56話 四位一体
そいつは朝の光の中、昨日と同じように立っていた。あれ?そういやなんで僕はあいつが見えるんだ?サングラスしてないのに。こいつが霊でもない、妖怪でもない、鬼だから?確かに物理的にボコられたし。あれはきっと普通の人にも見えるんだろうな。鬼の伝説多いし。天狗になった天さんの姿も社長見えてるし、その類やな。
悪鬼は上半身をフラフラ動かして、安穏寺のあった場所に向かって今にも歩き出しそうな様子だ。まだ足元の封印は消えてないけど、もう気休め程度の拘束力かな。もうゆっくりもしていられない。
「サチ!怨念全解放!俺にも見えるくらいの犬神の上をいくモノになってヤツの気を引け!」
そう言うとサチは初めて出会った頃のような真っ黒い渦のようなものを身に纏い次第に大きく邪悪なモノになっていった。怖っ!
「サチ、お前は絶対にそいつに食われるな?お前が後でそいつを食うんだからな!」
「グガァアア~」
返事も怖い。でも返事する理性はありそうで一安心。
「ウミ、ユイ準備は?」
「僕ならずっとアップしてたから肩は大丈夫。これ大会やったら新記録出せそう。めっちゃ肩軽いわ」
「お前、頼むから記録狙って上に投げるなよ?ほぼ水平な!悪鬼の頭越えていくなよ」
「了!」
気合い入ってるな、ウミ。よしよし。
「ユイ!平気?いけるか?」
「当たり前よ。ソラを殺しかけたバケモノ相手に容赦する気持ちはゼロよ。特大のを浴びせてやるわ。任せて」
任せた!
「俺はやっぱりこれだな」
と昨日全く歯が立たなかった金剛杖を持つ。ユイの手当てと社長のくれたグローブのおかげで痛みは我慢できる。どっか骨が折れたわけでもなし、痛いくらいなら我慢したら済む。よし、昨日の悪いイメージを全部頭から吹き飛ばして……
「いくぞ!」
サチを取り巻く渦が物体化して巨大な真っ黒な犬神を形作る。サチの周りの草木が瘴気で枯れるくらいの邪悪なオーラを纏ってる。これやこれ、前に僕に噛みついてきた時のあの邪悪な母犬神。
「ヴヴヴヴ……」と低い声をあげて悪鬼がサチに気を取られた。さらなる邪悪なものを取り込んでより凶悪になろうとする悪鬼の本能だな。見境ないな、ホント。
と、その時、悪鬼が封印から一歩足を踏み出した!
「あ、封印が破られた。動き出すぞ!ウミ、いけぇー!」
「はぁーーーーーっ!」
っとウミが気合いを入れて思いっきりムチのように腕を後ろに反らせ、槍に力込めてほぼ水平に放った。速い!ウミの動きに合わせて後方からユイが指先からビームを放つ。余裕で岩を砕くヤツだが今日は岩どころか、魔貫光殺砲並の細く鋭い光の束を破魔矢のついた槍のお尻にぶち込んだ。
「ナイスコントロール!ユイ!」
ユイは力を緩めることなくビームを槍に当て続ける。槍を伝わったエネルギーは破魔矢の矢羽に伝わり推進力に変わる。昨日歪められたユイのビームは純粋に破魔矢を押す力となり、矢は悪鬼へ一直線に飛んでいく。
「サチ!」
動けるようになった悪鬼の位置を、犬神の怨霊となったサチが誘導して体が破魔矢と正対するように微調整した。光が尾を引いて悪鬼の胸に突き刺さる。
「ヴァアアアア!」
と悪鬼は叫び声をあげて動きが止まった。破魔矢は……左胸に突き刺さって止まっている。天さんの漆黒の羽を使った矢羽が、真っ白に変色するくらいユイの力とウミの力が込められた破魔矢。それでもまだ足らんのか。
「おりゃぁ!」
と気合いを入れて僕は金剛杖をバットのようにフルスイングした。手に激しい衝撃が伝わったが、狙い通りウミの槍のお尻に当たって破魔矢をさらに押し込んだ。
「ユイ!後押しを!」
「わかった!」
ユイがさらにビームの火力を上げる。これで三位一体、サチも入れたら四位一体攻撃だ。杖から伝わるユイのビームは僕の手に衝撃よりも温かさを感じた。一方、破魔矢はグイグイ押し込まれ、やがて悪鬼の胸を完全に貫いた。止まっていた僕のフルスイングは見事なフォロースルーを描いた。
「ググググ……」と低い声をあげ、悪鬼の周りの邪気が少しずつバラけて崩れていく。
「サチ逃すな!そいつらは元土地の悪神だ。逃がしてもええ事無い!絶対一つも逃すな。全部食い潰せ!」
いつもの僕らしくない言い方だが、こいつらは世に放てない。僕らでも旅の途中で見かけても封印したままにするしかないような連中だ。百年以上も閉じ込め続けられるとおかしくもなるわな。これから先もずっと封じられるよりは消してやった方がいいだろう。
「グワン、グワン!」
と吠えると、母犬神となったサチは貪るように邪気を食い荒らす。食うたびサチはどんどん大きくなっていく。逆に悪鬼の纏う邪気はサチに食われて薄れ、どんどん小さくなっていく。
いつもの僕なら説得して改心させようとするけど、お前らはダメだ。僕らが出会うまでに色々悪さもしてきただろう。もう消えてもらうしかないんだわ。
「ソラ!大丈夫?手は?」とユイが駆け寄ってきた。
「ああ。手は……まぁ当然傷口はさっきので全開になったけどかろうじて無事。血もそんなに出てないんちゃうか」
「昨日たくさん血を流したからでしょ!見せなさい!」
と社長がくれたグローブを外すと、傷口が開いてなんか白い組織がばっくり見えてる。あら?なのに血が出てない……?
「パパがなんか細工したわね、その手袋に」
「ん?細工?」
「これ以上血を流すと死ぬと思ったんでしょうね。止血できるようになってたみたい」
あ?チートはいらんて拒否してるやん!
「ソラ、あなた分かってないけど死ぬとこだったのよ、本気で」
「え?マジ?手のひらから出血で死ぬってカッコ悪い」
「冗談じゃないのよ。ここじゃ輸血もできないし血も止まらず応急処置だけでなんとかしてたけど、さらに血を流すと危なかったの」
そんなんだったんか。よくフルスイングできたな。そんな重症とは知らなんだ。知ってたらしてないかも。
「ま、チートで傷は治ってないからヨシ!」
「ヨシじゃない!バカ!」
「ユイ、後で縫ってくれ」
「イヤよ、人の体なんて縫ったことないもん。手術道具も無いしきっと傷痕残るし綺麗に縫えないわよ」
「いいよ別に。普通の裁縫セットの針と木綿糸で。傷なんて手相のシワが増えたと思えばいい」
「え~と団欒のとこごめんだけど、サチが悪神食べ切ってゲップしてる。もう元に戻してやっていい?」
「あ、ごめん。サチ、幽霊犬に戻ってくれ」
「ワン!」
と言って体は小さくなってまた透明の幽霊に……なってない!お前、邪悪なの食べ過ぎてグレーになってるやん。なんか僕でも素で見えるぞ。水墨画みたいな墨塗ったような犬になったやん。
「あ、皆さん!鬼が!」
サトちゃんの警告。油断してたか!まだとどめさせてなかった?慌てて打ち込んだ破魔矢の方を見ると、なんか小さな男が倒れていた。ん?細くて弱々しい病的な顔をした中年男。
「こいつがアデヤ教の狂信者の成れの果て。暴走した挙句体を乗っ取られたヤツやな」
「まぁ狂信者が封印していた頃のやつだとすると100年以上前の人だね」
「アデヤ教徒やからその辺に捨てとくか?死んで即転生してるからただの魂の抜け殻やろ?」
「ソラ、イヤミ言わないの。こんな鬼になるような過激な信者をママが嬉々として上げるわけないでしょ」
「ほな魂は死んだところでまだ彷徨ってるのかもね」
「ここに放置して動物に食われるのもアレだから一応墓でも作って埋めるか……」
そう言って頭を持とうとしたけど右手の手のひらがぱっくり割れてるから戦力にならん!無理!
「サトちゃん、悪い。ウミと二人でこいつ埋めてやって。めっちゃ悪いヤツやけど、まあ最初からじゃないだろうし。封印する力もあったって事はそれなりの高位な信者やったやろうな」
「ソラ君、このサイズを入れるならでかい穴を掘らないとダメだけどここ地面が固くて大変。体、小さめにして分割してええかな?」
「お前、サイコパスやな。でもまぁ入らんもんはしゃーない。面倒やけど手足バラすか。鉈あったっけ」
「バラすってえぐいわね、あなた達」
ジョークだよ。
「おい、サチ、死体を噛むな。ばっちい。どんな悪いことしてても死んだら煩悩も抜けるんや。もう食うとこなんてないぞ。抜け殻噛むなよ」
と言うのにサチは男の周りをまだカプカプしてる。???
「……んん~。おや、あなた方はどなた?」
え?死体が喋った!
「なんで喋れる?あんた名前は?」
ゾンビとか勘弁してくれ。倒し方知らんわ。
「なんで生きてる?名前は?」
オウムかよ!
「あんたは邪神、悪神に取り憑かれて悪い鬼になってたんだよ」
「ん?鬼に?人が鬼になるわけないです。と言いますかここはどこですか?私の名前?……全く思い出せない。私はここで何を?」
「あの~今は何年かわかりますか?」
突然何よ、ウミ。
「今?今はアデヤ元年に決まってますよ。この前アデヤ様が唯一神を名乗って年号が変わったとこですから!」
「サトちゃん!今って何年?」
「今はアデヤ123年です!」
わかりやすいな、1、2、3ってか?
「で、おっさん、あんた、今聞いた通り今はアデヤ123年だそうだ。120年以上あんたは死んでた」
「え?死んでた?」
「正確には自我を失って体を乗っ取られたまま最近まで眠ってたんだわ」
「なんで私が?乗っ取られた?アデヤ様にお仕えする為に生まれてきた私がなにかに取り憑かれる?そんなバカな」
「あんた記憶のある直前まであちこちの寺社仏閣、祠を壊しては封印してまわってただろ?」
「え?なんでそんな事を!アデヤ様さえ信じていれば他の神や仏は無関係です。何をバカな。そんな事するわけないです。アデヤ様が一神教を唱えて皆アデヤ教徒になりました。不満を持つ人もいましたが最終的には皆アデヤ教徒になったはず。なんで寺社仏閣を破壊する必要がありますか?」
「あれ?なんだこれ?話が噛み合わんぞ」
「天さんの予想では狂信者って事だったよね?」
「おかしなことになってきたわね……」
「くぅ~ん」
あ、お前、太ったか?グレーのピレネー犬くらいになってるぞ。怖い。
「あのぉ~」
「どしたの、サトちゃん」
「この人、ひょっとしたら教会の誰かに操られていたとか?熱心な信仰心を利用して」
「何そのミステリー!」
*(57話へ続く)*




