63話 英雄
「さてと……あ、サトちゃん漁師さん気が付いた?」
「はい、さっき渡された『もんえな』とか言う水薬を飲んで思いっきりむせてましたけど、その後顔色が戻ってきましたよ」
炭酸とカフェイン最強やな。また社長に買い出ししといてもらおうっと。
「またそれの空き缶運ぶのイヤよ」
ユイも疲れた時こっそり僕のやつ飲んでるのしってるぞ!でも運んでもらってるから文句は言えないな。
「ウミ、今回のは霊とかと違って妖怪やけどいつもと同じ方法でええかな?」
「う~ん。確かにいつもの葬送の儀式とは違う気がするけど、他にやる方法もわかんないし、いつも通りやろうか」
「そう言えば妖怪の類の時はいつも俺、命がけやったもんな。あえて名指しはせんけどそこの白いヤツの時もな」
チラ。
「クゥ~ン」
ふん、サトちゃんにあっさり魂を売るような奴は知らん。あれ?そう言えばサチに魂ってあるのかな?幽霊。まぁ知らんけど。
「あなた達の脳みそは鳥並みなの?ついさっきタヌキ送ったばかりじゃない!要はあれと一緒でしょ」
あ、タヌキなあ。一瞬で終わったから忘れてたわ。
「あの時はアデヤさんが迎えてくれたんだよね?僕ら特に何もしてないや」
「並んだ顔ぶれ見るとママの治世より前の人がいるから仏教式でも上がれるんじゃないかしら。外国の彼は私が祈るわ。彼らの気持ちの準備ができたらママが迎えてくれると思うわよ」
「まあ結局こいつらなんも悪い事してないもんな。話を聞く限りは海難レスキューみたいなもんやろ?それがウソかホンマかわからんけどホンマなら上にあげてくれるやろ」
「わしらがウソなんぞつくわけないがよ!どうやっても手遅れのもんしかこの仲間にしとらんちあ!」
「ほうじゃ、ほうじゃ」「ほうよ、ほうよ」「ウソと違うがよ」
あ~いっぱいおるとうるさい。
と、その時、漁師の男が起き上がってユイに礼を言いに来た。
「あなたが私をここまで連れて来てくださったがですか」
「無事でよかったわね。気を失っていたからそのまま海に沈んだら危ない所だったわよ」
「それが、船がひっくり返ってもうダメじゃと諦めかけちょったがですが、『諦めるな!』『家族がまっちょるぞ』『わしらが下から支えちゃる』とか言う声がたくさん聞こえてきて、本当に海の中に沈みそうになるたびに下から押し上げられるような感覚で、高波の割に水を飲まんと済んだがじゃ」
「そうなの……ね」
「それでもやっぱり最後はもっと大きな波が来て海の水をどっさり飲んで気ぃ失うたはずですが……気づいたらここに寝かされちょりました。気を失う瞬間に、わしの体をたくさんの手が、足や手を掴んじょった気がするがです。あれは……わしを海に引きずり込もうとしちょったがでしょうか?」
「その逆やな。あんたを助けようとしたけど気を失ってしまい、どうしようもない中沈まないようにずっと海中から支えてくれた不器用なやつらがいたんだろうな」
「フフフ、本当に不器用だったんだよ。あなたを助ける時に手を離すのを忘れてついて来たみたいですよ、いっぱい」とウミが笑う。
「不器用でわるかったちや……」と先頭の霊がボヤく。
こいつが最初に手を離し損ねたせいで7人全員ここに来たんだよな。どんくさ。
「あの、誰かと喋っちょるようですがそこに誰かおるがですか?」と恐る恐る漁師の男が聞いてくる。
見えないと怖いわな。
「ああ、あんた七人岬って聞いたことある?」
「はい、七人組の妖怪で海に人を引きずり込んで溺死させたら先頭が成仏できるっちゅうことで、漁師仲間の間では恐れられちょります」
「うん、実はまさに七人がそこに並んでる。大波の中海に落ちたあんたを助けようとして、体を掴んでたら手を離すのが遅れてぞろぞろと一緒に、ね」
「え?わしを海に沈めようとしちょったがじゃなくて?」
「うん、逆にこいつら必死で助けようとしていたんだな。溺れそうなあんたに必死で声掛けしていたのもこいつらだわ」
「まっことですか!わしはその妖怪に命を救われたがですか?」
「あ、まあそうなんだけど妖怪って言わんといてあげて。一応本人達は、面倒だけど一人一人自我があって妖怪じゃなく、前は人だったものとして扱ってあげると嬉しい」
「はい。でも恩人に妖怪も人もありません!まっことありがとうございました!」
そう言ってどこを向いてお礼を言っていいかわからない漁師はキョロキョロした後、ウミが立っている方向に向かって地べたに土下座をして何度も何度もお礼を言った。あ、その方向ビンゴだわ。
「波が高い日は船だしたらいかんちや」
「金も大事やが、もっと大事なもんがあるろうが。おまんの家族が待っとるがぞ」
「いつも、わしらがおると思うなよ」
「まぁそう言うわしらが、荒れた海で溺れて死んだがぞ」
「あはは、まっこと!」
うるさいな、こいつら。
「え~とその霊たちが、簡単に言うと今後は気を付けて漁をしなさいよってさ。今度から気をつけてな」
「ありがとうございます。子供が生まれたばっかりで、少しでも漁をしてと思うて……。次から気を付けます」
その言葉を聞くと外国の人以外は満足そうにうんうん頷いた。
「じゃあ、漁師さん、船はひっくり返って残念やったけど命があっただけマシやろ?はよ家帰って家族を安心させてあげな」
そう言うと漁師は何度も何度も振り返って頭を下げていた。連中は背伸びをして手を振ったりしていたけど彼には見えんて。
「お前ら七人岬と呼ばれる凶悪な妖怪って聞いてたけど、聞く限り悪いヤツじゃないと俺は判断した。俺の判断は仲間たちの判断でもある。俺ら気持ちが同じ方向を向いてるから一緒に旅をしてる。だから全員に確認するまでもない」
頷く三人。みんな考えは同じやな。用意しなきゃな。
「ほいじゃ、俺とそこのウミってやつでお前らを空に帰す用意をするから、その間にそこのサトちゃんって女の子に出身地とかお前らの素性をきちんと報告して。あ、外国の人はユイが聞いてあげて」
「何のためにわしらのことを探るんじゃ!」
「知ってどうするがぞ!」
「個人情報がなんたらかんたら……」
「Privacy?」
知らん!うるさい!黙れ!土佐の連中は本当に集まるとうるさいな!
「ざっと説明するぞ。お前ら七人、これから俺らが空に帰す。まぁ成仏させるとか神様の元に帰すとかまぁそんな意味と思っていい。ただな……」
こっから大事だからきちんと伝えないとな。
「それぞれ七人岬になった時期に差があると思うのよ。先頭のやつ、あんたの家族はもうとっくに亡くなって天におるかもしれんし、生まれ変わってるかもしれん。二番目、三番目の人もな。ま、運がよかったらそこで成仏してる家族に再会できる可能性はある」
頷く三人。
「ただあとの人らはまだ七人岬になってそれほど時間が経ってないかもしれん。なって100年ちょいとかの人はもうアデヤさんの世になってたと思う。ほんでな、あんたらが空に上がっても身内そこにはまだおらん可能性が高い。だから会えんかもしれん」
「なんでじゃ?かかぁはもうとっくに死んどるはずじゃき」
「どんだけ長生きなんじゃ!そんなわけあるかいや。120歳とかそんなんやぞ」
気持ちはわかる。確かにおかしいよな。
「アデヤ教になってから亡くなった人は葬式が無くなったんだよ。だから死んでも空に上がり切れてないのが現状なんよ。徳島、高知……コーチか、そこら辺りの出身ならこれまでに俺らが儀式をして空に上げたから会える可能性はある。それ以外の場所の家族の供養はまだ間に合ってないんよ」
「わしは宇和島じゃ……」
「わしは屋島じゃが」
お、おう……屋島ってか。最後の香川の中でも八十四番札所。かなり最後の方やな。まさか県外の人もおったとは。
「やけん、今からみんなの出身地を詳しく聞いていく。サトちゃんが全員の出身地を控える。皆の出身地がどんな辺鄙なとこにある小さな村でも、必ず俺らが出向いてお前らの家族が亡くなってたら全員弔う。必ずや。これから俺らは順番に八十八ヶ所を巡っていくからちょっと時間はかかるけど、今日上に上がってそこで家族に会えんかったヤツも近うちに必ず会わせてやる。俺が約束するから。もし会えんかったら俺が死んで上に行ったときに文句言え。なんぼでも文句なら聞く」
「おい、あんた。ほんまにそんなことしてくれるんか?なんでや……わしら死んでずっと海におったがに。ほんで人に嫌われる妖怪になったんやぞ」
「あんたら、好きで妖怪になったわけでも無いやろ。死んでからずっと冷たい水に浸かって遭難した漁師たちを助けてきたんやろ?それはもう英雄だわ!妖怪だって?それは違うぞ。俺も恥ずかしながら今日、本当にたった今知ったけど、今後は土佐の七人岬は英雄だった!って言うてまわるわ。俺らがお前らの評判を塗り替えていく。だからさ、堂々と胸張って空の上で待っとけ。俺らが熨斗紙付けて空の上に送ったる!みんな顔はあれやけど男前やぞ。俺は憧れる」
「ほんまか……ほんまかえ」
信じられんって顔しとるな。失敬な。僕は口は悪いが、かなり悪いが嘘は言わない。
「特に先頭のヤツ!」
「わしか?」
「あんた、それこそ100年以上も海の中でずっと人助けしてきたんやろ?その後ろについた六人だって、あんたは助けたかったけどできんかったんやんの?でもな100年以上やってて助けられんかったのがたった六人だけって誇らしいぞ。あんたにとったら助けられんかった命が六って事で悔しかったやろうけど、あんたのおかげで助かった命がその何十倍、何百倍とおるやろ?広い海のことや、あんたらの見えないところで亡くなった人もいっぱいいるだろうけど、目の前の命をずっと助け続けたあんたは本物の英雄だよ」
「わしが英雄か……はは、初めて言われたのぅ。これまで助けた者にも化け物扱いされて、何度お祓いされそうになったことか。助けたのに恐れられ、怯えられ最後は罵声を浴びせられても、面と向かって褒められたがは今が初めてじゃ……」
そう言いながら顔を覆っておいおい泣いた。泣くなよ、誇れ。あんたのおかげで繋がった命がたくさんあって、それがこれからも続いていくんだ。どんな言葉でも足りんよ、でも本当にありがとう。
「じゃあ名前と住所を伝えたヤツからここ並んで」
一、二、三、……あと外人さんと。うし、全員揃ったか。よし始める!
「それではただ今より、今日まで海を守ってきた七人岬と呼ばれた名も無い英雄達七名の葬送の儀を執り行います!」
それを合図にウミが静かな口調で読経を始めた。ユイは跪き静かに祈りを始めた。それをしばらく見ていた七人も目をそっと閉じた。心の準備ができたかな。すると空からまっすぐ暖かな光の束が降りてきた。アデヤさんだな。初めて見る光にうろたえる霊達。
「サチ!」
そう言うとサチが先頭の霊を光の中に誘う。光に包まれた霊達はフワッと浮かび上がった。光はゆっくりと海の方へ移動し空へ……。その時先頭の霊が、岬の上で腕組みしている褌一丁の怪しい男に気づいた。あ、サカモトさんか。この前葬送の儀をおこなうまでは他の郷士達とずっと暗い海の底にいたんだよな。
「あんた……わしらのことずっと見よったがか?」
先頭の霊が褌の男に声をかけた。サカモトは黙って頷く。あんたらが事故で死んでいくとこも何百年もサカモトはずーっと海の底から見つめていたんだろうな。そしてその後の人助けの活躍も合わせてな。
「おまん、わしらの、わしらの働きもちゃんと見てくれちょったがか!」
と二番目の霊が叫ぶとサカモトが
「まっこと!」
とたった一言だけ声を上げた。喋れたんか、あんた。見事じゃったまで言えばいいのに。
「わしら、お先に行くぞお~~」
「これからはわしらの代わりに海を見守ってくれ~~」
などとやはりうるさい。サカモトはもう言葉は発せず上っていく霊達を見て親指を上げた。やがて次第に霊達は小さく見えなくなり、サチがゆっくりと戻ってきた。
「無事に上がれたみたいだね」
カッコよかったな。見た目はあれだけど中身は本当に男前だった。
「外国の人は自分の国の天国みたいなところに転送されるといいな、知らんけど」
「ソラ君」
「なんなら?」
「七人岬の伝承って愛媛にもあるよ」
あ?
「もうしばらくはお腹いっぱいや!次行くぞ、次」
なんかバタバタした日やったなぁ。ちょっとゆっくりしたい。
*(64話へ続く)*




