ薄いようで毎日は剃っていないみたいだけど、頭の毛量多いなこいつ、生意気に。散髪もろくにできないので米津みたいな長髪。十種競技やってた割にはすらっと細身の体型でいかにも今風な男子。JINSのウェリントン型メガネでしゅっとしていた……はずが、今は山の中で何が出るかわからんってことで、だっさいクリップオンの偏光サングラス。
あれ誰がつけてもダサくなるんちゃう?キムタクでもいけてない気がするわ。まぁ本人が嬉しそうにパカパカ上げ下げしてるから別にええけど。
ウミがひょいひょいと岩を飛び越えていくのを横目に、僕は足元を確かめながら慎重に歩く。
で、僕はというと高校までは剣道をしていたのでそれなりに体は鍛えていた。ま、過去形だ……。鍛えない筋肉は衰えていくもんです。最近は寝る前に腕立てをして細マッチョを目指している。動きやすいのでTシャツに紺のユニクロの感動スーツ上下。ネクタイはつけていないけどビジカジ葬祭プランナー……には見えんか。まぁ許して。顔は特に誰に似てるって言われたわけでもないけど、コンパの席でギャグでロシア人の血の入ったクォーターって言ったら女子達が普通に信じてたな。実際は高知と香川のハーフ。育ちは神戸っ子ね。ここ大事。
レイバンのサングラスをかけて、手には雑貨屋のサブさんとこで買った天秤棒(改)。細身の木刀兼杖にしている。酷使してるので先っぽが徐々に削れて短くなってきた気がしなくもない。今のところ武器としての出番は無く、もっぱら僕の体重を支えてくれる担当だ。
杖は山道においてあるとないとでは大違い。
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コトヘラから南に進んで、猪ノ鼻峠と思しき峠の麓からせっせと二人で山を登っていく。
元の世界の峠みたいに誰かが舗装したつづら折りの道路を作ってくれているわけではないので、獣なのか人なのかわからないけど獣道っぽいところを歩いていく。
「ソラ君!ちょっと地図見て!」
先に休憩していたウミが、杉の木の根元から声をかけてくる。僕はやっと追いついたとこで息があがってるんですけどね。
「ほら、今ここやろ?」
汗で濡れた手ぬぐいを広げる。バンダナみたいに巻くなよ、日本手ぬぐいを。大事な地図やぞそれ。
善通院謹製の八十八ヶ所プリント手ぬぐい。ちゃんとデフォルメされた四国の地図に札所の番号と名前が描かれてある。
……って地図に使うのにデフォルメしたらいかんのんちゃうか、おい。
「なんとな~く場所はわかるけど、これを地図って呼ぶのもどうかと思うな、今となっては」
「ま、デザインだしね。普通これ見て地図代わりにしようなんてアホはいないよ」
「お前、これが俺等の命綱やぞ」
「それもそうだね」
「……と、思った?なぁ?なぁ?」
「うざがらみやめてよ。なんなんのそれ?」
「ちゃっちゃらーん♪スマホぉ~」
「それがどうしたの?まさかそれでナビとか?Googleマップとか?ここにGPS飛んでるわけないじゃない」
「ふふふ、そう思うやろ?青いのぉ少年」
「うざっ」
「ちゃっちゃらーん♪YAMAP~!!」
「なにそれ?世界にひとつだけの……」
「それはスマップや!YAMAPとはなんとなんと、このソラ様がちょっと前に流行ったソロキャンプブームにのせられてインストールした、オフラインでも使える地図アプリでした~!」
「うそ!マジ?オフラインで?」
「マジ。事前にダウンロードしといたらええんや。いつか使うかもと思ってダウンロードしといたのさ」
「なんでもっと早く言わないんだよ!」
「え?さっき思い出したもん。トイレ休憩した時にBGM流そうとアプリ触っとったら出てきた」
「あ、BGMと言えばなんでいつもバンプなの?厨二こじらせたまま?」
「アホか。バンプ聞くのは国民の義務ぞ」
「聞いたことないよ、そんなの」
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YAMAPの地図を開くと、ちゃんとこの山の地形が表示されている。
GPSこそ飛んでいないので現在地は手動で確認するしかないけど、地形がわかるだけで全然ちがう。
「ソラ君、これめっちゃ助かる」
「せやろ?ソラ様に感謝しいや」
「……ありがとうございます」
「素直やな今日!」
「山の中で道に迷いたくないんでね」
まあそれはそう。
ちりん、ちりん。
槍の先の鈴が鳴るたびに、山の静寂がいっそう深くなる気がした。クマさん、どうか出てきませんように。
ガサガサ…向こうのヤブでなんか音がした。やっぱそうよな。絶対なんかおきるよなぁ俺等。
ウミを見ると、メガネのクリップオンのサングラスおろしてを偏光モードにして音の方を睨んでいる。いや、多分違うと思うよそれ…。ガチ生物の予感。
*(第7話へ続く)*




