65話 愚痴Ⅱ
僕の愚痴は止まらない。
「景色違うけどまぁ信号とかは覚えてたからなんとなくそうだろうと思って走ってたの。海岸沿い走って『あ、この海みたわ』とか思い出しつつな」
「あれ?ナビは?」
「寝台車なんて基本、善通院の周囲をぐるぐるするくらいやから、んなんいらんやろ、って社長がケチったんや。確かに俺も隣の市や町なら字くらいまで言ってもらえればその辺まで行けるから、ナビも住宅地図見なくてもまぁ大丈夫やろくらいの土地勘はついてたのね。だからそれまでは必要性を感じなかったわ。タクシー乗っても行き先告げたらいちいちナビ入れるドライバーって大丈夫かな?って思わへん?」
「高校生はタクシーにそんな乗らないからねぇ。でも会社の車で近所しか走らないならまぁいらないかもね」
「そうよ、寝台車につけるなら軽トラにも全部つけなあかんやん。よっぽど軽トラの方が山奥とかフェリーで島とか行くもん。寝台車や霊柩車は行き先は基本決まった場所ばっかりやからな。病院なんてまぁ個人病院以外は覚えてるし、そっから家まではご遺族の方と一緒に移動するしな。霊柩車なんて出発地は違えど行き先はどっかの火葬場やからな。山か海を見ときゃ香川なんてどこでも位置わかるし。神戸と一緒よ」
「なるほどね」
「ほんで真っ暗な海沿い走ってたけど、なんか行き過ぎたような気もして不安になるやん?ガソリンも田中さんのせいで心もとないので行き過ぎは避けたい。その時思い出したのよ。ちょっと前に長距離で寝台車で送った事があってな。そん時は田中さんが関門海峡渡って九州まで。ほんであのおっさんも帰りの道に迷って、深夜に居眠り運転してトンネルで壁に接触して……」
「田中さん、霊柩車で横転したとかも言ってなかった?」
「そう!半年くらい前に交差点で急ハンドル切ってこけてん。宮付きって上に龍が乗ってる霊柩車って重心が高いから慎重にハンドル切らんとあかんのやけど、基本的に田中さんぼーっとしてるからさ。交差点の真ん中で突然思い出したみたいにハンドル切るのよ。そらこけるさ」
「その人運転させちゃダメな人なんじゃないの?」
「ソラ、まだ続くの?かなり話が脱線してるけど」
あ、ユイ、聞いてたの?
「で、田中さんの件があったからナビは無いけど社長が『万が一遠出した時に皆が迷わんようにトランクに地図入れといたから、いざという時はそれを頼りに走れ』って言ってたのを思い出したの。ほんでコンビニの駐車場でトランク開けて地図探したがな。ほんでボンネットに地図置いて、おお~これか!大きいな。こうやって広げて~どれどれ、暗いな~コンビニの電灯の近くで照らして見たわな。う~ん、これ日本地図ぅ~~~~!」
「え?日本地図なの?」
「そうよ!日本地図。北海道から沖縄までしっかり入ったやつ。確かに日本中の国道や高速網羅しとるわな。うわ~日本ってこんな形してるんだぁ!長いってよくわかるわ~ってアホ~!こんなんで道わかるかいっ!」
「ものすごい一人ノリツッコミだね」
「そうもなるわの。ギャグなんか本気なんかわからんけどその地図、振りかぶって地面に叩きつけたわ。こっちが知りたい県道とか町道の記載一切無しやで。地図の上から下まで高速と国道が書いてあるだけ。寝台車で沖縄行くかいっ!半泣きで深夜4時にコンビニ入って店員さんにインターチェンジの場所聞いたっちゅうねん。まぁ外国の人やったけど。カタコト過ぎてようわからんので英語に切り替えてもらった。この時ばかりは英語のヒアリングできてよかったわ。で、やっぱり行き過ぎてるぅ~ってなって、この怒り社長にぶつけたろと思てクレームの電話入れようとスマホ見たらまさかの電池切れ。寒いからスマホのバッテリー死んどる。宿直やけど寝てる夜中に充電するつもりが、電話で呼び出されたから充電できてない。車のシガーソケットで充電も考えたけど車のバッテリーも死にかけやからちょっと遠慮してた」
「あなたの会社の社長はバカなの?」
ひょっとしたらそうかも知れん。天然なだけかも知れん。僕にはわからんよ。
「そっから通り過ぎた分Uターンしてなんとか無事高速のったけど、広島から岡山に入る頃にはガソリンの警告灯が時々点灯する。点滅するのって残量10リッターくらいかな?この車ってリッター何キロ走る?最初、大きめの御婦人のご遺体とご主人乗せてたし風も強いわノロノロ運転だわでだいぶロスしたのと、さっきの迷子で余分に走ったからかなり微妙な感じ。目を皿のようにしてサービスエリアのガソリンスタンドを見るけど田舎だからかどこも深夜はクローズ。やばいやばいと思いつつ岡山から瀬戸大橋に入る時にはもうガソリン残量の警告が常時点灯。常時ってことは残り数リットル。リッター10キロとして何キロ走れる?橋の全長は?とかそんなんばっかり考えたわ。そして橋の上は2月の嵐。横風ひどくて1車線くらい横に一気にスライドしそうな風速」
「めっちゃ怖いね」
「ヒヤヒヤよ。ほんでな……運転中突然ハンドルが重くなった」
「まさか?」
「パワステが効いてない!霊障か!とか思ったけどそんなわけあるかい。つまりエンジンストップ=ガス欠!」
「どこで?」
「え?瀬戸大橋の上で。それも岡山と香川のちょうど県境。そんな事ある?なんとか慣性の力で車を左に寄せて路肩に停めたわ。ほんでJAFや!と思って携帯を取り出す。あ、こいつ充電切れてた。でも大丈夫!シガーから充電ケーブルで充電を……ってエンジン止まったからバッテリーも死んだ~!」
「あ~連絡できないね」
「意を決して車の外に出たがな。高速走ってたらよく見る非常電話。誰がこんなん使う?って思ってたけどまさか自分が使うとは思わんわな。で、前か後ろどっちか近い方へと思ったらこれまた見事に中間。どっちもこの先500メートルとかなんよ。1キロ置きにあるから。で、外にでたら例の強風さ。なんか後ろの非常電話に行ったら負けた気がするので常に前進!前の方に行くことにした。マジで強風で体が飛ばされそうやから路肩の鋼鉄のワイヤーつかんでカニ歩きで非常電話まで行ったわ。またワイヤーが冷たい。ほんでたどり着いて喋ろうとしたら風が口に入ってきて、バラエティで見るスカイダイビングの人の口みたいになるでやんの。頑張って受話器に向かって喋ろうとしても風が当たって向こうにはボボボボボってしか聞こえんみたいで、もう風が送話口に当たらんように体勢工夫して喋ったがな」
「命がけだねぇ。真冬の明け方になにやってるの?」
「瀬戸内海の海の上、おまけに2月初旬の5時前ぞ。寒さで死ぬぞ普通に。でもなんかガス欠って道路管制センターに言うのはプライドが邪魔して『エンジンが突然止まって~電気系統かもです。バッテリーが弱ってたかな?JAF手配お願いしたいです。あ、あとガソリンも少ないので少し持ってきていただいたら』って体裁考えて伝えたがな」
「しょうもないプライドね」
きついなぁ~ユイ。
「私は、なんのことだかさっぱり」
サトちゃんはメモすら取ってない。まあそうやわな。
「で、またカニ歩きになって死ぬ思いで車に戻ったさ。でもエンジンかからんからヒーターもつかんからもうガタガタ震えてさ。また場所が悪いから岡山からも香川からもJAF来るの遠いのよ。30分たっても来ない。40分、50分……あ、黄色いランプ回転させて車きたー!って喜んだがな。ほんだら本州四国連絡橋公団の車やん。ほんでこっち寄ってきて『ここは駐停車禁止です。ただちに車を移動してください』とかマイクで言うの!動かせるなら動かすちゅうねん!こんな真冬の明け方前に路肩に車を停めて景色見るか?三角の標識置いてるやろ!強風で倒れそうやけどさ。すぐ発煙筒もたいたけど風で煙も流されてなんも見えへんしとっくに火も消えたわ。でも大人な対応でちゃんと連絡してJAF待ってます!って伝えてお引き取り願ったわ。で、それから10分後にまた黄色回転灯つけて車が来た。やっとかと思ったらまた道路公団!『ここは駐停車……』お前ら情報共有って言葉しらんのか!ってキレそうになったわ」
「なんか大変だったね。よっぽど悪いことしたの?ふぁ~あ」
ウミ、飽きてきてるな?
「さらに10分後やっとJAFさん来てレッカーで坂出まで引っ張っていってもろたわ。ほんでインター出たとこでブースター繋いでもらってもエンジンかからん。そりゃそーよなガス欠だもの。『ガソリンを少し……』って言うと、入れてくれてやっとエンジンかかって自走できるようになったわ。ほんで最寄りのガソリンスタンドまで行って満タンにして、やっと帰れる~夜勤明けで帰れる~って運転してたら携帯なってさ、亡くなったから来てくれって。はぁ?やで。でも仕事やからなぁ、1時間後に行きます~言うて一旦会社帰ってドライアイス積み直して受注や、徹夜で。受注したら祭壇組んでお通夜の段取り、告別式の用意もあるから帰れんわな。何やねんこのシステム、マジで」
「ちゃんと仕事できたの?」
「当たり前じゃ。そのまま翌日の告別式の司会して初七日まで終わらしてやっと休めたわ」
「プロやなぁ」
「そらプロやから」
「で、結局何に怒ってたの?」とユイ。
「え?だから社長のセンスがないって」
「そこだったの?長い……」
ウミも疲れてる。靴のセンスの話から地図のセンスがあまりに悪くてムカついたって愚痴だったんだけど。
「でも聞けて良かったよ。ソラ君ちゃんと仕事してたんだね」
「当たり前じゃ。金より何より人の役に立とうと思ってついた仕事やからな」
「なかなかご遺体かついで階段登るなんてできないよ」
「それは別に苦でもなんでもないさ。市営住宅の五階まで棺桶運んで、納棺しておろしたことあるし。それは二人だったけど階段を曲がるのが難しかったなぁ」
「何でもやってるね」
「まあ色々あるわな。毎日イベントやし」
「うん、聞けてよかったよ、ソラ君」
「なんか気持ち悪いな、ウミ」
「ソラ、結局あなたは亡くなった方も、霊も、妖怪も関係なく弔いたいのよね?繋がったわ」
「いや、マジで普通に社長への愚痴だけど」
「ソラ君の普通は人とはベクトルが違うんだよ。なかなかできないよ。身内でもないご遺体を一人で背負うなんて」
「喪主さんになるご主人さんも高齢だったし俺しかおらんやん」
「ツーリストの人にやってもらうとか手伝ってもらうとかもできたんじゃない?」
「まぁええねん。やれる人がやったら」
「そうだね、じゃあこれからも僕らはやれることをやっていくと」
「そうよ、できんことはできん。だからやれることは全力でやる!」
「じゃあ行こうか!愚痴も吐き出したし」
「ソラ、社長の事大好きでしょ?フフ」
「あ?別に好きちゃうぞ。尊敬はしとるけどな」
「よくわかんないね、やっぱりソラ君は。ハハハ」
なんか笑われとる。久々にあっちの生活思い出したなぁ。田中さんまだ生きてるのかな?しょっちゅう事故してるけど。まあええか。
「じゃあ次の札所へGO!」
*(66話へ続く)*




